甘い香り漂う被服室、人気の無いこの周辺は生徒が駄弁る際に使用するものである。
「!!!」
二人の友人と駄弁る場所を求め、歩く彼――堤本が異変に気付き、津川と伊勢を呼び止める。
扉を開けたときに、既に匂いは感知しない。そんなことより彼らは六人、否 五人に目が留まる。
倒れているのはGの旋律の異名を持つB組の時田、クラスメイトの三国、F組の桜庭・三科、A組初貝だったからだ。
いずれも究極のバストの持ち主、『美乳特選隊』だったからだ。
正常な判断が出来ず先生を呼びにいこうとする津川、落ち着くために『素数を数える』伊勢。
だが一人、堤本は考える。
委員長の下田と恋愛関係にある津川、柊愛花を除く全女子にセクハラを決めた伊勢に較べ
自分だけが『未だに女子とは触れ合っていない』。
女子に触りたい、それがどんなに法で触れることになろうが、構わない。
プリンは眺めるものではない、食すものなのだ。
喰わず、ただ体操座りで観賞するなど、プリンに対して失礼である。
「魔法しかない…」
堤本は決意する。そして大きな問題に気付く。
伊勢の魔法、津川の魔法、そして自分の魔法。そこにプリンを食べる手段となる魔法が無いのである。
ならば他にメンバーはいないのか、田島・畑・次原……。
名前が浮かぶも全て没、このオアシスに邪魔は不要なのだ。
そこで彼の頭に妙案が浮かぶ。
「九澄を呼ぼう」
食欲をそそるプリン、それを食すにも素手では申し訳が無い。
それには一等品のスプーン、GPの九澄の強大な魔力が必要。彼はそう確信した。
堤本の意見に二人は難色を示す。
・彼は観月と交友関係にあること
・どちらかというと硬派寄りである彼は覗きなど好まないであろう。
・三人だけの秘密にすべき
・そもそも誰が呼びに行くのか、ということ。
この四つが原因となっていた。
「俺が呼びに行く、二人はここで待っててくれ」
「五分経ったら先生呼びに行くからな」
堤本は伊勢のように眺めるだけで満足できる男ではなかった。
小石川に陵辱され、飲茶と化したクラスマッチ決勝。
アイアンレベルである氷川に邪魔されたあの日。
九澄に似た顔の女生徒に見惚れてしまったこと。
彼は忘れない。自分の立場を理解する為に。そしてその上で、極上のプリンを喰らう為に。
「九澄ー!柊が被服室で襲われてんぞー」
「なにー!!柊今行くぞ!」
奴が柊に恋心を抱いていることぐらい周知の事実。それを知れば非常に動かしやすい男だった。
青筋を浮かべる九澄。廊下で柊が乾と話していることにも気付かず突っ走る。
一見するとただの男子高生。だが九澄は1年生ながら教師クラスである『ゴールドプレート』を持っている。
魔力に至っては2年の伊勢先輩はおろか、柊先生にも勝ると言われている。
コイツの魔力でプリンを食べよう。堤本は全力疾走に加え過度の期待で頭がイカれていた。
「テメーら!柊に何すんだ!」
感情のままに、九澄はドアを蹴り破る。驚いてこちらを向く津川と伊勢。
何も知らない九澄に堤本は訳を話す。
「アホらし…」
呆れて声もあまり出ない九澄は帰ろうと回れ右をするが、そこに二人が立ちはだかる。
「九澄、俺達マブダチじゃねーか。観月には手は出さないようにするから。な?」
土下座する伊勢。それに続き土下座する堤本。津川は九澄の意見で動くようだが。
一方の九澄も苦戦していた。彼は実のところGPなど全くの嘘で魔法など使えないのだ。
ストックとして一つだけブラックプレート機能で保存しているが、これでどうしろというのだ。
暫くして、伊勢は何も言わず携帯電話のデータフォルダを開く。
そこに映っているのは放課後に柊の席で居眠りをする九澄の姿。
「だっはー」
「これを柊に見せたらどうなるか…」
――きたねー。
九澄は歯軋りをするがどうにもならず、使うしかなかった。あの魔法を。
「オープン!『不可視の霧(ブラックカーテン)』」