家の軒先で雨宿りしながら目的地に向かう。  
冷たい雨が空気を冷やし、冷たい空気が雨を冷やし、吐く息が白くなる季節だったから繋いだ手が暖かい。  
照れた表情も無く、強く握ってくれる永井くんが頼もしく見える。  
雨の中を走ったけど、雨宿りもあってか結局目的地まで十分以上かかってしまった。  
 
 
「ただいま」  
先に中に入る永井くんを見ていたわたしは、緊張しっぱなしだった。  
変な妄想はしてないけど、男の子の部屋に入るのは初めてだからだった。未だ家にすら入ってないのに、これで大丈夫だろうか。  
御両親に上がる時に挨拶した方がよさそう。  
「ごめん待たせて。どうぞ」  
永井くんの手招きにわたしは答える。玄関で永井くんがスリッパを用意してくれていた。  
「両親に挨拶したいんだけど……」  
「気にしなくていいよ。早めに眠ってるみたいだし、女の子をこんな時間に上げたら変な詮索されるから。先に二階に上がってて、バスタオル取ってくるから」  
永井くんはそう言って奥に消える。わたしは小声で“お邪魔します”と言い、音を立てないようにそっと二階に上がることに。  
 
永井くんの部屋は直ぐにわかった。扉が開いていて、中が見えていた。  
どうして開いていたかは特に気にならなかったのは、部屋の窓も開いていて換気の為だと直ぐに解ったから。  
わたしは雨が部屋に入らないよう急いで窓を閉める。ひんやりと冷たい永井くんの部屋は、綺麗に整頓されていた。  
学校の教材は外に持ち出せないけど、魔法関連以外の辞書や教材が綺麗に棚に整理されている。  
わたしの部屋より綺麗に収納されていて驚く。  
「なにやってるんだ?」  
「ひゃあ!!!」  
わたしは物凄い勢いで飛び上がる。変な事はしてないけど、急に声をかけられるのは苦手。  
「……なにかあったか?」  
「えっ…えっと……ボールペン落としちゃって」  
わたしらしくない、あたふたした態度がよほど変だったんみたい。永井くんの頭の上には大きなクエスチョンマークが見えた。  
「このバスタオルを使ってくれ。髪が濡れてるみたいだから」  
永井くんがバスタオルを渡してくれる。真っ赤になった顔を隠すように、わたしはそれを頭に被せた。  
家庭の匂いが洗濯物にも付いていて、永井くんの匂いがした。  
部屋に入った時点で感じていたけど、直に物に触れるとより一層際立つ。  
女の子の部屋とは違う空気や匂いは、全然気にはならなかった。  
「暖房が入ってないな……これでいい。何か温かい飲み物を持ってくるよ」  
そう言って再び永井くんは去る。すごく気を使ってもらってる感じがあって、申し訳なく思ってしまう。  
わたしは髪の毛の雨露をバスタオルでふき取り、ポケットに入れていた櫛で整える。  
―――脚はほんのちょっと濡れただけだけど、一応拭いておこうかな。  
 
 
わたしはベッドに腰かけ、右膝を胸まで上げて脚をタオルで拭く。スリッパの根元の踝から丁寧に水分を取っていく。  
聖凪のソックスは生地が薄いから、水分があると肌に少し不快感が残る。踝が一番濡れていた。走った所為でココが一番濡れやすい。  
しっかりと拭き取った後は、すっと上がってふくらはぎ。  
―――女の子の脚はみんな細くていいなぁ……玲が羨ましいよ。  
そう言ったら玲が怒ってわたしの脚を触って『ハルカの方が細くて綺麗じゃない!!』って言うやり取りを最近したような気がする。  
「……そうなのかな」  
わたしは脹脛を摩ってみる。あまりそう思わないのは、寒さで少し浮腫んでいるからかもしれない。  
クラスの友達にも良く言われるけど、中々自身が持てない。  
「永井くんに聞くのは……やっぱりマズいよね」  
拭き終わった脹脛の次は膝裏。リンパ腺が走ってるから強くしないほうがいい。  
そして最後はソックスの付け根の太腿。わたしは何時もこの部分が気になっている。最近はむくみで特に敏感だった。  
拭くついでに、執行部での事務の合間にこっそりやっているマッサージをすることにした。  
指に力を入れずに、太腿とふくらはぎの上を縦に滑らせて血管の流れを良くする。  
ソックスの締め付けは無いけど、裸足では無い分負担はどうしてもあるし、単純に気持ちいいのもあった。  
わたしの最近のマイブーム……実はこっそり授業中もマッサージしてる。席が一番後ろっていうのが大きいけど、さすがにふくらはぎだけ。  
イヤらしいことをしてるつもりは無いんだけど、男子にはそう見えちゃうのかもしれないから太腿は……ね。  
 
 
階段の軋む音がする。  
「やだ、こんな所永井くんに見られたら……」  
咄嗟に手に持ったタオルを握り、膝の上において脚を揃える。  
自分の部屋のようにくつろいでしまってた自分が恥ずかしいけど、永井くんに見られなくて良かった。  
「ココアしかなかった、すまない」  
永井くんがお盆を持って部屋に入り、マグカップを差し出す。  
「ううん。ありがとう」  
出来立てのココアは熱々だったから、わたしはふうふうしながら戴いた。  
思ってた以上に身体が冷えてたみたいで、ココアの甘さと温かさが身体の内側からじんわりと満たしてくれる。  
「あったかくて……おいしい」  
「沼田は美味しそうに飲むんだな」  
永井くんは向かいの机の椅子に座る。帽子を脱いで、彼もタオルで乾かしている。  
 
わたしはさっきの疑問を引きずっていた。男性の部屋に入るのが初めてだからかも知れない。  
永井くんを不信には思ってないけど……永井くんはそんなことしない。そう思ってるから気になる。  
「両親にはもう連絡はしたのか?」  
「うん。さっきメールしたよ。友達の家に泊まる事があるなら相手の家の迷惑にならないようにって……」  
言った瞬間に後悔した。“友達の家に泊まる事”―――馬鹿なお母さんの所為で恥ずかしいけど、言った自分がもっと恥ずかしい。  
 
「そうか……まあ泊まるなら俺がリビングのソファーで寝ればいい」  
「えっ!?……泊まる?」  
何故か永井くんが話を強引に進めている。流石に不信に思い、わたしは反論する。  
「永井くん、何かヘンだよ」  
「いや、俺は沼田のことを思って……」  
「わたしが泊まるなんて言ってないよ。それなのに……ファミレスの時もそう。理由は納得できるけど、少し強引な気がしたよ」  
つい本音が出る。我慢してた疑問がついに不信になって言葉になってしまった。部屋に嫌な空気が流れる。  
 
 
険悪で恐ろしく乾いた空気を切り裂いたのは、永井くんだった。  
「……沼田がストーカーに困ってるって、宇和井から聞いたんだ」  
玲の名前が出た所で、わたしの疑問が晴れる。  
「永井くん、それっていつ?」  
永井くんは携帯を取り出し、玲からの受信メールを見せてくれた。  
『ハルカ、最近ストーカーに怯えてて困ってるみたいだから安心させてあげて。ハルカにはこのことは言わないように。わたしのこともね』  
「今日の放課後、沼田のメールの後に来て、最初はそのことについての相談で呼ばれたのかと思ってたんだ」  
「玲ったら、永井くんにまで……」  
「じゃあ沼田も?」  
「うん。玲のついた嘘よ」  
永井くんはがっくりと項垂れてしまう。緊張していたのだろうか、それとも馬鹿馬鹿しくて疲れたのだろうか。  
わたしはメールを見せて証明しようと思ったけど、“伊勢”の二文字を見せるわけにはいかない。  
「良かったよ。ストーカーの話は嘘だったんだな……よかった」  
永井くんの安堵の表情にわたしは胸が苦しくなった。―――永井くんって、こんな表情見せるんだ……。  
今迄執行部の支部長としてみんなをまとめて来た彼の表情は、いつも眉間にしわが寄っていて大変そうだった。  
それでも最近は人見知りも無くなって表情も柔らかくなってきていた。時折見せる彼の優しい表情が、わたしは好きだった。  
そして、その優しい表情とは違った、心からほっとした時に出る色。  
じゃあ……さっきまでのわたしへの気遣いも。  
周りの視線や環境に気を配っていたのも。  
雨の中、雨宿りした時の険しい表情も。  
 
今なら謝れると思う。嘘をついたままなのは……苦しい。わたしは口を開く。  
「……永井くん。謝りたいの」  
「ん? なんだ」  
「…………わたし、永井くんに嘘ついたの」  
何から話そう。どうやって話を組み立てよう。何度考えても、台詞を思い出しても真っ白になってしまう。  
「…………伊勢くんを見たの。あの時」  
永井くんは表情を変化させること無く、わたしをじっと見ている。  
「その時は……伊勢くんが暴れてたと思ってたの。通報には侵入者は一人ってあったから。でも、後で玲に聞いたらそうじゃなくて……」  
永井くんは後で柊先生に状況は聞いている。だから、本当は言わなくていいような嘘だった。  
でも、永井くんに嘘なんてつきたくない。  
「……内心はね、嬉しかったの。伊勢くんは悪くないんだって。玲を守ってくれたんだって。それに、永井くんについた嘘も、これでよかったのかな……って」  
 
「………ごめんなさい」  
わたしは深々と頭を下げ続けた。思ったことを言葉にする。想いを言葉に乗せる。素直で、醜いわたしを。  
泣きたい気持ちは、死ぬ思いで堪える。そんな物で煽りたくない。台無しにしたくない。  
 
「……ありがとう」  
永井くんの声はすぐ側で生まれる。驚きで少し上擦った声を出してしまう。  
「宇和井に聞いた。その事も黙っておけ……と」  
永井くんは再び携帯を取り出すと、先ほど見せてくれた玲からの受信メールが出て来る。  
『あと、ハルカが多分支部長になんか謝ったりすると思うけど、ちゃんと聞いてあげてね! すごく心配だから……お願いね』  
カーソルを動かすと、その受信メールは現れた。  
「……知ってたの?」  
「すまない。知ってて謝るのを黙って聞くなんて卑怯なことをしてしまった。騙すつもりは無かったんだ」  
「もう……そんなの本当に卑怯だよ……もう………」  
永井くんは妙な所で空気が読めない所があった。今思えば、それはもうわたしも同じなのかなって感じた。  
何処か間抜けだったから泣かなくて済んだ……でも悲しい。  
 
永井くんは俯いたままのわたしの両肩に手を添える。少し濡れた大きな手が小さな肩を包み込む。  
さっきまでの複雑な想いや感情が吹き飛ぶほどに、わたしは胸の鼓動を抑えるのに必死になる。  
顔を上げれない……みるみる赤くなるわたしの顔を見せる勇気は無いし、彼の眼を見つめるなんてことも出来ない。  
耐えられなかったわたしは、咄嗟に口が動いていた。  
「マッサージ!! そうそう。マッサージしたいの」  
「どうした? いきなり……」  
「えっと……最近ハマってるの。心配かけちゃったお返しに……ダメかな?」  
咄嗟に出た言葉を何とか、きっかけに繋げようとする。表情を見るに、永井くんは変な風に思ってはいないようで助かった。  
「わかった。じゃあ横になったほうがいいのか?」  
「うん。できれば上着は脱いでくれれば……寒いかな?」  
「大丈夫だ、もう暖房が充分効いてきた」  
気がつくと身体はファミレスにいた頃のようにあったかい。暖房とココアのおかげだと思う。  
永井くんは最後の一口を口に流し込んで、上着を脱いでベッドに横になる。とは言っても、ちゃんとシャツは着ている。  
変な意味は無いんだけど……どうしても気になるから一応。そして、わたしもココアを飲み終え永井くんの背中に手を伸ばす。  
底に溜まったココアの甘さと濃さが、何時までも口に残ってわたしをあっためてくれる。  
そのぬくもりは……もうすぐ触れ合うことになる。  
 
実は他人の、しかも男性の身体をマッサージするのは初めてだった。  
もっと言うと触れることもほとんど無い。こんなにずっと触ったことは記憶に無い。  
女子同士なら、体育の着替えの時とかで遊び半分で見たり触ったりなんて良くあったけど、今回は違う。  
大きくて、堅くて、あったかい永井くんの背中は、素肌に直に触れてなくてもわたしに強く印象付けていた。  
「……なんか、変な気分だ」  
「気にせずリラックスしてね……今、筋肉を解してるから」  
わたしは優しく永井くんの背中の筋肉を指で解す。背骨に負担はかけれないし、変に触るとくすぐったいので慎重に。  
どうしても永井くんの背中とわたしの手の大きさを較べてしまう。  
「もっと強くても大丈夫だ」  
「そうなの? けっこう力入れてるんだけど……」  
「痛くないと効いてる気がしないんだが、それは違うのか?」  
「背中は痛めたら危険だから、ほんのちょっとでいいのよ。じゃあ少しだけね」  
永井くんの希望通りに少し力を入れてみることにする。体重をかけて掌を患部に当ててマッサージすると、少し整体師になった気分になれた。  
だけど、自分の脚や指をマッサージしてるのとは勝手が違うし、力を使うからすぐに疲れてしまうのが難点だった。  
 
 
 
「……もういいかな。ずっとしてたら疲れちゃって……」  
数分後、わたしはくたくたになっていた。頑張って押し続けて疲れてしまった。  
自分で言い出した提案なのに恥ずかしさで顔が赤くなってしまう……元々顔は赤くなってはいたけど。  
「ああ。ありがとう、おかげですっきりしたよ」  
永井くんは起き上がり、わたしの方を向く。お互いがベッドの上で座って話をしているのが……何処か不思議な感じだった。  
わたしはあひる座り、永井くんは胡坐を組んでいた。  
近くて、下は柔らかくて……どうしても変なことを想ってしまうのは、わたしがヘンだからだろうか。  
口腔内を支配するココアの強い甘味は、まだ溶け切ってはいなかった。  
 
―――あれ。何時の間にだろう。  
永井くんがわたしを抱いていた。シャツ越しに触れる永井くんの身体は大きい。さっきのマッサージの時よりも……もっと。  
両手を広げて背中に回し、わたしは永井くんの両腕に包み込まれる。だけど肝心のわたしは、彫刻のように固まっていた。  
「……永井くん?」  
わたしは為す統べなく永井くんの抱擁に動けないでいた。抱き寄せられると、お互いの胸が強くぶつかって少し苦しい。  
「すまん沼田。勢いで……」  
顔を見上げてじっと見つめると、永井くんは少し照れた表情を見せる。  
よく玲が前に出て率先してる時に見せる苦笑いにも見えなくは無いけど、少し可愛いと思ってしまう。  
何時も悩んだように眉を顰めている永井くんとのギャップでそう感じてしまう。  
そして、お互いの体温が手に取るようにわかる。その熱は次第に高まってくる。  
あったかくて大きくて優しい永井くんを拒否はしなかった。ぬくもりがただ愛おしくて、いいなぁ……って。  
好きって、こんな感じなのかな。素朴な疑問が間抜けな状況なのは解ってるけど、それでも。  
 
永井くんはすっと離れた時、わたしは眼を瞑る。永井くんと意思疎通は出来ているのだろうか、それだけが心配だった。  
でもその心配は、彼の手が肩に触れたときに緊張に変わる。緊張で少し引いてしまった唇に、それは触れる。  
 
――――――――――……………。  
 
 
緊張しすぎて……触れた感触さえ分からぬまま行為が終わってしまう。  
眼を開けると、永井くんは再び照れた表情でわたしを見ていた。わたしは答える。  
「……もっと……しよ?」  
不可解な愛おしさは、想いから行動へとわたしを駆り立てた。無いもの強請りだった昔のワタシを、如何にかして壊したかった。  
もう壊れていたはずのものが脳裏に浮かんだのは、自分自身の所為だ。ハッキリと答えていないから。  
それに今は永井くんがいる。わたしのことをじっと見つめてくれている。身体を伸ばしたら、すぐ其処にある。  
 
今度はわたしから永井くんにキスをする。恥ずかしさを越えて唇が触れると、微かに漂うココアの香りが優しく迎えてくれた。  
その甘美な芳香に身を任せ、わたし達は大胆に絡まった。  
少し拒否感のあったディープキスは、前述のアイテムの所為で和らいだ。寧ろ煽ってくれている。  
少しでも欲しくなればもっと……もっと相手に求める。意識的じゃなく、本能。  
でも経験の無いわたしは、洋画の観真似で舌を絡めようとするが、舌が上手く永井くんの中に入っていかない。  
永井くんもしたことが無いのか、わたしの舌をどうしようか躊躇しているようだった。  
「……おねぇふぁい……にゃふぁいふん…」  
―――御願い永井くん。  
キスをしながら、舌を出しながら発すると恐ろしく間抜けな発音で顔が真っ赤になる。  
すると意志が伝わったのか、永井くんはわたしの中に舌を入れてきた。  
恐る恐る入ってくるそれは、わたしの中で静かに辺りを窺っている。  
 
そうか。  
わたしが永井くんに気にかかるのはこういうことだったんだ。  
尽くしてあげたい……不器用だけど頑張っている彼に。  
癒してあげたい……様々な理由で疲れている彼を。  
此処数ヶ月で激変した彼の言動や振る舞い。その理由を、乗り越えてきた坂の距離も傾斜もある程度は知っている。  
だから……そんな彼を見捨てることは出来なかった。今まではそれを自分の感情として上手く表現できなかった。  
その想いに駆られ続けて……壊れそうだったよね、あの刻のわたし。  
 
お互いのぎこちなさが、少しずつではあったが滑らかに絡み出す様になる。  
波に乗れれば、感情に任せて求めるだけで快感は得られた。  
わたしは手の置き場に困り、永井くんの脚の上にそっと手を置く。胡坐を組んでいた名残で、掌は内太腿に当たる。  
永井くんの部屋で、永井くんのベッドの上で、永井くんとのキス……少しずつ素白で処女の身体を犯していく。  
何もかもが初めてで、無駄に誇張した緊張が興奮を助長する。意識は無くとも、舌が絡まるだけで唾液は溢れていく。  
零さないようにしても、互いの口の中に溜めたまま続けるのは辛い。飲み込むしかなかった。  
終始唇の方に神経を尖らせていると、不意打ちを喰らってしまうハメになる。  
求めている相手に触れられると、想像したよりもずっと感度は上がっている。それが胸や脚だったら……尚更に。  
 
永井くんの掌が胸に当たっている。やっぱり触りたいのかな……男だもんね。  
わたしは抵抗しない。けれど未体験と緊張でビクッと反応してしまう。  
未だ当たっただけで強引さは無いから不快感は無い。ただ、するならもっと……なんて言えないけど、心の片隅で思ったりする。  
本当は、そんなことを考えている余裕は無かった。疲れと癒しでわたしの脳は出来上がっていた。  
永井くんも同類になったみたいで、掌の圧が段々と強くながらわたしの胸を咀嚼し出す。  
制服の生地越しに感じる永井くんのあったかい掌は心地良い。彼自身も気持ちよく感じてくれてたら、わたしも嬉しい。  
―――じゃあ下着が邪魔になってるのかな。  
 
何時ものように背中に手を回し、ホックを外すと下着は下にストンと落ちる。  
制服だけがわたしの肌を護る薄い巻くと成り、堅い防護は掃い去った。  
永井くんの掌の感触がより直に伝わり、形を変えて掌に馴染む胸を肌身に感じる。  
「……気持ちいいの?」  
「ああ……それに温かくて柔らかい」  
「よかった…良く分からないから」  
勿論わたしも永井くんと同じ気持ちだった。そして何処かで母性本能が疼いている。  
胸を触られるとそれは次第に強くなってくる。もっと……癒してあげたい。  
数々の表情を見せてきた永井くんを知ってるからこそ、想いが増大する。  
そして想いは行為に変わり、行為で快感が生まれていく。わたしも永井くんも。  
「んぅ……んんっ………」  
突起に触れると反応してしまう。制服で擦れて心地良さが昂進されていくと声を漏らさずにはいられない。  
最初はくすぐったかっただけの咀嚼は、繰り返す度に胸の高鳴りに呼応して熱を吐き出す。  
その熱は顔に波及し、喉を焦がし、擦れた声を零す。その声を必死で我慢しようと唇を噛むが、永井くんの唇がそれを赦さない。  
瞼が少しずつ下がり始め、視界に移る永井くんの表情がゆっくり途絶えていく。  
永井くんから見たわたしは、如何移ってるのだろう。目尻の下がった両眼がゆっくりと閉じていくのを……。  
 
動作は数分経っても変わってはいない。ずっとこのままでいい。  
わたしは既に虜になっていた。それだけ病んでいたのかもしれない。  
安心と快感を何時までも共有していたかった。  
既に永井くんにされるがままになったわたしは、意識まで彼に委ねてしまいそうな位までになっていた。  
「……沼田?」  
永井くんの声は、離れた後すぐに放たれる。無抵抗に受け続けていたわたしを心配してくれたみたいだった。  
「……嫌…だったか?」  
「そっ……そんなことないよ。ぼ〜っとしちゃって……」  
「まあ、俺も少し疲れてて……なんか変な感じだった。沼田とキスしてた時はずっと、眠たいのとは違うが……意識が薄れていた」  
永井くんもわたしに似た感想を抱いていた。それにより親近感がより一層増す。  
無意識に互いを求めてるから、そうなるのだろうか。だけど少なくとも、そんな言葉を聴いてわたしは嬉しくなっている。  
もっと……その感覚を共有したい。永井くんと。  
「沼田は平気か? 疲れてるようにも見えたから」  
「ううん……もっと…してもいいよ」  
上目遣いで彼を見るわたしは、それ以上のモノを既に求めていた。理屈じゃなく、そうしないと駄目な気がするから。  
誰かに言われた行為じゃない。わたしが望む結末。  
「わかった……だが、怖くないのか?」  
「……永井くんは?」  
「俺なんて沼田に比べたら……この先損をするのは女性の方だ」  
「そんな言い方しないで。わたしは嬉しいから……きっと終わった後にも、そう想ってる筈よ」  
言い切れる自信があった。気を使ってくれるのは嬉しいけど、もうそれに依存するのは嫌。  
純粋に愛し合いたい。これ以上気を使われると、中途半端に終わりそうだから。それだけは嫌。  
 
 
 
わたしは永井くんのエスコートで、ゆっくりとベッドの上に仰向けになる。簡素な天井を一瞬眺めた後、わたしは眼を瞑る。  
勿論緊張している。言葉には出せないくらいの膨大な不透明な空気が、胸を内側から押し返す感覚。  
その巨大な高揚体は、心臓の鼓動に合わせてわたしを攻める。未だ始まってもいないこれからの情事を外野から煽っている。  
その圧力に押され、このまま消えてしまいたい……わたしの意識を掬うのは、永井くんの大きな手だった。  
ぐっと瞑っていた眼を少し開くと、暗闇で何も見えない。永井くんは電気を消してくれていたみたい。  
突然の暗闇の空間の中で瞳を晒すと、視力は極端に低下する。  
わたしの眼の色素が必死に錯乱する光を吸収し始め……漸くぼんやり映る永井くんを捕らえることが出来た。  
目の前に映る虚ろな影は何も語りはしないけど、石膏の様に冷たく無機質な塊ではなく……単なる有機物の塊じゃない。  
だから、わたしを掬うことが出来る。掬って、心も身体も救ってくれる。  
 
わたしの両腕は小さく万歳をした体勢になっていた。永井くんの指がその上肢の先に生える五本の枝に絡まる。  
力を入れたら簡単に折れそうなくらい細い枝は、大きな同属と幹に絡み取られて護られる。  
もう視力は回復したが、わたしは再び眼を瞑っている。愛おしさと温かさが涙腺を攻めて、必死で我慢していた。  
 
そこに永井くんの唇が触れ……呼吸すら赦されない身体になる。  
「……ふう…ぅん……うう……」  
永井くんは震えてる唇と指先は間違い無く感じ取っていて、わたしも永井くんの鼓動が伝わってくる。  
わたしの胸を押し返しながら強引に、わたしの鼓動に同調したがっているように感じる。  
勿論わたしはそれに応え、彼の鼓動をもう少し速めてあげる。  
具体的には何もしてはいないけど……永井くんはキスだけでも応じてくれる。  
繋がれていたわたしの左手が離れ、わたしのお尻を彷徨っている。  
その大きな迷子は母親を見つけ、強く抱擁する。形が少し歪むのは、その子が元気な証拠と母親は喜ぶ。  
安心感と彼の手という事実が、その抱擁にほのかな快感を与えてくれる。  
わたしは安心のほうが比率は高くて、きっと永井くんは快感の比率が高い。  
下着の上からもそのぬくもりははっきりと解る。わたしは解放された右手を永井くんの腰に回す。  
舌は絡まったまま。喘ぎ声は鼓動でもきっと伝わってる。  
 
ほんの数十秒で永井くんの手が、お尻から左脚へ向かっていた。少し怯えたような、躊躇っているような歩き方が何処か可愛い。  
太腿をゆっくり這っていく手には、わたしにも少し躊躇いがあった。  
普段マッサージしている脚に、男性の手が触れる事なんて想像してなかったから。  
「……細くて綺麗だ」  
唇が離れ、永井くんが話す。  
「ありがとう……」  
素直に嬉しい。暗闇で見えないのが幸いして、はっきりとわたしの照れた顔を見せれなくなる。  
それに……すごくきもちいい。永井くんの手で内股を優しく摩られると、胸を触られた時よりも、キスの時よりも快感だった。  
「……あぁっ………あぅっ……」  
浮遊するように、身体が軽くなる。口の蓋が取れた今、喘ぎ声がどうしても漏れてしまう。  
焦らされている感覚じゃなく、もっと触って欲しいという想いが生まれる。褒めてくれたから……わたしのコンプレックス。  
永井くんの手はわたしの意志を感じ取ったのか、今度は脹脛に向かって静かに歩く。  
「……永井く…ン……マッサージするように……触って…」  
少し変な要求だったかもしれない。だけど、永井くんはわたしの要求に応えてくれた。  
ソックスに包まれた脹脛部分に手が到着すると、胸を揉んだようにゆっくりと咀嚼を始める。  
わたしのような非力でマニュアル通りのマッサージよりも、何倍も快感が溢れていく。  
時折上下に摩り、生地と指紋が擦れて背筋にソワソワした快感が侵食してくる。  
「ふぅぁあ……んンっ…ふあぁ……」  
少しずつ永井くんの顔が、窓に差し込む微かな光の助けもあって確認できるようになってきた。  
それでも、彼は胸に顔を埋め、其処の先端を咥えていた。  
何時の間にか右手も解放されていて、永井くんは自由になった左手でわたしの制服を捲くっていた。  
当然、下着を外した制服の下は素肌が露わになり、永井くんの立場なら薄暗闇でもその形が確認できるのかも知れない。  
先程攻められた箇所なだけに、胸の性感帯は未だ興奮を抑え切ってはいない。  
休憩する余裕もインターバルも無い所に、永井くんのキス……。わたしは抱きしめることしか出来なくなってしまっていた。  
胸はまだしも、脚でこんなに感じるのは変なのかな……でも何処を触られても、揉まれても、此処が一番気持ちいい。  
 
勿論其処だけじゃない。脹脛の次は足の裏。永井くんの親指が肌に喰い込んで、性感帯を強引に突かれてわたしの身体が歪んで撓る。  
その行為をずっと……ずっと繰り返していた。永井くんは少し苦しい体勢だったみたいだけど、休む事無くわたしに愛撫し続けてくれた。  
丁度背筋に奔っていた快感が、腰を飛び越えて下半身に集まり出している所だった。  
何かが迫っている。その自覚があった。事実、両脚を閉じないと我慢出来なくなっている。  
「……大丈夫か? 痛かったか?」  
摩ってくれていた永井くんの手を内股で挟んでしまい、永井くんはわたしに尋ねる。  
「……ちが……う…の………」  
上手く喋れないわたしは擦れた小声で必死に想いを永井くんに伝えようと努力すると、永井くんは少し躊躇していたが……漸く理解してくれる。  
両脚の隅々をマッサージし尽した右手が、その箇所へと内股を沿って向かっていくのを、わたしはじっと我慢していた。  
情け無い喘ぎ声をこれ以上漏らさない様、必死で喰い縛って。  
 
永井くんは直ぐに異変に気づき、わたしもそれは瞬時に理解出来た。箇所に触れる指の感触が異質だった。  
唯でさえ薄い生地が、余剰の雨に晒された為に単なる粘膜になっていた。  
力を入れなくとも指が埋まり、貼り付いた生地が栗に擦り付く。  
「ひゃっ……ぁあ……」  
顎の筋肉が容易に弛んでいた。そして、一度弛むと修復出来ずにいる。不器用に再び彷徨う迷子が、エントランスを往ったり来たりしている。  
無駄に入り口で擦れる粘膜が快感を煽り、煽った分だけ呼応して湿度が上がり、空気が籠って行く。  
 
永井くんは既に服を脱いでいて、わたしはゆっくりと下着が脱がされ、制服も一緒に総て脱がされる。  
それでも肌寒さは全く無く、寧ろ熱くて堪らない。それなのに脳は、睡魔に似た快感に襲われたような酩酊感に晒されている。  
ジワリジワリと毒素を吐きながら……わたしに迫る誘惑の影に対して、わたしは永井くんに身を任せるしかない。  
既に全身を包む永井くんの匂いや感触にわたしは染まっていた。  
 
 
わたしは心の奥底で汚らわしく思っていた。  
その行為をすることは考えてもいなかった。  
言葉を交わして。  
笑顔で返して。  
手を繋いで。  
……そんな恋愛を求めていた。  
安易に一線を越えるのは、軽くて汚いイメージがどうしてもあった。  
もっとお互いのことを知って、認め合って、支え合った上での行為だとわたしは理解していた。  
わたしは永井くんずっと見ていた。  
疑惑の目を向けていた直線の視線。  
それは一転して配慮の意味合いに変わり、段々と複雑な曲線になって収束していた。  
好意、心配、信頼、味方、組織、補佐……。  
彼を目掛けて放つそれらの曲線が捕えたのは、わたし自身だった。  
コンプレックスやストレスが軌道を改竄して、わたしを絡み獲った。  
 
救ってくれたのは、想いを向けていた対象の彼だった。  
慎重に、少し鈍臭くさくわたしに纏わりつく概念を取り去ってくれた。  
もう少し遅かったら。  
わたしの首を締め付けていたかも知れないくらい……追い込まれていた。  
尽くしたいと想っていた彼から尽くされるのは、凄く幸せだけど少し物足りない。  
自分が彼を癒したい、護りたい。  
母性に似た感情は此処で生まれていた。  
 
一線は今なら越えられる。  
今じゃないと越えられない。  
目先の快感じゃない。  
理屈じゃない。  
わたしは漸く恋を知り、そして愛を求める。  
 
 
永井くんが中に入ってくる。入り口がとても窮屈で、彼は入るのに悪戦苦闘していた。  
わたしは勇気を振り絞って力を緩める。緊張を緩めるのには、かなりの勇気が必要だった。  
痛いのは嫌だけど、永井くんを拒む方がもっと嫌だったから……永井くんはわたしの気持ちを読み取ってくれて、心配の言葉を掛けてくれる。  
わたしは笑顔で返す。月明かりで暗闇は既に晴れ、お互いの表情を確認できる。  
わたしが笑うと、永井くんも微笑む―――そう。そんな二人でいたいの。わたしはそんな永井くんをこれからも観ていたいの。  
 
ゆっくりと入ってくるのを、わたしはじっと噛み締めて感じ取っていた。  
互いの敏感な肌を少し強引に擦りながらの抱擁は、同時に嬉しさと快感に満ちる。  
それは、単なる行為では無くなっていた。もう一つの抱擁だった。  
ただ少し痛くて、簡単じゃなくて、中々言い出せないような工程だから。貴方とだけなら……誰よりも愛してる貴方となら。  
絡み合う指と指は決して離れないでいた。中へと進んでいくのを、互いに感じ取り共有していた。  
手に籠る力と汗の量でそれは解る。どんなに非力なわたしの握力でも、永井くんは優しく包んで抑えてくれる。  
でも、予想以上に深くまで進んでいき、わたしは急に恐怖に駆られる。その恐怖を必死で手を握って抑える。  
「……ふぅんっ……はぅ……あアっ…」  
「……全部入ったよ。大丈夫か?」  
永井くんの手を振り切り、わたしは抱きつく。急な展開で、永井くんも戸惑っていた。  
「沼田? 本当に……」  
「このまま……ずっと抱き合っていたいよ……」  
 
わたしの声は震えていた。泣いていた。一つになった嬉しさと達成感で、わたしは我慢出来なくなってしまっていた。  
「……ゴメンね……もう……永井くんの前では泣かないって……決めてたのに…」  
「……いいんだ。沼田はそれでいい。弱い所は見せていいんだ」  
永井くんは、わたしは泣き止むまで声をかけ続けてくれた。優しく諭してくれた。  
 
 
―――好きな人とキスして、手を繋いで、抱き合って……愛し合うのって、こんなに幸せなんだね。  
わたしは治まるまでずっと泣き声で永井くんの言葉に頷いていた。  
 
漸く心が落ち着いたわたしは、永井くんに伝える。  
「もう大丈夫……御願い」  
永井くんはゆっくりと身体を起こし、腰を静かに動かし始める。  
何分も抱き合った互いの性器の表皮は、粘膜で貼り付いていて動くだけで快感が生まれる。  
「ひゃあぅ!……んうっ……!!……んンっ!……」  
思い掛けない刺激が突然攻め立て、わたしは思わず声をあげてしまう。永井くんはゆっくりと、それでいて確実にわたしの奥に入ってくる。  
規則正しく軋むベッドの音を背に、わたし達は交わり融けて逝く。  
そして……融け出した永井くんの体液がわたしの中までも染めて逝ったのは……ほんの直ぐだった。  
その後は何度もキスをした。焼け堕ちそうなくらいの熱を二人で確かめ合い、交換していた。  
 
 
眠りに就くまで、わたしは永井くんの腕枕に身を任せ、些細な日常会話をしていた。  
執行部での些細な失敗でも笑えたことはあっただろうか。  
過ちを笑い話として捉える事は今まで無かったわたしにとって、その総てが新鮮で開放的だった。  
どの会話も執行部の話題で、何処かにお互いの存在意義で装飾したストーリーを秘めている。  
だから笑顔で返す反面、何処かに違った意思疎通している感覚に陥る。  
 
―――わたしが最後望むのは、その輪に入っていない彼を仲間に入れたい。  
此処で眠って、眼が覚めて、休日が過ぎたら月曜日。彼が学校に帰ってくる。  
 
本当に喜ぶのは……それからだよね………玲。  
 
必死で塗り潰していた人物画の無意味な塗装が霞んできた処で………わたしはついに睡魔に侵される。  
でも数時間で再び掬ってくれる人がいる。だから痛みはもう居ない。  
居るとしたら、それは玲との約束が成功するかどうかの不安。  
 
 
それさえも、わたしは振り払ってみせる―――必ず。  
 
 
 

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