俺達は帰路に就いた。
俺の肩に置かれた宇和井の手が離れ、代わりに腕がゆっくりと鎖骨を包む。
背中を二つの膨らみが強く押す。首元がムズムズする。
髪が当たっているからだ。宇和井は顔を肩の上に乗せる。
耳元にかかる吐息。むず痒くて、鼓動が高鳴る。
「いまエッチなコト考えてたでしょ」
「何言ってんだ。お前のぺチャパイじゃあ無理だ」
「何それ!? くっそ〜……学校なら今すぐにでも魔法使うのに〜」
宇和井は口では色々言ってたが、身体は本当に歩きつかれたのか、微動だにしなかった。
俺がおんぶする時もそうだった。抵抗なんて全くなかった。俺に身を委ね眠る赤ん坊のよう。
「伊勢の背中、あったか〜い」
宇和井が俺に強く抱きつく。宇和井の身体は小刻みに震えていた。
……やっぱ寒いんだな。そう直ぐに感じ取れた。
「ねえ」
「なんだ?」
「今日の事、もしかして迷惑だったかな」
急にトーンの落ちた声。何時ものらしさは無い。
「どうした、いきなり」
「今日の伊勢……気を使ってくれてた気がして」
罪滅ぼしとばかりに私に付き合ってる。
宇和井は、そう思ってるのだろうか。突然の来訪は驚いたが、正直嬉しかった。
宇和井の怪我の状態が気になっていたからだが、コイツは怪我の後遺症のあるような素振りを見せなかった。
隠してたのか?
膝は未だ完治していないようだ。痛みが再発したのかもしれないが、宇和井の膝を直接見たわけじゃない。
宇和井が何度もソックスを直して隠す素振りも、思い出せば目に付いた。
まあコイツの事だ、聞いても答えないだろう。ソックスを無理矢理脱がすなんて変態行為もしたくない。
「使ってねえよ、普段の俺だ」
「こんな事してくれるのも、普段の伊勢?」
「サービスだ」
「女には甘いのね〜」
「怪我人連れて歩くのが嫌なんだよ」
「……どれが本音?」
宇和井は見透かしている。俺の本音を知りたがっている。
「気を使ってないけど、怪我人を連れて歩くのが嫌だから、サービスで……ってこと?」
「……もうそれでいい」
「ふ〜ん……」
それからは、俺達は声をかけることはしなくなった。会話の無い帰路は、空気が重く厭な時間だった。
俺の一人暮らし用の家に着き、宇和井を降ろしてキーケースから鍵を取り出す。
自宅謹慎喰らって実家に帰っていたから、ここに帰ってくるのは少し懐かしい。
「高校生が一人暮らし……いいな〜」
「晩飯まだだったな、どうするかな」
「伊勢って料理できるの?」
「一人暮らししてるからな。自炊くらい出来る」
「じゃあ……何か美味しいもの食べたいな」
宇和井は俺に眼をパチパチさせていた。分かりやすいサインだった。
「ニヤニヤしやがって……何か作れって言いたそうな顔するな」
「でもその手じゃ無理なんじゃないの?」
「こんなの大した傷じゃねえよ」
実際はかなり痛いが、こいつの前で弱音は吐かない。
意地と言うよりも、それが宇和井との当然の掛け合いになってきていたからだ。
鍵の開く心地いい音の後、俺達は中に入る。家に入るなり宇和井はベッドに飛び込む。
「ふああぁ〜〜やわらかい〜〜キモチイイ〜〜」
「そこでのんびりしてろ」
宇和井がベッドでゴロゴロしてるのを確認し、俺は冷蔵庫を漁る。二人分の材料は何とかありそうだ。
俺は食材を取り出し、台所へ向かう。
「お〜っ、いい匂い!」
漸く料理を作り終える頃には、宇和井が匂いに釣られてベッドから出てきた。
炒めたライスにケチャップを垂らすと、おいしそうな香りが部屋全体に拡がる。
そして俺は出来上がった料理を皿に盛り付け、テーブルに並べる。
「すごいじゃん! 伊勢ってこんなに料理上手いんだ」
「まだ食ってないのに上手いとか言うなよ」
「見た目で分かるわよ。すごくおいしそう」
目の前にはオムライスと付け合わせのサラダ。
手早く作ったが、宇和井のは希望通り卵を多く使って作ってやった。
「ねえ、ケチャップで何か書こうよ」
宇和井はケチャップを取り、俺のオムライスの上に文字を書く。
「おい、変なこと書いたら……」
ゆっくり丁寧に赤い筆で文字が生まれる。文章が長いのか、小さく何文字も書かれる。
宇和井が書き終わるまで……胸が何故か高鳴る。
気にしなければ良い事だが、今日の俺は嫌に敏感だった。
漸く書き終わり、宇和井は無言で俺にオムライスを返す。俺は小さい声で呼んでしまった。
「たのしかった……だいすきよ……」
所々ケチャップのコントロールが上手くいかずに潰れているが、そう読める。
宇和井を見ると、“わたしにもやって”と伝える視線を送ってくる。
俺は宇和井のオムライスを取り、ケチャップで文字を書く。やってみると、思った以上に書き辛い。
なんとか書き終わり、宇和井に返す。宇和井は書かれた文字をゆっくり読もうとする。
「……いただきます」
俺は宇和井の言葉を遮り、オムライスを食べる。
宇和井はそれ以上何も言うことなく、笑みを浮かべてスプーンを口に運ぶ。
「んっ!! やっぱり上手いじゃない! いいお父さんになれるわね」
「そりゃどうも」
「褒めてるんだからもっと喜んでよ!」
「喜んでるだろ。そーいや、お前は料理できるのか?」
「まっ……まあまあかな」
「じゃあ今度はお前の番だな」
「うっ…それは…………それにしてもおいし〜わね〜オムライス♪」
宇和井は笑みを浮かべて俺の作った料理を食べていた。今日一番の笑顔だった。
そしてお互い文字には触れなかった。
初めての想いの交換だった。お互い、面と向かってじゃあ言えない事を綴った。
その文字ごと食べてしまうから、証拠は残らない。
二人の心に刻んだままでいたかった。それ以上の蛇足の台詞は要らなかった。
「ごちそうさま! もうおなかいっぱい〜」
少し遅い夕食が終り、時間は午後九時過ぎ。俺は食器を集め、台所へ向かい食器を洗う。
「もう九時だぞ。どうするんだ?」
俺はテーブルで満足げに座っている宇和井に言う。
「帰るのめんどくさいな」
「何言ってんだ。親呼べよ」
「さっきメールしたら、二人とも残業だから家閉まってるって来たから」
俺は食器を置き、宇和井に振り向く。
「鍵ぐらい持ってるだろ」
「……持ってない」
「さっきの電話は何だったんだ」
「だって泊まるかもって言ったから、“じゃあ家は閉めてても大丈夫ね”って」
泊まる。その言葉に俺は反応する。
「お前……泊まるって」
「うん、言っちゃった。明日日曜で休みだからそうするって」
悪びれる素振りを見せない宇和井に、返す言葉は無かった。俺は黙って作業に戻る。
「……怒ってる?」
「……別に」
「じゃあハルカの家に泊めてもらおうかな〜」
宇和井は語尾を業とらしく延ばして言った。正面の窓に微かに映る宇和井が俺の背中をじっと見ている。
呼び止めて欲しいのが見え見えだったが、俺は答える。
「泊まっていけよ」
「……いいの?」
「ああ。こんな部屋でいいならな」
食器を洗いながら俺は言う。顔見ながらそんなことは言えない。
宇和井は腕を組んで考えているが、それは演技だと直ぐに解る。宇和井はそういう女だ。
「……仕方ないなあ! そこまで言うなら泊まってあげる」
言葉とは裏腹に嬉しそうなのはどういうことだ……とは、言い返さないでおいた。
食器を洗い終え部屋に戻ると、宇和井はソファーに座ってテレビを見ていた。
「風呂はどうすんだ?」
「そりゃ使いたいけど、いいの?」
「ああ。好きに使えよ」
聴いた瞬間に変な事を考えてしまう。そういうつもりで聞いたわけではないが、変に解釈されないだろうか。
「一緒に入る?」
「バカか!? んなわけないだろ」
「照れちゃって♪ じゃあ早速使わせてもらおうかな〜」
宇和井が立ち上がり風呂場へと向かう。先程湯を出しておいたのは正解だったようだ。
俺はクローゼットから部屋着を幾つか取り出す。
「ほら、これ使えよ。あとタオルはそこな」
「……覗かないでよ」
「覗かねえから早く入れ」
宇和井はピシャっとドアを閉める。俺は大きな溜息の後、部屋に戻ってテレビを見ることに。
今日は長い一日だった。改めて振り返ると、今日は常に宇和井と行動を共にしていた。
女に一日中振り回される一日を思いつつ、俺はソファーに身体を預けてぼ〜っとしていた。
向こうで風呂場のドアが開く音がし、俺はハッと眼が覚める。
宇和井が俺のTシャツとジャージを着て出て来ていた。
「ふ〜、スッキリした! アリガトね」
宇和井はソファーに腰掛け、髪をタオルで乾かす。シャンプーの香りが鼻腔を擽る。
火照った頬や肌や唇が艶かしい。日中見た、メイクをした宇和井と今の宇和井では又印象ががらりと変わる。
女として意識するには充分な演出だった。
「伊勢も入ってきたら? スッキリするわよ」
「……ああ。そうだな」
俺は立ち上がり、風呂場へ向かう。中へ入ると、まだ宇和井が使った直後で湯煙が未だ残っている。
湯船に手を入れると、予想外の熱湯が俺を襲った。設定していた温度よりも遥かに熱い。
「アイツ……こんな熱いのに入ったのか?」
そういえば帰りは凄く寒がっていた。自分が入るときに湯を足したみたいだ。
先に俺が入るべきだったな……そう思った。
「頭洗ってあげようか〜?」
多少エコーのかかる声が脱衣所から聞こえた。入ってくるなと言い返す前に、宇和井は間髪入れずに入ってくる。
「お前!? 何入ってきてんだ!」
「その手じゃ無理でしょ? そのまま湯船に浸かりながら、頭だけ外に出してて」
裸じゃなかっただけ良しなんだろうか。まあ普通男なら変な期待をしてしまうものではある。
俺は渋々浴槽から頭を出すと、宇和井は手際良くシャンプーを手に取り俺の頭に触れる。
他人にされるシャンプーは、美容院でもそうだが気持ちいい。
状況的に恥ずかしさは確かにあったが、もう俺は宇和井のしたい様にさせていた。
宇和井自身の言った罪滅ぼしの念が、今でも強く残っているからだろう。
「お客様……かゆい所はありませんか?」
「ないから、もっと優しくしてくれ」
「痛かった? ちょっと強かったのか……これくらい?」
「……それでいい」
「ホント、わがままなお客様ね」
浴槽から首を出す姿勢は少し苦しいが、宇和井の指捌きが様になってくると心地よさで忘れてしまう。
「わたしって……好きな人に尽くすタイプなのかな」
「振り回すタイプの間違いだろ」
「やっぱりそう? 自覚無いんだけどな〜。じゃあ伊勢は振り回されるタイプよね」
「されてる方は迷惑なんだけどな」
こういう時の婉曲的な描写は助かる。だが、お互いの主語はもうはっきりしていた。
「じゃあ……これも迷惑?」
「ああ。ありがた迷惑」
「素直じゃないな〜、うれしいくせに」
宇和井の前では素直になれない。プライドや気恥ずかしさが先行してしまう。
そんな所だけは、宇和井を羨ましく思ったりもする。
「……よし! 完璧ね。残念だろうけどサービスはここまでよ。じゃあ身体は自分で洗ってね」
濯ぎも終わった宇和井は用が終わり風呂場から出る。
一人になると少し寂しくなる。喧しい女が居ると居ないとではこうも違うのか……そう感じる。
俺は眼を瞑って適当に回想する。
慌しかった一日だが、こんな感覚になったのは、あの頃以来だった。
身体を適当に流して脱衣所に出ると、また風呂場に戻りたくなるような寒さが肌に刺さる。
急いで服を着て俺は部屋に戻ると、宇和井は先程の俺のようにソファーでくつろいでいた。
乾かした髪は潤いを得た為か、綺麗なストレートになっていた。
普段のツンツンした髪を見慣れていた俺からすると、かなり印象が変わる。
とりあえずここで、何度も宇和井が診せていた兆候に、俺は触れる。
「お前、風邪引いてないか?」
「……そうかも。さっきお風呂入ったからね」
勿論分かってる。それを加味しても宇和井は風邪気味だと思った。寒気は初期症状だ。
だが咳をしていないから、まだ大した事は無いとは思う。
「もう十時か。早めに寝るか? 今日は疲れただろ」
「そうね……そうする。伊勢はどこで寝るの?」
「俺はソファーで寝る。お前はベッド使えよ」
俺は押入れから掛け布団を出す。ベッドの布団と比べると薄いが、病人の宇和井を優先する。
「最近の夜は寒いよ?」
「厚着すりゃいいだろ」
「……なんか伊勢に悪いわよ」
「怪我が治ってなくて、更に風邪引いてる病人はベッドで寝ろって言ってんだ」
つい強い口調で言ってしまう。だが宇和井は黙って立ち上がり、ベッドへ向かった。
俺は宇和井が布団に入ったのを見届けてから、部屋の電気を全て消す。少し早めの消灯だった。
「ねえ伊勢」
暗闇から宇和井の声がする。微かに部屋に入る外を走る車のライトが、一瞬ぼんやりとベッドを照らす。
「……寒いよ」
宇和井の声色で一々気になってしまう。俺に如何して欲しいんだ。
「じっとしてろ」
「一人より二人の方があったかい……かなぁって」
……やっぱりその流れか。
「冗談よせ。病人は早く寝ろって」
「……かなり本気なんだけどな」
その言葉に心が揺らぐ。暗闇だから表情は読めない。声だけが俺に届く。
俺は立ち上がり、ベッドに静かに近づく。
いくら暗闇で静かに歩いても、俺がベッドに近づいてるのは流石に宇和井にも分かる。
ベッドの傍に着くと、月明かりでぼんやりと宇和井の顔は見える。宇和井も俺の顔は微かに確認できる筈。
もう一度宇和井の額に手を当てると、熱は先程よりもあった。頬や耳に手を滑らす。どちらも焼けるように熱い。
「冷たい。やっぱり寒いんでしょ?」
宇和井が身体をずらしてスペースを作ってくれる。
「俺は……いいって」
俺は純粋に宇和井にゆっくり休んでもらいたかった。だが、宇和井は違った。
「早く入って……あっためてあげるから」
断れるわけ無い。
「……わかったよ」
嫌そうに返すのが精一杯なくらい、俺は既に可笑しくなっていた。
俺は渋々布団を巻くって、宇和井の隣に横になる。
シングルベッドだから距離なんて保てないから、肩がこつんと当たる。
何処かにあった願望が、宇和井の言葉で呼び起こされて覚醒する。
俺は天井をずっと見つめていた。ぼんやりと部屋を照らす満月。
宇和井の指がある。触れると俺の指に絡んでくる。
宇和井を護ろうと必死になって傷ついた右手が、痛みと疼きで焼けそうになる。
すぐ側に宇和井がいる……その意識が俺の理性をゆっくりと奪っていく。
いっそ。宇和井を抱きしめれば、楽になれるのだろうか。
そんな俺の麻痺する脳回路に電気を流すのは何時もコイツだった。
突然。天井への視線がオンナの影で遮られる……そして唇も、二人を隔てていた数センチの壁さえ。
――――――――――……………。
宇和井は俺にキスをした。触れるだけの普通のキス。
柔らかなぬくもりを感じた。同時に甘い香りと二つの膨らみを感じた。
腰に巻かれる二つの腕。いきなりの事で、俺は硬直してしまう。
「今日、ずっと一緒にいてくれたわよね。無理してたの?」
「そうじゃない。少し身体が鈍ってただけだ」
「じゃあ、ちゃんと今日のデートの御返し……してあげる」
宇和井は唇から離れ、俺の胸に耳を当てていた。
「ドキドキしてる。伊勢の鼓動が聞こえる」
「風邪が移るだろ」
宇和井は顔を耳元に近づけ――――囁く。
「……移してあげる」
すぐに風邪を移されたわけではないが、頭がぼ〜っとしている。風呂でのぼせたわけでもない。
だが、目の前が暗いのも相まって、脳の熱が響く。
普段の宇和井の口調に戻ったように感じたが、それは上辺だけだった。
ゆっくりと上半身を包み込む宇和井の抱擁。俺の首筋に宇和井がキスをする。
「くすぐったい?」
「……いや」
「じゃあもっと舐めてあげる」
宇和井の舌が喉仏を突く。それに合わせて唇も這う。小さな舌をぺろぺろと舐めるのが可愛らしい。
「キスマークついちゃうね」
「もうつけただろ……お前」
「フフっ。今からよ♪」
宇和井は嬉しそうに首筋に齧り付く。
ちゅう〜っと皮膚の上から血液を頚動脈ごと吸い込まれそうになる。
吸血鬼に血を吸われる被害者も……こんな感じなのだろうか。
何故か描写されてしまう被害者の俺と吸血鬼の宇和井。鋭い牙が無かったのが唯一の救い。
くっきりとキスマークが刻まれると、宇和井は調子が出てきたようで、首から耳へ舌を這わせる。
「伊勢の耳って小さいね。かわいい」
他愛も無い宇和井の台詞だが、耳元で囁かれると悪寒が奔り意識が遠くなる。
そして、その声の主は手を静かに胸にそえて、唇を右腕に。
腕を下っていく舌が目指していたのは、さっきまで宇和井を虐めていた右手の指。
包帯がゆっくり解かれる。
「こんなになるまで魔法使ってたんでしょ?」
「お前が……気にすることじゃねえよ」
「わたしを護ってくれた右手じゃない。お礼に舐めてあげる」
宇和井は中指を咥えてペロペロ舐め始める。所謂指フェラという行為。掌にある傷口も丁寧に……丁寧に。
理屈は良く解らないが、素直じゃない時は何時もの宇和井だった。
そして傷口は時に性感帯へと変わるようだ。追加して温かな舌の感触で生きている心地を味わう。
月明かりが宇和井の右目を差し、その眼は俺を掴んで離さない。
宇和井は指の股も丁寧に舐め、俺の指は唾液だらけになってしまう。
そんな攻め方をされたことの無い俺は、呆然とただ為す統べなく受ける宇和井の玩具だった。
宇和井の舌は首に戻り、下へと向かう。
子供がふざけて遊んでるようで……痴女が犯しているようで、俺は解らない。
この際どちらでもよかった。
早く楽になりたかった。下半身に集約されつつある性欲が宇和井を待っていた。
宇和井の指が妖しく股間に触れる。こいつはこんなにエロかったか?
「伊勢だから……するのよ」
俺の意志を読み取ったのか、宇和井が念を押す。
暗闇だから、直接見なくて済むから強気でいられるのかもしれない。
あっさりと下の着衣を脱がされ、俺も衣服は全て脱いだことになる。
そして露わになった竿を宇和井は握る。螺旋に巻きつく宇和井の指は、細く小さい。
「伊勢の……大きいわね。んしょ……んしょ」
宇和井は慣れない手つきで竿を擦り始める。素人の手つきだが一生懸命に慰める宇和井が可愛い。
そしてそんな宇和井に興奮してしまう俺は、指舐めの時で既に限界だったのを自覚する。
「もうこんなに硬くなってる……伊勢ってムッツリだったのね」
誰だって硬くなる、そんな風にされたら。
言い返さないのは、宇和井の手の感触に脳が支配されているからだ。つまり……言い返せない。
おかげで嫌でも下半身に力が籠る。傘に強引に押し付けてくる宇和井の指で、時折呻いてしまう。
「もっと……大事に扱え…よ」
「痛かったの? 爪が刺さったら危ないわよね、確かに」
折角気持ちいいところで、不安を煽る所が宇和井らしい。
「口でやらないのか……?」
「汚いじゃない」
「手ならいいのか?」
「触ったこと無いから……興味本位と勢いで」
「じゃあその勢いで……やってくれ」
「焦らないで。今はわたしのモノよ」
宇和井は俺の言葉を遮ってストロークを続けるが、埒があかないのか……。
「もう……伊勢がそこまで言うなら……舌だけね」
宇和井の舌が傘に触れる。感度が一気に上がり、籠る力が増大する。
舌で舐めるのと同時に、指は何時の間にか垂れ下がっている袋へ。
「コロコロしてて可愛いわ」
宇和井の玩具と化した袋は為す統べなく弄られる。
単に指先で遊ばれているだけだが、舌との相乗効果で頭が可笑しくなりそうだ。
舌が傘を攻め、出そうになるのを抑えているが何時出るかはもう制御できそうに無い。
「だ〜め。ここ抑えとくから」
宇和井が裏筋の根元を親指で強く抑えて管を封じる。行き場の無い精液が管を圧迫する。
宇和井の顔に出すのは躊躇いがあったからある意味助かった。だが苦痛が募ってしまう。
「まだ舐めただけよ?……口でして欲しいんでしょ」
調子の出てきた宇和井は恐ろしい。
口はかなりのサディストだが、素人技量とのギャップが面白いから普段のように苛々しない。
結っている普段の宇和井と比べると、下ろしてストレートになった宇和井のほうが狂気性が増している。
傘に宇和井の唾液が纏った所で、傘と口が漸くの抱擁。
何故か宇和井はフェラだけは異常に上手く、宇和井の口の中が異常に熱くて溶けそうな位だ。
宇和井の口蓋に擦れるたびに奔る快感で、指で塞き止められる精液が暴れだす。
舌の蹂躙と唇の吸いつきを巧み操り、俺の前頭部が狂う。
即ざに傘をなぶる舌が今どはうらすじの上をじょうげする。きもちちよすぎておかしくなりそうになる。
このまま出したら、宇和井の喉に吐き出すことになるが……。
「いいわよ……口にだしても」
その言葉の淫靡な色と宇和井の口調が、決壊の決定打だった。
宇和井の指を押しのけ、精液が管を流れ逝く。
沸騰するくらいの高熱を帯びた白濁液が管を焼きながら宇和井の喉へと飛び上がり……放たれる。
「ふぁあぅ!!……んんうっ!!……」
風邪を引いてる女の喉に打ち込んでよかったのだろうか―――そんな悠長なことを考える余裕は無かった。
一度動き出すと射精は止まらず、俺は快感に実を任せ宇和井の口に全て吐き出す。
「くうぁ……宇和井、無理すんな……」
「んんぅぅうう……」
宇和井は飲み込んでいるが、喉に絡む高熱の粘液が邪魔をして苦労しているようだ。
宇和井の口から引き抜きたいが、宇和井自身が抱きついて離さない。
「ううっ……ふはあ。苦しかった」
「無理すんなって言ったろ。風邪ひいてんのに」
「……伊勢のだから零せないわよ」
「どこまで自分勝手なオンナだな、お前」
「うん。よく言われる……」
それまでも宇和井に奪われたら俺の立場が無い。
宇和井に犯されるのは悪くないが、それ以上に俺が宇和井を犯したい。
何時だって単純な理由が俺を突き動かすんだと思うと、何処か寂しい。
衝動で宇和井を押し倒すと、両手を広げて俺を待っている。
「……来て」
言われなくてもそのつもりだが、一々先を取る宇和井。
下半身もあっさり復活し、俺は宇和井の柔肌を抱く。
裸同士が抱き合って触れ合うと、言葉以上に愛おしさがこみあげてくる。
絡まる互いの舌と唇。前戯はそれだけでいい。
宇和井の小さな身体が益々小さく感じる。でも今までで一番近くに感じる。
互いの性器の表皮は、互いの放つ体液で既に塗り固められていた。濡れた両者を俺が腰を動かして邂逅させる。
一度盛大に吐き出した俺の方は、再隆起して顔を覗かせる。
抱き合うのは胴や肢体だけではなかった。結ばれるのは簡単ではなかった。
だから……酷く疲れる前に、俺はその作業に入る。
宇和井の言葉は、耳元で囁かれると淫靡に聞こえてくる。
「……なんだかエッチね」
「嫌いか?」
「ううん……伊勢ならいい」
宇和井が俺に委ねるサインだった。
「熱でおかしくなっちゃったのかな……わたし」
宇和井を横へ寝かせると、熱が吐息と声に乗せて俺まで届く。
そして今度は俺から宇和井へ。熱を帯びた宇和井の唇を優しく包む。
「んっ……ふぅん……」
重なる口端から漏れる声。普段の強気な声とは違う、小さくて可愛い声。
優しく触れた後、下唇を咥える。軽くて繊細な唇の感触を味わう。
最初は強張ってた宇和井の唇は、段々と順応して俺の唇に唯従う。
宇和井の唇が少しずつ開く。嬉しさからだろうか、気持ちよさからだろうか。
少なくとも俺は、受け入れてもいいと言う意思表示に感じた。漏れる声も回数が少しずつ増えていく。
舌をゆっくりと入れると、熱で舌先がヒリヒリする。
体温を測った時には既に熱かったが、中はそれ以上の熱を帯びていた。
そして渇いていた。宇和井が水分を余り取ってなかった所為だろう。
俺の唾液が宇和井の口腔を満たしていくのが感じ取れる。
「……はぁ……はぅ…い…せぇ……」
乾いた口腔の奥から俺を求める言霊。甘く蕩ける様な波長の波が聴覚に、感触が舌に。
宇和井の舌に絡まると、その刺激は増幅する。暗闇に響く卑猥な舌と、舌の抱擁の擦れる音。
俺は宇和井を求める。宇和井はそれを受け止める。
互いの指が交差し、紡いで離れない様に強く握る。絶対に離れない様に。
ゆっくり離れると、唾液が糸となって互いの口を繋ぐ。月明かりに浮かぶ宇和井の表情は愛おしい。
俺はTシャツをゆっくりと捲る。細く白いくびれが月明かりで照らされ、艶かしい。
上まで捲ると膨らみが顔を出す……下着は着けていなかった。
「着けないほうが楽だからさ……」
くっついた時に感じた柔らかさはその所為だった。
俺はその膨らみを手で包むと、綺麗な形の胸は触れる度に肌が窪み、グミのような柔らかな感触が掌に拡がる。
「……んうっ!……うふぅ……」
胸に触れると宇和井の反応が大きくなる。
「此処、弱いのか」
「……そう…かも」
中央の蕾が綺麗な半円に弧を描く。躊躇わずに口に含むと、宇和井が少し身体を撓らせる。
「ふぁあ!!……ひゃぁっ…………」
宇和井の言った通り、胸は弱いようだ。少し愛撫しただけで蕾は早くも勃起し始める。
感部と口が絡み合う側で、手を土台に沿え張りのある乳房を丁寧に揉む。
半円の円周を優しく包みながら唇で熱を与え、熱を惜しまず加える度に、宇和井の背中が弓のように撓る。
喘ぎ声は必死に我慢してるようだ。
俺の前だからだろうが、俺からすると必死に口を瞑って我慢している宇和井で余計興奮する。
そして―――必死で口を紡いで我慢してるのが可愛いな。
……そう言うと、宇和井が顔を赤くしながら喘ぎ声を漏らすから余計昂揚する。
胸の柔らかさが心地いい。
風呂上りで肌がすべすべしていたのもあるが、宇和井の肌自体がきめ細かいのもあった。
五指全てで下乳を覆い丁寧に撫でる。上から無理矢理じゃなく、御椀に下弦を書くようにそっと。
片方の胸は快感、もう片方は心地よさと安心―――宇和井も俺と同じ感覚を味わってるはず……だが快感だけは俺の何倍も上だろう。
ボディソープのほのかな香りに宇和井の発する媚香が混ざり、段々と五感が支配され始める。
投げ出していた宇和井の手が俺の頭に伸びて、まだ乾き切ってない髪の毛に指を絡め、母親のように優しく撫でる。
差し詰め今の俺は、母乳を吸う赤ん坊か。
―――大きな赤ん坊ね……フフっ、可愛いわ。
そんな風に思われてたら嫌だが、宇和井はそれどころじゃ無さそうだから大丈夫か。
神経が既に乳首の方に逝ってるみたいだ。どんどん硬くなり、宇和井の反応も大きくなるのが良く分かる。
ここで左右の攻めを交代する。吸っていた乳首は指で、乳房を撫でていた方は愛撫。
指は唾液の所為で、勃起した乳首を上手く摘めず引っ掻いてしまう。
だが宇和井にとってはそっちの方がイイようだ。
もう一方は、未だ触れてなかった御かわりの実。
汚されていない未熟な果実を口に含むと、宇和井の身体がまた一つ大きく跳ねる。
そして未だ熟れない小さな実に俺の舌と唇で熱処理を加えると、熟れた果実に肥大化する。
その成長の過程は、口の中でじっくりと味わえば手に取るように分かる。
根元を攻め、先に触れ、全体を包む。
宇和井の喘ぎ声が可愛い。もっと聞きたくて、俺はずっとその工程を続けていた……熟れても熟れても。
気が済むまで戯れていたら、俺の髪に絡まる手が何時の間にか投げ出され、シーツを掴む事さえ出来ずにいた。
気力無き声が宇和井から漏れる。
其処まで気持ちよかったのか……しおらしい宇和井の姿と、普段の振る舞いとのギャップが強くて興奮せざるを得ない。
その証拠に、俺の下半身は既に挿入したがっている。
弛緩している今の宇和井の両脚をあげて……果肉に傘を押し付け……捩じ込んで……。
俺の本能が空転する。俺の下半身は、今か今かと媚薬入り果実との抱擁の刻を待っている。
だが安易にぶち込んで終わるなんて愛の無い、芸の無いセックスはしない。
意志さえ持てば耐えれる。今は宇和井が悦ぶことをしてから……。
完全に、俺の意思決定の優先順位が、自分自身よりも宇和井のほうが上になっている。
宇和井は荒げた心拍と呼吸を整えるのに必死だった。
女が感じた時に漏れる独特の呼吸……息を吸い込んだときの喘ぎ声と、吐く時の唇を舐めて擦れる音。
宇和井の顔に近づけば、その声と吐息が顔にかかる。
俺は宇和井の前髪を優しく掻き揚げる。
月明かりは都合良く右眼しか照らさないが、その右眼は此方を見つめている。
薄暗闇で確認できない左眼も、俺を捉えてるに違いない。
掌が熱い。宇和井の額の熱が皮膚をじりじりと焼く。小さな顔が微細に動き、唇を此方に向ける。
「もういっかいして……」
俺は上着を脱ぎ、再び唇を重ねる。唇を重ねるのが当然になっている。
それでも感触は何度やっても変わらす、心地いい。
舐めるように宇和井を包む……唇も身体も。抱きしめると、細い腰が俺の身体に纏わりつく。
胸板に宇和井の胸が触れると、痛々しく勃起した乳首が肌を突く。
柔らかな乳房がクッションになって熟れた実を包んで、俺を攻める。
腕に力を籠めると、宇和井の身体が俺にしがみ付く。上の口を塞ぎ、俺は下の方に手を伸ばす。
俺の貸した部屋着のパンツの中に手を入れ下着に手を掛けると、俺を掴む指に力が籠る。
指をそっと潜らせ、微量に生えた恥毛を横切る。
指の関節を曲げた先に、熟した果肉が露になって俺を待っていた。
其処は既に蜜が溢れていた。指に絡む宇和井の蜜の量は、前戯する必要は無いのかと思わせるくらいだった。
胸を攻めただけでこんなに濡れるのか……確かにキスや抱擁を何度もしたが、それでも異常だ。
「そんなに良かったのか?」
「だって……キモチよかったんだもん」
「……どこが?」
「チューとか胸とか……伊勢が触れたところぜんぶ」
素直でストレートな答えだった。宇和井らしくて、俺は嬉しかった。
指が窪みの縁を沿って行く。そして少し盛り上がった丘の上を、俺の指が這う。
這わせている間の宇和井の反応を見るのも悪くない。
焦らされているのが苦痛に感じているはず、俺は宇和井自身から懇願はしないと思ってるからだ。
喘ぎ声さえ漏らすのを抑えていた為だ。
ただ……俺が其処まで我慢できない。下半身は其の刻を待って、硬度を増している。
焦らしたいが、蜜は充分に恥丘に塗りたくった……もういい。次に移らないと暴走する。
俺は指を入り口に埋めると同時に、宇和井の反応が変わってくる。
指の第一関節を起点にし、指をぐるっと中で泳がしてみる。
「はぁぅ……ふひゃ……」
露骨なまでに反応が変わっている。此処も弱いようだ。
二本目は入るだろうか……大丈夫だった。中指と薬指が宇和井の蜜壷に吸い込まれる。
今度は第二関節まで入れてみると、既に肉壁は、侵入者を拿捕しようと圧を加えてくる。
そして宇和井は自衛のつもりが、自分をより快感に堕とす行為だとその後気づく。
密着度が増すと、摩擦も大きくなる。指に食い込むヒダが常に擦れる感覚が俺にはある。
「んあぁ…!!……くううぅ……」
押し返すと、宇和井の喘ぎ声が強くなるのが顕著に見て取れた。
指に絡む蜜の音が本当に厭らしく、卑猥な音だ。
捏ね繰り回せば蜜が溢れ、宇和井の声も内側から捻り出される。
最初の切なそうな声は既に枯れ、艶やかさで染まる喘ぎに変わる。
入り口が圧で締まり、身動きが取れなくなり、指の平だけを巧みに使って肉壁を攻め立てる。
「ひゃめっ……」
ヒクヒクと波打つ肉壁を、指でマッサージして解す。指圧で滲み出る蜜がその空間に押し留まり、水溜りが出来る。
プールごと押し返せば、肉壁は蠢き入り口が耐えかねて口を開く。壷から溢れる蜜が俺の腕をつたってシーツを汚す。
「はぅう……んんぅ……」
右手に力を籠め過ぎた作業を繰り返した為に、俺は酸欠になってしまう。
宇和井の秘部を一心不乱に攻めていて、緊張の糸が切れたのもあるが、傷ついた右手を酷使したためだ。
行為の最中は脳の興奮物質である程度抑えていたが、ここに来て痛みが脳に廻り響く。
だがその痛みは、宇和井の右膝に較べれば屁でもない。
宇和井の喘ぎ声をもっと聞きたい。もっと。もっと。
宇和井の絶頂の瞬間に俺は意識が崩れる。対して宇和井にあった恥じらいの体勢が今は欠片も無い。
快感が全身に廻るのを俺は眺めていた。こんなに可愛いと思ったのは初めてだった。
「……ひゃぁ……い…せ……」
俺の側に撒いた蜜は酷くシーツを汚す。俺の右手の傷を如何してくれるんだろう。
その前に抑えないといけない。鎮めないといけない。衝動は愛情と興奮を生む。
「だァめ……イったのに…いれたら……」
そっちの方が気持ちいい。宇和井も俺も……そして容赦は出来ない。しない方がいいし制御出来ない。
「……入れるぞ」
俺は傘を口に添える。表皮に蜜がこびり付き焼き付いてくる。これだけで満足していたら身体が持たない。
「……伊…勢………」
宇和井が最後に言ったまともな言葉だった。後は普段のこいつに全くそぐわない喘ぎ声を出していた。
中を突き進むと、指で触れた時とは状況が違っていた。
根元まで全力で締め付けてくる宇和井。時折ヒクヒクと波打つと竿にリンクして吐き出しそうになる。
歯を喰い縛って耐えるが、宇和井の喘ぎ声で違う方に慢心してしまう。
黙らせようと俺は宇和井の身体を持ち上げ、抱き寄せて口を塞ぐ。
狂ったように舌を絡めてくる宇和井に、狂気が俺にも次第に移されていく。
「く……るふぃいよ……ひぃもちい……」
下から何度も突き上げ、身動きの取れない竿を奥に捩じ込む。融けるように熱くてねっとりした宇和井の中。
その抱擁は竿が壊死してしまうくらいにきつく締め付ける。この体勢で無いと奥に捩じ込めない。
小さな宇和井の身体が跳ねる度にもう射精したような位、快楽が舞う。
そうなると俺は何度吐き出したことになる……数え切れない。
脳内擬似では何度も絶頂に向かったのを、実際に吐き出したら……余裕の無い俺が考えただけでもヤバいことになりそうだった。
互いには隔たりは無い筈だったが、互いの粘膜が間に入って俺を奥へ送り込む助けをくれる。
ドロドロに絡まる俺と宇和井の体液に……もうすぐ新たな仲間が加わることになる。
それは宇和井の中を侵食し、全身に伝播し満たしていく。
吐き出した俺は蛻の殻になるが、宇和井になら構わない。お前になら構わない。
呆気無い幕切れと狂気の終焉は、背反してはいるが同時に起こる。
「!!!!……っ!!!……ぁあぁあ……!!……イっく……」
全てを吐き出した俺は宇和井を抱きしめ眠る。
こんなにも温かな布団は初めてだった……体躯も竿も宇和井の温もりで満たされる。
俺を呼ぶ声はきっと宇和井だったんだな。宇和井の指が俺の頬を掠める所までは憶えていたから。
朝日が部屋に差し込む。適度に空に散りばめられた雲が橙色の光線を和らげてくれるから、そこまで刺激的じゃない。
この時期の朝は冷たい。外に出るのが億劫になる。俺は宇和井に奪われた布団を奪い返す。
「う〜ん……返さないんだからぁ……」
寝ぼけている宇和井の言葉が的確で、俺は起きてるのかと疑う。
だが……寝息を再び立ててスヤスヤ眠る宇和井を確認し、俺は宇和井ごと此方に抱き寄せる。
「どこまでも無邪気な奴だ」
痛みの無い朝日のおかげで、再び眠りに就くのも容易かった。
眼を覚ますと、宇和井は居なかった。
ベッドの側に昨日貸してやった俺の服が置いてあった。その上に書置きが置いてあった。
昨日は楽しかったわ
わたしのわがままに付き合わせちゃったわね
寝顔が可愛かったわ♪ わたしとヘンな事する夢でも見てたのかしら?
次に会うときは執行部の部室よ! ちゃんと来なさいよ!
アナタだけの魔法執行部次期部長より
「お前には部長なんて無理だろ」
書置きの突っ込んでも虚しい。俺は洗面所に向かった。
宇和井と重なった夜。
あれは夢……そんなことは無い。シーツの染みがそれを物語る。
それに、俺は宇和井の感触を憶えている。ぬくもりも、匂いも、触れたときの温度も。
記憶が途切れたのは、あいつが俺を呼んでいる声だ。
初めて聞いた宇和井の懇願。夢なら確かに納得する。
俺は顔を洗って、朝食を作ることにする。
明日は学校だ。部室には行かない。たとえあいつの願いでも。