「お母さん、わたしにもちょうだい」
胡玖葉の母は料理を作り終え、椅子に座って牛乳をコップに注ぐ。
「姉ちゃん最近よく牛乳飲んでるな。そんなに飲んでも身長はのび……」
胡玖葉は大賀を睨みつける。
「さっきの無し!! 頑張ってればいつか……な?」
「あんたに励まされても嬉しくないわよ」
「もう! あんたたちって何時もそうなんだから。仲良くしなさいよ」
胡玖葉はリモコンを取り、昨日深夜録画した音楽番組を再生する。最近お気に入りのインディーズバンド“GYAK SATU”の新譜情報のためだ。
早送りすると、お目当ての場面が映る。
「今回の新曲はバラード……はあ〜……」
「姉ちゃんバラード嫌いなん?」
「大賀……今日のこと忘れたの?」
「あっ!! 悪い、でも柊父に逢いに学校に来るとは思ってなかったからさ」
「大賀ってあの先生と仲良いの?なんか親しげなんだけど」
「いやっ……まあ色々世話になってるからな」
「ふ〜ん。いいなあ、わたしも聖凪の学生になりたいな」
胡玖葉は自分の高校時代を思い出す。
始業式に三年の不良っぽい男子にチビって弄られて早速蹴り飛ばしたら、それ以降……男子は誰も相手にしてくれなくなってしまった。
一部の武闘派の男子にはファンクラブがあったと友達が言っていたが、胡玖葉はそんなムサい男には興味が無い。
弟の大賀は、聖凪高校という学校に通っていて、実は今日その聖凪高校に赴いていた。
赴いたきっかけは、大賀の忘れ物を届けに行った二月、ある教師に一目惚れしたからだ。
そして半年後の今日、漸く行動に移すことになった。
夏休みだから時間も充分あったし、親族として学校に入ることが簡単そうな時期だったからというのもあった。
結果は……惨敗。
お母さんやお父さんを責めたくないけど、この身長じゃあやはり厳しい。
でも、もう一度ちゃんと会ってお話したいという想いが胡玖葉にはあった。
今日見た感じだと、聖凪高校は独特の雰囲気。
あの大賀が必死に勉強して入った学校だと思えば、大賀の気持ちもよく分かる。そして段々と聖凪高校に興味を持ってしまう。
「魔法で身長を大きくできればなあ……ねえ大賀、あんたって学校の生徒会に入ってるって言ってたわよね?」
「ああ。正確には生徒会まほ……じゃなくて生徒会執行部」
「えっ? 執行部?」
「そう! それ。まあ校則違反者を取り締まる役職。要するに風紀委員みたいなもん」
「ふ〜ん、あんたそんなことやってるんだ……ねえ、聞いてもいい?」
「ん? なに」
「今日は夏休みだから学校に入れるかな〜って思ったけど、やっぱり無理だったのよ。どうすれば学校に入れるかな〜って思って」
「マジ!? 姉ちゃんそんなに柊父のこと気にいってんのか」
「まあ……それもだけど、大賀の通ってる学校に興味あるからね」
「でも入るっていってもなあ……」
「制服とか余ってないの?」
「なに言い出すんだよいきなり!」
「制服とプレートだっけ、それがあれば入れるんでしょ?」
「簡単に言うなって。大体、姉ちゃんが制服着て学校入ったら、すぐにバレるんじゃ……」
「……それって、わたしの背が小さいからってこと?」
「違うって! そうじゃなくてさ、今日俺のクラスメイトに思いっきり見られてただろ? それに完全に不法侵入じゃねえかよ」
「あっ……そうだったわ」
「学校には入れないけど、今日みたいな待ち伏せしてれば会えるじゃん」
「うん、そうなんだけど……」
やっぱり無理だと判断し、胡玖葉は食器を洗い場に運んで自分の部屋に戻り、音楽をかけて横になる。
それでも諦めきれない想いがあった。
―――やっぱりもう一回、学校に行ってみよう。
another side of M:67
九月。大賀は今日が二学期の始業式だった。
胡玖葉は生徒が登校を終える九時前に聖凪高校の校門前に着く。校門は閉じられ、高い塀がその周りをぐるっと囲っている。
「前みたいに来客用の受付じゃあ、通してくれないよね。やっぱり」
胡玖葉は出来るだけ校門から離れた塀に回り込み、よじ登って中の様子を確認しようとする。
だが塀が高すぎて届かない。胡玖葉の身長の所為もあるが、やけに高く作られているような印象を受ける。
「もうっ! でも壁を蹴って跳んだら、塀を飛び越えそうだし……仕方ないわ!」
胡玖葉は意を決して塀を蹴り、その勢いでジャンプしてみるが。
「きゃあっ!!!」
胡玖葉は見えない壁に弾かれ、尻餅をついてしまう。何度眼を凝らしても何も無い塀の上の空間に、確かにバリアのような壁があった。
「どういうことよ……もういっかい!」
考えても分からない胡玖葉は、もう一度挑戦する。だが塀を越えようとすると、またしても見えない壁が邪魔をし、再び尻餅をつく。
「も〜!! 通してよ〜!!!」
胡玖葉は後ろに下がり、助走をつけて全力でジャンプする。そして跳躍した状態から、塀の上にある見えない壁に向かってキックする。
「やった!!」
パリンという割れる音と同時に脚は壁を貫き、学校内の領域の侵入に成功する。
胡玖葉は高飛びの選手のように塀を飛び越え、地面に着地する。
「ふう……これが大賀の通う学校ね。でもどうしよう。とりあえず大賀に連絡しないと」
訳のわからない壁を突破し、うきうきしたい所だったが、勢いで不法侵入をしてしまったことに罪悪感を憶えてしまう。
胡玖葉は大賀の携帯にメールを送る。もう少しで始業式が始まるはず。
「大賀の返信が来るまでは隠れていないとね」
胡玖葉は隠れる場所を探して学校内の周囲を周る。
少し行くと、少し走ると、隠れるのに絶好な茂みを見つける。
そこは静かな場所で人気も全く無く、校舎の離れ的位置だから生徒には見つかることは無さそうだ。
「ここなら大丈夫かな。さすがに私服でぶらぶらしてたら怪しすぎるし」
胡玖葉はしゃがみこんで大賀の返信を待つ。
十分後。
大賀からの返信は未だ来ない。始業式が遅れているのだろうか。
胡玖葉は一応、もう一度大賀にメールを送信しようと携帯を開いた時だった。
「(えっ? どうして生徒がここに……)」
一人の生徒がこちらに向かってやってくる。始業式が始まっている時間の筈だ。
「(あの人カッコイイっ!! でも年下よね、う〜ん……)」
年下は無視してきたため、どうも認めれない所がある。でも素直に胡玖葉のタイプのルックス。
その男は胡玖葉の前を通り過ぎて、向こうに生えている木に寄りかかる。
「(声かけたいけど……我慢しなきゃ)」
さらに十分後。またしても生徒が現れる。今度の生徒は帽子を被っている。
「またカッコイイ男……あっ!! あの帽子欲しい!)」
胡玖葉は髑髏の刺繍に凄く惹かれるが、我慢しないといけない。
腕時計を見ると、もう二十分経つ。始業式は終わったんじゃないかという疑問がどんどん大きくなる。
「滑塚さん、どこです?」
帽子を被った生徒は誰かと待ち合わせだろうか、辺りをきょろきょろと見回している……すると。
「滑塚さん!!」
帽子の男が後ろを振り向く。胡玖葉もその先に視線を向けると、また生徒が現れている。
額に猫の引っ掻き傷のような傷跡がある男。胡玖葉はどうしても生え際の後退が気になってしまう。
帽子の男と、胡玖葉的にオデコが気になる生徒が会話をしていると、またしても新展開が起こる。
いきなり帽子の男が宙に浮いた。
「(えっ!? なにコレ! どうなってるの!?)」
なにかの手品でも見ているのだろうか。帽子の彼が宙でもがいている。
見た感じだとオデコ男が持ち上げてる姿勢だが、どう見ても三メートル以上は浮いている。
another side of M:68
『っぐぁあああああ! 何しやがんだー!! このデコ!』
「ちょっと誰!? 誰が喋ったの? あの帽子の人から聞こえたけどあの人の声じゃないし……」
何かマズそうな雰囲気になるが、胡玖葉の横を最初にここを訪れた金髪の男が何時の間にか現れる。
その手には何時の間にか巨大な鎖を持っていた。
「(でかすぎっ!! 今度は何よ、あの鎖……)」
「魔法執行部同士で内輪モメですか。こんなトコでやられると迷惑なんですけどね」
「伊勢!」
金髪の彼は巨大な鎖を駆使し、帽子の彼を助ける。
「(迷惑なのはわたしもなんだけど。それに今“魔法執行部”って言ってなかった?)」
大賀も執行部と言っていたが、魔法執行部という単語を聞くのは初めてだった。
だがさっきの浮遊と今の巨大な鎖を見ると、魔法の存在を肯定しないといけないのかもしれない。
そして。大賀と同じ執行部なら、大賀の先輩だろうか。
胡玖葉が色々と考えてるうちに何時の間にかあっさりと戦闘は終わり、三人は仲良く話をしていた。
「さっきまでの緊迫感が全くもって無くなってるわね……単なる喧嘩?」
こっそりと茂みをかき分けて側に近寄り、会話を聞いてみる。
だが胡玖葉にとっては学校の話題には着いていけず、唯一分かったのは帽子の男が永井という名前だと言う事だけだった。
三人の話が終わったらしく、三人はそれぞれの方へ去っていく。
胡玖葉はバレずにいてほっとしていたが、どうやら始業式が終わったらしく体育館の方から生徒達の声がする。
「やばいじゃない。校舎の空き部屋に隠れたほうがいいのかな……たぶん一端教室にみんな戻るから、それまでに隠れてやり過ごせればいいわ」
段々と生徒の騒ぎ声と足音が少なくなってくる。
そして再び静まり返るのを見計らって、茂みから姿を出して校舎に入って極力声のしない方を選んで校舎内を進む。
興味本位で飛び込んだために、見つかったら終わりのかくれんぼに変わってしまった。
胸に嫌な緊張感を常に持ちながら、胡玖葉は隠れる場所を探す。
「ここの制服があったら、こんな風にこそこそせずに聖凪を探検できたのに〜……」
―――ねえ。アナタだれ?
側で声がする。胡玖葉は辺りを見回すが、誰もいない。
―――探してもわたしは見えないよ。アナタ制服着てないから、部外者なの?
「なにこれ……幻聴?」
―――大丈夫。アナタだけにしか聞こえないように話してるから。ねえ、誰か教えてよ。
「えっと……わたしコクハ。九澄胡玖葉っていうの」
―――えっ!?九澄?じゃあ、九澄大賀っていう人知ってる?
「知ってるも何も、わたしと姉弟だけど」
―――え〜〜!!大賀の妹さん!?
「…………姉なんだけど」
―――ええ〜〜!!お姉さんなの!?
胡玖葉は怒りを天の声にぶつけたいが、相手が見えないために半泣きになる。それよりも折角だから天の声に質問してみることに。
「ねえあなた。ここに詳しいの?」
―――うん!夏休みにマンドレイクの芽を植えたから大丈夫。
「マンドレイク?……よく分からないけど、どこかに制服とかないかな? 制服さえあれば隠れる必要無さそうだから」
―――制服?……あっ! 購買部の裏に一つ余ってるみたい。サイズを間違えてSSSを注文しちゃったみたいよ。
「わたしそんなに小さくないのにぃ……」
―――まあそう言わずに!とりあえず、姿を見せようかな。
天の声が消え、胡玖葉の前に妖精が現れる。掌に乗るくらいの大きさで、髪が長いのが印象的の可愛い妖精だった。
「わたしはルーシー。大賀のパートナーよ♪」
「大賀の知り合いなの? じゃあ大賀の居場所もわかる?」
「……今は教室でホームルーム中みたい。だから先に制服手に入れようよ、購買部は今誰もいないから」
妖精のルーシーが先導して胡玖葉を購買部へ導く。
生徒のいるクラスの横をしゃがんで通ったりして、結構危ない所を縫って進んで……あっという間に購買部に着く。
「コクハ〜! 早くしないとホームルームが終わっちゃうよ〜!」
ルーシーが制服の眠る倉庫に飛んでいく。
この学校について聞きたいことがたくさんあったが、一先ず後回しで急いで倉庫に入って制服を探す。
「……あった! これね」
色んなダンボールを漁った後に、漸く聖凪の制服を見つける。裏地にあるサイズ表記はSSS。
そんな制服が手配違いとはいえ何故存在するのかツッコみたい胡玖葉だが、今は疑問に思ってても仕方ない。
「はやく着替えて!」
「わかってるわよ。よいしょっと……」
身体にジャストフィットするのは嬉しいが……どこか悲しい。
胡玖葉の体型だと、このサイズが丁度なのかと思うと切ない。夏服だったのが幸いで、着替えはすんなり完了する。
「似合ってるよコクハ! 可愛い〜!」
「そう? 鏡が無いから分からないわ」
「ネクタイ見せて……ラインが二本だから二年生の物ね」
「とりあえず、わたしの私服を女子ロッカーに置きに行きましょう」
女子ロッカーの場所はさっき通り過ぎたから分かる。二人はロッカーを目指した。
胡玖葉とルーシーがロッカーに向かう途中で、生徒達が再び廊下に現れる。
一応隠れながらロッカールームに入って、開いているロッカーに私服を隠す。
「ふう。なんとか間に合ったわね」
「じゃあ大賀のところに行く? 大賀のクラスも終わったみたいだよ」
「でもあいつのクラスメイトには顔を見せるわけにはいかないのよ。一度見られてて、大賀の姉ってことも知ってるから」
「そっかぁ……あっ! ごめんコクハ、わたし一端校長室に帰らないと」
「えっ!? 帰っちゃうの!?」
「うん……のどが渇いちゃったし、校長先生の言いつけだから。ごめんね」
ここからはルーシー抜きで何とかしないといけない。制服を手に入れてある程度のごまかしは利くが、バレない保証は無い。
「じゃあ二年生の教室に行くのは? 制服は二年生用だし、ここにも生徒が来るだろうから、今のうちに紛れて誤魔化した方がいいよきっと」
「二年生か……う〜ん」
「でも執行部には気をつけてね。多分不信者だってすぐにバレる可能性あるから……特に黒髪でツンツンで縛ってる人! すぐ大賀に抱きつくから苦手なの」
「わかった、そうするわ。あと大賀にはわたしのことは言わないで」
「どうして?」
「なんでもよ。それじゃあ、ありがとねルーシー」
「将来のお姉さんになるかもしれない人だもん♪じゃあね〜」
ルーシーは胡玖葉の元から去ってしまう。心強い味方がいなくなるのは寂しい。
「この学校についての疑問は聞きそびちゃったけど、それは大賀を捕まえてから聞けばいいわ」
胡玖葉はロッカーをこっそり出て辺りを見る。懐かしい高校生活を味わいたい所だが、そんな余裕は無い。
「こそこそしてたら逆に怪しいよね。制服着てるんだから、堂々と二年生の教室に行こっと」
胡玖葉は駆け足で階段を駆け上がった。二年生の教室前の廊下も、一年生のそれと同じだった。
身長の低い胡玖葉は、廊下で立っているよりも教室に入って席についているほうがバレにくい。
身長の関係で目立ってしまうのは胡玖葉としては悔しいが、これも我慢しないといけない。
胡玖葉はなるべく人混みの少ない教室に入って、空いた席に座る。
「でも、人混みに紛れた方がバレないのかも」
そう思いながら、廊下を眺めて辺りを窺っていると……。
「ちょっと誰? わたしの席なんだけどな〜」
振り返ると、黒髪で後ろ髪を縛った片目の女子だった。ルーシーの言ってた子だろうか。だとしたら執行部の人になる。
「あっ……えっと……」
急に生徒に話しかけられたのが予想以上にビックリし、胡玖葉はパニックになってあたふたしてしまう。
そこに追い討ちで、もう一人の生徒がやってくる。
「どうしたの玲、はやく部室に行こうよ」
「ねえハルカ……この子うちの学年にいたっけ?」
「いっ!!? (この子鋭すぎ!やばいよ〜)」
「ちょっと失礼じゃない、ちゃんとネクタイ見て」
ハルカと呼ばれた女の子は落ち着いた雰囲気で、黒髪の子をなだめている。胡玖葉は、この子の話に合わせた方がいいと感じる。
「……まあ確かに二年生の制服だけど」
「ごめんなさい。玲ったら最近執行部が忙しくてイライラしてるみたいで」
「いっいえ……気にしないで」
「だってハルカ、九澄が未だに魔法使わないのよ!? 今日は言ってやるんだから!」
ここで胡玖葉は考えた。
玲と呼ばれた黒髪の子は大賀の知り合いだろうか。同じ執行部なら先輩のはず。
それよりも、この子の言葉からまた“魔法”という単語が出たことが気になる。
先ほどの出来事やルーシーを見ると、それが当然に感じてしまう胡玖葉。
そして同時に、少し前に見たカッコイイ生徒も執行部って言ってたのを思い出す。滑塚に、永井に、伊勢……。
このハルカっていう人は信用できそうだが、胡玖葉は誰の名前を聞けばいいか悩む。
二人が世間話している間に胡玖葉が選んだのは、永井と言われた帽子の男。
あの人のネクタイだけは二本ラインだったのを微かに覚えていたからだ。
上手く話を切り出せるだろうか心配をしてる間も無く、胡玖葉は行き当たりばったりで聞いてみる。
「あの、執行部に永井っていう人はいる?」
「支部長のこと? なになに、支部長に何の用?」
「永井くんなら執行部の部室にいると思うけど……何かトラブルでもあったの?」
「そんなんじゃなくて……えっと……帽子がカッコよかったから、見せてもらおうかな〜って」
「な〜んだ帽子の方か。でも“あいつ”、いっつもわたしをブスって言うのよ!? どこがブスなのよ〜!」
「わたしも仕事をミスしたら『ブス!』って言われるけど……」
「(……帽子の彼って、女に口が悪いみたいね。玲って子はなんか冗談っぽくても、ハルカって子にまでそんなこと言うなんて。なんか誠実そうだったのに残念だな〜)」
「はやく行こうよハルカ。また“あいつ”に怒鳴られるわ」
二人は部室に向かうようだ。
「(もしかして……部室にいれば大賀に会えるし、道中も二人といれば怪しまれずに済むんじゃないかな)」
胡玖葉は勝負に出る。友達としてこの二人と一緒に行動すれば一人より危なくない……そう考えた。
「あの……わたしも部室に行ってもいい? 帽子が見たくて」
「いいわよ。どれだけ忙しいかを生徒に見せるのも大事だし。そんなに支部長の帽子が気に入ったんだ……変わった子ね」
「(んも〜!! 玲って子、わたしを完全に子供扱いじゃない!!)」
玲が胡玖葉の頭をぽんぽんと撫でる。胡玖葉はまたしても泣きたくなるが涙は瞳に溜めて我慢する。
「それじゃあ三人で行きましょ! えっと…………」
ハルカが此方を見て戸惑っている。胡玖葉は名前を聞きたがっているように見えたので、自己紹介をする。
「コクハよ。苗字は……」
「ごめんなさい。それじゃあ行きましょ、コクハさん」
胡玖葉は執行部員の玲とハルカについていくことに。苗字を何にするか迷っていたが、追求されずに済む。
とりあえず味方がいると堂々と廊下を歩けるのは助かる。
「でもコクハって、背が小さいよね。わたしも結構小さい方だけど、それでもなんか……」
玲には早速呼び捨てだった。彼女らしかったが、言われた年上の本人にはかなりきつい。
「玲ったらすぐに余計なこと言うんだから。気にしなくていいよ、コクハさん」
「ありがとう、ハルカ」
ハルカは玲のお母さん役のような印象だった。胡玖葉にとっては、今の所ちゃんと敬語で返してくれる貴重な生徒である。
だがそんな和やかな雰囲気も一気に消え去る。
「きゃあっ!!!」
胡玖葉の脚に何かが掴まる。誰かに握られたような感覚だが、側の二人には何も変化は無い。
「どうしたの?」
「なんでもない……ひゃあっ!!」
今度は胸。元々掴むほどのモノは無いが、中央の蕾に触れると鳥肌が立ってしまう。
胡玖葉は胸を押さえるが、腕の中で何者かの掌が胸を触っている。
「ごめん!! 二人とも先に行ってて!」
胡玖葉は近くのトイレに駆け込む。
個室に入って身体に纏わりつく意味不明な手を振り払おうとするが、今度は下に手が伸びる。
「ひゃぁっ……やめてよ……」
個室に入った理由はただ一つ。
感触があるが実体が無いから、魔法で姿を消した透明人間の仕業だと胡玖葉は確信したからだ。
胡玖葉は目の前の空間を思いっきり蹴り上げる……が、空振り。それでも手はスカートの中に侵入し、中を強引に漁る。
「ふあっ……もう……どこよぉ……」
トイレの個室という小さな空間は全て手探りで探したが、相手の感触は全く無い。
正反対に、胡玖葉の下半身には常に不快な感触が纏わりつく。
時折感触が脚に下がったと思ったら今度は肩。
肩を握られたと思ったら今度は腰……変態の遊びにしては狂った攻め方に感じる。
「相手がいないんじゃあ……どうしようもないじゃない……ふああっ……」
胡玖葉は便座の上に座って体育座りするが、為すすべなくこの魔法の手に遊ばれる。
見えない恐怖に襲われて、オマケに誰かに身体のいたるところを触られて、胡玖葉は我慢できずに泣いてしまう。
今までは目の前の敵を倒してきた彼女だが、相手のいないトイレの個室で必死に謎の触手からの攻撃で恐怖に苛まれる。
小さな身体を丸めて便座の上で必死に耐える胡玖葉。だが、謎の魔の手は強引に股の付け根に這って来る。
「そこはっ……いやぁあッ……あうぁあ……」
薄い下着の生地に指が這う。愛撫ではない。陵辱に近い。
指が痴丘に埋まり、口の周りを掻き乱す。胡玖葉はどんなに脚を閉じても指は離れない。
下着の上から指が口の中に強引に侵入したと思うと……上の栗に他の指が擦れる。
胡玖葉は喘ぎ声を抑えながらも泣き声を漏らしてしまう。
「だめっ……もう……ひぐぅっ……」
コンコン。
誰かがノックしている。胡玖葉は、この魔法の使用者と踏んで扉を睨む。
「誰か……いるの?」
聞こえてきたのは女の子の声だった。
オドオドした声で此方に呼びかける。普通の生徒なら、泣き声や喘ぎ声を聴いて不審に思って尋ねているのだろうか。
「ねえ……誰かいるの?」
「……なんですか?」
「大丈夫? なんか変な声とか音とかしてたから怖くて声をかけたんだけど……」
扉の向こうの生徒は本当に心配している様子だった。確かに罠かも知れないが、胡玖葉にとっては話せる相手がいるだけで安心できた。
「周りに他の人………いる?」
「いないよ。わたし一人」
「……名前とか聞いてもいい?」
「わたしは時田マコ。一年生。貴女は?」
「胡玖葉っていうの。一応……二年生」
「コクハさん? 可愛い名前だけど、本当に大丈……わあっ!!」
このまま無視するにも悪かったから、少しだけ扉を開けて顔だけでも確認しようと、胡玖葉は扉を開け……硬直した。
便座に座ったまま扉を開けると、時田は驚いて飛び上がり、おかげで大きな胸が何度も上下に暴れていた。
時田の胸がいきなり眼に飛び込んできて、肝心の顔が見えない。
彼女はそれほど大きな身長ではないが、角度的に下から見上げる体勢だったのもある。
最大の原因が彼女の胸の大きさにあるのは言うまでも無い。
そして……時田は天然なのか運動オンチなのか、飛び上がった勢いで胡玖葉に倒れ掛かり、その巨大な胸を胡玖葉の顔に被せてしまう。
息が出来ずに胡玖葉は胸をどかそうと持ち上げるが、掌からプルンと零れるほどの大きさの胸のせいで四苦八苦。
「むぐぅ〜〜〜! むぐぐぅ〜〜〜!!」
「大丈夫!? よいしょっと……ひゃ!?」
時田はゆっくりと体勢を立て直そうとするが、再び胡玖葉に倒れこむ。
「んぐぅ〜〜。今度は何よ!?」
「誰かに触られてる……」
そういえばさっきまであった不快な感触が無い。どうやら標的が時田に変わったようだ。
「どこを触られてるの?」
「お尻……」
何とか顔を胸から出して時田のスカートを見てみると見事に捲れていて、手の形が下着の上から確認できる。
「なにコレ……コクハさん、怖いよ……」
「ちょっと待ってて」
時田のお尻に喰いこむ指の跡に触れるが、またしても実体は無い。
その指跡がどんどん上半身に滑っていく。制服の上を舐めるように波打ちながら。
「今度は背中……ひゃあっ!……」
手が背中から横胸に廻る。
人差し指だろうか、一本の指でツンツンと横胸を突いて確認しているのが、胸に埋まる指の輪郭で分かる。
「わたしの目の前でそんな卑猥なコトしないでよ!」
「ごめんなさい……」
「ごめん、マコに言ったんじゃないの。とにかくこいつをどうにかしないと」
時田を襲う手がゆっくりと胸に圧し掛かり、大きくて柔らかな胸に指が埋まり咀嚼している。
豊満な胸が胡玖葉の目の前で揉まれている光景は、異様でしかなかった。
時田は苦しそうに喘いでいるが、胡玖葉は動けずにその吐息と声を耳にすることしか出来ない。
「これじゃあわたしがやってるみたいじゃない! そんな趣味ないのに〜!」
「ううぅ……でもコクハさんにヤられてるって無理に想像したら……何とかなるかも……」
「ちょっと! どんだけ天然なのあんた! んも〜!!」
胡玖葉は何とか時田の身体から抜け出す。時田は蹲って必死に手の蹂躙から我慢している。
「犯人はどこよ! 出てきなさい!」
大声で叫んでも反応は無い。時田の喘ぎ声だけが聞こえる。
「コクハさんっ……」
「待っててマコ。絶対見つけてボコボコにしてあげる。わたしも犯人に本気で怒ってるから」
時田はさっき会ったばっかりの子で天然巨乳だが、迷惑掛けてしまったことを胡玖葉は思っていた。
「(でもどうすればいいのよ……遠隔操作で遊んでるのかな。でもそれならいきなり胸とか、アッチの方を触ってくるよね……あっ、執行部!)」
胡玖葉は玲とハルカを思い出す。彼女たちに連絡すれば助けてくれるかもしれない。
「ごめんマコ、個室に隠れてそのままで我慢してて!」
「待って! 行かないでください……怖いよ……」
時田は胡玖葉にしがみ付き、小さな胸に顔を埋めて泣きながら恐怖に怯えている。
年上の胡玖葉はなんとか落ち着かせようと時田の頭を撫でる。
少しだけ御姉さんらしい振る舞いが出来たのは彼女自身嬉しかったが、状況からして素直に喜べずにいる。
「すぐ帰ってくるから! 個室に隠れてて!」
胡玖葉は廊下に出て、執行部の部室を探す。さっき部室の手前まで行ったので、其処まで行ければと辺りを捜索する。
another side of M:69
玲・ハルカと別れた場所を探していると、胡玖葉は道に迷ってしまった。明らかに周りには誰もいない。
「方向オンチだからな〜わたしって……あれ?」
何やら物音がする。胡玖葉は不審に思って、物音の方へ向かう。
『行け〜〜〜! ホッチャー!!』
そこには、何かが胡玖葉の前を横切る。
「何あれオバケ!? 何でこんな所に……それにさっきの声、大賀っぽかったのは気のせい?」
胡玖葉はオバケの向かう先を見てみる。すると、そこに立っていたのはさっき見た男。
「今度はオデコの人? オバケ対オデコ……」
オデコ男は机やロッカーを操ってぽんぽんオバケに投げていた。
「あれって投げてるんじゃなくて、遠隔操作してる! じゃあさっきの魔法は……あっ!!」
胡玖葉は肝心なことを忘れていた。この学校に来てから最初に驚いたこと。
「帽子の彼を持ち上げたのもあの魔法ね」
胡玖葉は頃合いを見計らって飛び出したいが、再び掴まれる危険性があると同時に、不可避の魔法だと既に推測しているために飛び出せないでいた。
そして気づくと、あのオバケが机を喰らって飛び散り、オバケの破片が此方に飛んでくる。
「けほけほっ……なにこの煙幕、お香のような匂い。でも前が見えないわよ!」
オバケの煙が辺りを包んで前が見えなくなってしまう。胡玖葉は必死になって煙を追い払う。
だが折角煙幕を追い払ったと思ったら、目の前には誰もいない。
「もう! あのデコ男どこに行ったの!?」
胡玖葉は辺りを探すと、驚くことに校舎の至る所にボコボコの穴が開いていた。鉄筋の基礎が剥き出しになってる校舎の柱が生々しい。
「ちょっとまた魔法? もうなんでもありね……この学校って」
最早魔法という概念を否定はしないが、スケールの大きさに改めて呆然とする。
「こういうのを取り締まるのが玲やハルカ達の仕事なのね。じゃあ大賀も取り締まってるのかな。あいつが違反者の取締りなんて……」
胡玖葉はぶつぶつ言いながら、校舎の傷跡が続く先へと向かう。そしてその傷跡は屋上への階段のそば、家庭科室の前で終わっているみたいだ。
another side of M:70
「屋上にデコ男がいるの?」
胡玖葉は家庭科室に近づく。するといきなり傷跡が瞬時に修復される。
「あれ? 元に戻っちゃった。これも魔法?」
胡玖葉が不思議そうに校舎の柱を触っていると、家庭科室の前に誰かがいた。
憧れの先生と、背中しか見えなくて顔が確認できない生徒、あとルーシーもいる。
「あの先生がいるじゃない! でも今会ったらバレるから我慢しなきゃ……」
恐らく屋上に逃げた犯人のデコ男を追いたいが、二人とルーシーが邪魔で通れない。胡玖葉は彼らがその場を去るまでじっと待つ。
そして……漸く二人とルーシーは動き出す。
頃合いを見計らって胡玖葉は屋上への階段を駆け上がると、屋上の扉付近で声がする。
―――『んも〜メンドイな〜〜〜。んじゃ、赤の7貼って』
「あれ? 女の声だ。どうして……」
胡玖葉はこっそりと覗いてみる。するとデコ男が扉を開いて外に出る所だった。
「ちょっと待ってよ!!」
胡玖葉は急いで追いかけ、扉を開けて外へ……だが何故か男の姿は無い。
「何でいないのよ!! さっきここから屋上に出たじゃない……んも〜〜っ!!!」
もう何が何やらで訳がわからず、胡玖葉の怒りが頂点に達してしまう。その怒りの矛先は。
「大賀が返信してくれないからこうなったのよ!! あいつどこ行ったのよ!」
胡玖葉は再び校舎に戻り、大賀を探すことに。顔は頬を膨らませて、眼は血走っていた。
「どこよ……大賀は……どこよ……」
胡玖葉は延々と呪文を唱え続ける。携帯が常にマナーになっているようで、電話しても繋がらない。
今の彼女には大賀のクラスメイトにバレたらいけないことを忘れ、彷徨いながら大賀を探す。
記憶を頼りに執行部の部室へと向かうが……不思議な香りが辺りを包む。胡玖葉が先ほど嗅いだ、お香に似た匂いだ。
「これって……さっきのオバケの匂いじゃない」
香りに釣られて行って見ると、ある売店に辿り着いた。
「ドラッグメーカー? 薬屋さんかな」
先ほどまでの憤怒の感情を癒してくれる香りが胡玖葉を包む。色々な薬草が置いてあり、全てが初めて見たものに眼をまじまじとして観察する。
「いらっしゃいませ。なにか探し物ですか?」
薬草を物色していると、店員に声をかけられる。内巻きもみあげが特徴の子だった。折角なので、胡玖葉は辿ってきたオバケの香りについて聞くことに。
「この店の側でお香の匂いがして来て見たんだけど、これって何?」
「これはわたしが今作っている魔法薬の匂い。九澄に頼まれて作ってるんだけど……あいつったら、わたしが薬品部だからって扱き使って。あんたのために薬品部に入ったわけじゃないんだから!」
「九澄? あなたも九澄の知り合い?」
「えっ……そうだけど」
彼女は大賀の知り合いのようだ。ネクタイを見ると一年生のようだが、夏休みに来た時には姿は見ていない。
「その魔法薬ってどんな物なの? たしかホッチャー、って言うんだっけ」
「そう、それでなんかオバケみたいなのが出て来るのよ。九澄は執行部の備品として必要って言ってたわ。部室の荷物運びにさっき使ったし」
どうやらここは薬品部の出す売店のようだ。彼女の話を聞くと、この部にとって執行部はお得意さんといった所か。
「柊さんが大変そうだから、わたしがちゃんと九澄をサポートしないと……あいつの事だから、柊さんを扱き使うかもしれないし……わたしが柊さんに変わって犠牲に……」
「(この子、さっきから大賀のことばっかりね)」
「ダメよ! そうじゃなくて九澄がもっと執行部らしく真面目にやってるか随時見張ってないと!」
「(この子……大賀のこと好きなのかな)」
接客を無視して“九澄”を何度も連呼するのを見て、胡玖葉は気になって聞いてみる。
「あなた、大賀のこと好きなの?」
「えっ!? 何言ってんのよいきなり!! それに大賀って……どういう……」
「あっ! なんでもないから、気にしないで。それじゃ!」
胡玖葉はあたふたしながら薬品部を後にする。
「ふう……あんまり興味本位で聞くことじゃなかったわね。大賀って意外にモテてるんだ。わたしとは大違いね……」
もうほとんど生徒は下校か部活に向かっていて、行き交う生徒は少なくなっていた。
「もう生徒は少なくなってきたし、今のうちに学校から出ましょうか。大賀は家で制裁を加えるとして」
胡玖葉は大賀の捜索を諦めて、自力で学校から出ることにする。入ることが出来たなら、出るのも大丈夫と踏んでの事だ。
一先ず、私服のあるロッカーへ向かう。
ロッカールームに入り、私服を一緒にあった商品袋に入れ終わる。だがそれと同時にいきなり誰かに抱きつかれる。
「コクハさ〜ん!!」
「えっ!? 誰よ〜!!」
この感触は間違いない。この無駄にデカい胸は間違いない。
「マコ!? ちょっと離れてよ! 苦しい〜!!」
時田の胸でわたしはジタバタしたが、柔らかくて大きな胸が胡玖葉を離さない。
「コクハさんがトイレから出ていってからすぐに魔法が止まったの! 辺りを探してもいなかったから……コクハさんが犯人を退治してくれたのよね?」
「ちが……うの……に……」
「ありがとうコクハさん!」
「……うううぅ…………」
胡玖葉は息絶えてしまう。
伝説のちびっ子ファイターとして恐れられた空手の達人は、巨胸に挟まれ圧死という間抜けな最期を迎えることに……。
気がつくと、胡玖葉は救急車の中にいた。
「大丈夫ですか?」
救急隊員に呼ばれ、胡玖葉は頷いて返事をする。
「わたし……どうして……」
「学校で倒れたと通報があったので」
時田の巨乳による呼吸困難での酸欠とは、恥ずかしくて言えなかった。
「貧血だと思いますが、通報者が心配して呼んだみたいですね」
「通報者って……」
「えっと……時田マコさんですね」
どこまで天然なんだろうあの子、と突っ込みたくなる胡玖葉。
だがあの学校から出られたのは幸運だった。横を見ると私服の入った袋もちゃんとある。
「あとは……玲とハルカとマコ、それにルーシーや薬品部の子……」
彼女たちは胡玖葉のことを知っている。だがもうあの学校に行かなければ問題無い。
「(制服はそのまま持ってきちゃったけど、まあいいか。コスプレ趣味は無いけど、わたしの着ていた高校の制服より可愛いし♪)」
胡玖葉を乗せた救急車が走っていく。
魔法学園での一日間の冒険……勿論、魔法なんて一般人は誰も信じない。
だが彼女は知ってしまった。魔法の存在。それを操る生徒達。
「大賀も魔法使えるのかな。でも一応執行部員だから黙っておいた方がよさそうね。あの先生が見れたし、伊勢っていうカッコイイ人もいたし……楽しかったな〜♪」
このまま終われば“くずみこくはのぼうけん”という単発シナリオで終わるはずだったのだが。
「校長センセ〜!今日ね、学校で大賀のお姉さんに会ったよ!」
……彼女のぼうけんは残念ながらまだまだ続きそうだ。