−そのシュートは、
今までよりも高く、
美しい孤を描いたー
「…やっと入った」
みんなの裏を掻き、ボールを手に入れた観月 尚美は、何回目かのシュートでそれをリングに入れられた。
「…これで、夏休みは、九澄と…」
彼女の頭の中に想像(妄想)が広がってゆく。しかし彼女は「…違う違う!私がみんなの代わりに犠牲になるだけなんだから」
とそれを正当化して頭の中に置き換えた。
その時。ゴール下を点々としていたバスケボールもとい九澄の変身が解かれた。津川にドリブルされていた辺りから彼は気絶していたので、未だに意識は無く目を回していた。
元の姿に戻った九澄を見て、観月の鼓動は速くなってゆく。
『…どうしよう。なんて言おう。
夏休みに一緒に魔法の練習しようって言えば、アイツはきっと「いいよ」って言ってくれる。
…でも、私は…。
…私はそんな事の為じゃない。
せめて、夏休みの間だけでも、…九澄といっしょにいたい、だけ。
ここで嘘をつくのはイヤ。
そしたら私…、きっと後悔する!』
正当化するのも忘れ、半ばパニックしながら観月は考える。
「う…」
そんな中、体育館の冷たい床に伏せていた九澄が目を覚まし始めた。もちろん観月の思考はまだ全くまとまってはいない。
「ちょっ、…まだなのに!」
自分でも訳のわからない事を口走ってしまう。何が「まだ」なのだろうか。
「っつぅ、気持ち悪…。ったく。あいつら人の意見を少しは聞けよなあ…。
…どこだここ」
上半身だけを起こし、九澄は周りを見渡す。
バスケのリングを見た所で、クラスメイト達が勝手に作ったルールを思い出す。続いて九澄はゴールの下に、自分を見つめる観月を発見した。
「あれ?観月も参加してたのか。俺の争奪戦」
観月に問うが、彼女から答えは帰ってこない。返事を待たずに九澄は続ける。
「…俺と一緒に自主トレしても、あんまり効果無いぜ?」
『あんまりじゃなくて全く効果なんて無いからやめてくれー!』
心の中で九澄は切に願うが、観月はそんなこと知る由も無い。今は特に。
一方で観月も、九澄に対しての切り出し方で未だ悩んでいた。
しかし観月は意を決し、九澄に話しかける事を選んだ。観月は九澄を直視せずに話し始める。自分の顔が間違いなく真っ赤になってしまっているのが分かる。
「あ、あの〜、ね?…九澄。
夏休みに、わ、私と…、一緒に…」
観月がそこまで言った所で、一方の九澄はある決断をした。パニクる頭で唯一思い立った、この土壇場を乗り切る方法を実行に移したのだった。
「ふー」と息を吐き、一度観月の話しを遮る。
「やめとけ。観月」
「…えっ?」
その言葉に、観月が九澄の方を向く。観月と目を合わせた後、九澄は続けた。
「ほら、初めてお前に会った時、何故かお前に抱き着いてたろ?俺。
今だから言うけど…あん時、薬のせいでも何でもないんだぜ?」
そこまで言って、九澄は観月に近づいていった。観月はその場から動けない。
「だから」
そして観月の目の前で止まる。観月はびくりと目を閉じてしまう。
そして九澄は、観月をぎゅっと抱いた。
「また突然抱き着いたりするかもよ?
こんな風にな」
表面上冷静を装ってる九澄だが、内心では泣いていた。
『これしかねえ!ビンタでもされて、それで終わってくれ!
俺に呆れて帰ってくれ!』
そう祈りながら目を閉じ、観月の反撃を待つ九澄。
「あれっ」
10秒程待ったが、予想された反撃が返ってこない。『おかしいな』と九澄は思い、目を開けて腕の中にいる観月を見た。
彼女は、顔を赤くしながら目と口をきゅっと閉じていた。
そして九澄の抱擁に抗うことは無かった。
「…え?」
戸惑う九澄。そこにいる女の子はいつもの観月では無かった。
九澄の腕の中で小さくなった彼女は、九澄の目にとても可愛く映った。
ゆっくりと目を開いて、観月が頭一つ上の九澄を見る。その憂いを帯びた瞳で見つめられた九澄は、自分の鼓動が早くなってゆくのを感じた。
「…九澄になら、…いいよ…。」
「えっ…」
一言言った彼女は、つま先を伸ばし九澄と口唇を重ねる。
「ん。」
お互いから声が洩れた。
一瞬の口付けののち、観月も九澄の背中に両手を回す。
「…私ね。
九澄の事が好き。
大好き。
…あんたみたいなゴーマン男、何処が良いのかわかんない。
でも大好きよ。」
九澄の首の辺りに頬を添えながら観月は言った。
「ゴールにあんたを入れたの私なんだからね!」
また観月は九澄を向く。表情がいつもの彼女になって。
「…だから…
夏休みは私と一緒に、…いて。」
観月らしい、というか素直ではない告白は終わった。そして暫く沈黙が流れる。観月にとって悠久の如く長く感じた時間だが、数分程度しか経過していない。他の皆は九澄(ボール)を見失った事でここには来ないようだ。
自分と九澄しか居ない体育館−。
切望した、二人だけの空間−。
「…相っ変わらず素直じゃねー奴。」
九澄が沈黙を破る。
先程までは多々混乱していたようだが、今の彼の顔は、観月が恋したいつもの九澄の顔。
だが一方の観月は表情は不安で僅かに曇っていた。九澄からの「答え」に自信が無かったのだ。
自信が欲しかったからこそ九澄と夏休みを一緒に過ごしたかった。
自分を好きになって欲しかった。
九澄は続けた。
「…じゃあさ」
「…うん」
「どこに行きたい?夏休み」
「えっ…?」
「一緒にいてくれんだろ?俺と。…嬉しいよ。マジで」
頬を指先で掻きながら、照れ臭そうに九澄は言う。
「…うんっ!」
そう言った観月の表情からは陰りが消えていた。そして九澄に再び抱き着いた。九澄の顔が赤くなる。
「あのー、さあ?さっきもなんだけどよ。観月?
…胸が当たってんだよ。胸が。」
観月が「ああ」という顔をする。そして答えた。
「当ててんのよ」
さらに九澄は赤くなった。「冗談よスケベ。全くこれだからオトコは」
観月がぱっと九澄を離した。もう、いつもの観月に戻っている。九澄はそんな観月を見て、少し安心した。
体育館の校庭に繋がるドアをくぐると、太陽は真上。そしてけたたましく蝉が鳴いていた。
「あっついわねえ!」
風は少し吹いていたが、一番暑い時間だ。
「あっ!」
観月が何かを思い付く。
「…海、行かない?九澄」
そして九澄の腕を両腕で挟んだ。九澄はまた照れ臭そうに頬を掻く。
「なんか慣れねえなあ」
「い〜い〜か〜ら!
あっ、そうそう。多分みんながまだあんたのこと探してるわよ?
捕まったらまた取り合いかも…?」
「うげ」
桃瀬ら、津川らに捕まった時を九澄は想像した。そして少し気持ち悪さが蘇る。
「…ちゃっちゃと帰るか。暑いしな」
「ほら、行こ!」
「雨は、…降んなそうだな」
観月は九澄の腕を引っ張り、歩いてゆく。
自分が望んだ相手と。
1学期の終わりの日は、この二人の始まりの日になった −。