陽光のような明るい金の髪も、春の空のような瞳も、花びらのような淡い唇も、何一つとして陰鬱な地底の園には似つかわしくない。
冥界の主、ハデスは色を失ったコレーの頬をするりと撫でた。色の悪い骨張った己の手が、コレーの白く柔らかな頬の上を滑る。その瞳には怯えの色が浮かんでいた。
その怯えた様子に歪んだ情動を覚える自分に、ハデスはほとほと嫌気がさす。
かの恋多き弟にそそのかされて可愛い姪を奪ったは良いものの、ハデスはコレーを扱いあぐねていた。手を伸ばせば震え、声をかければ怯える。ハデスが恋に落ちたのは、明るく無邪気な幼い女神だったはずだ。
それが、地上から連れ去ってから長らく、コレーの顔に浮かぶのは怯えと望郷だけであった。
「コレー、そう怯えるな。おまえをどうこうするつもりは無い。ただ私の妃になって欲しいだけだ」
有無を言わさず地底に拐かし、これ以上に馬鹿げた慰めの文句も無い。ハデスはゆるゆると、かつて産まれたばかりの彼女にそうしたように優しくコレーの頬をなぞる。コレーが産まれたのは、もう何十年、何百年昔の話だろうか。
奔放で好色なゼウスを嫌ったデメテルは、必然的と言おうか、陰気で真面目だけが取り柄であるハデスには友好的であった。であるから、デメテルはゼウスにも会わせなかった可愛い一人娘をハデスに自慢して見せた。
しかし、ハデスもゼウスやポセイドンとルーツを同じくするということを、思慮深いデメテルにも関わらずすっかり失念していたらしい。
――私自身も失念していたが……
ハデスは自嘲的な笑みを薄い唇の端に浮かべる。所詮、己はあの多情な弟達の兄であるのだ。
怯えて揺れる青い瞳を、ハデスは覗きこむ。
「お、おじさま……」
震える声がハデスを呼んだ。思わずハデスが目を丸くすると、コレーは肩をすくめて息をのむ。
「どうした」
ハデスは精一杯優しい調子を装って声をかけた。しかし日々亡者相手に無情な判決を言い渡すだけの声は、こんな時でもやはり無情に聞こえるようであった。弟のように器用に愛を紡ぐことは、出来ない。
「わたしを地上に帰してください」
ああ、またそれか。ハデスは唇を噛む。
「何故だ」
「母様が心配します。それに、母様が男の方と二人きりになってはいけないって……」
コレーはおずおずと言った。瞳にはいっぱいに涙がたまっている。朝露のようなそれを、ハデスは指ですくった。
無理矢理孕まされた己への戒めであるかのように、無理矢理孕ませたゼウスへのあてつけであるかのように、デメテルは娘に少女であることを強要した。コレーは、ただひたすらデメテルの心を慰めるために、無垢で、純粋で、男を知らない少女を演じさせられているのだ。
少女でいられなくなったら、母のもとにもいられなくなるだろうか。ハデスの脳裏にそんな考えがよぎる。べろり、とハデスはコレーの頬を伝う涙を舐めとった。コレーは小さく悲鳴をあげる。
「ひゃ、なに……」
「何度も言っているだろう。妃になれ」
「……やっ、――!」
ハデスはコレーの唇を塞ぐ。ふくりと柔らかなそれを乱暴に貪り、華奢な体を寝台に押し倒した。白い腕がハデスの胸を押し返すが、花を摘むだけの細腕の力など他愛ないものだ。
「やだやだっ、何をするのおじさま!」
いかにも子供っぽい悲鳴をあげるコレーの髪を、ハデスはあやすように撫でた。死人のような指の間を、金の髪が滑り落ちていく。
「安心しろ、酷いことはしない」
多分な、とハデスは心中で付け足す。それは、多分、嘘なのだけれど。
ハデスは春風を紡いだような柔らかく軽いコレーの衣の下に指を這わせる。ぴくん、とコレーは震えた。
「なに?なにをしているの……」
シチリア島で母の――妄執にも似た――鉄壁の愛に守られながら育ったコレーは男というものを知らない。自分を組み敷くこの男神が何をしようとしているのか、分かろうはずも無かった。ただただ、自分を乱暴に引き倒したハデスが怖いばかりで、コレーは縮こまる。
だが、どうしてだろう。コレーはこの陰気なほどに真面目な伯父を、嫌いにはなれないのだ。
――母様がおじさまのことを誉めてらしたから?
最初こそ乱暴だったものの、コレーを気遣うようにしながら肌を撫でるハデスを見返し、コレーは首を傾げる。
親友のアルテミスもアテナも男と沿い遂げないことを決めていた。潔癖なアルテミスは純粋に男を汚らわしいと忌避していて、気高いアテナは男の所有物となることを良しとしなかった。
――では、私は?
白痴なまでに清廉であったコレーの心に、一片の曇りが産まれる。
「あっ……」
ハデスの細い指がコレーの脇腹をくすぐった。ぞわぞわと背筋を感じたことの無い快感が這い上る。思わず漏れ出た声に、コレーはぱっと口を塞いだ。
ハデスはそれを咎めるでもなく、コレーの頭を撫でる。
「お、じさま……?」
ハデスはするするとコレーの衣を脱がせていった。淡い色の衣が、冷たい石の床に落ちる。
真白く柔らかな体。成熟しきらない細い首や小さな乳房が、官能的では無いにしろ、眩しいような不思議な魅力で冥界の王の心を奪う。やわやわと小さな乳房をさすると、コレーは小さく鼻を鳴らした。
「あ、ふ……なんだか、変な感じ……」
「そうか」
先程まで誰も触れたことがなかったであろう乳首は固く尖り、ハデスの手のひらを押し返す。それを、ハデスは指先ではじいた。
「あん……」
あいた手は密やかにコレーの下肢へ伸びる。健康的にすらりと伸びた脚の奥の、閉じられた無毛の下腹。とろり、とハデスの指先が濡れる。
「あ、あ、やめて。……そんなところ、触らないで」
赤い裂け目をなぞると、コレーは喉を反らせた。ハデスは構わず淫核を指で押しつぶす。ひぃん、とコレーははしたなく声を上げた。
「あっ、あぁん、あ、それ、だめぇ」
「何が駄目なんだ」
「なんだか、変……!あっ、くすぐったい……」
「そうか」
ハデスは中指をコレーの膣内に滑り込ませた。とろとろに液を溢れさすそこは、つぷり、と簡単にハデスの指を飲み込む。
「あっ、はぁ、あぅ……!」
ハデスは淡々とコレーの内を責め立てる。時折淫核をはじき、唇を啄んだ。
「あ……、あ、あ」
ふわふわと靄がかかったかのような思考に、コレーはぼんやりと意識を任せる。
花の咲き乱れるシチリア島で乙女達と楽しいだけの毎日を送るコレーの生活には、全くと言っていいほどに変化が無かった。それは、彼女を母の望む永遠のコレー〈娘〉たらしめたけれど、やはり娘らしい好奇心がコレーにも無いわけではないのだ。
ハデスの愛撫は、コレーにとってまさにドラスティックな変化であった。
腹の奥底で渦巻いていたような快楽が、ふいに強まる。
「あ、あ、あっ、なんだか……お腹の奥が、変なの」
つい先程までぴたりと閉じていた陰唇は綻び、地底の僅かな光を反射しててらてらといやらしく光っていた。ひく、ひく、とハデスの指を締め付ける。
コレーは、ぱん、とまぶたの裏で白い何かがはじけたのかと思った。
「あ、ああ、あ、あ、あぁあん!ひゃあん!」
びくびくとコレーの体が跳ねた。白い腹が波打ち、青い目が見開かれる。雷でうたれたかのような体の痺れにコレーは緩く敷布を握り締めた。
「どうした、コレー」
「……分からないの。なんだか急に、何もかもぐちゃぐちゃになってしまって」
息も絶え絶えなコレーの様子を眺めながら、ハデスも自身の衣を落とす。コレーは特段騒ぐようなことも無かったけれど、ただ好奇心に満ちた透明な眼差しでハデスの体躯を見つめた。
特にその不思議そうな視線が自身の股間の陽物に注がれているのを感じ、ハデスは苦笑する。
「触ってみるか?」
「……良いのですか」
好きにしろ、とハデスが頷くとコレーは恐る恐るといった様子でハデスの陰茎に触れた。
欠片のいやらしさも感じない好奇心に満ちた手つきで、コレーはハデスの陰茎をぺたぺたとあちこち触る。
触れる方に他意が無いとて、触れられる方はそうもいかない。大きく、固くなるそれにコレーは目を丸くした。
「どうして、これは大きくなるのですか?」
おまえを愛しているからだ、と言える性分ならばどれだけ良かっただろうか。だが言いよどんだハデスの返答を待たずに、コレーは再び視線を落とし、声をあげた。
「わたし、これを知っています。これからアフロディテ様が産まれたの。そうでしょう?」
ああ、とハデスは低く唸る。
「だが、これには他の使い道もある」
「他の?」
ハデスはコレーを抱き寄せ、いまだ余韻に塗れそぼる下腹に触れた。ん、とコレーは小さく声をあげる。
「おまえのここに入れて、私の子を孕ませる」
コレーはそれを聞いて顔を青くした。
「そんな……こんなの入りません」
「入る。デメテルもそうしておまえを産んだ」
「母様も?」
デメテルはコレーに、コレーの父親やコレーを産んだ経緯について何一つ教えてはくれなかった。コレーの幼い好奇心が頭をもたげる。
それをハデスは見て取った。
「自分で入れてみろ」
コレーは長い間迷い、そろりそろりとハデスの膝を跨ぐ。濡れて熱いそれが、コレーの陰唇に触れた。
「あ……」
ず、ずりゅ、と陰茎の先端が飲み込まれていく。ハデスは痛みに耐えるその様を、下から見上げるように鑑賞していた。
「もはやコレーは名乗れまい。なあ、ペルセポネ」
あまり呼ばれることの無かった名を呼ばれ、コレー――否、ペルセポネは返事をしたが、吐息にしかならなかった。
その時寝室の重々しい扉が開き、ヘルメスが顔をのぞかせた。ハデスは眉をひそめ、いまだ三分の一ほどつながったままのペルセポネに上着をかけてやる。
ペルセポネはヘルメスに気付くと、小さく悲鳴を上げた。ぬる、と陰茎が抜ける。「あん」とペルセポネは切なげな声をあげた。
ヘルメスは、一瞬気まずそうに口の端をひきつらせたが、すぐにすまなそうな笑顔を取り繕った。
「申し訳ない、ハデス様。ゼウス様からのお達しで――」
「ペルセポネを地上に返せ、と?」
「……デメテル様が娘を探し求めて仕事を放棄してしまいまして。あちこち凶作で困り果てているのです」
どうか、と恭しく申し立てるヘルメスに、ハデスは溜め息をついた。ヘルメスは悪くない。悪いのは、軽率にもハデスをそそのかしたゼウスと、まんまとゼウスにそそのかされたハデスなのだ。
「母様に会えるの?」
ペルセポネは瞳を輝かせて、それこそ花のほころぶように――ハデスは花のほころぶ様などそう見たことは無いが、きっとこのようなのだろう――にっこりと笑った。
久しぶりに見たペルセポネの笑顔に、ハデスの胸はますます痛む。どうやら自分は随分とペルセポネに無理をさせていたのだ。こんな暗い地底で泣き暮らさせるくらいならば、デメテルのもとに帰してやろう、とハデスが決心を決めるまでそう時間はかからなかった。
「分かった。デメテルに十分謝っておいてくれ」
それを聞いたヘルメスはほっとして頷いた。
ハデスは手早くペルセポネの衣を整えてやり、名残惜しむようにその金の髪を梳く。
「すまなかった」
謝られたペルセポネは少し寂しそうな顔をして、ハデスを見つめ返す。ハデスはペルセポネの肩を押した。
「行け」
ペルセポネは戸惑うようにしながら、ヘルメスの方へ歩みをすすめた。
ハデスは枕元の銀の盆に積まれた赤い柘榴の実を口に含む。ペルセポネが妃となったあかつきには二人で食べるつもりだったのだが、ハデスはそれを一人で口にした。
すると、くるりと踵を返したペルセポネが自らハデスの顔に顔を寄せる。深い色をたたえた青い瞳がハデスの瞳を覗き込んだ。
ペルセポネが、ハデスに口付ける。ヘルメスが視界の端で「うお」と妙な声を出したがこの際気にしていられない。ペルセポネの柔らかな舌がハデスの口内を掻き回し、柘榴の実を一粒奪った。
あっけにとられるハデスに、ペルセポネは薄く笑みかける。
「ごきげんよう、ハデス様」
そのまま、風のように軽やかな足取りでヘルメスとともに扉の向こうへ消えた。
しばらく呆けていたハデスだがやっと正気を取り戻し、従者を呼びつける。
「馬車を用意しろ。ゼウスのもとへ行く。……ペルセポネを、今度は正式に妃に貰い受けよう」