先史の時代。ギリシア中部に位置する都市国家メガラを地中海随一の強国クレタの軍勢が囲んだのは
アテナイのアイゲウス王の治世のことであった。
(事の発端はクレタの王子の一人が遊学先のアテナイで非業の死を遂げたことであったが、
その詳細については諸説あるのでここでは省く)
ともかく息子の死に激怒したクレタ王ミノスはアテナイの罪を問うべく軍を発し、
手始めにアテナイの友邦にしてアイゲウスの兄弟ニソスの治めるメガラにその矛先を向けたのである。
メガラの城邑を巡って激戦が繰り広げられること半年。
クレタ軍の猛威を善く寡兵のメガラ勢が凌ぐ形で戦況は推移していたが、
そんな中昼夜を問わず繰り広げられる戦いを見つめ続ける乙女の姿があった。
ニソスの娘、メガラ王女スキュラである。
「はぁ……ん……あふっ」
見晴らしの良い宮城の一角から毎日戦場を眺めるスキュラ。
ある者はそこに戦地に赴く父を案ずる娘の姿を、またある者は祖国に勝利をもたらす女神の姿を見ていた。
だが実際はどうであるか?
「あうっ!……アァ……イィ……」
薄衣の下の美体を乙女自身の指先が這い回り、背徳的な行為に独り高ぶってゆく。
混乱を極める戦場を見下ろす彼女の視線の先には常に一人の男がいた。
「ミノス様……」
ミノスは先代クレタ王アステリオスの後を襲って位についたが、王の実子ではない。
フェニキアの姫エウロペの美貌に魅せられたゼウスが牡牛に変じて彼女を拉致し、
欧州(ヨーロッパ)を横断してたどり着いたクレタ島で儲けた子こそミノスと弟ラダマンテュスである。
メガラ攻めの時ミノスはすでに壮年を過ぎていたが、半神の英雄に相応しいその美と力は男を知らぬ少女にはあまりに刺激的であった。
クレタ軍の先頭に立つミノスが両刃の戦斧(ラビュリス)を振るうたび人体が消し飛び、王の華やかな軍装を血肉が汚していく。
その凄惨な光景とともに処女の稚拙な行為も激しさを増した。
「あはんっ!お願い優しく……んんんん!!」
敵の侵入を拒み続けた城門が破られ、クレタ兵に蹂躙されるメガラの街。
自分は敗軍の将の居館に荒々しく踏み込んだ敵将に捕らえられ、戦利品として犯されるのだ。
「…………!!」
淫靡な想像とともに達した直後、退却を告げるクレタ軍の軍鼓が彼女を現実に引き戻した。
「この戦はいつになったら終わりましょうか?」
戦場から戻った父王ニソスを労いながら、スキュラは愁いをふくんで問いかけた。
何気ない風を装ってはいるが、要は愛する男がいつまで自分の近くに居るのか知りたかったのだ。
「案ずることはない。彼らとて本拠を離れて長く遠征を続けられるものではなく、
目標のアテナイに辿り着くこともできぬ有り様では早晩撤退を余儀なくされるであろう」
娘の表情を戦いへの不安と勘違いしたニソスは優しく希望を告げる。
なおも暗く沈んだ愛娘を励まさんがため、彼は家族にも語ってはならない秘密を口にした。
敵将ミノスは必ず獲物を捕らえると神に約束された猟犬を持つと聞くが、我がメガラにも神の加護が備わっている。
父の頭に一房混じった紫色の髪こそメガラに与えられた幸運の証であり、
これがあるかぎり自分とメガラが敗れることはないのだと。
哀れなニソスとメガラの運命は決した。
スキュラは深夜父の寝所に忍び入るや、紫色の髪を切り取ってクレタの陣営に走ったのだった。
(どういうことか、急に弱くなりおった…)
城外の荒野に布陣したクレタ軍の幕営。
すでに主力部隊はそれぞれの指揮官に率いられメガラの街へと突入を始めている。
メガラ勢のこれまでの抵抗が嘘のような瓦解もさることながら、軍中に紛れ込んできた敵方の女の出現はミノスを大いに驚かせた。
その女はメガラの王女を名乗り、父の国と自分自身をミノスに献じると誓ってみせたのだ。
はなはだ不可解な出来事ではあったが、半年に及ぶ対陣に溜まりに溜まったものと
降ってわいた勝利の興奮を抑えるには目の前の女はあまりに美しすぎた。
人払いをした幕舎の牀台に女を押し倒し乱暴に衣服を剥ぎ取る。
自分には血と戦塵が染み付いていたし、一人軍中を突破してきた女の身体も汗の匂いが鼻についたが構いはしない。
傷ひとつないなめらかな脇腹から腋までべろりと舐め上げてやると女は羞じらい混じりの嬌声で応えた。
若者のようにせわしなく股を割りいきり立ったものを押しつける。
スキュラは恐れるかのように少し震え、ミノスの胸に顔を埋めて戦場の匂いを吸った。
鉄のぶつかり合う音、楼閣の焼け落ちる音、絹を裂く悲鳴。城内の阿鼻叫喚は遠くクレタの軍中まで届いた。
「うっ……!痛い、痛いぃ……あぐっ」
処女地を踏み荒らされる痛みにあえぐスキュラに構わずミノスは自身を抽送させる。
「はぁっ!はぁ……ミノス様ぁ……」
辛うじてスキュラが苦痛の中から悦びを見い出し始めたころ、
「おぅ、出る!出すぞ!」「はぁぁっ!!」
この日最初の精を遠慮なく注ぎ込み、なおも硬さを失わないものを再度突き入れる。
夜明けはまだ遠く戦火はいまだメガラの空を焼いていた。
歓喜と惨劇の一夜が明け、メガラ陥落の報告を寝所で聞いたミノスはようやく冷静さを取り戻した。
メガラが落ちた今、もはやアテナイへの侵攻を阻むものはない。
最大の心配事が去ったところでミノスの思考は自分に寄り添って眠る女のことに移っていった。
嫉妬深いことで知られた王妃パシパエはすでに亡く、このメガラの王女を連れ帰ることに直接の障害はない。
しかしミノスには数多い息子たちに加えアリアドネとパイドラという二人の娘がおり、
幼いパイドラはともかく年頃のアリアドネに若い愛人を引き合わせる気には到底なれなかった。
一度気分が萎えると、愛のためにニソスを売ったスキュラの行いが同じ娘を持つ父親として急におぞましくも感じられてくる。
──自らの手を汚さずとも、裏切り者の始末はメガラの者がつけてくれよう。
父親譲りの身勝手さを遺憾なく発揮して腹を決めたミノスはスキュラを揺り起こして
もう一度だけ抱くと、疲れきった彼女に聞こえないよう部下に陣払いを命じた。
ミノスの裏切りを悟ったスキュラはメガラを離れるクレタの軍船にしがみついて訴えた。
わたしは全てをあなたに捧げました、わたしは愛するあなた自身以外何も求めはしません。
黙れ、父親殺しめ。貴様などにクレタの地を汚させるわけにはいかぬ。
どんな戦場でも感じたことのない恐怖にミノスは狼狽えて叫び、
スキュラは溺死させられたとも、カモメに変じて父ニソスの変じた鷲に襲われたともいう。
ミノスはその後首尾よくアテナイを破り、和睦の条件として年に一度クノッソスの迷宮に幽閉した
怪物ミノタウロスの生け贄となる男女を送るよう命じる。
これに応じて怪物を倒し、「アリアドネの糸」で迷宮から脱出した英雄こそアイゲウスの子テセウスである。
最後にミノスは死ぬと冥府の裁判官に任じられ、やはり死んで亡者となったテセウスと地獄で再会することとなった。
冥府の裁判官の前で生前の罪を隠すことはできない。たちどころにテセウスの罪は暴かれた。
「父親を裏切ったクレタの女にアテナイの土は踏ませられぬ」
ミノスの最愛の娘アリアドネは愛のために父を裏切り、テセウスはミノスと同じことをなしたのであった。