※注意
・アポロンが極度のアホでナルシストです。
・アルテミスがボクっ子で役回りも悪いです。
・二人の仲は徹底して険悪です。二人は絶対に仲良しでないと駄目な人は見ないで下さい。
・全体的にギャグ調です。シリアスは期待しないで下さい。
アポロンとアルテミス。
兄妹か姉弟かは明らかではないが、ギリシャ神話でも特に名高い双子の神である。
全能の神ゼウスとティタン族の娘レトの間に産まれた二人は、神話の中で度々姿を現す。
音楽と予言の芸術神であり、理性的で美しき男神アポロン。
狩猟と山地の自然神であり、潔癖で気高い女神アルテミス。
オリンポス十二神に名を連ねた二人は、後世にて高く評価され、ギリシャ神話を愛する人々を魅了した。
だが、オリンポスの神はどこか人間臭く感情的で、一癖も二癖もある者ばかり。
人々の理想とは少しばかり違った奇妙な性質を持っているものは、この双子とて例外ではなかった。
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エオスが曙に導き、ニュクスの闇が消え去る朝。ヘリオスの日光がオリンポス中に広がる。
神も人も妖精も、眠れるものは皆目覚める爽やかな時間だ
だが、そんな爽やかな時間も、オリンポス中に広がる大声によって消し飛ばされた。
「うぅ〜とぅぅ〜くぅ〜すぃぃぃぃぃいいいいいい〜〜〜」
テノールを思わせる巨大な美声がオリンポスの一角にある神殿から響き渡る。
しかしそんな美声も、これでは爽やかな朝を台無しにする奇声にしかならない。
神殿にて声を響かせる声の主の名はアポロン。芸術を愛し、美しき己を愛するオリンポスの神。
彼はオリンポス中に得体の知れない奇声を響かせた後、同じく得体の知れない歌を美しき声で奏でる。
「幾万幾億もの年月が経とうともぉぉ〜〜我が美しさは消して色あせぬぅぅ〜〜
我は日の光に祝福されぇぇ〜〜〜全ての芸術を司るぅぅぅ〜〜〜
我が名はアポロンんん〜〜〜この世で最も最も最も美しうぃぃぃぃ〜〜〜」
「そぅ、アポロン様こそがこの世で最も美しいぃぃぃぃ〜〜」
アポロンの歌に合わせ、神殿に仕える文芸の女神ムーサたちがバックコーラスを勤める。
己の美声に陶酔しきりながら、アポロンは益々声音を響かせてゆく。
「流れる黄金色の我が神はぁぁぁ〜〜〜日の光を浴びさらに優雅にぃぃぃ〜〜〜
碧き瞳は我が瞳はぁぁぁ〜〜〜零れる雫でさらに輝きぃぃぃ〜〜〜
====以下かなり長くなるので省略====
優雅なる我が声はぁぁぁ〜〜〜どんな言葉でも例え切れずぅぅぅ〜〜〜
我が名はアポロンんん〜〜〜この世で最も最も最も最も」
すぅぅー
アポロンは一旦声を止め、最大限にまで息を吸い込んだ。
「うぅぅ〜 とぅぅ〜 くぅぅ〜 すぃぃぃぃぃいいいいいい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
最後の一声は、オリンポスを越え下界にまで届くであろう大声であった。
朝早く目覚めた人間ならば、大空に遠くから響くこの声を見逃さなかったであろう。
「そう・・・、この僕こそがこの世で最も美しい・・・」
アポロンはそっと呟き、未だオリンポス山に木魂する声の残滓に恍惚とした表情を浮かべた。
朝一番の歌が終わり、アポロンの様子を見たムーサたちは挙ってアポロンを褒め称える。
「流石ですアポロン様」
「アポロン様の美しさに叶うものなどこの世にはありませぬ」
「アポロン様が女神なら、あのアフロディーテ様の姿でさえも霞むでしょう」
「無礼な!アポロン様は今でも十分にアフロディーテ様よりも美しい」
「このような美しき神に仕える事ができるだけで、私たちは誰よりも恵まれています」
ムーサたちの賛美を受けたアポロンは、さも当然かというように無言で顎を撫でた。
だが、彼女たちの賛美に気をよくしたアポロンは、喉を鳴らし再び歌声を響かせようとする。
「では、二番。 コホン
黄昏の夕日も悠久の我が美をぉぉ〜〜〜満ちる月も絶世の我が美をぉぉ〜〜〜
「いい加減にしろ、くぉんの大馬鹿野郎!!!」
アポロンの歌は神殿を突き破る大声によって遮られた。
折角の歌を邪魔されたアポロンは、不快感を露にした顔を神殿の入り口に向ける。
そこには、アポロンと同じ年頃の一人の少女が、肩で息をしながら怒気で顔を紅く染めていた。
いきなり神殿に現れた彼女は、『自称』アポロンの姉アルテミス。
アポロンと似た顔立ちをしているが、やや女性的であどけなさを持ち合わせている。
そして何よりも処女神特有の凛々しさがあるのだが、それもこの実の双子が相手では形無しである。
歌を邪魔されたアポロンは不機嫌さを露にしながらアルテミスを睨みつける。
しかし彼は、すぐに取るに足らないとでも言うかのように目を反らした。
「邪魔をしないでおくれ、アルテミス。これからこの僕の美しさを世に示すアポロン賛歌第二番が始まるんだ。
最後の第二千四百七十八番が終わるまで神殿の外で大人しくしててくれないか」
そういうとアポロンは、アルテミスを無視して再び歌い始めようとする。
だが、アルテミスはそれを許さず、アポロンの背中に蹴りを入れて再び怒鳴りつけた。
「長いわ!朝っぱらから馬鹿みたいに騒ぐな!訳のわからない歌を歌うな!
一体どれだけの神々が迷惑してると思ってんだ、この変態!!」
紅い顔をしたアルテミスは次々とアポロンに怒鳴りたてる。
アポロンの歌のせいで強制的に起こされたのだろう、目をショボショボさせながら不快感を顔に出していた。
だがそんな事、アポロンや御付きのムーサたちには知った事ではない。
先程からの主への態度に憤ったムーサの一人がアルテミスに掴みかかった。
「我らがアポロン様になんて事を!この無礼者!!」
それを見た他のムーサたちは、慌てながら掴みかかった者を制止する。
主を侮辱された怒りは他の者も同じなのだが、如何せん相手は十二神。相手が悪すぎる。
「お、およしなさいよ・・・。相手はあのアルテミスよ・・・」
「で、でも、あのアルテミス、アポロン様のことを・・・」
「気持ちはわかるけど、あのアルテミスを怒らせたらどうなるか・・・」
「もう遅い」
その一言だけで相手を握りつぶしそうな声がした。ムーサたちは顔色を悪くしてそちらを向く。
そこには、額に青筋を浮かべ、背中の矢筒に手を伸ばしたアルテミスがいた。
「たかがムーサの分際で十二神の一人であるボクに対して随分な口の利きようじゃないか。
大体さっきから“あの”アルテミスって何だよ!“あの”って!馬鹿にしてるの!?
それに、ムーサごときがこのボクを呼び捨てにしていいと思ってるのかい!キミたち、覚悟はできてるよね?」
顔に笑みを浮かべながら、しかし目には憤怒の色を浮かべながらアルテミスは弓に矢を番える。
「ど、どうかお許しをアルテミス様!」
ムーサたちはガタガタ震えながら、揃ってアルテミスに許しを請う。
中には今にも気を失いそうになって身動きできないものもいた。
アルテミスの弓はどんな獣でさえも射止める自慢の代物だ。
しかも彼女の弓は獣だけでなく、ゼウスよって全ての女を射殺す事を許されている。
怒れる彼女の弓を受けたのならば、不死の神々といえども確実に無事ではすまないだろう。
そんな神技に怯えるムーサたちに、アルテミスは静かに矢を放った。
だが、その矢がムーサに届く事はなかった。
アルテミスと同じく弓を番えたアポロンが彼女の矢を打ち落としたのである。
「アルテミス、ここは僕の神殿なんだ。いくら血を分けた双子でも、これ以上の暴挙は許さないよ」
そうアポロンは淡々とした声で喋った。もしこの事がばれれば他所の神殿で暴れたアルテミスが不利だ。
たとえ愛娘と言えども、ゼウスは許してくれないだろう。
「チッ」
アルテミスはまだ怒りが収まらないものの、渋々弓を納めた。
「アルテミス、このムーサたちは僕の大切な義妹なんだ。僕と同じく芸術と美を愛す素晴らしい神。
いい年して野原で暴れまわる野蛮な妹とは訳が違うのだよ」
アポロンはそういうと、誇らしげにムーサたちの方へ顔を向けた。
彼女たちはアポロンに仕えると同時に、アポロンと志を等しくする彼の自慢の義妹でもある。
そんな義妹たちはアポロンの言葉に感動したのか、顔を赤く染めたり目を潤ませたりしていた。
しかし彼女たちとは対照的に、アルテミスの怒りは一層高まるばかりだ。
怒りが限界に近づいたアルテミスは、熱気を帯びた鼻息をフシュー、フシューと立てながら怒声を放った。
「ちょっと待て!野蛮!?狩りの何処が野蛮なんだよ!
ボクに言わせりゃ年がら年中お遊戯遊びをしてるキミは陳腐だろ!それに・・・」
彼女は一旦言葉を止めて息を大きく吸い、そしてできる限り大きな声を出した。
「誰がキミの妹だって!冗談じゃない!キミが僕の弟なんじゃないかっ!!」
ここまで喋るとアルテミスは薄い胸に手を当て、息を荒くしてアポロンを睨みつけた。
男女の双子である二人だが、兄妹なのか姉弟なのかははっきりしていない。
母親のレトでさえもはっきり覚えていない。故に二人は、自分が姉だ、自分が兄だと自ら主張し続けている。
だがその事も、この双子の神が険悪な理由に一役買うことになっている。
「憐れな・・・。自らの醜悪さに気付かず・・・、我が芸術を理解できる程の知性を持たず・・・、
そして己が我が妹だという事実を受け入れることもできない・・・。
僕は兄として、この愚かな妹に同情せざるを得ないよ。・・・この兄としての僕の気持ち、わかってくれるかい?」
自らを兄とするアポロンは、額に手を当ててゆっくりと首を振った。
その仕草には、自らが妹と称する少女への絶望と哀れみの両の感情が込められている。
しかしその仕草は、彼女の怒りに油を注ぐ結果になった。
アルテミスの顔からスッと表情が消えた。その代わり両手の指は非常に小刻みにカタカタと震えている。
そして、いままで蓄積されていた怒りがとうとう頂点に達した。
「だああぁぁーっ!ふっざけんなァ!!
毎度毎度ボクの事バカにしやがって!!今度こそ叩き潰してやる!!」
怒りを爆発させたアルテミスはアポロンに掴みかかり、自分とは対照的な彼の白い首根っこに手をかけた。
白くとも太さのある首に少女特有の細い指がかかり、今にも握りつぶさんとする勢いで力が加えられる。
だが、そんな危機に陥っているにも関わらず、アポロンは冷静だった。
彼は右手から二本の指を立て、自らが見つめ続けている二つの眼にそれを向ける。
「我が二つの白き指は、愚者を裁く剣となりて!」
そう叫ぶとアポロンは、アルテミスの両目に二本の指を突き立てた。
「うっぎゃわぁぁぁぁぁあああああっ!!目が!目がぁぁぁ〜〜ッ!!」
アルテミスは兄の首にかけた両手を離すと、両目を押さえ神殿の床をゴロゴロとのた打ち回り悲鳴を上げた。
当然ながらアルテミスの両目からは激痛が放たれていた。
悲鳴は次第に小さくなっていくが、それでもなお声を搾り出そうと、彼女の喉は引きつらせていた。
神殿の床を這いつくばって七転八倒するアルテミスとは対照的に、実にアポロンは誇らしげにしている。
我らが主の勝利を確信したムーサたちは、挙って主を称え続ける。
「お見事です、アポロン様!」
「やはりあのアルテミスよりもアポロン様が優れています!」
「ああ、何てことでしょう。アポロン様の金髪が朝日を浴びて黄金に輝いています!」
「きっとあの太陽もアポロン様の勝利を祝福しているのですわ!」
胸を張るアポロンと感動で胸を満たすムーサたち。
彼ら芸術の神々は、今の勝利による祝福も兼ね、再び得体の知れない歌声を奏で始める。
「我が名はアポロン〜。この僕こそが、最も最も最も最もうぅ〜とぅぅ〜くぅ〜すぃぃぃぃぃいいいいい〜〜」
「アポロン様こそがこの世で最も美しいぃぃぃぃ〜〜」
「ち・・・畜生ぉ・・・。覚えてやがれ・・・」
結局自分は屈辱を受けに来たにすぎなかったと思うと、余りにも悔しくてたまらないだろう。
アルテミスは今の屈辱を胸に歌声響き渡る神殿を後にした。
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双子として産まれた二人を一組に纏め、その仲が良好だと考えるものはかなり多い。
だが、同じ時に生まれた双子でもその性質や神格は対照的。そのためかお互いの中は険悪である。
とは言っても、“妹”を相手にするつもりはないアポロンとは違い、アルテミスは徹底して“弟”を嫌悪している。
そのために彼女は、“弟”と同じ性を持つ『男』を徹底して嫌うようになった。
気取ってばかりで女を蔑み、プライドが高く傲慢な格好付け屋。どいつもこいつもいけ好かない連中だと―――