燭台の灯りが侍女の手により消され、小さな足音とともに扉が閉じられると、
闇と静寂が部屋を支配した。
この部屋の主キニュラス王は目を閉じたまま、
ここ数日の出来事に思いを巡らしながら、その時を待っていた‥‥
始まりは十日あまり前のことだった。
この地には、祭りの期間、妻が夫のベッドに近づいてはいけない、
というしきたりがあった。
いかに王であったとしても、それには従わざるを得ない。
民の規範となるべき王であるがゆえになおさら。
ただ、子供も大きくなったとはいえ、
まだまだ魅力的な妻と日頃から頻繁に交わっていた彼は、
夕食の時には「祭りなんぞなければいいのに」と独り言をつぶやいてしまう。
そんな子供のような王に、そばにいた使用人たちはそっと後ろを向いて笑いをこらえていたが、
彼はかまうことなく寝室にこもり、早めに眠りについた。
深夜、ふと彼は目覚める。
再び眠りにつこうとしたそのとき、彼は慣れない香りをかぐ。
甘く清らかなその香りに彼の感覚は乱される。
これは‥ なんの‥‥ でも‥‥ 多分、女性の‥
忘れていた数日前の乳母の言葉を、彼は突然思い出した。
「夜伽をしたいという女がおります。
身分が高貴なためお顔を見せる事はかなわないのですが、
お連れしてもよろしいでしょうか?」
たしか自分は、かまわんと言ったような気が‥‥
そのとき、柔らかな手が王の頬に触れた。
反射的にその手をつかむ。もう片方の手で相手の反対の腕も。
その腕はとても柔らかで細かった。
王の手に柔らかな髪が触れ、さらさらと流れ落ちる。
さきほどの香りがさらに強くなって王の鼻腔をくすぐる。
二つの手が王の頬をなでている。ゆるやかに。いとおしむように。
そしてなすがままの王の唇に何かが触れる。それは女の唇だった。
こすりつけるように、粘膜を通して何かを伝えたいかのように、くちづけが続く。
王の胸には、女の乳房がじかに触れていた。
やわらかな圧力は少し固めのこぶりな乳房を思わせた。
彼は己の欲望のままに女の背中に手を回し、きめ細かな肌の感触を楽しんだあと、
ゆっくりとその手を下へと向かわせる。
女の尻にたどりついた手のひらは素肌の感触を伝えて来た。
この娘はなにも身にまとっていないのか‥‥
王の驚きをよそに、急に唇が離れる。
上掛けが勢いよくはがされ、王の胸を唇が楽しむようについばむ。
器用に王の上半身は裸にされ、彼女の唇は腹を経由し下半身へと向かった。
女の両手が王の服を取去ると、興奮しきった怒張がその姿をあらわした。
脈打つ怒張を前に、女は動きを止める。
とまどっているのだろうか、それとも、なにか‥‥
女の舌先が、屹立の側面におそるおそるといった感じで触れた。
ゆっくりと先端に向かい、再び根元へと降りてくる。
今度は反対の側面に移動し同じように先端に向かう。
そしてそこで数秒とまった後、唇全体で先端をくわえた。
もたらされた快感に、王の太ももがピクリと動く。
舌先が先端を刺激する。ぐるぐると先端の周囲をなぞるように動く。
さらに深く女は怒張をくわえこむ。
屹立の先端は女の喉に位置し、じんわりと締め付けられている。
舌がちょうど中腹の下側にあって、ゆったりと左右に動く。
唇は根元をゆるやかに締め付け吸引をしながら蠢く。
同時に三箇所からの刺激を受け、
怒張は女の口内で跳ね上がらんばかりに固さを増す。
たまらず、王は手を伸ばし女の胸をつかもうとする。
それに気づいた女は唇からこわばりを離し、少し上方へと移動し胸を突き出す。
二つの乳房は王の手に具合よく収まった。
ゆるやかに揉むと、女の口からかすかに喘ぎ声が漏れる。
乳房はこころなしか硬く、あるいは男を知らぬせいなのかと、
王がそんな思いでいると、女が再び覆いかぶさり上から王を抱きしめる。
そして先ほどのくちづけが戯れであったかのように、
濃厚で卑猥な唇の儀式が始まった。
女の舌が境界線を越え、王の口腔へと入り込み、舌をからめ、まとわりつく。
粘膜から得られる官能に、二人は同時に声にならないうめき声をあげ、抱きしめあう。
王の腹にひとすじのぬめりが垂れる。
それは女の陰唇からあふれ、太ももを伝わってきたものだった。
つぎつぎと滴り落ちるにつれ、女の喘ぎ声もまた大きくなる。
女は腰をくねらせ、陰部を王の体にこすりつけ始めた。
王は女の腰を強くつかむ。男としてすでに我慢の限界を超えていたのだ。
女は抗うことなく、彼の意図通りに腰の位置を怒張の上に移した。
今もなお滴り落ちる愛液は、怒張をも濡らしている。
ゆっくりと女が腰を下ろす。
濡れそぼった陰唇をかきわけ、怒張が目的地へと向かうが、
なにかの障壁がそれを拒む。
王は一瞬とまどいを覚え、あわてて腰をつかんだ手の力を弱めた。
もしかしてこの娘はおぼこなのか?
でもそれなら、先ほどから見せていた痴態はいったい‥‥
突然、王は自分の分身が肉ひだの奥へと迎えられたのを感じた。
娘の尻が自分の腿に勢いよくぶつかり、彼女が一気に腰をおろした結果だとわかる。
怒張を包む粘膜は激しくうち震え、娘が激しい痛みを感じているのは明らかだった。
それでも、そのことをこちらに知られたくないと‥ そうふるまっている‥
どうしてなのだ‥‥?
王はその言葉を口にする寸前でやめた。すくなくともこれは彼女の思いそのもの。
であるなら、一刻も早くこの痛みから解放するのが自分の務めではないか?
男として、優しくあろうとするならば‥‥‥
彼女の体を抱いて、結合したままゆっくりとあおむけの体勢にする。
「少し我慢するのだぞ?」
そう言って、女の両足を腿で跳ね上げながら、あらためて奥まであますことなく貫く。
自らの両手で覆った女の口からくぐもった悲鳴が漏れる。
もう少しだからな。心の中でそうつぶやき彼は抽迭を始める。
淫らにまとわりつく陰唇と狭い膣内のもたらす刺激があいまって、
あろうことかほんの数回動かしただけで彼は高みに至ってしまう。
女を強く抱きしめ、ぐいと腰を押し付けたまま、奥深くへと射精をくりかえす。
子宮をすべて精液で満たすことが全ての目的かのように‥‥
その間も、女はただ男の体を強く抱きしめていた。力の限りに。
激しい交わりのあと、王は束の間まどろんでしまう。
ふと目を覚ますと、女の姿はそこになかった。
自らの手で燭台に火を灯し、部屋中を照らす。
しかし女のいた痕跡はどこにも見当たらなかった。
いや、寝床の上の敷布にしるしだけが残されていた。
長い栗毛色の髪が数本と、そして白い敷布の上の赤い彩り‥‥‥
いったいどこの誰なのだろう。あれは本当に高貴な家柄の女性なのか?
間違いなく若い娘だったし、なにより明らかに処女だった。
それ以外の何の答えも得られぬまま、王は眠りに着く。
翌晩、女は王のもとに再び訪れた。そして同じように体を重ねる。
次の日も、また次の日も。
すでに娘は何のためらいも無く王の愛撫を受け入れるようになっていた。
陰唇を唇で吸われ、隠された敏感な真珠を舌でついばまれると、
体をふるわせ、自ら求めるかのごとく絶頂を迎えてしまうのが常となっていた。
そして、後背位で貫かれ、乳房を力いっぱいもみしだかれる時さえ、
おとがいをのけぞらせ、激しく快感を覚えていることを男に伝えようとする。
その姿は美しくも可愛らしくもあった。
ほんの数日で女は王と交合するために生まれてきた生き物であるかのように、
大きくその閨でのふるまいを変えていた。
しかし、今日は祭りの最後の日。
今晩を逃したら、女は自分のもとに来なくなるかもしれない。
そして女の名前さえ知らぬままにもなりかねない。それは避けねば。
王は決意した。今日こそ女の顔を見よう。そう、今晩しかないのだ、と。
いつものように激しく情をかわし、疲れきって二人は並んで横になっていた。
騎乗位で長く動いていたためか、いつもはすぐに帰る女も、珍しく共にまどろんでいた。
王はそっと寝床を抜け出し、閉じられたままの窓の幕をあげた。
空には満月がかかり、部屋に青い光が満ちる。
その光は寝床の上にも降り注いでいた。
寝床を振り返った王はゆっくりと女のところへと歩み寄った。
気配を感じたのか女は上半身を起こした。
月明かりが女の横顔を闇の中に浮かび上がらせた。
ゆっくりとその顔が王の立つ場所へと向けられる。
時が止まる‥‥
次の瞬間、女は敷布を体をまきつけ、目の前の王を突き離して部屋を横切り、
入り口の扉から廊下へと飛び出す。
残された王は、あまりの事態に声も出せずにいた。
床にうずくまり頭をたれたまま同じ言葉をくりかえす。
「どうして‥‥ なぜ?! ‥‥」
夜伽の相手はミルラ、まごうことなきキニュラス王の実の娘であった。
数ヶ月前に話はさかのぼる。
どうにも様子のおかしいミルラを見て、乳母がミルラに話しかけたことがあった。
「ミルラ? なにか悩んでいるならあたしに相談してみたら?
でも、聞くまでもないか。
あなたの悩みは、そう、恋の悩みだものね」
ずばりと言い当てられ、ミルラは全てを告白することにした。
目の前の乳母以外に話す相手などあるわけもなかった。
乳母は、ミルラの話に言葉をなくした。
ミルラの恋した相手はミルラの実の父、キニュラス王だったからだった。
キュプロス島においても近親相姦が重罪であることはかわりがない。
禁断の恋。それがミルラの恋だった。
最初はなんとかしてミルラを思いとどまらせようとしたのだが、
恋する娘が切々と訴える一途な思いと、その涙の美しさに負け、
祭りの夜、闇にまぎれて思いを遂げる方法を乳母は彼女に教えてしまう。
そして今、彼女の正体は王の知るところとなった。
罪人として捕えられることを恐れたミルラはそっと島から抜け出す。
遠くアラビアの地にたどりついた彼女は、
犯してしまった重大な罪をあがなうため、神々に願い、自らの姿を没薬の木に変えた。
しかしその時にはもう、
愛する人との、束の間ではあっても満たされた時間の証が、
彼女の体内に胚として宿っていた。
時が経ち、月満ちて苦しむミルラを哀れに思った神は、その幹を裂いて子を取り出した。
男の子はアドニスという名を与えられ、後に美しい少年へと育つこととなる。
--- おわり ---