遠い、海を隔てた異国の神々が休暇でここ、ケメトにやって来たのは知っていた。
しかし、母なるナイルが増水したからといって冥界に非難しにやって来るなんて予想外にも程がありますわ。
「全く、オシリス様もオシリス様です。ここは魂の裁判をする場所ですのよ」
冥界にも多くの種類や部屋のような場所がある。
ここは死者の魂の選別し、善き魂であればイアルの野と呼ばれる極楽浄土へ、
悪しき魂であれば邪神アポピスにその魂を食べさせるという冥界でも特に重要な場所であるのに。
「考えて見なさい、マアト。冥界の中でもこの場所は秩序の女神であるそなたがいるお陰で安全な場所なのだ。
もし他の場所でお客様に粗相があれば一大事ではないか」
<マアトの主人>オシリス様にそのように言われては仕方がないですわ…
私は額に付いた大きな羽(マアトの羽根)を撫でてため息をついた。
私のすぐ側ではアヌビスがいつも通りに私の霊力が込められた羽根と死者の心臓を天秤に掛けていて、
その横ではトト様が筆記用具を片手に淡い松明の明かりを頼りにその結果を記録している。
…二人とも、よくこの様な状況の下で仕事ができますわね。
異国の神には混沌の気を持つ者も少なからず居た。神聖なこの場所に無秩序の空気が漂ってしまっている…。
正義や秩序の具現化である私にはこの状況が耐えられなかった。
私はオシリス様に断り、仕事をアヌビス達に任せてその場を退出した。
私はオシリス様から与えられた部屋に入ると椅子に腰掛け部屋に明かりを灯した。
そして、異国の神々の神気を振り払うかのように目を閉じた。そうすると少しは気が楽になる。
すると突然部屋の明かりが消えた。
私が驚いて目を開けると、そこには見知らぬ男の姿があった。
「いや…起こしてしまったか、悪かったな」
背が高く、肌は透き通るように白く、目鼻立ちのくっきりとした、巻き毛で背中に白く大きな翼を持つ神。
明らかにケメトの者ではない。
「…どちら様です?要が無いのならば即刻此処から立ち退きなさい。さもなくば…」
私は異国の神をにらみ付けた。途端に明かりの消えた部屋に眩いばかりの陽光が差し込む。正義の光だ。
この世に混沌を招く神ならば、幾ら異国の高徳の神であってもこの光にはたえられますまい。
冥界に居を持ちながらも私は空に輝く太陽神、ラーの娘。神々の中でも最も高き神気を持つ。
「さもなくば、どうするんだ?」
男…よく見ればかなりの美男子であるようだ…は何ともなさそうに私に尋ねてきた。
…全く効果がない。うそでしょう?!あちらの神々には真実の神は居ないと聞いていましたのに…
「それに、別に要が無いわけではない。貴女、悩みがあるのだろう?
わたしはそれを解消するために貴女の元に訪れたんだ」
なるほど、神々の相談役ですか。ならば神々からの信頼も厚く、人々からも善き神として信仰を得ているのでしょう。
それならば先ほどの術も効かないはずですわ。しかし…
「おせっかいにも程がありますわ。それに、私が今悩んでいるとしたら貴方方異国の神々が冥界に押し寄せたお陰で
仕事が出来なくなっている事です。早く貴方の守護すべき街におもどりください」
「違うな〜。わたしが言いたいのはそんな表面的な悩みでは無く、もっと貴女の奥深くに根付いたコンプレックス
のようなものだよ」
そういって男は微笑むと異空間から弓矢を取り出し、私に向かって矢を放った。
私は驚いて椅子から離れて寝殿に倒れこんだ。
神が神に危害を加えようとは如何なものか!
「貴女に危害を加える気など一切有りませんよ。マアト」
いつの間にか寝殿の脇に男が座っていた。私は逃げようとするも、体が痺れて身動きが取れない状態になった。
…さっきの矢、何らかの術が施されていたのですね…
「体が動けなくなったのは貴女が素直でない証拠。真実の女神様が嘘なんてついちゃいけないよなぁ」
「…どうして、私の名前をっ…貴方は何者です!!」
苦しむ私を見下ろしてその美しい顔を顰める男は私の問いかけに、鼻が当たるくらい顔を近づけて答えた。
「貴女の様に高名で美しい女神の名も知らないような神はこの世に存在しないでしょう。
わたしの名はエロス。<この世で最も美しき存在>」
なんということ!!私は愕然とした。
エロスとはいたずら好きの下級神ではないですか!
そんな低級な神に好き勝手されている自分が恥ずかしくて泣きそうになった。
助けて、トト様、アヌビス!
「助けて…オシリス様」
「やはり、正義と秩序の女神とあって信念は固く、それ故に強情になってるわけか」
エロスは私の全身を眺めると、私の上半身を起こして短く私の唇に口づけをして、首飾りや腕輪を外し始めた。
「何をするの!!止めなさい!!」
私は慌てて首筋と肩に回されたエロスの腕を振り払おうとするも、体がいうことをきかない。
「マアト、わたしは貴女の心の奥にある悩みの種を取り除いてやろうとしているんだぞ。
少しは大人しくしてほしい」
エロスは少し困ったような顔をして、また私の唇を奪う。
私は息を漏らさないように必死に堪えた。
ここ、ケメトの国では口から発せられるものは力を帯びると信じられている。
殊、神に関して言えば他人に自分のはいた息を口で吸われるだけでその者に
<真実の名>という神を支配し得る言葉を与えてしまうのだ。
この国の人間たちの描く絵画に神同士の接吻の様子が無いのは、ただ単にそれを描く画法に無いというわけではないのだ。
エロスはなおも口付けを止めない。
その上今度は強引に自らの舌で私の唇を開き、竪琴を奏でるが如く生暖かい舌で私の歯をなぞる。
私は初めての感覚に驚いて不覚にも僅かに息を漏らしてしまった。
いけない…私の主人はオシリス様…彼の御方以外に<真実の名>を知られてしまうなんて…
しかも低俗の恋愛神如きにっ!!
しかし私は秩序の女神。正義の光が通じない相手に攻撃をする術を持たなかった。
悔しくて、情けなくて涙が溢れてきた。
するとエロスは口付けを止め、頬に、耳に、髪に伝う涙を舌で舐めとってゆく。
涙の熱さとは違う、生温い舌の感触を頬で、耳で、髪で感じて、私は思わず声を上げてしまう。
慌てて口を噤むも、エロスは微笑んで、
「それでいいんだよ」と言い、私を抱き起こした。
彼の神は、その二本の逞しい腕で私の肩を抱いたかと思うと、ロングスカートの結び目を解き、脱がし始めた。
<真実の名>を知られたことで絶望に打ちひしがれていた私に、新たな恐怖が襲い掛かる。
「ちょっと…嫌!!何をなさるのですか!やあっ…止めて下さい!!」
私はすがる様にエロスを見た。
エロスは「大丈夫だから」と言うも、私はちっとも大丈夫ではない。
ああ…なんという事!異国の神々は全てこのように野蛮な者ばかりなのでございましょうか…
いやぁ…オシリス様…たすけて…
私は部屋の勝手口を見つめた。
…そうする事で、ミイラ姿で自力では立つ事の出来ない我が主人が現れる訳が無いと分りつつも、
そうする事しか、今の私には出来ないから…
緊張と不安と恐怖で汗ばんだ体にぴったりと密着した着物はしかし、するすると私の体から離れてゆく。
…せめてトト様、この時間を止めて下さい。あるいは私が仕事場に居た時まで時間を戻してください…
願いも虚しく、私は今日会ったばかりの背中に翼を生やした不可解な姿の男の前で一糸まとわぬ姿を曝け出す事となった。
エロスは私を寝台に横たわせると、一通り体の隅々まで観察し、
「やはり、美しい」
そう呟いた。
「は、早く服を着させて下さい!!」
私は必死で訴える。しかしエロスは再び私の体に覆いかぶさると、右手で鎖骨を、舌で首筋をなぞり始めた。
そして、その右手の指をだんだんと降下させてゆく。
同時に、右手の指の後を追うかのように舌もゆっくりと、私の体の感覚を確かめるようにして付いてゆく。
「ひやっ…」
エロスの指が右胸を触れたとき、私は体が強張るのを感じた。
エロスは少しだけ顔を上げて、「いい反応だ」といい、私の目を見つめた。
「そうやってどんどん素直になってくれれば、貴女の体も自由を取り戻せる」
エロスは右手全体で私の小さな胸を揉みしだく。
愛の神から受ける愛撫は、徐々に恐怖や不安を解してくれた。
しかし、それは逆に私にとってはじめての感覚を引き出し始めるということに…。
「だいぶ硬くなってきたね。流石真実の女神。身体も正直なんだね」
エロスはそういうと、私の乳首に口をつけ、歯を立て始めた。
「ひわっ…あっ…ゃ…エロス…」
言葉にならない言葉が口から零れ出す。
彼の神はもう片方の乳首も指で弄りつつ、時折浮き上がった肋骨を琴のように弾き、私に新鮮な感覚を与え続けた。
「はあっ…あっ…あふ。もっ…と、もっと、よくしてえっ…」
この感覚を、人は快感、と呼ぶのだろうが、私はもう…ほとんど思考回路が焼ききれた状態になってた。
「もっとよく、か。じゃあ、こんなのはどうだい?」
エロスは悪戯っぽくそう言うと、今度は既に濡れている私の秘所に手を伸ばし、外側の襞を優しく撫でる。
「ひわあああっっ」
よく分らないが、私は背筋が、全身が痺れたように感じられた。
それは先ほどの矢にかかっていた術とは違う、今までに経験したことの無い甘美な痺れであった。
「どうだい?」
エロスが尋ねる。
「す…すっごくいい。こんなのっはじめてぁあああっ」
答え終える前に、エロスはまた動き始めた。
これまで何百年、何千年と誰からも触れられることの無かった身体の”空間”に、初めて他人の指が入る。
下半身が熱い。温泉の如く、身体の中から湯水が溢れるのが感じられる。
同時に、愛神の指の進入も身体の内側からリアルに感じ取れた。
「すご…ああっはっ!入ってるぅ…ああっ…うっ」
私は興奮の余り、犬のように喘いだ。
己の秘所から、身体の内側からくちゅくちゅと卑猥な音が漏れるのを、まるで子守唄でも聞くかのように気持ちよく聞いていた。
「そろそろ…いいかな」
ぱっくりと、大きく口を広げた女神の秘所を凝視しながら、男神は自らの赤く猛った分身を曝け出した。
「はあっ、エロす…もっと、もっといれて…かき回してぇ」
私は、今まで快感を与えてくれた指が自分の秘所から離れていったのに少し不満をもって言った。
「マアト…私は、素直な貴女が好きだよ」
私は訳が分らずエロスの顔を見上げる。
その時、エロスの分身が私の身体を貫いた。
「かはっ…あああああ!」
私は身悶えた。確かに痛みはあったけれど、それ以上に大きな快感の波が私の身体を身悶えさせた。
「はあっ…エロス、ぃぃいっ…」
なんだか私は頭が真っ白になってしまい、それ以降の記憶がない…。
「気が付いた?」
私が目を覚ますと、当然の如く隣にはエロスの姿があった。
私の<真実の名>を知る、異国の夫。
やはり…夢ではなかったのですね。現実で良かった様な、良くないような、複雑な心境ですわ。
私が頭を抱えていると、エロスは満面の笑顔で、こう言った。
「じゃ、続きしようか?」
…どうやら気絶している間中下半身が接合したままの状態だったらしいということに気づくまでの、1秒足らずの間の話。