冷たき死の世界の女王。  
 彼女はそう呼ばれていた。  
 けれど、彼女は冥界の誰もが知らぬ一面を持っていた。  
 
「は……あ」  
 ベッドに横になり、溜息を吐く。  
 毎日のように、同じことを繰返しているような気がする。  
「……父様」  
 ぽつり。  
 彼女は、彼女の愛する人の名を告げた。  
 巨人の血を引いていたが故に、神の一柱である父を持ちながら神の世界から追放された  
彼女。  
 けれど、父親……ロキは彼女を見放さなかった。  
 時々、時々だけれども、会いに来てくれた。  
 くじけそうになった時も、父様が来てくれれば我慢できた。  
 
 けれど、最近になって彼は来なくなった。  
 理由は知っている。神々が、父の罪を罰するため、彼の体を拘束しているのだ。  
 いずれ訪れる世界の崩壊――『神々の黄昏』と呼ばれるその瞬間まで、父は苦しみなが  
ら苦痛に耐え続けねばならない。  
 哀しくなった。彼女は父が犯した罪の理由を知っていたから。  
 父が殺した光の神。彼は二つの面を持っていた。  
 一つは、他の神々に見せるための善神としての顔。  
 もう一つは、盲目の闇をつかさどる神である彼の兄と、巨人の血統を継ぐ彼女の父親に  
のみ向ける悪しき面。  
「……欠点を持たない者などいない……か」  
 父はよく彼女に言っていた。  
 欠点がないように思える存在は、うまく隠しているだけで、一皮剥けば欠点だらけだと。  
 そしてこうも言っていた。  
 欠点は誰にでもある。しかし長所も、どんなに邪悪で卑小な存在にでもあるものだ、と。  
「……邪神だの何だのと言われているわりには……とってもお人よしだわ、父様は」  
 彼女はふっと笑い、父親の顔を思い浮かべた。  
 
「……ん……」  
 その指が、胸と秘裂に触れる。  
 父の顔を思い浮かべて自慰をする。  
 それが、すっかり成長した彼女の日課だった。  
「ふ……ぅん……はぁ……」  
 男に抱かれた経験はない。  
 そもそも、この世界の、下賎な亡者どもに、一般的に邪悪なる存在と呼ばれているとは  
いえ神の血を引く自分の処女をくれてやる気はなかった。  
 この体を許してもいい男。  
 彼女にとってそれは、自分と血の繋がった父親だけだった。  
「あっ、あっ、あっ……」  
 胸を揉む手。  
 秘所を濡らす指。  
 それが父親のものだと、彼女は夢想する。  
「とう……さまっ」  
 これは叶わぬ恋だ。  
 決して受け入れられることのない想いだ。  
 わかってはいたが、彼女にもどうしようもなかった。  
「あ、あ、あああああああっ!」  
 そして絶頂を向かえ、彼女は妙に覚めた頭で考える。  
 どうして、このような想いを自分は抱えているのだろうか。  
 どうして、父に恋をしてしまったのだろうか。  
 神々の世界では、近親相姦は禁じられていないが、父はそれを嫌っていた。  
『俺は女好きで他の神のご婦人にも手を出すが、決して自分の身内には手出ししないと誓  
っているんだ』  
 と笑いながら言っていた。  
 だから、父は自分と共には堕ちてくれないと分かっている。  
 けれど。  
 
「好きです、父様」  
 兄二人がこの独り言を聞いたら笑うだろう。  
 けれど、これは、自分の嘘偽りのない気持ち。  
「愛しています」  
 誰よりも優しい父親。  
 邪悪な顔を善人面の仮面で隠した光の神に苛められている盲目の闇の神を、放っておけ  
ないお人よし。  
 そのお人よしは、ついつい、過激な行動に出てしまった。  
 光の神を殺してしまった。  
 自分に邪神のレッテルを貼られるのを覚悟の上での行動だろうから、後悔はしていない  
だろうけど。  
「……いつか……いつか、死者の爪で作り上げた船で、貴方を迎えに行きます」  
 彼女は目を瞑った。  
 そして唱えるように、毎晩眠りに就く前の一言を告げる。  
「世界の終わる『神々の黄昏』、その時に――」  

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