大学へ続く並木道。ここを初めて通ったのは、桜の咲く頃。それが、今ではすっかり  
紅葉の季節になっている。本当はひかりと歩きたかったんだ、この道。  
ひかりの家があんな事になって、奨学金が貰える大学しか行けないのは分っていた。  
でも、この並木道。一緒に歩きたかったよ、ひかり。  
 
隣りを歩く早紀に、罪悪感を覚えながらも、桜小路はひかりを想っていた。  
 
小さい頃は良かった。なんにも考えずに、ただ無邪気に遊び戯れた頃が懐かしい。  
小学生までは同じマンションだったから、学校が終わって帰宅しても、いつも一緒だった。  
互いの家で遊んだり、近くの公園でブランコに乗ったり、砂遊びしたり。  
ひかりは女の子らしく、公園でブランコに乗るより、ままごとや、お姫さまごっこばかり、  
したがったけど。順のお嫁さんになるって言って、よく窓にかかってた  
レースのカーテンを体に巻きつけてたな、あいつ。  
 
順のお嫁さんになる、か。レースのカーテンをベールに見立てて、頭にかぶりながら、  
確かにそう言ったひかり。ごっこ遊びの延長で出た言葉だとは、分っているけど。  
ひかりは今、初めての恋に苦しんでいる。どんなに想っても、手の届かない、  
住む世界が違う男、僕の大事な親友でもある男に恋している。。。  
 
ひかりは、いつまでマッキーを待つつもりなんだろう。  
マッキーが、ひかりを極道の世界に迎え入れる事は、決して無いだろう。  
勝手な想像だけど、それがマッキーだと思うから。一時は手に入れかけた  
ひかりを、僕に譲るような形で振ったマッキー。ひかりの気持ちを知りながら、  
それを無視して諦めたマッキー。  
 
どんなに苦しんだだろう。二人とも。僕も。そして多分、今は早紀も。  
 
桜小路は、自分の横に並んで歩きながら、昨日見たテレビの話を明るくしている早紀を見て、  
『巻き込んで、ごめん。』と心の中で謝った。そして、この夏の出来事を思い出して、  
また胸が苦しくなった。保健の水島先生が、かつて言った言葉。  
”本当の恋とは苦しいもの”そうだ、苦しい。苦しいよ、ひかり。  
 
 
今年の夏。あの夏は、僕にとって多分、一生忘れられない夏になると思う。あの日。  
うるさいくらい、蝉が鳴いていた。宿題で出されたレポートを書きながら、  
でも集中できなくて、ぼんやりしていたら、かあさんの呼ぶ声がした。  
 
「順君、順くーん。ひかりちゃんが来たわよー。」  
 
ええ?!ひかりが?慌てて部屋を飛び出すと、玄関にひかりが立っていた。  
「こんにちは、順。元気だった?」僕の顔を見ると、ひかりはにっこり笑って挨拶した。  
その笑顔に胸がぎゅうっと締め付けられるように苦しくなって、「ああ、別に。」  
ぶっきらぼうに答えたら、母さんに頭をはたかれた。「もう、この子ったら!  
ひかりちゃんが綺麗になって、照れてるんですよ。さ、上がって。」  
「あ、いえ。いいんです。今日は写真の焼き増しを届けにきただけなんで。」  
「写真。。。?あ!!」「ほらあ、忘れてた。」  
 
卒業して4ヵ月後、大学が夏休みに入ってすぐ、クラス会をしたんだ。マッキーは  
来なかったけど。最後まで諦めきれずに、マッキーを待ってたひかり。みんなは、  
どうしてマッキーが来ないのか、ちゃんと察していたけれど。分っていたから、  
星野君が伊吹君にみんなの写真を沢山撮らせて、榊に届けろって最後にフィルムを  
渡してくれたんだ。それを、ひかりが「あたしが現像に出して、みんなの分も焼き増しするから。」と僕から取り上げたんだっけ。  
 
「で、マッキーには届けたの?」恐る恐る聞くと、ひかりは首を横に振った。  
 
「ほらほら、立ち話しもなんでしょ。ひかりちゃん、上がって。」  
母さんがひかりの腕をひっぱると、ひかりも苦笑しながら、  
「じゃあ、少しだけ。お邪魔します。」と上がった。  
 
「ひかりちゃんも順君も、オレンジジュースで良い?」部屋に入る僕達の背中に  
声をかける母さんに「あの、すぐに帰りますから、おばさん、どうぞお構いなく。」  
ひかりが笑顔で答えた。  
 
「順の部屋、久しぶりだね。最後に来たのは、文化祭の練習の時だっけ。」  
部屋に入ると、懐かしそうにひかりは部屋の中を見回した。そうだ。  
あの時は、マッキーもみんなといっしょにいたんだ。  
 
「適当なとこに座って。」と言いながら、僕はベッドに腰掛けた。ひかりは、  
ずっと前にマッキーと一緒に試験勉強した時に座ったのと同じテーブルの位置に  
クッションをずらすと、そこに座った。「「なんか、懐かしいな、順の部屋。」  
 
まずい。クラス会で会ってから、まだ10日ほどしか経っていないのに、ひかりは  
またきれいになっている。クラス会の晩、4ヶ月ぶりに見たひかりは、軽く髪に  
パーマをかけていて、ゆるやかなウェーブが動くたびに揺れて、なんだか急に  
大人っぽくなったように感じ、どぎまぎしたのを思い出した。  
 
今日のひかりは、半袖に前ボタンが涼しげなワンピースだ。暑いからか、  
クラス会の時と違って、今日は軽く束ねてアップにしている。ひかりのアップは  
初めて見た。すごく似合っていて、大人っぽくて、うなじが色っぽくて。。。あ、まずい。  
 
自分の体の素直な変化に、舌打ちしたくなった。さり気なく腕を伸ばして枕をつかむと、  
抱えるようにして、膝の上に置く。と、母さんがドアをノックした。  
 
「レモンジュースとシュークリームよ。ひかりちゃん、どうぞ。」  
「あ、すみません、おばさん。」  
ひかりが丁寧にお礼を言っている。僕は、枕を膝の上からどかせられる状態じゃなくて、  
「あ、僕のはそこに置いといて。」とテーブルを指差した。はいはい、と返事しながら  
母さんが「順君、お母さんね、ちょっと買い物に行ってきますから。2時間ぐらいで  
戻ってくるけど、その間に新聞の集金が来るかも知れないんで、宜しくね。」  
と言って、出て行った。  
 
母さんが部屋から出て行くと、2人は無言になった。空気がちょっと重くなってきた。  
 
気まずくなってきた沈黙を破るように、ひかりが立ち上がり、写真を持って、ベッドの  
僕の横に座った。「ほら、順。みんな、楽しそうに写ってるよ。」そう言って、僕に  
写真を差し出す。でも、僕は隣りに座ったひかりの体に意識がいってしまい、  
せっかく静まりかけていた下半身に、またどくんどくんと血が集まってくるのを  
感じて、焦った。やばい。非常にやばい。  
 
「隣りに座ると暑いよ、ひかり。あっち行ってジュース飲んだら。」  
精一杯、平静を装って、テーブルの方を顎でしゃくる。  
「もう、順ったら。また意地悪になった。」ひかりはぷーっとふくれた。  
違うんだ、ひかり。意地悪じゃない。このままだと僕は。。。  
お願いだ、横に座らないでくれ。  
 
でも、僕の心の叫びを見事に無視して、ひかりは写真を楽しそうに選んでは、  
「ほらあ、ね?」なんて言いながら、僕に見せる。僕はそのたびに、ぎこちなく  
笑って頷くしかない。  
 
隣りで俯いて写真に見入るひかりの、華奢な首筋。その首筋にうなじの後れ毛が、  
汗ばんでからみついている。そして、女の子特有の匂いと、制汗スプレーの  
フローラルの香料が入り混じった香りが、間断なく僕の鼻腔を攻めてくる。  
 
突然、ひかりが小声で何か呟いた。「え?何か言った?」  
 
「榊君が写ってないの。」ひかりが膝の上に置いた手の甲に、涙がぽたりと落ちた。ああ、頼む。泣かないでくれ。泣きたいのは、こっちだよ。  
 
「ひかり。。。」呼んだ声が少し変だった。喉がからからだ。  
名前を呼ばれ、ひかりが顔を上げて、僕を見た。涙で一杯の目。  
 
駄目だ!!涙を見た瞬間、頭の中で何かがスパークした。もう限界だ。  
 
僕はひかりの体を荒々しく自分に引き寄せると、抱きしめた。うなじに顔を埋めると  
汗で湿った首筋からは、彼女本来の体臭が、メスの匂いを放っていた。思わず、  
首筋に唇を這わせ、吸った。ひかりは驚愕のあまり、最初は硬直し、首筋を吸われて  
我に返ったのか、「や!順、止めて!!」と叫んで、僕の体を押し戻そうとした。  
 
女の子って、こんなに柔らかくて非力な生き物なんだ。僕の両腕の中から必死に  
逃げ出そうともがくひかり。僕の胸に両腕を突っ張らせ、僕の顔から必死に自分の体を  
逸らせ、遠ざけようと抗うひかり。「ねえ、順ってば。止めてよ!どうしちゃったの?」  
 
ひかりが抵抗すればするほど、下半身はどくどくと激しく脈打つ。僕は、  
嫌がるひかりの両腕を掴むと、ベッドの上に引きずり上げ、抵抗を奪うように、  
彼女の体の上に馬乗りになった。そして着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。  
僕に組み敷かれたひかりは、僕がTシャツを脱いだ事で、何をされるのか完全に  
悟ったようで、抵抗が激しさを増した。  
 
でも、ひかりは知らない。暴れれば暴れるほど、抵抗すればするほど、  
僕の欲情の火に油を注いでいるって事を。  
僕は、左手でひかりの両手首を彼女の頭上で押さえつけ、  
彼女の下半身を僕の両足で押さえ込み、彼女の体の自由を完全に奪った。  
「いやああああ〜!順、やめてえええ!!!」ひかりが叫ぶ。ごめんよ、ひかり。  
でも、止まらない。止められない。この先、一生許されなくても構うもんか。  
 
「ひかり、ずっとこうしたかったんだ。」呟きながら、僕は彼女の上に  
体を倒していった。  
 
両手は頭上で僕の左手に押さえ込まれ、膝の上には僕が乗っているから、  
僕の顔を殴る事も、僕の体を蹴落とす事も叶わない。  
ひかりは、それでも抵抗を止めなかった。上半身を何度も左右に揺らして、  
なんとか僕を自分の体の上から振り落とそうと無駄な努力を続ける。  
そんな彼女の抵抗を自分の体の下に感じて、彼女をこれから征服するんだという興奮に、  
下半身が痛いほど怒張していた。  
 
僕は唯一空いている右手でひかりの頬を撫でながら、左の耳元に口を近づけ、  
その耳たぶを甘噛みし、舐めた。それから耳の穴に舌を差し入れた。  
ひかりは「ひゃっ!」と小さく叫んで、身をよじらせた。  
その声としぐさが、更に欲情を煽った。  
 
僕は、マッキーよりもひかりの事を知ってる。小さい頃から知ってるんだ。  
誰よりも、マッキーよりもひかりの事を好きだ。この気持ちだけは、ひかりを  
想う気持ちだけは、マッキーにも誰にも、絶対に負けない!!  
 
耳から頬に唇を戻し、それからひかりの唇にキスをしようとすると、気配を察して  
ひかりが顔を思い切り逸らした。顔を逸らされた為に行き場を失った僕の唇は、  
ひかりの首筋に辿り着いた。耳たぶの下から首筋の辺りに何度も舌を這わせ、耳にも  
キスを繰り返す度に、ひかりの上体が大きくのけぞって、彼女の胸が僕の胸に柔らかく  
押し当てられる。  
 
「ひかり、ひ、かり。好き、だ・・・よ。ひ、ひかり。」僕はうわ言のように  
ひかりの名前を繰り返し、繰り返し呼んだ。早く彼女の全てを見たい。彼女の中で  
とろけてしまいたい。一つになりたい。いたぶるように、耳から首筋に舌を這わせると、  
ひかりが「!!」と息を吸い込み、体を振るわせた。ああ、ひかりを僕で満たしたい。  
もっと、もっと彼女に僕を感じてほしい。僕もひかりを感じたい。  
 
僕は右手を彼女の頬から首にかけて愛撫していき、そして彼女のワンピースの  
前開きのボタンを一つずつ、はずしていった。3番目のボタンまでを開けると、  
彼女の胸のふくらみに手が届いた。ああ、ひかり。レースっぽい生地が手に触れた。  
その生地に包まれるように、ひかりのふくらみが。。。ああ、はあ。はああ。  
僕は熱に浮かされたように、はあっ、はあっ、と激しく息を弾ませて、  
乱暴にその生地を、ブラジャーを上にたくし上げ、彼女のふくらみを開放した。  
 
「いやああ!!」ひかりが小さく細い悲鳴を上げて、身をよじった。ひかりが体を  
よじるたびに彼女の全身が波打ち、彼女を押さえつけている僕の両足の間を、  
股間を刺激する。ああ、ひかり。僕はもう、ああ、いい。とってもいいよ、ひかり。  
 
「ねえ、順。お願い、もうや・・んっ!!!」ひかりの言葉は途中で途切れた。  
僕が彼女の唇に自分の唇を重ねたから。ついに。そう、ついに僕はひかりの  
甘やかな唇を征服した。ひかりは「んあぅっ!」と声にならない声を出し、  
顔を激しく左右に振って僕の唇から逃れようとする。  
 
僕は、そんな可愛い抵抗に、胸にまで降りていた右手を彼女の顎に添え、  
顔の動きも封じ込めると、更に激しく彼女の口を吸った。  
でも、ひかりは歯を食いしばって僕の舌の進入を防ぐ。  
 
「ひかり。好きだよ。ずっと好きだったんだよ?」  
僕はひかりの抵抗が切なくなってきた。どうしてそんなに嫌がるんだ、ひかり。  
こんなに好きなのに。左手で相変わらずひかりの両手首を押さえつけたまま、  
右手を彼女の首の下から肩に回すと、上から強く彼女の体を抱きしめた。  
 
「好きだ。ずっと、ずっと好きだった、ひかり。ひかり。」  
僕はただただ切なくて、絶望感にも似た感情に突き動かされるように、  
強く彼女を抱きしめながら、彼女にこすり付けるように、自分の体を激しく上下に  
動かし、狂ったように下半身を彼女の体に押し付けた。そして何度も  
「好きだよ。ずっとずっと、好きだったんだよ、ひかり。」と繰り返し、呟いた。  
 
そうやって彼女を狂おしく抱きしめていると、ひかりの全身から、力が抜けていくのを感じた。  
 
ひかりが抵抗を止めた。とうとう、僕を受け入れる気になったのか!  
僕は愛しさと感激で、彼女の両手首を押さえつけていた左手をはずすと、彼女の上に  
覆いかぶさったまま、その左手で彼女の頭を、髪を撫でた。  
アップに結っていた髪はすっかりくずれてしまっている。  
 
ジーンズを脱ごうと性急に上体を起こすと、ひかりが、さっきまでの激しい抵抗が  
嘘のように、やけに静かに横たわっているのに気付いた。ひかりの顔を覗き込むと、  
彼女は目を閉じて、静かに涙を流している。  
そして、口が何かを囁くように動いている。その唇をじっと見つめて、  
彼女が声を出さずに囁いている言葉を読み取った。  
 
「サ・カ・キ・クン」  
 
僕が、ずっと好きだったと打ち明けたから、抵抗を止めたんだと思った。  
僕の想いを受け止めてくれたんだと思った。でも実際は、僕の動きを止められないから  
抵抗を諦めて、目を閉じて僕をマッキーだと思い込もうとしたのか?  
僕じゃなくて、マッキーに抱かれている、と?そんな。。。  
 
僕は、体中の血が一気にすーっと引いていくのを感じた。さっきまで狂おしいほどに  
猛っていた下半身も、今はみじめなほどに萎んでいる。僕は脱力して、  
彼女の体の上から体をくるりと右に回転させ、彼女の横に仰向けになった。  
 
「順、ごめんね。」隣りでひかりがポツっと呟いた。どうして、ひかりが謝るんだ?  
謝らなければいけない事をしたのは、僕なのに。僕は気力を振り絞って上体を起こすと、  
傍らに横たわったままのひかりの顔を見下ろした。ひかりは今は両手で顔を覆って、  
泣いていた。指の間から、涙がポロポロと零れ落ちていく。  
 
ひかりの顔が見たい。僕は、顔を覆っているひかりの右手に触れた。僕の手が彼女  
 
の手に触れた途端、ひかりはびくっと体を強張らせた。  
 
「もう、何もしないよ、ひかり。だからもう、泣かないで。」  
 
僕はそう声をかけると、彼女の頭を撫でた。ゆっくりと、優しく。  
手で愛情を語れるなら、僕の手は今、幾百万回も愛の言葉を叫んでいる。  
哀しくて、辛くて、それでもひかりが愛しくて、僕の手は優しく頭を撫で続けた。  
こんなに泣かせてしまった。自分の激情をただ彼女にぶつけて、  
ひかりの意思を全く無視してしまった。マッキーよりも、彼女を想っているなんて。  
思い上がりだった。マッキーなら、決してこんな無理強いはしない。  
彼女の気持ちを知りなが、住む世界の違いをわきまえてひかりを振ったマッキーだった。  
僕は、決してマッキーには敵わない。。。  
 
僕は唇をかみ締め、彼女の頭を撫でながら、「ごめん、ひかり。」もう1度呟いた。  
すると、ひかりが顔を覆っていた両手をはずし、僕の顔をまっすぐに見上げた。  
彼女の目が僕の目とぶつかった。泣き濡れた目は、赤くなっている。  
うさぎみたいだ。ふと、うさぎ小屋でマッキーと掃除していたひかりを思い出した。  
 
「順。あたしこそ、ごめん。本当にごめんね。」またひかりが謝った。  
僕は多分、泣き笑いの表情をしたと思う。「どうして、ひかりが謝るの?  
謝るのは、僕の方でしょ。」そう言う僕の声は、かすれていた。  
 
ひかりは静かに首を横に振ると、「順の気持ち、ずっと気付かなかった。  
順は、いつも近くにて、近過ぎたから。だから逆に順のこと、男として見てなかった。  
あたし、鈍感過ぎたね。榊君のこと、順にいっぱい聞いてもらった。あたし・・・  
榊君の話ばかりしてた。ごめん。順、ごめんね。」  
 
僕は呆然としながら、彼女の言葉を聞いていた。男として見ていなかった、か。  
幼馴染って、こんなもんか。世間には結婚する幼馴染もたくさんいるってのに。  
ああ、泣きたいのは、こっちだよ、全く。  
完全に、完膚なきまでに叩きのめされたって感じだ。  
 
やがて。ひかりが上体を起こそうとしたので、手を添えて助け起こした。  
「髪、ぐしゃぐしゃになっちゃった。」そう言って、ひかりは髪をまとめていた  
かんざしを抜いた。かろうじて一つに留まっていた髪は、纏めていたものが  
無くなって、はらり肩に背中に落ちてきた。驚くほど綺麗で、胸が痛くなった。  
 
彼女は抜いたかんざしを口にくわえ、手櫛で髪を梳かすと、髪を後ろで一つに纏め、  
両手で髪をくるくるとねじっていき、小さなお団子を作ると、口にくわえていた  
かんざしを右手で器用にそのお団子に差し込んだ。  
僕は、儀式のようなその動作を、黙ってただ見つめていた。  
 
髪をアップにし終わると、ひかりは僕に笑顔を向けた。「そろそろ、帰らなきゃ。」  
また、僕に笑顔を見せてくれるの、ひかり?僕は胸が痛くて苦しくて堪らなくなり、  
彼女の横で体育座りになると、顔を膝の上に伏せて、堰を切ったように泣き出した。  
 
ひかりはそんな僕の頭を、さっきまで僕がしてあげたように、優しく撫で、  
それから背中をとんとんと優しく叩いた。  
まるで「いいよ、わかってるよ。」とでも言っているかのような、叩き方だった。  
 
嗚咽が収まると、ベッドの上に並んで体育座りをし、両膝を抱え込みながら、  
僕達は少し会話をした。  
 
「そんなにマッキーの事が好き?」「うん。好きだよ。」即答かよ。  
「どこが好き?」「うーん。全部、かなあ。」  
「駄目だよ、ちゃんと具体的に。」「じゃあ、順は榊君のどこが好き?」  
「熱いところ。一生懸命なところ。今だから分るけど、陰で僕達の事を色々と  
助けてくれてた事。でも、強いのにそれを見せずにいた事。それから、」  
「もう、いいってば。」クスクス笑いながら、ひかりが遮った。  
 
「あたしたちってさ。」「うん?」「二人とも、榊君の事が本当に好きなんだね。」  
 
そうだよ、ひかり。ぼくもマッキーが大好きだ。マッキーは僕のヒーローだもの。  
思い出が切なく胸を満たし、会話が少し途切れた。  
 
「あたし、もう帰るね。」「ああ。」「おばさんに、宜しく。」「わかった。」  
 
そして、ひかりは部屋を出ていった。僕はベッドの上で体育座りしたまま、  
ひかりを見送った。窓を閉め切っているのに、それまで聞こえなかった蝉の鳴き声が  
また、うるさいほどに響いてきた。  
 
ひかり。さようなら。  
 
夏が、蝉の鳴き声が、嫌いになりそうだ。  
 
 
桜ひか編・終  
 
 

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