いつの間に形勢が逆転していたのだろうか。  
精も根も尽き果てたかのようにげっそりとこけた頬を撫でる。  
傍らには、満足げに規則正しい呼吸を繰り返す妻。  
その母性的な魅力に溢れた顔が、つい先ほどまで淫靡に歪み、乱れに乱れていたのだ。  
私がこの女(ヒト)を狂わせた。  
そう思うと雄としては少し誇らしい気もするのだが、如何せん、如何せん――。  
 
彼女と初めて閨を共にした時のことを思い出す。  
当時、私は日が昇ると同時に起きて羊を追い、一日の仕事を終えるとジャッキーのところで一杯ひっかけて  
帰るという生活サイクルを過ごしていた。  
その日もまた、いつものようにバーボンを舐め、ライタと壮絶などつきあいを演じていた。(因みに、戦績は73戦37勝25KO)  
 
「フリント、そこは俺の指定席だ!いつもいつも癇に障ることしやがってっ、今日という今日は勘弁ならねえ!表出ろ!」  
罪無きグラスが木っ端微塵になる音が響き、ジャッキーが弱弱しく抗議の声を上げる。  
「ちょっとライタ、いい加減にしとくれよ。これで何個目だと思ってるんだい、グラス…」  
「あんだ!?てめえ、俺にアヤつけようってのか、ああん!?」  
ひぃ、と情けない声をあげながらブルブルと頭を振る。  
漂う焼酎の香りに溜息を尽きながら、周囲の様子を窺う。  
ベッツィーは憤懣やるかたなし、といった表情で非難の声をあげ、静かに盃を傾けていたエドとマップソンがまたか、という  
表情でこちらをみているのが分かった。  
テッシーは既に部屋に戻って休んでいるようだ。  
そのことに少し安堵し、表情を引き締めて席を立つ。  
「いい加減にしろ、ライタ。何が気に入らんのか知らないが、暴れたいなら付き合ってやる。  
私も酒が不味くなって気分が悪いんだ。それと、ここは私のいつもの席だ」  
「けっ、すましやがって。今日こそ新開発の雪崩式ライタバスターで決着をつけてやる!」  
酒気で火照った顔に闘志をにじませ、荒々しくドアを開けて外に出るライタを追いながら、周囲の好奇と心配を織り交ぜたような  
視線に短く侘びをいれる。  
「すまないな、いつもの悪い癖が出たようだ。厄介を掛けた」  
「まったく、アンタ達もよく飽きないね。ちゃんと明日も酒が飲めるくらいにしとくんだよ」  
女将が言ってよこすのに一つ頭を下げ、外へ出た。  
 
ライタとは確かに以前からちょくちょく喧嘩をしてきたが、最近のそれは随分熾烈なものになっていた。  
酒や食べ物の趣味や、性格の違いといったところからイチャモンをつけられて殴り合いに発展していただけのことが、  
今はお互いの一歩も引けない事情を抱えてのことになったからだ。  
私とライタは一人の娘に対して恋慕の情を抱いていた。  
森の奥深くにある小規模な牧場、そこの一人娘で名前をヒナワといった。  
井戸端でいつもさえずっているリサに、定期的に村に下りてきては種々の産物と花を置いていく少女を紹介された時には  
同業としての挨拶を交わしただけだった。  
だが仕事の関係で何度かそこに出向くうち、その向日葵を思わせる美しく朗らかな少女に心を奪われてしまったのだ。  
一方ライタも、そんな彼女に一目惚れしたらしい。  
二人の男に一編に言い寄られたことなど無かったのだろう。  
アプローチを掛けるたびに彼女は困ったような、恥ずかしげな笑みを浮かべて曖昧にはぐらかした。  
それを見て私達は彼女を困らせまいと、何らかの方法で白黒をつけようと決めたのだ。  
だから、今回の事態にしても半ば私自身の希望もあって引き起こされたようなものである。  
 
結局その日は辛くも勝利を収めたものの(延長32分、エドによるレフェリーストップ)、双方消耗しきってその場に倒れてしまった。  
気がついたのは翌日の朝。  
未だ熱を持って腫れ上がる顔と軋む体をやっとの思いで引き起こすと、何かが額から落ちた。  
誰かにここまで運んでもらって、手当てまでしてもらっていたようだ。  
 
どこぞの親切な村人に感謝を捧げていると、不意にドアが開いた。  
その時、よほど私は間抜けな顔をしていたに違いない。  
「あら、起きていたんですか。おはようございます、今日もいいお天気ですよ」  
そうどこかズレたような挨拶を投げかけた後、クスクスと口に手を当てて笑いをこぼしているのは、まぎれもない想い人だった。  
「あ、あぁ…おはよう。そうか、いい天気か。それは良かった」  
我ながらアホな応えを返したものだ、と少ししてから気付いたがもう遅い。  
ますます笑みを深くして、ええ本当に、と笑顔で返す彼女。  
頭をかきながら思わず赤面していると、不意に彼女の表情が厳しくなった。  
「色々とお話は伺いました。ライタさんと殴り合いの喧嘩をなされたそうですね」  
む、と答えに窮しながら、怒った顔も魅力的だな、などと思っていたとは口が裂けても言えない。  
「一体どういうおつもりなんですか、気を失うまでなんて。やりすぎです!」  
めっ!と人差し指を立てた手を突き出しながら、腰に手を当ててプンスカと怒っている。  
君を争って闘っていたんだ、とは流石に言えずもごもごと口を動かして目を逸らす。  
それに不審を感じたのか、ますます柳眉を吊り上げて語を強めるヒナワ。  
「言いたいことがあるならハッキリ言ってください!大体、お二人は私には何も言ってくださいません。  
お二人を運んでくださった方々にはからかわれるし、何なんですか!」  
その言葉に誘うような挑発の響きを感じたのだな、と気付いたのは随分後のこと。  
とにかく、カチンときた私は自分の心情を激情に任せ吐き出してしまった。  
「君が欲しくてライタと決闘したんだ。そして私はそれに勝った。私と結婚して欲しい、これでいいか?」  
まくしたてるように言葉を連ねた後、はっとして口を押さえたが後の祭り。  
折角暖めてきた想いが、よりによってこんなシチュエーションであふれ出すことになろうとは。  
もう後には引けない状況と成ってしまったことに内心頭を抱えながら、恐る恐る彼女をみやる。  
 
うーん…そういうことを聞いたわけじゃないんですけど。でも、いいです。それも聞きたい言葉ではありましたから」  
幾分朱が差した頬に手を添えつつ、それでもにっこりとそう告げるヒナワに、今度の今度こそ空いた口が塞がらなくなる。  
状況が把握できないまま呆けたように彼女を見つめる私に、ヒナワははにかみながら若干居住まいを正して告げた。  
「ええと、不束者ではありますがよろしくお願いします。幸せにしてくださいね!」  
人間、あまりに急激な状況変化に面するとかえって冷静になるのかもしれない、とぼんやりと考えながら、  
それでもこれだけはハッキリと応えた。  
「ああ、勿論だ。世界中の誰よりも、君を愛している」  
 
その日、遅れてやってきた昂ぶりを鎮める事が出来ず、彼女を無理を言って引き止めてしまった。  
義父になるであろうアレックさんに関しては、順序が逆だろうし申し訳ないような気がしたが、それでも止まらなかった。  
せっかちなんですね、とヒナワは恥ずかしそうに笑ったが、拒みはしなかった。  
彼女は未通女であったが、優しく出来た…と思う。  
彼女自身の、蟲惑的な花のような香り。  
上質の羊毛をいくら紡ぎ合わせてもこのようにはなるまい、という艶と滑らかさを感じる健康的な肌。  
破瓜の痛みから流す涙をも愛しく思い、口付けをそこに落とした時の味。  
少し強張った笑みを向ける彼女の姿。  
そして、甘えたように私の名を呼ぶその声。  
 
――紫煙をくゆらせながら、苦笑しつつ首をひねる。  
他の事はともかく、房事では私がリードしていたんだがな、と。  
薄茶色の、手に取るとさらさらとこぼれていく髪を撫でながら思う。  
「う…ん?どうしたの?」  
「ん、すまん、起こしてしまったか」  
眠そうに目をすりながら、それでも身を起こす時には胸元をシーツで抑える仕草。  
これは初々しかった頃と変わらんな、と呟きながら煙草をもみ消す。  
「なぁに?ニヤニヤしちゃって。あ、もしかしてエッチなこと考えてます?」  
「何、人は変わるものだなと思ってね。そんなことを考えるほど、元気は残ってないよ」  
そうなのだ。彼女は美しいし、自分も男なのだから夜な夜な夫婦の営みごとには精が出る。  
が、彼女は経験が増えるにつれて乱れ狂うようになった副作用だろうか、とにかくその、回数も増えていったのだ。  
瞳を潤ませて求められれば、挑みかかる。しかし、それにも限界というものがあると思う。  
一度火がついた彼女は、その限界をいとも容易く突破して、私を搾り尽くさんとしてくるのだ。  
これではたまったものではない。嬉しくそして悲痛であるという二律背反な悲鳴を、私は確実に捉えていた。  
「あ、言いましたね。そんなこと言う人にはお仕置きです!」  
えい、といいざま私の首に手を回してついばむようなフレンチ・キスをお見舞いしてくる。  
胸板に押し付けられた彼女の胸がいやらしく変形しているのを視界に収めつつ、いけないいけないと自制心に  
ロックをかける。  
「ん…煙草の匂い。キスするときはやめてって言ったじゃないですか」  
「そんなことを言われてもな…。分かった、気をつけよう。  
さ、明日も早いし、もう寝よう」  
彼女の髪を一撫でしてキスを落としてから、床に就こうと彼女の背中を軽く叩く。  
しかし、彼女は離れようとしない。  
なんだか、激烈に嫌な予感がする。  
回された腕がそこはかとなくロックされているような気もするし、彼女の体温が少し高くなっているような気もする。  
触れるだけのキスが、やたらと情熱的になっているような気までしてきた。  
恐る恐る彼女の瞳を覗き込んで、そこに灯る炎に予感が確信に変わった。  
 
「んむ…ちゅ…お、おい、ヒナワ、もう、寝よう?」  
「あむ…ちゅ…んふ、ごめんなさい、止まらなくなっちゃった…はぁ…ちゅぱ」  
既にディープキスに変わりつつある口付けと並行して、乳首をこすりつけてくる。  
興奮に上気した顔に小悪魔的な笑みを浮かべて、ヒナワは甘えるように舌先を絡めてくる。  
口中に納めきれなくなった唾液が淫猥に光沢を放ちながら、胸元に落ちた。  
冗談ではない!今日だけで5回もしたのに、これ以上したら腰が立たなくなってしまう!  
しかし悲しいかな男の性、体が心に反して動き出してしまう。  
(静まれ、静まれっ!控えおろーう!)  
半ば恐慌をきたしながら必死に制止の合図を自身に送る。  
が、これが全く効き目が無い。こんな不良息子に育てた覚えは無いのに、と心の中で滂沱の涙を流す。  
そうこうしているうちに、とうとう目の前の愛しいサキュバスに気取られてしまった。  
「あふっ…ふふっ、硬くなってきたね。我慢しないでください…ホラ」  
嬉しそうに口角にえくぼを作りながら、ふとももとふくらはぎで挟みながらやわやわと刺激するヒナワ。  
間違いなく自分は三国一の果報者だと感じながら、しかして決壊寸前の理性に叱咤激励を送る。  
が、それも儚い抵抗だった。  
(人の夢と書いて儚い…か。はは、それは春の夢の如く…)  
 
プチッとどこかの回線が切れる音が聞こえた。  
「あンっ、ふんぅう…ちゅく…ぴちゃ」  
ヒナワの鼻にかかったような甘い声が媚薬となり、こそばゆく感じるはずの鼻息ですら快感に感じられる。  
咥内を丹念に蹂躙し、その舌・歯・唾液…それら全てを貪るように味わう。  
ヒナワも瞳に悦びを浮かべ、積極的に口交に応えてくれた。  
長い長い口吻を終えて彼女を見ると、熱に浮かされたような瞳には零れんばかりの涙が溢れ、  
肌は薄っすらと桃色に染まっていた。  
あたりには、むっとするような雄の匂いと、全ての思考を奪うかのような雌の匂いが充満している。  
 
「は…ぁ…素敵です…もっと、もっとしてください」  
疼く獣欲を弄びながら、彼女の白魚のような指の間を舐め、耳朶を甘噛みし、うなじに口付けた。  
その度、彼女はこちらが嬉しくなるほどの反応を返してくれる。  
「ひゃぁっ…ふぁ…ぁ…ひぅっ…んんっ!」  
元々彼女はくすぐったがりではあったが、それが転じてこんな素晴らしいものとなるとは思いも寄らなかった。  
手をゆっくりとバスト周辺に這わせる。  
円を描くようにそのたわわに実った果実をやわやわと責める。  
決してその頂きには触れず、周囲をほぐすかのように撫でさする。  
暫しその動きに酔いしれていたヒナワだったが、やがて焦れたように体を捩じらせてきた。  
頃合だった。  
片方の頂上に実った南天に似た果実を口に含み、先端をつつきながら思い切り吸う。  
もう一方には左手をあてがい、同様に先端を刺激しながら少し強めに摘んでやる。  
「ひっ…ひゃっ…あっ…っーーーーーー!」  
殆ど声にならぬ絹を切り裂くような声を上げて、ヒナワは軽く達した。  
泣いているかのような、否、啼いている声を感じながら、それでも攻め手は緩めない。  
ここも性感帯である臍周辺へと時間差で降ろした舌を這わせながら、右手をつつと茂みに向かって進めていく。  
期待と興奮にしっとりと潤った花園は、もう男を受け入れる体勢を整えていたが、あえてそこには触れず、  
肉感的なふとももへと攻めを移した。  
「あっ…」  
ひどく残念そうな、落胆したような声に嗜虐心をそそられながら、指先でももや膝の裏側をすり、足の指を  
一本一本しゃぶっていく。  
少し意地悪しすぎただろうか、ヒナワが顔を真っ赤にしてこちらに懇願するような視線を向けていた。  
もう前戯は充分か、と次の段階に移る前に最後の仕上げにいくことにした。  
 
「ヒナワ、上に…」  
こくりと頷いて、素直に私の上に逆さに覆いかぶさるヒナワ。  
もはや御しがたい愛欲の衝動をありありと示している、目の前の蜜壷を息を飲んで見つめた。  
何度見ても、世の中にこんなにいやらしく、そそられるものは無いと思わされる。  
自身が暖かいぬめりに包まれるのを感じつつ、目の前のそれにむしゃぶりつき、おもいきりすすった。  
「ん!?んーーー!?」  
びくりと彼女の体が硬直し、愛液がさらに嵩を増したのが分かった。  
お構い無しに、肉付きのいい尻肉を鷲掴みながら蜜壷を攻略する。  
彼女の性感帯やGスポットは把握したつもりだが、それでもこうして抱く度に新たな発見があるような気がする。  
軽い感動を覚えながら、なおもラヴィアや膣内、クリトリスを舌と指で刺激していく。  
そのうち、丹念に奉仕してくれていた彼女の体がフルフルと震え始めた。  
実は自分自身、彼女の口技で限界に近かったのだ。  
軽く膝裏を叩いてやり、時を告げる。  
 
待ち焦がれた瞬間が訪れた悦びに歪んだヒナワの顔。  
これが行為の最後のスパイス。  
対面座位で狙いを定めつつ、ヒナワの腰の動きに合わせて下から一気に突き上げる。  
「ひんっ――やぁっ、ぃぃっ!」  
「くっ、これ、はっ!」  
あまりの快感に一瞬果ててしまいそうになる。  
お互い敏感になっているのか、私の剛直も放出寸前の角度だし、ヒナワの中も熱く濡れそぼって体ごと吸い込もうと  
しているかのような素晴らしい具合だ。  
あまり手加減できない、という旨を視線でヒナワに訴えると、彼女もまたコクコクと激しく頷き  
腰をグラインドさせ始めた。  
「はぁんっ、すごっ、おっき…あぁっ、そこ!」  
尻たぶを掴んで激しく突き上げ、攪拌しする。  
「ふぁっ、だめっ、だめだめっ、ダメッ!」  
必死にしがみつき、首筋にかじりついてくるヒナワ。  
「ひぐっ、もう、わたしっ!いっ、しょにっ!」  
頷いて、最後に最奥まで突き上げ、彼女を抱きしめる。  
「あっ、あァァーーーーーーーーー!!」  
 
ぐったりと横になりながら、ムスコを執拗に攻め立てるヒナワに息も絶え絶えに懇願する。  
「た、頼む…もう勘弁してくれ…」  
「駄目です。あんなにすごいことされたら、そうそう収まりがききませんから。  
今夜は徹底的に付き合ってもらいますからねっ!」  
あの後、抜かずの2発目をねだられ応じてしまったのが運の尽き。  
つくづく自らの理性というものの歯止めが弱いことに呆れる。  
それとこれというのも、魅力的過ぎる妻がいけないのだ、と自分自身に悲痛な慰めの言葉を送ってみるも、  
余計悲しくなるだけだった。  
「ふふっ、大きくなりましたよ。それじゃ、楽しみましょうね!」  
「死、死ぬ…」  
 
翌日、やけにお肌つるつるでご機嫌なヒナワと、腰を曲げ一気に十歳は老け込んだかのように見えるフリントが  
タツマイリ村民に目撃されたそうな。  
 

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