物理的精神的の如何を問わずどんな交わりからも隔絶された空間の中で、それでも人間の超克の気配を感じた。  
ちぇ、と小さく舌打ちをしてはみたものの、不思議と嫌な気分じゃない。  
永きに渡って自分の中に横たわっていた鬱々とした正体不明の感覚。  
ヒトはそれを悪意と呼ぶのかもしれないが、ともかくとしてそれが鎌首をもたげてこないことに半ば戸惑い、そして半ば安堵していた。  
そんな今の自分を省みながら、知らず体を丸めた胎児のような姿勢をとり物思いにふける。  
 
――リュカといっただろうか、どこかアイツに似た目をした少年。  
先ほどの戦いの最中に彼の視線を受けて、妙に懐かしい感じを覚えた。  
直前の会話内容からだろうか、その瞳の中には間違いなく憤りや復讐心といったものも宿っていたけれども、それでもそれらに呑み込まれない確たる光。  
負けたわけじゃない、と嘲ってこのスペースに入ったものの、実際のところはあの光に畏れと何かわけの分からない感情を覚えて逃げ込んできただけだ。  
あの感情に名前をつけるとしたらなんだろうか。  
希望というには少し黒ずんでいる。挑発というのも少し明るすぎる。  
となると、一番近いのは「期待」ではなかろうか。  
ここまで考えて苦笑する。  
この世界で何でもかなえられる、いわば神のような立ち位置に居た自分が「期待」するなどという滑稽さに。  
 
アイツらとの決戦以降、次元の狭間を漂流していた自分がやっと見つけた安住の地。  
その狭さにちょっとした不満を覚えたものの、協力者を得てこの次元に於ける理を知り、  
思う様我侭ができる地盤を整えるにつれて心が満たされていった―はずだった。  
ニューポークを作ったのもその一環だ。自分の、自分による、自分のための欲望の都市。  
だが、何故かは分からないが何かが違っていた。  
生来の旺盛な食欲を満たすため、暴飲暴食の極みを尽くした。違う。  
思い切り遊ぶため、遊興の類は考え付く限り取り揃えた。ちがう。  
支配欲を満たすため、自分の意のままに動く忠実なる軍隊を編成した。チガウ。  
それならば、と自分好みの女を集めてハーレムを作った。ロクリアには笑われたが。  
嗜虐心を伴った性欲と征服欲を満たすため、ありとあらゆる性交を試した。  
女の穴という穴を使い、ヴァギナやアナル、そして口に精液を流し込んだ。  
イマラチオやSM調教、果ては肉体改造を施してみたり、ブタマスクやキマイラの中に  
女を放り込んで輪姦させてそれを見物してみたりもした。  
女達は事前と事後にはマインドコントロール用専門溶液に浸けるため、レイプ紛いのセックスや、  
首を絞める・体を傷つけるといった暴行を含んだソレを行っても僕を嫌いにはならない。  
しかし、そこまで誂えた女色を以てしても安穏は得られなかった。  
行為に及び、女を感じる状況になると決まってあの牝豚の顔が浮かんできて胸糞が悪くなってしまうのだ。  
この鬱屈した気分をどうにかしようと、牝豚を模したロボットを量産しレストランの給仕にあてて馬鹿笑いしてみたものの、所詮そこまで。  
結局、最後の最後には苛立ちと諦めと憂鬱な気分に似た分類不能な感情を綯交ぜにした、鬱々とした胸糞悪さに終結した。  
 
最早、ロクリアから聞いた龍の目覚めだけが興味の向く先だった。  
ドラゴとか呼ばれる巨大爬虫類にナイフ一本で挑む少年を見かけたのも、合成キマイラの素材探索と  
「針」探索を同時進行で進めていた最中のことだ。  
もともとはこのドラゴが目当てだったのだが、その光景に抱腹絶倒しながら興味を惹かれた僕は、  
健闘虚しく散った少年の遺骸を戯れに持ち帰ることにした。  
特に何か予感めいたものがあったわけではない。  
ただその少年に、勝てるわけが無いのにいつも僕の前に立ちはだかったアイツの面影が見えた、ような気がしただけだ。  
しかし、事態は思わぬ方向へ進展する。  
ロクリアの見立てによって、その少年には針を抜く者としての素質が備わっていることが判明したのだ。  
いい加減この胸糞悪さも耐え難くなってきたところだ。全てを灰燼に帰すのもまた一興かな、と思い少年の黄泉帰りを指示した。  
 
そんな折だった。割ってみたらちょっと楽しいかな、と思い捜索させていたハミングバードの卵について、思わぬ邪魔が入ったのだ。  
どうしてこうも毎回毎回、僕がしようとした面白いことにケチをつけてくる奴らがいるのか。その理解不能な連中に対して思いを巡らす内に、  
不思議なことに気付いた。  
あの頭が重くなるような感じが消え失せているのだ。かわりに、久々に感じる胸の高鳴り、昂揚感。  
我ながら意味の分からない情動に当惑しながらも、これからとても面白い遊戯が始まることを確信したものである。  
 
それからの経緯については特に言うことはあるまい。ただ、僕にとっては近年稀に見る最高の日々だった、とだけ言っておこう。  
結果として僕はこうしているわけだが、あれほど手を尽くして得られなかった平穏がこうして得られているのだから、皮肉なことではあるが  
良しとしよう。  
期待していた何かが叶い、平穏の中で夢想するはアイツとその仲間達のこと――。  
 
じっと胎児のように蹲りながら、彼らとの終わることの無い遊戯を思い顔を綻ばせる。  
ある時は敵味方に分かれて争い、またある時はともに力を合わせて戦い、そして終わりには顔を突き合わせて明日は何をしようかと相談する。  
その大変甘美な夢想を弄びながら、クスクスと笑いを漏らす。  
そんな中、唐突にある考えが浮かんでくる。  
もしかしたら、今なら次元を跳躍してアイツらのところにいけるかも知れない、と。  
なんの根拠も無い思い付きではあったが、どうでも良かった。  
それを思いついて、ますます楽しい気分になってきたのだから。  
 
頭はぼんやりし、体がふわふわと浮いているような気がしてきた。  
幸せな感覚に浸りながら、精神集中のために目をつぶる。  
脳裏に、肯定とか否定とかそんなんじゃない、受け入れてくれる、いうなればマザーのイメージがよぎった。  
 
どこかで、ことりと球の動く音がした。  
 
 

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