「くっ……」
フリントさんはそう叫びながら、私を突き飛ばした。
そのまま薪の方へ進んで、
「ちくしょおおおお!!」
と、普段のフリントさんとは思えない、大きく…そして悲痛な叫び声と共に、
薪を壊し、ブンブンと角材を振り回し始めた。
私は怖くて仕方が無かった…。あのフリントさんが、我を忘れている。
止めに入ったアボットさんを角材で刺し、その後オリーさんも殴り倒し…
せめて子供たちだけはと思い、私は二人を庇おうとした。
でも、どうやらライタさんがフリントさんを気絶させたらしく、そのままフリントさんは留置所に入れられてしまった…。
翌日、ヒナワさんのお墓へ向かった。と、オレンジ色の髪をした小さい子供…クラウスちゃんがこちらに向かってきていた。
「おはよう、クラウスちゃん。」
と軽い挨拶。クラウスちゃんは軽く微笑んで、急に何処かへ駆け出していった。
どうしたのかなと思ったけれども、昨日のことを考えて追求はしないまま別れた。
その後、留置所から出てきたらしいフリントさんに出会った。
「昨日は……すまなかった…」
どうやら深く反省している様子、私は宥めるように、
「いえ、大丈夫ですよ。……あんなことがあったんですし、あまり気にしないで下さい」
…しまった。言って後悔した。フリントさんにまたあの忌まわしい事件を思い出させてしまったのではないか。
フリントさんは一瞬表情を暗くして……そして、暗い表情のまま、私にこれから墓参りに行く事を伝えた。
ふと…墓参りでさっきのクラウスちゃんの様子を思い出し、ヒナワさんのお墓に向かうフリントさんを引き止めた。
「クラウスちゃん…今日の朝、誰よりも早くヒナワさんのお墓に来ていたみたいなの。帰り道で声をかけたら、ちょっとだけ微笑んで…。そして、急に駆け出して…。何処か様子が変だったの」
フリントさんはやや分からないような顔をして、
「わかった、ありがとう。…わざわざすまないな」
と言い残すと、再びお墓に向けて歩き出した。
その後姿を見たまま、私は暫くフリントさんのことを考えながら立っていた。
何とも言えない嫌な予感がして、私はYADOを飛び出した。
夜も遅く暗い中で人の家に行くことには抵抗があったが、それでもフリントさんの家を訪ねた。
「フリントさーん!フリントさーん!!おられませんかー!?」
何故だかいつもよりも幾分大きい声が出てしまった。が、そんなことは気にしていられない。
すると、中から小さい子供…ついクラウスちゃんと思ってしまったけれど、髪が金色。甘えん坊のリュカちゃんだった。
「リュカちゃん、フリントさんはいないかな?」
そう聞くと、リュカちゃんは不安そうに
「……まだ、帰ってきてないの」
実に心細そうな声でそう言った。
嫌な予感は当たった。なにやら、フリントさんはアレックさんと共にクラウスちゃんを探しに行ったらしい。
それも、あの忌まわしいドラコの巨大な牙の剣を持っていったんだとか…
フリントさんにアレックさん、クラウスちゃん…みんな大丈夫かしら…
そのまま私はフリントさんの家の前で二人の帰りを待っていた。
今のフリントさんを放っておけない、そんな思いが成した行動だった。
待ってから大分経って、フリントさんが帰ってきた。けど、その様子があからさまにおかしかった。
血と泥にまみれている。暗くても見てわかるぐらいにフリントさんは弱っている。
「テッ……シー……?」
よかった。応急手当が効いたみたい。
それでもまだ体の自由は利かないらしく、首を動かすのが精一杯のようだった。
「フリントさん……何があったのですか?」
率直に、尋ねた。
「………………クラウスが……いないんだ……」
私は、ことの経緯を理解した。
クラウスちゃんが手作りナイフのみでドラコに復讐しに向かったこと。
フリントさんとアレックさんがそれを追って、醜い姿に改造されたドラコに出会ったこと。
そのドラコを倒そうとした時に、その子ドラコが庇いに入ったこと。
そして、その後アレックさんと別れ、クラウスちゃんを探している最中に足場を滑らせて下手に体を痛めてしまったこと。
私は言わざるを得なかった。言わなければならないと思った。
「フリントさんのバカ!!リュカがどれだけ心配したか解っているの!?」
…私は最悪だ。私の感情をリュカちゃんに置き換えて、それに加えて酷いことを言ってしまった。
それでも我慢できなかった。とても我慢なんてできなかった。
一瞬フリントさんは驚き、そして少しの間が空き、
「本当に…すまない……私は駄目な父親だ…」
フリントさんの頬に涙が流れていた。
それと同じく、私も頬に暖かい何かを感じた。泣いているのだろう。
そのまま私は、フリントさんの寝ているベッドに頭をつけて大泣きしてしまった。
こんなに泣いたのは何年ぶりだろう……
どうやら泣いたまま寝てしまったらしい。朝日が上り始めていた。
フリントさんもその後眠ったようだったが、私が立ち上がった時の僅かな振動で目を覚ましたらしい。
「ごめんなさい、そのまま寝てしまって…」
「いや、こちらこそすまない。」
やや気まずい雰囲気の中、先に口を開いたのはフリントさんだった。
「昨日はありがとう。おかげで大分楽になった」
嘘ばかり。まだ体を動かすと顔がしかめってるのに…
それでもちゃんと自分で歩けるようになっているようだし、それ程嘘ってわけでもないかしら?
「いいですよ。みんなの健康が私の幸せです」
それでも、フリントさんに対しては何か違う感じがした。これは…
「…それでは、私はこれで。くれぐれも無理はしないで下さいね?」
そう言って私は出ていこうとした。すると、早速無理をして私を送り出そうとしてかこちらに向かって歩き出した。その気持ちは嬉しいけれども、今は無理をして欲しくないのに…
と、途端、バランスを崩したのか今にも倒れそうな具合に体が前にのめっていた。
「フリントさん危ない!」
そう言って、すばやく体を支えてあげた。なんとか間に合ったらしい。
…すると、フリントさんは私を抱きしめてきた。どうやら体が震えているようだった。
私もフリントさんを抱き返した。そのまま少し時間が経ったと思う。
フリントさんの耳元で、
「大丈夫です。心から祈れば、何でも叶えられます。だから、祈って下さい。クラウスちゃんは見つかると」
優しく優しく囁いた。
「……本当にありがとう、テッシー…」
フリントさんはそう答えてくれた。
そのままフリントさんをベッドの方へ連れて、私は出て行った。
ああ、神様。もしも貴方が神ならば、あの人と…あの家族をお守りください。
これから先、どんな災厄が降り注いでも、あの家族をお守りください。