木陰で食べる楽しい昼食・・といきたいところだったが、あいつらめ!またオレたちの邪魔をしやがって。ちくしょう。  
「くっそ・・・あの豚のやつら!」  
体はあちこち怪我をして、小さな擦り傷や打撲なんかの痛みが全身でじくじくと唸っていて、かなりツライ。  
それでも眉間に意識を集中させて身体に手をかざすとと、傷口はいとも簡単に塞がるが、だからといっていい気分がしないのも確かだ。  
こう毎回やられちゃ困る。それにまた、身体が熱くなってふらふらしているのに・・。  
「あ、クマトラ!」リュカが食べかけの干し肉をポイと放り出して、僕がやるよと身を乗り出してきた。  
「いいって・・。ほら、肉の続き、ボニーに食べられるぞ」  
「そんなことよりさ、僕がやるからいいって!  
僕はそうでもないけど、クマトラはたくさんPSIを使ったじゃない。あんまり使いすぎると、身体に悪いよ!」  
熱のせいか。リュカのやや高い声が頭の中でぐらぐらと反響する。  
するとたちまち顔全体がカーッと熱くなってきて、頭がゆらゆらしてきた。・・・やばい。  
 
「おいクマトラ、どうしたんだ、顔が・・」  
今までリュカとのやりとりを眺めていたダスターが、オレの肩を軽く揺さぶった。  
「ど、どうってことないさ。すぐに元気になるって」  
う、ダスターの顔がいつもよりずっと近くにあるから、余計にめまいがしてきた。口臭とかじゃなくて、その・・・。なんというか、その。  
「クマトラ・・・さっきからぶつぶつ何言ってるの?本当に休んだほうがいいよ」  
「へ、平気だって、いいから、らべたらしゅっはふ・・・」  
食べたら出発しないと、と言おうとしたものの、急にろれつが回らなくなって・・。  
立ち上がったとたんに、足がもつれて、ゴツンと頭に重い衝撃が走った。  
「クマトラっ?!」  
リュカの小さな叫びが耳に届くと、全身が急にずっしりと重くなって、オレはそのまま地面の底まで沈んでいくかのような感覚に襲われてしまった・・・。  
 
「お、目が覚めたな。」  
気がつくとオレは木陰で仰向けに寝かされていて、ふっと辺りを見回すと、いたはずのリュカとボニーの姿が見えない事に気づいた。  
いてて・・それにしても、まだ頭がぐらぐらする。いつもなら心地よい陽の光も、今日ばかりはその眩しさに気持ちが悪くなる。  
「リュカたちは水を汲みに行ったよ。俺はここにいてくれってさ」  
「そうか・・。ダスター、オレは・・」  
何があったかなんて想像がつかない・・わけはないけど、自分の情けない失態を、確認せずにはいられなかった。  
「驚いたよ。なにしろ急に倒れるもんだから。」  
・・・ああ、やっぱりか!恥ずかしいったらないな・・ちくしょう。  
ただでさえ女ってだけで体力がないのに、こんなんじゃまるで、オレは足手まといみたいじゃないか。  
「ずっと、我慢をしてたのか?」  
ダスターは隣にしゃがみこんで、ゆっくりと問いかけてきた。重たげなまぶたからのぞく浅いブラウンの瞳の中に、しっかりとオレが映ってる・・・。  
 
「別に・・我慢なんてしてない」  
オレは思わず、目をそらしてしまう。  
そこまで言い終えると、ダスターはそっとオレの頭に手を伸ばした。  
一瞬、ビクと肩が小さく跳ね上がった。ダスターの大きな手が、あったかい手が、短い髪の毛の上を優しく、そっと撫でた。  
「なぃ・・っ・・!」  
なにするんだ、そう言うつもりが、うまく言葉にならなかった。  
あまりにも突然な出来事に、舌がうまく回らない。  
だいいち頭の中がすっかり混乱してしまい、情けないことに金魚のようにぱくぱくと口を開け閉めするしかできなかった。  
そんな困惑した心中なんか察しもしないであろう、当の本人は眠そうな目をしながら、その手を一定の間隔で反復させている。オレの、髪を。  
 
・・・いやいやいや!どうしたんだ、今日のオレは。頭までヘンになっちまったのか?  
 
ああ、何だかおかしい。今日のオレはどうかしている。  
「そ、それよりさ、リュカたち、遅くないか!?」  
半ばダスターの手を払いのけるように、座りなおしながらオレは話を切り替えた。  
とたんにむせかえる緑の匂い。平常心よ、戻って来い!  
「ああ、そういえば」  
うわずってしまったオレの声にはまるで無反応で、ダスターはふっと向こうの、川がある方に目をやった。  
「言われてみればそうだな。川はそんなに遠くないのに」  
「な、もしかしたら、今までみたいなヘンテコな動物に襲われてるかもしれないだろ?  
オレはいいから、リュカを見てきてやってくれよ。なっ?」  
敢えて明るく振舞うが、なんだか気持ちは妙にざわついてて、落ち着いてくれない。  
ダスターに心配されるのは嫌じゃないんだけどなぁ・・・・って、オレはまた何を、変なことを!  
そんな悶々としているオレの傍らで、ダスターはすっくと立ち上がった。「じゃあ、行って来るかな。」  
「え?」  
熱が出てるのを一人にできないだろ、とか、  
そういった何かしらの気遣いを期待していたオレは思わぬ肩すかしを喰らい、あぜんとしてしまった。  
「あ、そうだった。もし行き違いになっても、リュカにはここを動かないように伝えておいてくれよ。」  
そういい残すと、ダスターはなんのためらいもなく、ヒョコヒョコと歩き出した。  
「おい!待てってば!」  
あっさりとこの場から立ち去りそうになるダスターを、思わず呼び止めてしまった。反射的に、だった。  
振り返ったダスターは、何かあったのかと素直にオレのもとへ歩み出た。  
「お前はいつもそう・・人の気なんか知らずにさ!  
とにかく、なんだ、その・・・いいから、座れったら!まだ、行くな!」  
きょとんとオレの話を聞いていたダスターだったが、ふっと苦笑いをすると、またオレの隣へ腰掛けた。  
 
「そ、そうだ、それでいい。」  
「行けと言ったり行くなと言ったり。今日のクマトラは本当に、おもしろいな・・」  
ほら、そうやってまたオレを子供扱いするんだ。ちくしょう。  
「なんだよ、子供扱いして!オレだって、三年前のままじゃないんだぜ」  
そう言うと何がおかしいのか、ダスターの押し殺した笑いが次第に声になってきた。  
確かに、オレとダスターはひとまわりぐらいの歳の差はある。ダスター自身にとってしたら、オレなんてまだまだ子供だろう。  
だけどオレはそれで、満足なんか、これっぽちもできやしないんだ。  
ダスターにとって、オレは手のかかる子供のまま?  
・・・そんなのは、いやだ。  
オレは意を決して、向こうの森のほうに指さししながら、思い切って叫んだ。  
「おい!あそこに見えるのは、リュカたちじゃないのか!?」  
ダスターは案の定つられて、森の方に目を凝らした。  
すると心臓の高鳴りが、オレの次の動きをぐっと押しとどめようとする。  
いつだってそう、こいつのせいで、大事な一歩を踏み出せずにいた。・・・だけどもう、堂々巡りで思い悩むのはこりごりだ!。  
「どこだ?俺にはよく見えないんだが・・・」  
オレはなけなしの勇気を振り絞って、でたらめのふたりを探し続ける横顔に、くちびるををぐっと突きつけた。  
 
途端に、オレたちの動きはぴたりと止まって、  
さっきまで聞こえていたはずの風のざわめきや葉っぱのそよめく音なんか、なにもかもすっかり消えてしまった。ように感じた。  
考えるより行動した方がいい。昔、イオニアがそんな事を言っていた。  
だけど行動してみたものの、それだけで頭が真っ白になってしまい、どうにもできない。  
 
そんなオレがはっと我に返り、自分が何をしてしまったのか自覚したのは、ダスターの身体が少しだけ動いたから。  
ああ!!やっちまった! そう思うよりも早くオレは顔をぱっと離して、身体をすぐに引いた。  
驚きを隠せないで愕然としているダスターに、早くも自分の行動を悔いた。やってしまった。とうとうやってしまったんだ。  
 
「クマトラ、今・・ほっぺに・・・」  
「・・・・」  
何て答えたらいいかわからない。ただただ重たい沈黙が、オレにのしかかる。  
でも、きっとこうでもしなきゃ、ダスターは気づいてくれなかったんだ。  
「その・・オレは・・」  
きちんと、言わなきゃ。  
もう、やってしまった以上、後戻りはできない。  
「オレを育ててくれた人・・人?  
とにかく、オレの育ての親が昔に教えてくれたんだ。  
人は、しっかりとかみ合う二枚貝みたいに、ただ一人の違う誰かと共に生きる事が出来るって。  
それは人間にとって、とてもとても大きな喜びなんだって。  
オレ・・どうしても、ダスターにとっての、”ただ一人”に、なりたいんだよ」  
胸の中にに溢れる思いのひとつひとつを途切れ途切れに拾い集めて、やっと言葉になった。  
「本当だよ。ずっと黙ってたけどさ、ダスターが好きなんだ」  
ああ、そうなんだ。がんじがらめにしていたもの。  
言葉にしてみると、自分でも不思議なくらい心がすとんと落ち着いてきた。  
「俺を・・・」  
オレが冷静になっていくのとは対照的に、ダスターはすっかり驚いた様子で、目を丸くしてオレを見ている。  
そりゃ、そうだろうな。  
「うん、そりゃあ・・わかってるつもりだよ。  
オレは、いくつになってもオトコみたいだし、オレが一方的に好きなだけだってことも。歳だって、兄妹みたいに離れてるし、さ。  
でも・・・誰かを本当に好きになったら、そんなの頭からなくなっちゃうんだ。」  
 
熱の勢いもあってか、胸のうちにずっと忍ばせていたものを全部あらわにすることができた。  
ダスターはいつもの眠そうな顔なんかどこへやら、ずっと神妙な面持ちでオレの精一杯の言葉を、黙って受け止めている。  
だが今、重々しく、ゆっくりとダスターの口が開く。オレの身体は、きゅっと強張った。  
「正直・・」  
怖い。だけふぉどんな言葉も聞き逃したくない。それが例えオレにとって辛いものだたとしても。  
「正直なところ、俺はクマトラを・・そういう風には、見ていなかったよ」  
「・・・・!!」  
言葉はオレの中に、残酷に届いた。  
「そ・・・そう、だよな」  
「でも」ダスターはほんの少しだけ声を張って、オレの言葉をさえぎった。  
「今までずっとクマトラが溜め込んでたものを、俺がこの場ですぐに、簡単に答えてはいけない、と思う。」  
「え・・!?」  
「だから、全部が済んでから」「ハリを抜いて、タマゴを守って・・この島のものをすべて元通りにしてから。それから、返事をしたい。  
・・・それでも、いいか?」  
それを聞いた途端、緊張で張り詰めていた身体はふっと緩み、情けないことにそのまま前のめりにもたれかかってしまった。  
「クマトラ!」慌てたダスターが、オレの身体をとっさに支える。  
「・・いいぞ。オレは。ずっと、待ってられるよ。」  
嬉しい返答が返ってくるのを、期待しなかった訳じゃない。だけどずっと我慢してきたんだ。少しぐらいなら、平気で待てるさ。  
その時だった。遠くから犬の鳴き声が響いてきて、それから間を置いて大きな水筒を抱えたリュカが、駆け足で陽のきらめきの中を走り抜けてきた。  
「わんわんわん、わんっ!!」「お待たせーっ!!」  
にこにこと屈託なく笑うリュカたちは泥だらけで、よく見ると青っぽいアザやかすり傷まで負っている。  
「おまえたち、大丈夫だったのか!?」  
驚くオレたちにおかまいなしに、リュカはせっせとタオルに汲んできた水を染み込ませて軽く絞り、オレのおでこの上にそっと乗せた。ひんやりして、気持ちいい。  
 
リュカたちの暖かいやさしさを感じながら、そっとオレはまぶたを閉じた。  
 
敵は日を追うごとにその力を増していって、オレたちの前に大きな影を落とす。  
そのたびにオレたち三人と一匹は傷ついて、悩んで、強大な力の前に途方に暮れる時だってある。  
だけど、絶対に、屈してはいけないんだ。  
 
切り開くのは、退路じゃなくて活路。この手には、大事な人が託してくれた超能力。  
守りたいのは、かけがえのない人たち。  
うしろを振り向けば、ほら・・・  
 
 
「何だ・・?急に、振り返ったりして」  
「へへっ、べつに」  
 
すきなひとが、そこにいるんだ。  
 
それって、本当に幸せなことなんだよな。  
すうと息を吸い込んで、オレはまたリュカの後ろを歩き始めた。  
 
 
 
・・・願わくば、その行く先が、光に満ちたものでありますように!  
 

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