「え〜い! 誰が仕掛けたんだコンチクショウッ!」
歩き慣れた城のはずなのに、何でも無いようなところでつまづいた。気が付くと脚が動かない。
自由を奪ったのは、極めて単純にして古典的なワナだ。ネズミ取り用の。
ガチャ、ガチャ。持てる道具をすべて駆使してみたが、どうなっているのか。
「カンタンには、はずれねーか……くっそぉ……」
所詮、女には無茶なのか? 悪魔から世界の秘密を守り抜くなんてコトは。
焦りから、こんなモノに引っかかってしまうなんて!
数時間が経過した、ように思えた。時間の経過はよく分からない。
時折、外で爆音が聞こえる。やはりあの、噂に聞いたブタマスクたちが来ているのだろう。
あの秘密の扉を開く知恵が、ヤツらにはないのが幸いした。しかし、いつまでももつとも思えない。
なにしろ、やり方は堂々と図解されているのだ。開かない扉の両脇に。
これ以上、自分の城を荒らされるのにも腹が立つ。この罠から抜け出せたら倍返しにしてやる。もう絶対に逆らえない、立ち上がれない位に!
……誰か、来てくれるはずだ。この城の秘密を知るのは、自分と、不思議で長寿なあのヒトたち、そして……あと一人……。
そういえば、延々うるさかった狂気のような音楽が、しばらく前から鳴り止んでいる。
自分が城内を駆け抜けたとき、音楽を操る亡霊はPSIであっさり撃退できたが、少し経つとまた復活していたようだった。それが、止まっている……?
「誰か、くる!」
武器を構えた。脚は動かなくても、闘う気持ちは死んでいない。
ガタ。階下の扉が開いた瞬間、思いっきり投げた!
ガツン! 「痛い!」
人間!?
「あほ! こんな戦場ならどこから何が飛んでくるか分からんだろうが! どんなところでも頭上注意じゃ! 前方不注意とはまったく、情けない!」
「……。いたたた……誰かいるのか?」
「誰だ!」
「ああ! 姫! ご無事でしたか!」
ウエスじいの手により、無事に罠から解放され。脚に回復のPSIをかけ。
あほあほ言われている頼りなさげで汚くて口の臭い男が、じいの跡継ぎだと知った。
そう、確かに臭いし、脚は悪そうだし。ドロボーのクセにアレコレ不注意で。
……でも。
自分のPSIを見ても、何も言わないでくれた。すごいとも言わず。怖いとも見ず。
姫と侍従、という立場を尊重して何も言わないウエスじいとは違い。
この男は自分を、対等の……戦友として、見てくれている。
今思えば、その印象が最も強かったのだ。そしてそれが、出逢いだった。
「アリガトー! 次の曲は、コーバで汗を流してるボーイたちに贈るぜ」
ワン・ツー・スリー・フォー。
舞台袖でギターのイントロを聴きながら、3年前のことをふと思い出していた。
あの城で結局すぐにはぐれてしまい、やっと再会した……はずのあの男は、あろうことか、ドロボーの七つ道具を1台のウッドベースに持ち替え、爆発したようなヘアスタイルにイメチェンしていた。
最初は敵を欺き、潜入して情報でも得ようとしているのかと思ったが(そしてそれくらいには知恵が回るのかと見直しもしたが!)どうも様子がおかしい。
初めて聴いたライブの後、熱烈なファンのフリをして花束など差し入れに楽屋に行ってみたが、全く話が噛み合わない。噂通り他人のそら似なのか……それとも。
DCMCのメンバーは……キオクソウシツ。
飛び込んで来た情報が飲み込めるようになるまで数日かかった。タマゴの行方は、彼のキオクしか頼りにならないのに。
「やっぱり、あほ、なのか!?」
思わず出たこのひと言は、誰にも責められまい。気を取り直し、自分もこの劇場で働くことにした。
出来るだけ近い立場になるために、アイドル路線で売り込んでみたら、何故か一発合格。しかも待遇もよく、広いバスルームがあり空調の利いた楽屋を提供してくれた。
元々、歌は下手な方ではなかったし、身のこなしも自信はあったが、拍子抜けするほどあっさり採用されたのだ。しかも、DCMC同様に住み込みで良いと。
過酷な職場の労働意欲向上には、まずは可愛い女の子。逃げられないような待遇にしておけば、文句も出ないだろう。
敵の黒い計算がそこにはあったが、利用できるモノは何でも利用しなければならないのはこちらも同様だ。
そして仕事をこなしながら、それとなくDCMCメンバーとも仲良くなり、またスタッフや常連客から敵のことを少しずつ探って行った。
コンコン。
「しつれいしまぁす!(ハート)」
ライブの後、必ずベースの「タメキチ」を訪ねるのは、今ではメンバーの暗黙の了解になっていた。
なにやら話していたメンバーも
「タメキチ、また明日よろしくな!」
「ナニしててもいいけど、夜更かしはドクだぜ!」
「おやすみなー!」
と勝手を言いつつ、三々五々自室に帰って行く。
「みんな! おつかれさまぁ!」
「おつかれ〜!」
まあ、二人っきりの方が何かと都合がいいので、誤解は敢えて釈明していない。
タメキチ……、の方もあまり気に留めていないのか、何も言わない。
閉まったドアを見るとは無しに見つめ、ウッドベースをボン、ボンと弾く。
「おつかれ。何か用?」
そう。他人行儀。毎度、毎度、こうなのだ。
二人っきりでは敢えて、アイドルの仮面を脱ぎ捨てて。
「オレたちの冒険、本当に覚えていないのか?」
「オレは、タツマイリ村の北にある城にいた。ワナに捕まって困っていたとき、来てくれたじゃないか!」
「ちょっとは見直したりもしたんだぜ。カベホチって道具で、敵をバシバシ動けなくして」
「ロープ代わりにヒモヘビを使って、通れそうも無い穴を飛び越えるなんて、オレには考えつかないことなのに」
「本当はあんたは、『タメキチ』じゃない。それは、分かってるんだろう!?」
あのさあ。
そして、ここで「タメキチ」からひと言ぼやかれるのも、いつものこと。
「あのさ。二人っきりになると突然男言葉になるの、やめてくれよな。あなたが何を言っているのかも、やっぱり僕は分からないし」
「でも、ここに来る前のことは、覚えていないんだろう?」
「いや、少しは記憶がある……。でも、大したことじゃない」
「話せよ。覚えているだけでも」
「本当に大したことじゃないし。それに、誰にも話してはいけないのかもしれないし」
人前に出るようになって、臭い感じはなくなり。
脚は相変わらず良くないけれど、さっそうとした感じになって。
最初は我が目を疑ったけれど、話してみると声も顔も……あの男、なのに。
PSI……見せてしまおうか。それでこの男のキオクのカギが外れたりしないだろうか。
初対面のとき、何も言わないでいてくれた、回復の奇跡を。
「……」
「どうしたの? 急に黙って。僕のウッドベースがまだまだ下手で呆れていたりとか?」
「違う……そうじゃなくて。疲れとか、たまっていない?」
「え?」
「このところ毎日ライブじゃん。出ずっぱりで。ベースって重そうだし大変そうだし」
「そういえば、ちょっと肩が凝ってる感じだな。あ、そうだ」
キミの楽屋のバスルーム貸してくれる?
ジャー。
「助かるなあ、温泉引いてあるってホントだったんだ! 僕たちはシャワールームが精々でさ、筋肉痛とか治んないしね」フンフ〜ン、フンフ〜ン。
呑気に鼻歌まで歌いやがる、コイツ!
「誰に聞いたんだよ!」ジャー。
「え?」ジャー。
「温泉のこと!」ジャー。
「マネージャーが言ってた! 一番いい部屋を割り当てて上げたから、しっかり働いてもらわないと困るとか何とか!」
バシャン。「おー、極楽極楽! 天国!」フンフ〜ン、フンフ〜ン。
っていうか、なんで、PSIを使わずに風呂なんか使わせてるんだ? 舞台袖が暑くて、自分はさっきさっさと済ませていたからいいものの……。
あー、もう、温泉のことなんてどうでもいいのに。なんとなく、ギーで殴りたくなった。手を拳に固める。
このヤロー! 腹いせにドアに引っ掛けられたアフロのヅラを急襲しかけたときだった。
ガラッ!
「え?」
目の前で扉が開いた。こころの声を聞かれたかと思った。何のことは無い。中で着替えて上がって来たのだ。
「ありがとう。肩も軽くなったし助かったよ!」
そりゃそうだ、この島の温泉は重傷やPPすら回復する。ひとりごちる。
「じゃ、おやすみ。また明日!」
「と、待った!」まだ話が終わってない!
「え? 泊まって?」
っていうか、なんで、PSIを使わずに同じベッドなんか使わせてるんだ? まだ話が終わってなくて、その点じゃ都合は悪くないんだけど……。
アイツは部屋の明かりを消すと、自分の隣に潜り込んだ。(図々しくも!)
「まさかあなたが僕のことをそこまで気にかけてくれていたなんてね。二人っきりになると、いろいろ難しいことしか話してこないし、言葉遣いは急に乱暴になるし」
「気にかけていたっていうか」
あなたはドロボーの後継者で、タツマイリ村のウエスの……。
肝心な話したいことは何一つ話せない……。
PSIで回復の奇跡を起こせば、状況は変わるかもしれないのに。
いや、引きずってでもタツマイリ村に戻れば、何か変わるかもしれないのに。
なんで、肝心なところを質問できないんだ? いつも。
あのタマゴはどうしたのか、と。それだけのことを。
このPSIを覚えていないか、と。それだけのことを。
「もしかして、一人で居るのが寂しかった?」
「! 何を言い出すんだよ」
「ステージで歌っているところを見ていてね。時々誰かを探しているような哀しい目をしているよ」
「探しているのは……」
本当の……キオクを取り戻した……あんただ。
短い冒険だったけど、オレのPSIを見ても特別視しないでいてくれた、あのあんただ。
そういいたいのに。いいたいのに。
むぎゅう。
突然抱きしめられた。
「なにす……はな……」
このままでいてくれないか。
耳朶にささやかれた。
コイツ、オトコだ。やっぱりオトコなんだ。
胸板、それなりの肉付きの腕、たくましい脚、そして、その間に実る……。
ソコがソレなりの反応を示すのを、布越しに感じていた。
動けないのはなんでなんだ! こういうときこそPKブレインショックとか!
こーゆーヤツでもオトコなんだ。そういうコトしたいんだ。
ああ、甘かった、うかつだった! クソ! 離せ!
でも。服を脱がすようなそぶりも無く。ただ抱きすくめているだけで。
「僕も、誰かを探している気がしているんだ」
「え?」
「昔はなにか、鐘の音をいつも聴いていた気がする。ウッドベースの柔らかい音って、その懐かしいものを思い出させてくれそうな気がしてね」
「鐘の音……?」
リダの鐘。時報としていつも鳴っていた、柔らかく遠く響くあの音。
「その懐かしい場所や人たちを探している。そんな気もするんだ。……でも」
ソコヲ、ソノヒトヲ、ミツケタラ。
「DCMCのタメキチじゃなくなるだろう? ウッドベースを弾いて、みんなに喜んでもらって」
ソンナコトハ、イママデニ、ナカッタカラ……。
「昔は僕は一人で生きていたような、そんな感触もあるんだ。だから、DCMCのみんなと生きていたい。それも大事なことだろう?」
「でも。アンタは、鐘の音の正体も知りたいんだろ?」
「まあね。それからもうひとつ」
あなたのことも、思い出したい。
「あなたは僕を探して遠くから来てくれた。そうなんだろう?」
「そりゃ……」
城で落とし穴から落ちた後、タマゴの無事を確認するもつかの間。大蛇「オソヘビ」が襲って来た。
そのときこの男は、今までに見たことも無い早業でイカヅチ玉を投げて敵をしびれさせ、PKサンダーをキメる絶好のチャンスを作ってくれた。
今までなかなか命中させることが難しかった技なのに、あの機転があってこそ成功したのだ。
結果、全発命中し、何とか生きのびることが出来た……。あのコンビプレイは最高だった。
やっぱり、この男は、自分を分かってくれる人だ。
キオクがなくても、臭くなくなっても、それだけは変わらない。
「僕の記憶はいつか戻るのかもしれない。そのとき、あなたに隣に居て欲しい」
「え?」
「なんでこう思うのか、よく分からない。でも、僕があなたを好きなのは、本当だ」
抱きしめられた腕に、力がこもった。
「良く覚えていないけれど、一緒に居たことがあるのは、なんとなく覚えている……」
キュッ。まぶたを指でぬぐわれた。
「オレ……なんで……」
そう。自分も、この男が……。だから心の泉が溢れるんだ……。
「おぼろげだけど、一緒に、命の危機を乗り越えたことが、あったような気がするんだ」
「覚えていてくれたのか?」
「ごめんね。はっきりはしないんだ」
ならば、いい。
なんとなくでも、単なる「同業者」じゃなくて、「冒険者だ」と覚えてくれているなら。
戦友だという気がしていてくれるなら……。
きっと、今は、無理に旅立つときじゃないんだ。まだ、きっと、早すぎるのだ。
一人じゃなくなるなら、それだけでもいいんだ。
二人の夜は、長くなり。
重なる息吹が、希望につながっていった。
「あぁ……っ」
((……もっと一緒になりたい……もっと……もっと……))
深く、深く、とろけていく……。
健康的な少年と犬的な少年が劇場を訪れるのは、次の日のことである……。
=END=