あたしのうちはその名の通り雪ばっかりの山の中にある。昼間でも平気で吹雪くような土地に住んでたからこの程度の寒さは平気だ。でもあたしの前を歩く男の子はそんなわけにはいかない。  
 「……ねえニンテン、ちょっと休みましょうか」  
 「平気だっつって何回言わせりゃ分かんだよ」  
 声は上ずって歯の根が合ってない。色の変わってる唇はどう見ても体温が低すぎる証拠だし、指なんかがちがち固まって変な形に固定されている。  
 「あたしが疲れたのよ。歩き通しでしょ」  
 うしろでテディがへらっと笑って、いいかニンテン、いい男ってのは女の子に優しくなけりゃいけない、とどっかで聞いたような説教を口にした。  
 背中越しにしょーがねーな、と呟いて手近にあった洞窟に向かった。よく見ると彼の靴下が汗か、歩く度に舞い上がる氷の粒のせいかでびしょびしょになって色が変わっていた。  
 「焚き火で服乾かしましょう。このままじゃ風邪引いちゃうわ」  
 ハンカチを取り出し彼の額の汗をぬぐおうとすると、ぱしん、と軽い音を立てて手を払われた。  
 「人の気遣いまで出来るなんて余裕だなオイ」  
 ふん、と鼻を鳴らして彼が洞窟の奥にある岩に腰掛ける。その態度に何か言おうとテディが少し身を乗り出したが、あたしはそれを制して、悪いんだけれどもここに落ちてる木じゃ薪には足りないから少し集めてきてもらえないかしら、と話を逸らした。  
 青年は眉間にしわを寄せ、それでもため息一つついただけでオーケーお嬢ちゃん、と洞窟の外に身を翻した。  
 その様子に多少ほっとしたのか薄くため息をついてようやくこちら側に顔を向けた彼を一瞥して、あたしは体中についている氷の粒を払った。  
 「どーもあの兄ちゃんはニガテだ」  
 さも自分は部外者でござい、とアウトロー気取りの彼が濡れた靴下を脱ぎながらそんな事を言うので、苦笑いもせずにちょいと身体を伸ばしてあたしは指先に神経を集中させる。  
 一瞬だけ指先が彼の方向を向いたのではっと思い直して彼の足元にある古い看板に焦点をあわせた。  
 「PKファイヤーで薪に火をつけるわ。どいてないと怪我するわよ坊や」  
 
 パチパチはじける木の爆ぜる音がいまいち耳に届かない。  
 「吹雪いてきたな」  
 「テディはちゃんと隠れるところあったのかしら?」  
 「……オトナなんだからそのくらい弁えてるだろ」  
 さっきからこの調子だ。この、というのはつまり、ニンテンがあたしに話しかけるたびにあたしはロイドやテディの話題ばかり振る、という。……そんでニンテンが膨れ面しながらロイドやテディを小馬鹿にする。  
 なんでもないよ、とでも言いたそうに。  
 あたしは実はしまったな、と思っている。最初に彼らに会ったとき、そりゃあ行儀のいい男の子たちだと感心したくらいによく躾けられてた。事実何度も助けられているし、言葉遣いだってこんな無理な不良気取りなんかじゃなかった。  
 なんで親切で善良なニンテンがこんな風になったかというと、別れ際にロイドが誰にはばかる事もなくあたしに言った言葉を聞いたから。  
 『ぼくがきみをまもるよ』  
 予感や予知はできてもカンは人一倍悪いあたしでも分かったのに、ニンテンが分からないわけがない。  
 あたしはその場で返事をどうしていいのか分からなかったので、ええきっとあたし達がピンチになったら得意の射撃で助けに来てちょうだい、といつもの顔をして笑った。  
 それから一緒に付いて来てくれる事になったテディに気を使ってバンバン話しかけていたら、いつの間にかテディと同じような口調になっていた。テディは見かけと口調は乱暴でも内容は紳士的なのに。  
 そんな事ぼんやり思いながらやっぱり黙って焚き火を見ていた。洞窟の先は真っ暗闇で、ちょっと二人ぽっちでは奥に進みたくない。ジャンパーを引っ掛けたニンテンは何か言いたそうにこちらを伺っている。  
 あたしの肩に引っかかっているコートが薄くて寒そうに見えるんだろうか。  
 「平気よ。あたし雪国の人だもの」  
 うっとなってばつが悪そうにそっぽ向いた彼は口の中で誰が貸すなんていったかよ、とぶつぶつ文句垂れてた。  
 たまにこうやって意識せずにテレパシーが繋がってしまうのをこれ幸いと、善人の癖に悪ぶってんじゃええよガキ、と頭の中で鼻を鳴らした。  
 
 「アナ、とりあえずサイコシールド頼む」  
 「ショックでかいこと言っていい?実はPPがもうほとんどナイ」  
 「……マジか」  
 「さっきPKファイヤー無駄打ちしちゃったから多分20切ってる」  
 「…………なんでこんなときに初遭遇キャラに遭うかな!」  
 バット片手にあたしと距離を置いて“足の生えたサーモンピンクの脳みそ”に対峙するニンテンは、じゃあアナはアイテムで回復、攻撃はおれでオーケー?と不適に微笑んだ。  
 こういう時、彼は頭の切り替えが滅法早い。基本的に戦闘大好きだからな、こいつ。  
 うなるバットが風を切り裂くように“足の生えたサーモンピンクの脳みそ”めがけてスマッシュする……はずだった。  
 《PKビームβ》  
 機械仕掛けの声がして、ぎょっとした時には大空振りしたニンテンの左膝から血が噴き出していた。  
 「ちょ…ちょっとぉ!?」  
 「うわはははは!見た?ビーム来たよビーム!」  
 不意を突かれて何故か笑いが先に出たニンテンに、あたしは咄嗟にライフアップβで彼の体勢を立て直そうと指先に集中する。  
 回復が追いつかないまま“足の生えたサーモンピンクの脳みそ”は続けざまにビームを発射した。あたしはもう居てもたっても居られなくて、ニンテンがわざわざとってくれた距離を縮めて踏み込んだ。  
 「ライフアップγ!」  
 血飛沫が止まり、はぁはあと息の荒い彼があたしを手で制する。  
 「下がってろ、PPは温存」  
 「だ、だってそんな場合じゃ」  
 彼はぎっと音が聞こえるくらい鋭い目であたしを睨んで“足の生えたサーモンピンクの脳みそ”の前に自分の身を躍らせる。  
 「ヘイ脳野郎、おめーのキッスはそれっぽっちか?俺のバットで泣かしてやるぜポンコツ!」  
 強くバットを握り締めて彼が“足の生えたサーモンピンクの脳みそ”に飛び掛った。  
 
 立て続けに受けざるを得ないPKビームのせいで、もう彼の身体の色が話に聞いた血みどろゾンビよろしく真っ赤に染まっている。あたしを庇うために自分から当たりに行くものだから総ダメージは考えるだけでぞっとする。  
 “足の生えたサーモンピンクの脳みそ”がPSI攻撃しかしないことに気づいたのはもうほとんどPPが空っぽになってからだった。残りPP4、ライフアップβも使えやしない。  
 「次元スリップは?」  
 「……さっきから試してるのに発動しねー。こいつサイマグネット使うんじゃ……」  
 彼の引きつる声にあたしはピンときてそれよッと声を上げた。  
 「あんたにサイコシールドかけるから援護して、サイマグネットでPP回復するわ!」  
 サイマグネットはある程度近くに寄らないと効果がない。  
 あたしはすぐに飛び出してニンテンにサイコシールドαをかけると、そのまま“足の生えたサーモンピンクの脳みそ”に突っ込みざまサイマグネットの準備を……  
 《サイコブロック》  
 抑揚のない音声が響く。ガン、と鉄を木製バットが殴る音だけ聞こえて、次に感じたのは衝撃だった。  
 《PKビームβ》  
 わき腹あたりを掠められたのだろう。急に立ちくらみともつかぬ眩暈がして膝を折った。冷たい地面の温度に身震いする。  
 「アナぁ!!」  
 へいき、それより前見て、と言おうにも声が出ない。必死に上半身だけ起こしてフライパンを構えた。  
 目の前が歪む。それにお腹すいたし、お風呂にも入りたい。はやくママに逢いたい。  
 ……ママ……  
 あたしは遠い昔に見たっきりのような錯覚さえ起こすママの顔を思い出していた。ぐらぐら揺れる脳味噌はブレインショックでも掛けられたのかしら?  
 一人でトリップしていると、強制的に現実世界へ連れ戻された。  
 こんちくしょおぉおぉぉぉおぉ!!  
 聞こえたのはそんな背筋も凍るような怒声で、あたしは恐ろしくてしばらくそちらに視線を向けられない。  
 
 スニーカーは彼のお母さんがすぐに成長する男の子の身体を思ってワンサイズ大き目のを与えていたのだろう。靴下を脱いだものから、踏み込むたびにずるずる滑ってスピードが落ちている。まぁ、ずるずる滑っているのは滴る血のせいだろうけど。  
 せっかくのいいバットが血まみれでひどい有様になっている。ぼうしなんか、青いつばの部分でさえ真っ赤に染まって、髪の毛が血と汗でべしょべしょだ。トレードマークの青と黄の縞Tシャツも、赤の縦線が無数に走っていていつの間にかタータンチェック柄になっていた。  
 そんなふうに意識を逸らしてみてもダメだ。  
 ばきん、ばきん、と音がする。鉄と有機物で出来た異星人はそれが義務であるかのように何度も何度もビームを発射する。サイコシールドαはきちんと彼に掛かっているようで、多少当たっても致命的なダメージにはなっていないようだった。  
 彼が何を叫んでいるのかは聞き取れない。時折PSIをかける声だけが鮮明に聞こえるきりで、後はしんとしている洞窟に響くのは何かを叩き潰すときの音とニンテンの掠れた声だけ。  
 「殺してやる殺してやる殺してやる」  
 いや、聞き取れないんじゃない。あたしが聞きたくないんだ。  
 「死ね死ね氏ね死ね死ね死ね死ね死ね」  
 呪文のように おぞましき単語を 繰り返しながら 彼は 赤色の バットを 振るう。  
 「おめえら全部死んじまえ!ぜんぶ、ぜんぶ、死ねばいいんだ!」  
 ばきん。薙ぐように振るったバットがハートフルな色の脳味噌を囲っていた透明のボウルを叩き割った。中に満たされていた液体とともに脳味噌が辺りに飛び散る。  
 それでも彼はバットを収めはせず、ともすればうれしそうに宇宙人の残骸めがけてバットを振り下ろしていた。  
 その様子は正気の沙汰を遠く超えていて、何かの悪い冗談だと思った。ニンテンの格好をした誰かがそこに居るに違いないとわけの分からないことを考えるほど。  
 数十秒ほどだろうか、あたしにはまるで永遠に続くような暴力がようやく止んで、血だらけの少年がずるずるバットを引きずりながらビームで立てないのか単に腰が抜けてるのか判断付かないあたしに手を差し伸べた。  
 「大丈夫か…?…アナ……」  
 
 変な形に曲がっている人差し指と薬指の先からぽたりぽたりと赤い液体が垂れている。地面に赤黒い軌跡が出来ていた。  
 「ひっ……」  
 喉が引きつって間抜けな音が出た。目いっぱい見開いた瞼からしずくが散った。  
 「よ、寄らないで!」  
 ようやく考えが形になる。言葉になる。  
 いまさら身体ががくがく震えだした。身をよじって必死に逃げようとするのに、身体が言うことをきかない。  
 「なんだよ、もうやっつけたって。平気だよ」  
 ずるっと顔についてた脳味噌の飛沫を払って、横向きついでにべっと音を立てて血の塊を吐き出したニンテンは、舌で口の中をもごもごやって、乳歯、取れちゃったよ、と抜けた白い歯をあたしに見せた。  
 「きゃああああああああああ!!!」  
 頭の中が真っ白になる。目の前が真っ黒になる。それなのに赤色の彼は闇の中にすっきり浮き出して見えて、それが余計に怖かった。  
 「やだ!いやっ!こないで!こわい!あなたこわい!こわいの!」  
 「なっ…なんだよっそれ!」  
 「こわいの、こわい、こわいから、ちかよらないで!おねがい、あたし、気が狂いそうなのおねがい!」  
 「お前なあ!」  
 無理やり冷静を装っていたニンテンの忍耐がついに切れてしまって、あたしはその場に組み敷かれてしまった。あのぎらぎらした目が噛み付かんばかりの至近距離で光っている。  
 あたしこそぷつんと何かが切れてしまいそうだった。幸いなことにPPはすっかり空っぽでどこかに蹴飛ばしたフライパンも手元になかったからニンテンにこれ以上の傷を負わすことはなかったけれど。  
 「やめて!やめて!助けて!誰か!ロイド!テディ!おとうさん!おかあさん!」  
 「何でそこで俺の名前が一番に出てこねーんだよクソ女!」  
 「助けて!助けて!」  
 全身全力で叫んだのに、聞こえるのは吹雪の逆巻く音だけで、あたしはさらに恐怖を感じた。  
 
 「誰…」  
 「いーかげんにしろっ!」  
 パシッと頬をはたかれた。もちろんこちとらそんなもの気にしていられるような精神状態じゃない。  
 「助け…」  
 「黙れえぇええぇ!」  
 バシッ。もう一段階強く。その痛みに正気に返るどころか相乗効果で一層パニックが強くなる。  
 「…………っ!」  
 ビシッ。声を上げる間もなく頬を叩かれて。後はどうなったのかもう覚えてない。何度も何度も平手が飛んできたのだろう。いつの間にやらあたしは気を失っていたらしい。  
 
 ――――あたしは銀色に光る水面をそうっと気をつけながら歩いている。  
 ――――ゆらゆらうごく道しるべはハチミツ色に輝いてて、あたしをどこかへ連れて行きたいみたいだ。  
 ――――足を離すとたゆんたゆんと頼りなく揺れる水面はなんだか後戻りすると底が抜け落ちてしまいそうな危うさを孕んでいた。  
 ……こわいな……  
 ――――そんな事を思いながらもそうっと、そうっと、足を進める。  
 ――――後ろで誰かがあたしの名前を呼んだ。  
 ――――その声にあたしはうっかり振り返ってしまって、足を離して揺れてる水面をもう一度ふんずけた。そこにはあらかじめ想像していた通り、もう感覚がない。  
 ああ  
 おちる  
 おちる  
 おちていく  
 (沈んでるんじゃない)  
 (どこへおちていくのか?)  
 (星の生まれる国より向こう、月が冴える宵の薄闇、太陽を追いかけてゆく黄昏色…)  
 
 
 はっと目を覚ますとそこは見知らぬ山小屋だった。窓の外はまだごうごうと吹雪が荒れ狂っていて、遠くで雨戸か何かがガタガタ暴れる音が聞こえる。  
 ――――ここ……どこ?  
 「やあ目が覚めたかね」  
 「えー、えっと…」  
 「ああ、いい、いい、横になっていなさい。わしはまだ修行中のヒーラーでね、時間が掛かるんだ。もう少し我慢して。」  
 あたしは状況が良く飲み込めなかったけれど、大人しくもとの体勢に直る。身体中がぼんやり温かくてなんだか夢心地になってしまうのに、耳に付く吹雪の音だけは消えたりしない。  
 「ここはホーリーローリーマウンテンの山小屋さね。両足を凍らせかけながら小さなナイトが君を中腹から背負ってここまで来たんだよ。いや大した根性だ。大人でもここまで登って来るのは天気がいい日でも一苦労だってのに」  
 額を突き抜けた奥でヒーラーのお爺さんの声がガンガン唸る。あたしが顰め面をしているとお爺さんはヒーリングをやめて「花も水をあげ過ぎると根から腐ってしまう」とランプを消し、挨拶もそこそこにドアの向こうへ消えた。  
 あたしはこの小屋のベッドはどうも寝心地が悪いと思った。深く沈む柔らかなベッドからそっと抜け出し窓辺に近づく。吹雪の夜だから月も見えない。自分の吐息でガラスが真っ白に曇った。  
 ぎい、とドアの蝶番が軋む音がしてそちらを振り向くと帽子をぎゅっと押しつぶすように細く持ち、俯いた彼が居た。服も髪も靴も、もちろん靴下もすっかり綺麗に洗われていて、血の匂いの代わりに石鹸の香りがうっすら漂う。  
 「……寒いでしょ?中にどうぞ」  
 促す通りに彼がお爺さんが座っていたスツールに腰掛けて、何を言うでなくじっと黙っていた。  
 あたしはただ黙って毛布などを差し出して動かぬ彼の肩にかけ、ベッドにもぐりこんで言葉を待った。あたしから口火を切るのは簡単だけれど、なぜかそうしてはならぬと頭の中で声が響く。  
 微かな、誰の声とも知れぬ制止が額の奥を突き抜けた向こう側で。  
 だからあたしはじっとしている。  
 これが役目なんだろうという気がするから。  
 
 「……ご、ごめん……」  
 ついに彼はポツリと短い言葉を放って、それからやはりじっと押し黙る。言葉を捜しているのか、それ以上何も言えないのか、彼は震える声でただそれだけを言って声を失った。  
 「なにが?」  
 あたしは懸命に誘導する。声を、言葉を、思考を、彼の身体の外へ。唇よりこちら側へ。  
 「……だ、だから、そのぅ、殴ったり、して」  
 「――――いいわよ。あたしだってひどい事言ったんだから。  
 でも、ほんとに怖かった。ニンテンは……あんなことしないと思ってたから……」  
 その言葉にぐっと息を呑んで、彼は肩に力を込めた。あたしは彼にこう言うと凹むことは知っている。彼は自分が少し攻撃的な性格をしていることを苦々しく思っていて、それを押し込めようと意識していることも。  
 「……ねえニンテン、あたしのこと、すき?」  
 あたしは知っている。彼がロイドと別れるとき、寂しそうにしていてもどこかほっとした顔をした事を。たぶん彼がテディの真似をする意味さえ。  
 でも今まだそれに答える余裕があたしの心に、ない。  
 硬直する彼の手を引いて立たせる。スロー スロー クイック クイック スロー スロー クイック クイック。短いステップを見せびらかすように踏んで、そっと腰に手を添えた。  
 「パパとママがあたしたちを寝かせた後に踊ってた。ブルースっていうの」  
 「…おっ俺、踊れないよ…」  
 「教えてあげる、最初は左足を出して……そう、女の人と逆に足を出すのよ」  
 スロー スロー クイック クイック スロー スロー クイック クイック  
 スロー スロー クイック クイック スロー スロー クイック クイック  
 「あら、足を曲げちゃ駄目、背筋をピンと伸ばすの。そうよハンサム」  
 「あ、足踏みそう」  
 「大丈夫よ、筋がいいじゃない。見ただけでクイックのステップが分かるなんて素質あるね」  
 「……そ、そう?」  
 
 ふらふら頼りないリードと記憶を手繰り寄せながらのフォローであたしたちは踊る。バックミュージックは雪の降る音。いつの間にか吹雪が収まっていて音を全て吸い取るみたいな大粒の雪がちらついていた。  
 靴の音が響かないように慎重に踏むステップはどこか秘め事を思わせて頬が熱くなった。あたしは顔見ないで、と囁いて彼の肩に顔を伏せる。  
 「……暗くて……見えない……」  
 「…うそつき…」  
 指の先や頬から熱が逃げてゆく感覚がして、冷たい空気がとろんとした瞼をギリギリで引き上げてくれた。温かい彼の掌はあたしの手を包むようにして合わさっていて、それに視線を走らせるのさえイケナイコトのような気が消えない。  
 いつの間にか二人のたどたどしいステップは止まっていて、ただ身体を揺らして相手の体温を楽しんでいた。何かを惜しむように握られた左の手はこんなに冷たいのにじんじんと鈍く痺れている。  
 何かを言わなければいけないような気もするし  
 何を言っても意味が無いような思いにも囚われる  
 何か変わるかもしれないし何も変わらないかもしれない  
 「たぶん、君のこと好き、なんだとおもう」  
 思考実験という名の言い訳を繰り返していると、彼が唐突に言葉を短く切って独特のイントネーションでそう言った。心臓がぎくりと収縮を遅くする。  
 「………………。」  
 牽制でも悪女ぶってるわけでもない無言と、溜めでも悪趣味でもない無言は然程長く続かない。  
 「ロイドが。」  
 彼の心は読めなかった。読みたくもなかったし、読もうとも思わなかった。  
 「だから、アナは、俺に訊くより先に、ロイドに答える方がいいと思う」  
 彼の繋いでいる左手が薄く震えているのがはっきりと分かる。彼の肩に伏せている左耳が拾う鼓動と同じに脈打っている傷だらけの左手が、時折力を込めようとしてやめたり、放そうとして握りなおしたり。  
 テレパシーの根っこは不思議な未知の力なんかじゃないんだと、その日あたしは初めて知った。  
 

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