もう、隕石は落ちてこない。
もう、夜中に起こされることもない。
もう、仲間たちに起こされることもない。
ベッドに入る時、ネスはいつもそう考えては溜め息をつく。
冒険に出ている時は、あれほど家のベッドが恋しかったというのに。
いざそれが現実になると、なんともやりきれない思いに駆られる。
ふわりとしたベッドに潜り込み、ネスは目を閉じる。
寝ようと試みるが、アタマの中では旅の光景が途切れ途切れにフラッシュバックする。
出会い。驚き。不安。喜び。楽しみ。
今となっては、そのどれもがかけがえのないものになっている。
・・・あれはもう、二度と戻れない日々なんだ。
そう考えると、なんだか泣きそうになる。懸命に涙をこらえ、必死になって寝ようとする。
「・・・?」
夜も更けた頃、ネスは何かを耳にした。
時間帯としては、あの隕石が落ちたときと同じ。ネスのココロに、わずかな希望が灯る。
『・・・・・・・・・ぁ・・・』
「・・・人の、声・・・?」
ベッドから飛び出し、急いで明りを灯す。
くらむ目に飛び込んできたのは、変わらない自分の部屋だけ。
「・・・気のせい、だったのかな・・・・・・・・・・?」
慣れた目で見渡しても、映るのはいつもの光景。人の影など、どこにもない。
あれは、期待が聞かせた幻だった・・・?
ネスは肩を落として溜め息をつき、明りを落としてベッドにもぐりこんだ。
一瞬の興奮はあっさりと冷め、ネスの部屋は静けさだけが支配する。
『・・・・・・・・・』
ネスは夢見心地でそれを感じた。例えるなら、周波数の合っていないラジオのような。
『・・・ス・・・・・・ぁ・・・』
「!!」
意識が、一気に覚醒した。
今度は幻なんかじゃない、確かに声が聞こえた。
ネスは興奮するココロを抑え、静かに目を閉じる。
アタマの中でざわつく『なにか』を、ハッキリと聞き取るために。
『―――――ネス・・・』
「・・・!」
これは、そうだ。
初めて聞いたのは、確かツーソンのホテル。あの夜も、同じことが起こった。
となると、必然的に見える答え。
「ポーラが、ぼくを呼んでいる・・・?」
全神経を耳、というかアタマに集中し、ネスはポーラと思われる声を聞き取ろうと試みた。
もしや、ポーラの身になにかが・・・?
そう思うだけでいてもたってもいられなくなる。でも、出来ることはただ声を聞き取るだけ。
『・・・・・・ぁ・・・ネ・・・・・・』
祈るような気持ちで、呼びかけを聞き取ろうとする。だが、どうにも様子がおかしい。
何故かハッキリと聞こえないし、言葉も途切れ途切れ。声色も、なんだか妙な感じを覚える。
『・・・・・・・・・・・・ぁ・・・ん』
「ポーラ・・・くそっ、いったいどうしたんだ・・・・・・?」
ネスは自分のPSIを疑う。だが、テレパシーはそのチカラの無いジェフでも聞き取れた。
となると、おかしいのは発信源。つまりポーラ自身だ。
ネスはただただ、彼女の無事を祈りながら必死に声を聞き続けた。
「・・・?」
テレパシーを聞き始め数分、ネスはあることに気がついた。
ぼくは、同じような声をどこかで聞いたような・・・
デジャヴとかいうヤツだろうと決め付け、片付けようとした瞬間―――ネスの脳裏にある光景がよぎった。
くぐもった声。
途切れ途切れで意味のない声。
上ずったような声色。
そうだ―――――トレーシーの部屋で、ぼくはそれを見たんだ。想像もつかない姿の、妹を。
忘れもしない、あまりにも衝撃的だった妹の姿。
ベッドに横たわり、自分を慰めているトレーシー・・・―――――ネスが見ていることも知らないで。
動こうにも動けずに、ただそれを見続ける人形となったネス。
ぼくの中から消えたはずのあくまが、声を発した。
「襲え」と、囁いた。
目をぎゅっと閉じ、鉄のような重さの足を引きずりながら、ネスは部屋に逃げこんだ。
トレーシーの嬌声が耳から離れず、あの光景が記憶から消えず・・・ネスは罪悪感とあくまの声にうなされた。
ネスにとっては忘れたい、その悪夢のような出来事・・・尤も、その純粋さゆえに悪夢に感じられただけなのだが。
それが今、再び襲ってきた。
耳を塞いでも、声は聞こえてきてしまう。
自然とその様子が、アタマに浮かんでくる。
またもあくまが囁く。
『お間抜けなぼく!テレポーテーションは、今こそ使うべきじゃないのかい?』
あいたい。
だれよりも、あなたにあいたい。
できるなら、いますぐに。
「くぅん・・・・・・っはぁ、はぁ・・・」
なかなか眠れなくて、彼がいないことがさびしくて。そこから始まってしまった、毎夜の秘め事。
アタマの中、真っ白な世界に、彼の笑顔だけはハッキリとあって。それが無性に切なくて。
―――あの日、嘘をつかなかったら・・・忘れちゃったなんて言わなかったら、こんなことにはならなかったのかな。
「ネス・・・ぁん、はぁ・・・・・・・・・あい、たい・・・あいたいよ・・・・・・」
今すぐに、あなたがここに来てくれるなら・・・わたしは、今度こそ言うから。
―――――そして、あなたに、わたしのぜんぶをあげるから。だから・・・―――――
ガタンッ
「・・・っ!?」
『なにしてるの?』
「・・・あ・・・・・・・・・」
あまりにも突然の来訪者に、ポーラはただ固まる。もちろん、身体は隠して。
『すごい声が聞こえてきてさ、眠れないんだよね。さっきからなにしてるの、ポーラ?』
『・・・な、なにって・・・・・・・・・その・・・』
ごにょごにょと呟く言葉は、最後まで聞き取れない。余程の恥ずかしさのせいか、ポーラの顔はもう真っ赤だ。
『ま、いいんだけどさー。ちょうどこれからデートだし、ボク』
『・・・・・・え、え?』
『最近、カワイイ子と知り合ってさ。あぁ、楽しみだなぁ♪じゃあねぇ、ポーラ』
「・・・・・・・・・」
元気のいいニャーという鳴き声と共に、突然の来訪者は窓から飛び降りていった。
「・・・あの子に、彼女かぁ。先越されちゃったな、ネコちゃんに・・・・・・」
屋根の上でのんびりしてる姿を思い出し、ポーラはふっと笑う。
「私も、ぼやぼやしてられないかも・・・」
私は、ネスの隣にいられなくなっちゃうかもしれない。
そう考え、すぐに止めた。それは想像すらしたくない、耐え難いことだから。
「・・・・・・・・・」
ネスにようやく平穏が訪れた。アタマの中でリピートしていたポーラの声が、やっと止まってくれた。
しかし、純粋のカタマリであるネスは、『自分は最低の行為をしてしまった』という罪悪感がどうしても拭えない。
―――――尤も、その責任は、ネスには微塵も無い。だが、ネスはとにかく自分を責めた。ベッドに潜り込み、半泣きになって。
そして、だんだんとココロを覆ってくる感情。
不安。
―――今度会うときに、どんな顔して会えばいいんだ。何も知らないポーラに、ぼくは平然としていられるのか。
―――もしかしたら、ぼくも知らないうちにテレパシーができちゃってて・・・あぁ、そんなことになってたらどうしよう。
―――そうなってたら、ぼくは、絶対に嫌われる。
―――そんな、そしたら・・・二度とポーラに会えなくなる!
「・・・そんなの、ぜったい・・・・・・いや、だ・・・」
もう、半泣きなんてレベルではない。声を上げて泣いてしまいそうなくらい、ネスは『不安』というあくまに支配された。