よし子の朝は早い。  
 
誰よりも早く起きて掃除をするのが御村家行儀見習いに上がってからのよし子の日課だった。  
雇い主である大旦那様、よくして下さる奥様、そして何より愛しの御村が朝を気分よく過ごせるよう、廊下をピカピカに磨くのである。  
使用人の仕事だからといくら言われてもこれだけは譲れないよし子の仕事の一つだった。  
もうじき春とは言えまだ冬の頃、バケツ一杯に入れた水は指先に刺すような冷たさをもたらしてくる。けれども長年の貧乏生活の賜物か、ちょっとやそっとの寒気くらいはなんの。  
実家での冬の食料探しの時に比べれば可愛い位だ。  
 
「…よし子ちゃん」  
 
せっせと廊下を磨く背後に声が掛かる。  
少し寝ぼけたような声の主にすぐ気付いたよし子は嬉々として振り返ると、そこには予想通り御村が立っていた。低血圧な彼にしては珍しく早起きで、何だか得した気分さえ覚える。  
 
「託也お兄ちゃんっ」  
 
「おはよう。何してるの」  
 
見てすぐ分かるのに敢えて尋ねる辺り、まだ寝ぼけてるようだ。雑巾を持ち上げてみせると、ああ、とくぐもった声が返る。  
 
「毎朝よし子ちゃんがやってくれてたんだ」  
 
「…えっ」  
 
「有難う」  
 
気付いて貰えてるとは到底思ってなかったよし子にとって、この御村の言葉はとても嬉しいものだ。微笑み掛けられ思わず頬を赤らめてしまうのも無理はない。  
照れ隠しとばかりによし子は口を開いた。  
 
「た、託也お兄ちゃんこそどうしたのっ?こんなに朝早く」  
 
今日は学校も茶事も休みな筈だ。そうなると日中まで寝ている御村が起きている理由が見当たらない。  
 
「うん。寒くて目覚ましてたらよし子ちゃんが部屋から出てく音が聞こえたから」  
 
御村とよし子の部屋は祖父の配慮により壁一枚しか隔てていない。深く寝入っている常の御村なら明け方のよし子の動きには気付かないだろうが、今日は殊更に冷え込んでいた所為でたまたま目を覚ましていたと言う。だから気付いて来たのだと。  
 
「え、えっとじゃああたし託也お兄ちゃん、起こしちゃったんだっ。ごめんなさい!」  
 
そう言うつもりで言った訳ではなかったが、よし子はそう捉えたらしく頭を下げてくる。すぐに頭を撫でて訂正しようとした御村だったが、ふとある事が浮かんでその掌を引っ込めた。  
 
「……いいよ、よし子ちゃん。その代わりと言っちゃなんだけど」  
 
「…?」  
 
綺麗に微笑を象った御村をよし子は無防備に見上げる。  
 
「すっかり布団が冷えちゃっただろうから、温めるの手伝ってくれる?」  
 
「た、託也お兄ちゃん…」  
 
「ん?」  
 
「あ、あたたむっ、温めるって…」  
 
布団の中に入るよし子はどもりながら御村を見つめた。御村はと言えばベッドの脇に腰掛けて、優しくよし子の頭を撫でている。  
 
「そこにいたんじゃ、余計寒いんじゃ…」  
 
「大丈夫。温まるまで出たら駄目だよ」  
 
すっかり冷えてる、言いながら触れられた頬は一気に熱を帯びた。もしかしなくとも、御村は自分に気遣ってくれたのだろう、と容易く想像付いた。  
その優しさは嬉しいものの、寒さに弱い御村が途端に心配になるのは愛しさ故の事。だからと言ってベッドを出るのは、御村の気遣いを無碍にしてしまう事になる。  
 
「指先も凄く冷えてる」  
 
赤くかじかんだ指先を緩い力で握られた。それだけで心拍数は上昇し、顔が熱くなる。つい先日の、御村からのキスを思い出してしまったのだ。  
そんなよし子に気付いたのか、御村は指先を解放した。  
戸惑ったように御村を見ると、いつも通りに微笑まれる。何か誤魔化されたような錯覚を覚え、よし子は慌てて御村の服の袖を掴んだ。  
 
「…よし子ちゃん?」  
 
「一緒に、入らない?お布団」  
 
そう言った後で、何てことを言ったんだ、とよし子は自分に叱咤した。けれど後悔はない。ただ、大好きな御村に拒否される事が怖いだけだ。ぎゅっと目を閉じ、よし子は一層力強く袖を掴んだ。  
 
「…いいけど」  
 
低い御村の肯定の言葉に、よし子は心臓の裏を引っ掛かれるような感覚を覚える。目を開くとそこには、真摯に見つめてくる御村の姿があった。  
 
「ただ、そうしたら俺は我慢出来ないかも知れないけど」  
 
―――それでもいいの?  
 
「え…あ…あたし…」  
 
鼓動が耳障りな程早くなる。御村は、よし子が自分との関係の進展を強く望みながらも、破瓜へ少なからず恐怖を覚えている事もよく分かっていた。  
 
「…なんてね」  
 
優しく頭を撫でながら、ダブルサイズのベッドに体を滑り込ませる。すっかり温まっていたよし子の体を抱き寄せて、冗談だよ、と額に口付けた。  
 
「託也おにい、ちゃん」  
 
「…なに」  
 
「―――あたしは、いいよ、託也お兄ちゃんとなら、怖くないもん…」  
 
くすぐったそうに身を捩ったよし子の声は、いやにはっきりと託也の鼓膜を揺らした。  
 
一人で使うには広い、真っ暗で無音だった部屋の中に布擦れの音が生まれる。  
 
「参ったな」  
 
「…なに、が?」  
 
丁寧によし子の下着を剥ぎながら、御村は一つ溜め息を吐いた。よし子はそれを自分の体つきへの不満かと勘違いし、表情を曇らせる。  
それをとくと読み取り、否定を示すかのように御村はよし子に触れるだけの口付けを落とした。  
 
「よし子ちゃんが嫌がったり怖がったら、止めるつもりだったんだけど―――」   
 
無理みたい。  
 
一層早鐘するよし子の心臓を知ってか知らずか、御村は今度は深く唇を重ねた。  
歯列を割って入る感覚には、未だ慣れない。  
でも決して嫌な感覚ではないのだから不思議だ。そればかりか、下着を取り払われた胸を御村の指先に撫でられながらの口付けは妙に熱くさえ感じ、もっともっと、と自ら求めてしまう。  
 
「た、くやおにい、ちゃん、なんか、変」  
 
「…気持ちいい?」  
 
長い長い口付けから解放されたよし子の息はすっかり上がってしまっている。御村は愉しげに目を細め、執拗に胸を責めた。  
胸に軽く触れられるだけで、体が熱を上げていく。空いた方の手でも豊満な胸を捕まれ、羞恥から逃げ場を求めるようによし子は腕を伸ばした。  
だが、御村はそれに応えるように体を落としながらも、唇をよし子のソレにではなく、胸に落とした。  
 
「…あ、…たくっ」  
 
恥ずかしいからと非難を述べるより数瞬早く、御村の舌先が乳首を捕らえた。  
 
「ひっ…ぃあっ!」  
 
手で触れられるより数倍強い刺激に、よし子の口から思いの外大きな声が出た。咄嗟に自ら口を抑えると、御村は息が触れる程乳首から近い位置で、口を開いた。  
 
「…我慢すると辛いんじゃない?」  
 
熱い吐息が刺激を受けたばかりの乳首を掠める。それでも、と口元を抑えたままのよし子に御村は口元を歪めた。  
 
「まあよし子ちゃんがそうしたいなら、俺は構わないけどね」  
 
そして再び胸に刺激が加えられる。片方の乳首は指先で執拗に弄くられ、もう片方は舌先で転がされた。  
甘噛みによる甘美な痛みに、知らず知らずよし子の腰が浮く。  
御村はそれを認めると、胸を弄っていた掌で優しく太股を撫でながら、極自然な動きで内股を撫でていく。  
未だ取り払っていなかった可愛らしいレースの下着の上から浅く秘所を撫でると、ビクリ、とよし子の肩が揺れた。  
 
「触られてるの、分かる?」  
 
妖しく微笑んだ御村によし子はふるふると首を横に振る。それは分からない、と言う意味ではなく、其処は厭だと告げていた。  
けれど御村はその動きを止めず、下着の上からなぞっていた指先をするりと茂みの中に這わせる。よし子が慌ててその指先を制そうと口元から手を放した瞬間、這っていた指先が唐突に秘所の入口に触れる。  
 
「やぁっ!」  
 
そしてそのまま両手首は捕らわれてしまった。御村が指先を探るように入口へ一本捩じ込むと、十分に潤っていた其処は御村の指先を喜んで受け入れていく。  
 
「ぃあっ、おにぃっ、ちゃん…!」  
 
「よし子ちゃん、捕まって」  
 
首に捕まるよう促され、されるがまま御村の首に腕を回したよし子は、強請るように舌先を出した。御村はそれに応えるように唇に噛み付きながら、指をもう一本捩じ込んだ。  
 
「んぅっ、ふぅっ」  
 
性急に増えた指に翻弄されながら、よし子は貪るように御村の唇を追う。少しでも逃れようと太股を閉じれば、骨ばった指が更に入口に強く入り込んで自分が辛いのだと気付いたからだ。  
不意に、それまでよし子の秘所を散々弄っていた御村の指先が動きを止める。不思議に思い御村を見上げると、少し汗ばんだ様子の御村が横になって、と耳元で小さく呟いた。  
その声さえ官能に濡れていて、よし子の体を刺激する。大きなクッションに頭を乗せ、仰向けになったよし子は、不安そうに御村の指先を握った。  
 
「…よし子ちゃん初めてだから、もう少し慣らすだけだよ」  
 
疑問符を浮かべるよし子に構わず、御村は指先でなぞった内股に唇を寄せる。意図を図り兼ねながらも甘い感覚に揺れるよし子だったが、数瞬置いて御村が唇を寄せた箇所に一気に羞恥が蘇った。  
 
「…おにい、ちゃんっ!駄っ、ひっ、ぁあっ!」  
 
濡れそぼった淡い茂みに唇を落とした御村の目的である陰核への刺激は、指とはまるで違う。  
その刺激は初めての性交であるよし子には少しばかり強かった。  
 
「ぁっ、なんかっ、へん、お兄、ちゃんっ」  
 
空いた右手は再度乳首を刺激している。同時に起こる強い刺激に、込み上げてくるような奇妙な感覚をよし子は覚える。  
頭を押し返そうにも動きを止めない御村の舌先が柔らかく陰核を噛んだ時、よし子は全身の痺れるような感覚と共に、初めての絶頂を迎えた。  
 
絶頂を示すようにビクリビクリ、と震えたよし子の体を抱き寄せながら、御村は己の限界も近しい事を知る。ある程度弛緩された膣内を再度解すように指を入れながら、空いた手でベッド脇のチェストの上に置いているスキンを手に取った。  
慣れた様子で唇でそれを開き手早く装着した所で、御村の指に翻弄されていたよし子が虚ろな様子で瞼を持ち上げる。山田一家の遺伝であろう大きな瞳の長い睫毛は、生理的な涙で濡れていた。  
 
「…たく、やお兄ちゃん…?」  
 
「うん。あんまり痛くないとは思うけど」  
 
かなり慣らしたからね、と心中で付け加えた御村は先端を秘所へと宛がった。指とも舌先とも違う異物に、よし子は不安げに瞳を揺らす。  
 
「大丈夫」  
 
そう御村が一言言うと、それだけでよし子の不安は退かれた。一瞬硬くなった体から力が抜けたのを察して、御村はゆっくりと亀頭を沈めて行く。  
やはり初めてだからかその入口は極端に侵入者を拒んでいた。構わずに進んでいけばそれなりの痛みがよし子に齎され、形の良い眉根が痛みに歪んだ。  
 
「大、丈夫」  
 
痛い位の締め付けに御村自身も眉根を歪めながらも、優しくよし子の頭を撫でてやる。すっかり亀頭を飲み込んだよし子の秘所に、陰茎をゆっくりながら確かに飲み込ませて行く。  
初めこそ痛みしか感じなかったよし子も、じわじわと擦れて生まれる甘い痛みに、嬌声が漏れた。  
 
「ぁっ、ひあっ」  
 
僅かに浮かされた腰を抱え上げ、御村は少し強引に奥まで挿入する。よし子は戸惑いながらも御村の首に腕を回した。  
 
「…動くよ」  
 
冷静な御村の声を合図に、律動が開始される。最初こそゆっくりとした動きだったものの、徐々に律動のリズムが早くなっていく。  
それが御村の僅かな余裕の欠如だと知ったよし子は、いつもとは違う御村に更なる愛おしさを覚えながら、揺さぶられた。  
 
 
「――よし子、ちゃん」  
 
少し汗ばんだ御村の、少し焦ったような声が聞こえたのと同時に、よし子は先程味わったばかりの、どこか込み上げるような感覚を覚えていた。  
 
「おにい、ちゃんっ」  
 
そう呼び返すと御村から優しい口付けが降ってくる。それと同時に大きな律動を見せた御村が精を吐き、またよし子も、痺れるような甘い痛みと共に絶頂を迎えた。  
 
 
 
「お布団、洗わなきゃ…」  
 
この前干したばっかりなのに、そう嘆くよし子を抱き寄せて、御村は僅かに微笑んだ。  
 
「その必要はないんじゃない」  
 
そう言う御村によし子は疑問符を浮かべる。  
 
「ベッド、新しいの買ったから」  
 
「え?どうして?」  
 
「狭いでしょ?」  
 
二人じゃ、と付け加えられた言葉によし子がまた真っ赤になるのは、また別のお話。  
 
 
 
 

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