山部は自分自身を抑えることが出来なくなっていた。  
何故、自分が苦悩をしているかという、根本的な問いに既に答えられなくなっていた。  
 
自分はつい、3年前までは何も知らない一般人だった。  
何処にでも存在している普通の学生だった。  
身を焦がす妄想と快楽等しらない学生だったのだ。  
それが、今ではどうだ!?  
手に持っている物はなんだ!?  
スタンガンに合成麻薬!!  
いったい、それで何をするつもりなのだ?  
どんな事をしてしまうのだ?  
本当に何を、だから、どうしてそんな事を?  
答えは簡潔である筈なのに、どうして答えられない?  
単純な事だ。  
自分自身の欲望を他人で満たそうとしているのだ。  
それだけだ。  
たった、それだけの為に、これだけの物が必要なのか??  
ホントに必要なのか?  
国枝の許可は?  
いや、今更、もう決めたじゃないか。  
もう、自分自身で決行するって。  
しかし、捕まったらどうする?  
人生の全てを喪失するかもしれないし、両親は動機が明になった時点で自殺するだろう。  
他人に迷惑をかけてもいいのか?  
自分自身の欲望なんだろう?  
西之園萌絵は大丈夫。  
だって彼女がいないと満たせないから、この場合他人ではなく関係者だ。  
ほら、関係者以外立ち入り禁止だ。  
だから、国枝の計画をいや、自分が考案した計画を・・・  
でも、それじゃあ、、もう待てないんだ。  
目の前に現れたら、もう抑えられないんだ。  
しかし、リスクは、でも欲望の前には無力で・・・  
 
企画書は一週間早められた。  
それは、予め低めに見積もられていた成功の確率を著しく低下させるものだった。  
そう、成功の可能性は極めて低いのだ。  
この話を聞いたとき、山部は苦悩した。  
いっそ計画を離れてしまおうか、と。  
それは、国枝を裏切るという事であった。  
決心する理由は幾つかあるが、どれも単純な事であった。  
一つは、計画がどうも国枝の保身の為に使われているという点。  
これは、今まで気にならなかった、つまり企画書が一週間早められるまで。  
本当の理由は何時もボカす国枝だが、山部も馬鹿ではない。  
冷静に憶測を潰し、事実だけに耳を傾ければ、在る程度の事実は掴める。  
保身に利用するのは構わないが、それは山部に害が及ばない場合の話である。  
つまり、企画書を無理に押し通す必要は今の山部には存在しない。  
では、何故今まで国枝に付き添っていたかといえば、当然の事ながら(出会いからだが)脅迫のネタを握られていたからだ。  
最初は盗撮だったが、今では麻薬のネタを握られている。  
そうである以上裏切りは絶対に許されない訳だが、ここに来て状況が大きく変化した。  
国枝自身も危ないのである。  
そうであるならば、自分の立ち回り次第では国枝だけが逮捕というシナリオもありえるのでは?  
そして、何も自分の場合では企画書にタイムリミット等設けずに、2年でも3年でも迂遠に実行していけば良い訳だ。  
対象は西之園萌絵以外にありえないので、対象に困る事もない。  
だが、あの国枝をどのように出し抜く?  
時間が無さ過ぎるのも事実。  
それに下手に造反の色を見せたら、自分はお仕舞だが、その時は国枝も終わるだろう。  
そう考えるならば、随分立場は均等になってきたと思う。  
肝心な事はそれを自分で思うだけでなく、国枝にも認識させるという事だった。  
そのために、このスタンガンが必要なのだ。  
 
事は冷静に進めなければならない、理性に照らしあわし、常に正しい選択を心がけて。  
だが、実際の所定期的な発作に見舞われて感情のまま行動しそうになる事がある。  
そんな時は自分を制御できない。  
自分にはそんな激しい一面があるが、それも属性の一部だとして認めるしかない。  
必要なのは、発狂するほどの強い意志の力で欲望を捻じ伏せる、その時まで。  
 
 
国枝は企画書に従って行動を起こそうとしていた。  
まず、第一に薬の薬効を確認する。  
第二に、その過程に置いて、牧野洋子を協力者に仕立て上げる。  
この二点を二日以内に終えなければならなかった。  
そして、時間が無いので、ホテルを押さえる事と、それに付帯して、そのホテルを押さえる正当性を確保する。  
これも行わなければならない。  
これらは全て下準備であるが、かなりのレベルの課題である。  
まず、薬効を確かめる。  
これは実際に臨床実験を行うのが得策であるが、自分自身で行う訳にはいかないので、他の人間で行わなければならない。  
当然、麻薬であるので、唯の実験という訳にも行かず、強烈な快楽がえられるのならば、ついでに牧野洋子で試し、成功ならば協力者になって貰う。  
失敗ならば全てが台無しになる。  
計画を全て破棄するか、新たに薬を手に入れるという作業が加わる。  
構成要素の一部である薬であるが、これが変更となれば、全ての行程に関わってくる以上、非常に重要なファクタであり、だからこそ計画の最初に記されている。  
もう、計画の破棄も変更もしている時間的余裕が無い以上、失敗は許されなかった。  
手に握られている粉末状の薬物を信じる他なにのである。  
次に、ホテルの確保と正当性の確保であるが、これも至難の課題である。  
ホテルの確保は電話を一度掛けるだけで済むのだが、正当性の確保が難しい。  
 
これは、要するに胡散臭く見えては駄目だという事である。  
誘き寄せる罠である以上、出来るだけ精巧に出来てなければならない。  
早い話、本当に犀川研のゼミをそのホテルで行うのが得策である。  
実際本当に行う必要はないが、少なくとも行う素振りが必要で出来れば犀川が予定の都合でゼミに参加出来ない事が望ましい。  
これは、万が一本当に行った場合、西之園萌絵が犀川を何らかの都合で車で一緒にそのホテルに来るという事態を防ぐためである。  
そうなれば、始終二人は離れないし、ゼミの途中で萌絵が失踪したら犀川は最後まで萌絵を探すだろう。  
しかし、その他のメンバなら幾つかの理由を提出すれば納得する。  
高飛車な御嬢様が、途中で気まぐれに帰ったという事にすれば良い。  
その際、牧野洋子に呼び出して貰い、萌絵は用意してある別室に移る。  
あるいは、実際にゼミが行われなくても、その部屋で行うという事を萌絵に信じ込ませれば良い訳であり付き添いに牧野洋子が付く。  
そして、牧野洋子は協力者なのだ。  
そして、その他のメンバには、突然そのゼミが中止したという連絡を入れれば良い。  
いずれにしても、難関なのは犀川を完全にゼミの予定日から外さなければならないという事だ。  
これも同時に平行して行わなければならない。  
忙しさに頭痛が止まらないが、立ち止まれば行き着く未来は限りなく暗い。  
なんとか、この難局を打破するのだ・・・  
破滅を現実的な感覚で想像できる機会等滅多に訪れないが、出来ることならばそんな機会には二度と巡り合いたくなかった。  
 
午前六時  
西之園萌絵は国枝の自宅を張っていた。  
大学に来るのを待っているのでは、不安で遅すぎるからだ。  
誰に会うのか、どのタイミングで会うのか解らない以上、積極的に動く事こそ重要である。  
だから、この早朝から張る事に決めたのだ。  
レンタカーを一週間借りた。  
そして生まれて初めてコンビニエンスストアで単純な食料を購入し朝食代わりとする。  
そんな粗末な朝食も初めてだ。  
だが、不思議と嫌悪感は感じない。  
むしろ、内から込み上げて来る高揚感に支配される。  
確かに、自分は今何らかの探偵なのだ。  
 
一時間半が過ぎ、国枝が自宅から出てくる。  
何時もの特徴の無いスーツ姿だ。  
私には気付かない。  
当然駅と反対方向の位置に車を止めているので、わざわざ国枝が反対方向に進まない限り意識すらされない。  
そんな場所に止めて張っている。  
国枝が背を向けて駅に歩いていく。  
無愛想な顔を軽やかに運んでいくその姿は、後ろから確認すると間違いなく女性であるが、  
前方から確認するなら性別は逆転する。  
国枝は大学に向かうようだ。  
格好、時間、持ち物。  
どれも大学に出勤する事を示している。  
特に出張の予定も無い事を確認しているので、これで安心して私も大学に行ける。  
 
車越しの尾行以外は危険過ぎて行えない。  
人員は豊富ではないので、500m置きに人を変えるという安全な方法も採れない。  
そして、私は目立ち過ぎるので、電車に乗っての尾行など論外だ。  
だから、出勤の有無を確かめる事に留める。  
最も恐ろしいのは私が大学に拘束されている間に国枝が自由に動き回る事だ。  
国枝も私と同じ時間を大学で過ごすのならば、後ろ盾との物理的な接触は有り得ないであろう。  
残りの接触方法は間接的つまり通信に頼るのだが、  
あらゆる通信手段を遮断出来ない以上、盗聴でも行うしかない、しかし生憎そのような芸当は不可能だ。  
心配する事は無い、どのようなやり取りがあったとしても、必ず一度は接触する。  
その一度の接触の確認で私の優位は確定する。  
本当の探偵に依頼してしまうのが、最も安易な方法であるが(確かにこのような仕事は探偵の領分だ)  
仮に探偵に依頼する事も第三者への公開には違いないし、探偵は秘密厳守が重要であるが最高の秘密厳守は、自分自身での探偵だ。  
 
問題は前回のように、早引けに対しては有効な策を持てないでいる事だった。  
最も有効な対策は、浜中先輩なりを口説き、国枝の監視を行って貰う事だ。  
動きがあれば連絡が入る。  
しかし、これは有り得ない話である。  
部外者を一切関わらす訳にはいかない、第一監視の理由をどのように説明する?  
何故かは解らないが、私は犀川研のその他のメンバから余り好意的な感情を持たれていないようだ、という事。  
それは前回のキャンプでの言動からも推測出来る。  
嫌らしい下品な妬みである事は理解できる。  
だからこそ、彼らに協力を申し込む事は出来ない。  
裏切るという要素を掴み切れないからだ。  
だから、研究室を常に見張れる場所を探さなければならない。  
難しい課題だった。  
 

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