山部は与えられた条件に驚いていた。  
メールには一行、一週間で実行すると書かれていた。  
馬鹿な!  
モニターに向かって叫んでも虚しいだけだが、叫ばずにはいられなかった。  
いったいどういう積りなのか?  
堪りかねて返信のメールを打った。  
これまで禁止されていた行為である。  
真意を質すのだ。  
正直二週間でも辛い道のりなのだ。  
一週間でどうこう出来る話ではないのだ。  
そして、何故にそこまで急がなければならないのか?  
全く理解できなかった。  
とにかく理由をきかなければ、全く納得できない山部であった。  
そして、それに対する国枝の返答は深刻で、かつ山部の心胆を厳重に冷やすものだった。  
 
国枝からの返信はあったが、それはもう一度直接会おうというものだった。  
渋々、前回も使用したファミレスに待ち合わせをした。  
そこで、今までの経緯を初めて聞かされた。  
最も、その告白も相当に脚色されたものだったが。  
 
要するに後一週間で決着をみなければ、我々は破滅だと言う内容である。  
で、あるからにして、計画の著しい変更が必要だという事であった。  
当初の企画書の大まかな内容自体に問題がある訳ではない。  
高級ホテルに誘き寄せるという案は極めて魅力的であったし、それ以外の場所は今のところ思いつけない。  
薬物を使用すると言う案も、現在の所最上であろう。  
そして、その使用する薬物の選択も完璧だった。  
問題は、どのように誘き寄せるかであり、薬物は本当に完璧なのか?  
という事であった。  
 
そして、企画書では、その薬物の効果を確かめ、  
高級ホテルに対象者を誘き寄せる為の効果的な布石に最低でも二週間は必要であると結論していた。  
山部は時間は無限にあると認識していたが、しかし、できるだけ早く対象者を手に入れたかったため、  
二週間と言う時間を設定したのだ。  
実の所山部は企画書が二週間で実行できるとは思ってもいなかった。  
なんだかんだと一ヶ月は余裕でかかると思っていた。  
対象者を誘き寄せる為の準備は時間が長ければ長いほど、不自然さを脱臭できる。  
そして、そういった悠長な戦術が可能なのも時間は無制限であるという認識があってこそだった。  
そういった基本的な認識において立案された企画書の変更は容易ではなかった。  
一応のタイムテーブルは作ってあったものの、それにしても随分幅を持たせて作成されていた。  
それは、いたる所に、時期を見て、時勢を見計らって、余裕を持って、臨機応変に対処する、と書かれている事からも解る。  
そして計画の著しい変更とは、そういった余裕を持った表現を完全に削除する事だった。  
 
具体的には、計画が予定通りに進まなくなった場合の対処法を精密に作り上げ、いかなる事態に直面しても決して遅延せず必ず一週間で、  
事を成し遂げる。  
そんな計画が必要だった。  
そして、その計画を練り上げる時間も一週間の中に含まれていた。  
実働時間は6日。  
しかも実行日も含めれば準備期間は5日しか存在しなかった。  
厳し過ぎるが、一週間で全てを決着しなければ自分たちは破滅するのだ。  
少なくとも、国枝からそう聞かされていた。  
そして、たった今から国枝と協同で完璧な計画を練らなくてはならない。  
山部は人生史上かつてないほどの困難に直面していた。  
国枝も又しかりである。  
 
 
西之園萌絵は後悔していたが、それも僅かな時間だった。  
なんとか、この一週間で事態を好転させるのだ。  
さしあたって、必要な作業はなんといっても国枝のバックを把握する。  
これに尽きる。  
それが、脅迫者か購入者かをなんとかして確かめるのだ。  
今度の尾行は絶対に失敗しない。  
明日も国枝は出勤するだろう。  
そして、今度は逃がさない。  
この一週間ずっと尾行を行うのだ。  
必ず一週間のうち一回は接触するだろう。  
もちろん、それは萌絵の願望に過ぎない事は理解しているが、それでも尾行を行わずにはいられなかった。  
そして、一週間後を自分に有利な状況で乗り切りたいのだ。  
 
それにしても、全ては犀川の為とはいえ、自分がここまで他人に干渉する事があるのだ、と萌絵は驚いていた。  
そして、その他人にここまで振り回される事も初めてであり、なにもかも不本意であった。  
どちらかとえいば西之園萌絵は他人を自分の意のままに使用するというのが本来の姿であるので、  
相手に気を使いながらの行動は本当に得意ではない。  
今回の事にしても、本来なら犀川と国枝に思いの全てを打ち明けて、そして相手に告白を迫るのが本筋なのだ。  
そうしたい衝動に萌絵は何度も駆られるが、要するに  
「この西之園萌絵ともあろうものが、何故あのような人間にここまで卑屈にならなければ?正々堂々と何も恥ずる事無く、  
真正面から立ち向かってこその西之園萌絵であったはず。  
かくなる上は、犀川先生にも全て打ち明けて、事態の収拾を図るのが得策。」  
という、内から湧き上がる妄想をなんとか処理しなくてはならず、とにかく不本意な状態であったのだ。  
それもこれも後一週間で全て片がつく、とはいえ、  
それすらも叔父という他人をあてにした収集案であるので萌絵は著しく不満であった。  
何もかもが、自分ではなく他人のペースで進んでいる。  
立ちくらみが起こりそうであった。  
 

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