――これで良かったのだろうか。
「………………」
溜息をつき、桃子は上体を起こして枕元の目覚まし時計を手に取った。
慣れない事情聴取で身体は疲れ切っているはずなのに、妙に頭が冴えてしまっているのか、うとうとするばかりで寝付けない。
目を凝らして見てみると、時計の針は既に二時過ぎを指していた。この時間から眠っても、疲れを取る効果は余り期待出来そうにない。
――本当に、これで良かったのだろうか。
それは、ずっと桃子の心の奥に蟠っている問いだった。
騎士である事を望んだ一人の青年を、救う事が出来なかったあの日から――今日もそうだ。
確かに、死ぬはずだった一人の女性の命は救う事が出来た。けれど、救う事が出来なかったものもある。演技に、一人の女優に、それぞれ魅せられた、哀しい人の心は――。
『――いちいち重いんだよ!』
目覚まし時計を元の位置に戻して布団に潜り込みながら、桃子はふと、公園で大友から鎌男の写真を受け取ったあとの事を思い出した。
いつも呆れたり面倒そうにしながら、それでも最後には助けてくれる大友が、初めて見せた剣幕。
あの時、桃子がそれ以上食い下がるのをやめたのは、にべもないその言葉に怒りを感じたから、というだけではない。
こちらを睨み付けたその瞳に、苛立ち以外の――例えるならば、痛みに似た――何かを見た気がしたからだった。
あの時だけではない。大友の目には時折、桃子が今までの人生で見た事のないような暗い色が、滲んでいるように見える。
―― 一体何が、彼にあんな表情をさせるのだろう。
ぼんやりした頭で、今まで自分が見てきた大友の姿を思い出してみる。
仕事を押し付けたりからかう時の意地悪な顔。
外国の女性を前にした時のニヤケ顔。
警部補に媚を売る時の小憎たらしいすまし顔。
つる治郎での飲み会の帰り、はしゃぐ仲間達を見ながら浮かべていた楽しそうな笑顔。
どれも大友将太郎という男の素顔に違いないのだと、最近ようやく分かってきた気がする。
だからこそ、桃子は知りたいと思った。彼の表情に時折影を落とすものが、一体なんなのか――。
『未来に――さい――のはあなた……』
ようやく本格的に訪れた眠気が、緩やかに意識を攫っていく。
閉じた瞼の裏に、十二年前のあの日の冷たい秋雨の景色が浮かんで――すぐにぼやけていった。