松本の古書店。  
「はぁ……」  
 聞こえた溜息に、本棚を物色していた橘八雲はそちらを向いた。  
見ると、店主である鴨居俊祐が頬杖をついて虚空をボンヤリと眺めている。  
 それは非常に珍しい事と言えた。この店主は読書好きの八雲に輪をかけた  
読書家で、店番中はいつも本を片手に読んでいるのに、今はただ呆けている。  
 また、その口から溜息が漏れた。  
「ふぅ……」  
「どうしたんです、鴨居さん? 元気がないみたいですけど」  
 干渉を嫌う相手だとは分かっていたが、さすがに今の様子はおかしすぎた。  
心配で声をかける。  
 そこで初めて八雲の存在に気付いたように、鴨居はゆっくりと首を向けてきた。  
「いや、猫がな……」  
 それだけ言って、沈黙する。  
「はぁ」  
 何がなんだか分からない。鴨居が猫嫌いだという事は八雲も聞いていたが、  
なにか猫関係で嫌なことでもあったのだろうか?  
「良く分かりませんけど……。何か気分転換でもされた方がいいんじゃないですか?」  
「気分転換、か……」  
「鴨居さんはこの古書店にこもりがちみたいですから、たとえば旅行とか。  
百鬼夜行があると言っても、今は汽車もありますし。結構遠くまで行けるでしょう」  
「旅行か……いいかも知れないな」  
 顎に手を当て頷く鴨居。少し安心した八雲は、別れの挨拶をして古書店を後にした。  
 
 
「旅行か……。どこにするかな」  
 一人古書店に残った鴨居は、八雲の提案を検討していた。  
 自分の調子がおかしいことに自覚はあった。  
 先日に北竜温泉で『猫にじゃれつかれて』以来、どうも変だ。気がつくとそのことを  
思い出して溜息をついているし、趣味の活動写真鑑賞や読書をする気にもならない。  
「どうせ行くならば……」  
 いわゆる療養地に行く意味はあまりない。鴨居の住んでいる信濃自体、温泉もある療養地と言える。  
 気分転換が目的なら都会がいいだろう。多分に漏れず近代化の波が押し寄せては来ているものの、  
信濃はまだまだ田舎である。  
「……帝都がいいか」  
 帝都には仕入れの関係で行った事が何度かあるものの、観光として行ったことはない。  
「まあなんにせよ、来週の話だが」  
 今週はもう末。明日には彼の宿命、百鬼夜行の夜が待っている。  
 
 
 そして百鬼夜行の夜、安積平原。  
「今日の相手は鴨井さんですね。それじゃ、よろしくお願……?」  
 真奈井四季は軽く会釈し、鴨居に向けて弓を構えようとし−−動きが止まる。  
 鴨居は背負った愛刀細雪を抜くことさえせず、四季の方をジーッと見ていた。  
 四季は困惑する。  
 彼女の鴨居評は『優しい人ではあるが、百鬼夜行の試練に対する姿勢は厳しい』というものだ。  
いまだ戦いへの苦手意識が抜けない四季はそういう所を尊敬していたのだが、今の彼からは  
戦いを前にした気迫がほとんど感じられない。  
 しかもその視線は、彼女と言うより、着けている巫女服に向けられているようだった。  
「あ、あの……?」  
「……あ、いや」  
 ようやく四季の困惑に気付いたのらしく、鴨居が釈明するように言ってくる。  
「ただ改めて見てみると、思っていたより大きな胸だな、と」  
「…………! か、鴨居さん!?」  
 四季は顔を真っ赤にし、慌てて両腕で胸を隠すように押さえる。そんな事を異性に言われたのは  
初めてだった。−−同性も含めるなら二人目だが。  
「あ、いや、そうじゃない!」  
 失言に気付いたらしく、鴨居も大慌てで再度釈明してくる。  
「そうじゃなくてな。やはりあいつは特別胸がないんだな、改めて納得していたんだ」  
「……はぁ?」  
 
 
 同時刻、二重奏。  
「がるがんちゅあ、かもぉん!」  
 ゴガン、ゴガン、ゴガン。チリン、チリン、チリン、ピョン、スチャ。  
 ゴガン、ゴガン、ゴガン。  
 キュイイーン!  
 ドッゴーンッ!  
「やられたぁ〜!」  
 鈴音操る人造巨人ガルガンチュアの一撃に、篠森狗津葉は吹き飛ばされた。  
 これで対鈴音の戦績は0勝12敗である。最近は悔しいので鬼迎行灯で鈴音ばかり選んで  
戦っているが、おかげで天降勾玉がまったく集まらない。  
「うぅ〜、どうして勝てないんだろ」  
 そんな彼女に鈴音が小さく溜息をつき、哀れむように言ってくる。  
「おぬし、相変わらず馬鹿じゃのう。少しは頭を使って戦わんか」  
「ムカッ」  
 鈴音の言い草はいつもの通りだったが、さすがに少し腹が立った。  
 そもそも、狗津葉は狗津葉なりにちゃんと考えて戦っているのだ。  
最近では『1.鈴音の土属性モノノケに対して有利な風属性モノノケを揃えたり』  
『2.相手の陣形をグルグル回して混乱させ、戦いを有利にしたり』している。  
(ちなみに『1.』で属性の有利不利の関係を実際と逆に覚えていること、  
鈴音が『2.』に備えて前列後列どちらでも戦えるようにモノノケを配置している事に  
狗津葉はまったく気付いていない)  
 
 
 狗津葉は腹立ち紛れに怒鳴る。  
「馬鹿って言うなぁ、このペッタンコ!」  
「ペッタンコ言うな!」  
 鈴音がシッポを逆立てて怒鳴り返してくるが−−すぐにスマした表情に戻る。  
「ふん、まあ良いわ。お主に感謝することもあるしの」  
 狗津葉はキョトンとして尋ねる。  
「へ、なにそれ?」  
「ん、聞きたいか?」  
「う〜。そう言われるとなんか聞きたくないけど、気になるから聞きたい」  
「そうか、では教えてやろう」  
 鈴音がその猫耳を嬉しそうにピクピクさせながら説明してくる。  
「おぬしのおかげで、ワシの天降の集まりが良いじゃろう?  
それで思ったより余裕が出てきたので、今度帝都旅行に行くことにしたのじゃ」  
「なにそれ! ムッカ〜!」  
「ふふふ〜、念願のでぱーとめんとすとあじゃ〜。楽しみじゃ〜」  
 狗津葉が非難の声を上げるが、すでに鈴音の頭は高貴な者達が連日連夜繰り広げる  
祭りの舞台へ行っているようであった。  
 
 
 翌日早朝。帝都行きの列車の座席にて。  
 ポッポー。ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン。  
「くふぁぁぁ〜」  
 鈴音は汽車に揺すられながら目を閉じ口を開け、大きくあくびをした。  
まなじりに浮かんだ涙を、招き猫のように手を丸めてこする。  
 さすがに百鬼夜行の翌日早起きはきつい。電車の揺れもあいまって睡魔にさらされていた。  
(帝都に着くまで一眠りしておくかのう?)  
 そんな事を考えながら、なんとなく周囲に視線を巡らせると−−自分の真後ろの席に、  
見覚えのある、火のような赤髪があった。  
(まさか……賀茂?)  
 立ち上がって回り込んでみると、そこには案の定、賀茂−−もとい、鴨居俊祐が座っていた。  
腕組みしたまま眼を閉じ、汽車の揺れに合わせてコックリコックリと船を漕いでいる。  
(なんじゃ、奇遇じゃな。こやつも帝都に行くのか)  
 鈴音は口元に手をあて、鴨居の顔を覗き込むようかすかに首を傾げる。  
と、その口が、何か悪戯を思いついたように「w」の形に変化した。  
 
 
 鴨居は夢を見ていた。それは、数日前の記憶の再現だ。  
『お、おい、こら、やめろ』  
 鴨居は、天然の露天風呂、北竜温泉にて、タオルを身体にまいただけの鈴音に襲われていた。  
『ほれほれ。ワシはただの猫なんじゃろう? 猫がじゃれついているだけで何をそんなに慌てる?』  
 ただの猫呼ばわりが、鈴音の女としてのプライドを刺激してしまったのだろうか。  
外見は十歳程度ながら鴨居の数倍長生きである彼女は完全に「初な男の子をからかう女性モード」に突入していた。  
 しかし鈴音のそれは勘違いだ。鴨居は慌てているのは、猫が苦手だからだ。  
間違っても見た目十歳、しかもモノノケに異性を感じるわけがない−−  
『ほれほれほれ〜』  
『ちょ、待て、胸を押しつけるな!』  
 −−はずなのだが、頬が紅潮するのはどういうことなのか、鴨居には自分に説明がつかなかった。  
『これでしまいじゃ〜!』  
『どわぁっ!』  
 馬乗りになられ、鴨居は温泉の底に押しつけられる。  
『どうじゃ、猫呼ばわりを訂正するか?』  
『…………(ブクブク)』  
 鈴音は言ってくるが、鴨居としてはそれどころの話ではない。だんだん、息が苦しくなり……  
 
 
「ぶはぁ!」  
 そこで、目が覚めた。  
 と同時に、自分の鼻をつまんでいる鈴音と目が合う。  
「お、ようやく目が覚めたか」  
 鼻から手を放しつつ言う鈴音に、鴨居は夢か現実かも把握できずに一瞬混乱する。  
が、汽車の揺れでようやく現状を思い出した  
「……な、鈴音! どうしてお前がここに!? あと、なんのつもりだ!」  
「ん? 帝都観光に向かうつもりで乗った列車で、おぬしを見かけての。  
鼻をつまんだのは、あまりに気持ちよさそうに眠っておったからじゃ」  
 前半はともかく、後半は理由になっていない。しかし鴨居がそれを抗議する前に、  
「それと、粗末なものをおっ立てるでない。見苦しい」  
 チラリと、鴨居の股間に目をやり溜息をつく鈴音。  
 鴨居は慌てて両手で押さえる。  
「ば、馬鹿! これは純然たる男の生理現象で……」  
「分かっておるわ、そんなもん」  
 鈴音はアッサリ納得したようだったが、鴨居自身、自分の言葉が本当かどうか、  
いまひとつ自信が持てなかった。  
 
 
 そして、帝都の街中。  
「もうすっかり夜だな」  
 出発したのは早朝だったが、やはり帝都は遠い。列車の到着時、すでに日は沈んでいる。  
しかしそれでも星が見えない明るさと辺りを行き交う人々が織りなす喧噪は、さすが帝都という所だった。  
「それじゃ、ここで別れよう。お前はお前で適当に観光しておけ。俺は俺で……」  
 手を振って離れようとする鴨居の服を鈴音がつかみ、引き留めた。  
「なにを言うとる、旅は道連れ世は情け、と言うじゃろうが。  
それにワシは帝都は初めてなんじゃぞ? 案内ぐらいせい」  
 鴨居は頬を指先でこする。  
(お前と一緒じゃ、気分転換に来た意味があまりないんだが……)  
 とはいえ、そう言われると断れないのが鴨居の甘さ−−四季言う所の優しさでもある−−だ。  
「分かった分かった。それで、どこに行く? やはりデパートメントストアがいいか?」  
「いや、それは明日以降の楽しみにしよう。なにせ連日連夜繰り広げられる祭りに参加するのじゃ、  
体力は蓄えてから行かんとな。クフフ」  
 前から思っているのだが、この猫娘はなにかデパートメントストアというものを  
根本的に勘違いしているのではないだろうか? あえて突っ込む気にもならないが。  
「今日の所は宿を見つけて休むが良かろう」  
「なら、俺がいつも使っている宿に案内しよう」  
 
 
 が、行ってみると−−  
「ニャンじゃ、この貧相な宿は! もっとモダンなホテルにせんか!」  
 宿泊代が安いという事で鴨居の愛用していた宿は、アッサリ鈴音の駄目出しを喰らってしまう。  
「そう言われてもな。俺も他の宿は知らないぞ」  
「むぅ……。ん、あれなんかどうじゃ?」  
 言いつつ鈴音が指さした方角を見やる。確かに、ホテルらしき建物があった。しかし−−。  
「おい、あれはなにか……本当にただのホテルか?」  
 ガス灯の数は信濃の比ではないとはいえ、夜が薄暗い事に変わりない。そのためハッキリとは  
分からないが、妙に派手な建物構えのように見えた。  
「うむ。看板に『HOTEL』と書いてある」  
 鈴音がそう保証する。鴨居にはまったく見えないが、さすが猫といったところだろうか。  
「じゃあそこにするか」  
 鴨居は頷くが、隣の鈴音が  
(『LOVE HOTEL』−−エングリッシュで『愛らしい宿』といったところかの。なかなか洒落た名じゃな)  
 などと考えているとは気付けるはずがなかった。  
 
 
「なあ……」  
 案内された部屋に入った鴨居は、続けて入ってきた鈴音に振り返りもせず声をかけた。  
「なんじゃ?」  
「俺には、この部屋はラブホテルの一室のように見えるんだが……」  
 なにしろ、十畳ほどの広さの部屋中央には、軽く二、三人は寝られそうなベッドが一つきり。  
しかも色はピンクで形がハート型である。  
「うむ、確かに看板には『LOVE HOTEL』とあったが。  
……おお。名前に違わん可愛らしいベッドじゃの。しかし二人部屋なのに何故一つきりなのじゃ?」  
「……ラブホテルがどういう意味か知ってるのか、お前?」  
「ん? 『愛らしい宿』とか、そういう意味じゃろう?」  
「…………」  
 鴨居は顔を押さえてめまいに耐える。デパートメントストアの事といい、  
どうしてこの西洋かぶれ猫娘は、妙な所で知識が欠如しているのか。  
「あのな、ラブホテルというのはだ……」  
 なんとなく泣きたい気分で説明する。  
「−−ニャンと、そうであったのか」  
 鈴音が目を丸くして顎に手を当てる。  
「愛とまぐわいが同じ単語とは、西洋人はロウマンチックじゃな〜」  
「いや、それも違うと思うが……というか、感想はそれだけか?」  
「ん、別にただ泊まるだけでも構わんのじゃろう? ベッドは充分大きいし。  
宿代は前金で払ったのじゃし、今さら別のホテルに移るなど嫌じゃぞ、ワシは」  
 平然として言う鈴音。  
 と、何か思いついたように手を打ち、まなじりを下げて鴨居の顔を覗き込んでくる。  
「それともワシの魅惑的なぼでぃを前にしては、鴨居俊祐の理性は一晩保たんということかの?」  
「……誰が猫に欲情するか」  
「なら問題なしじゃな。それでは、ワシは先に風呂に入らせてもらうぞ」  
 言うが早いか、鈴音はバスルームのドアをあけて姿を消した。  
 
 
「まったく……。何やってるんだろうな、俺は……」  
 仕方なしに一人ベッドで横になった鴨居は、なんとなく前髪の先をいじりながら嘆息する。  
 と、  
『ぬう? ニャンじゃ、この、先に頭のついた管は?』  
 バスルームの方から鈴音の声が響いてきた。  
「……ああ、それは多分シャワーだな。それ用の蛇口を回せば、頭についた細かい穴から  
水が出てくるから、それを浴びるんだ」  
『ん〜、これかの?』  
 シャアアー。  
『おお〜、面白い。凄い凄い、なかなか気持ちも良いぞ』  
(ほんと知識が偏ってるな、あの猫娘は……)  
 なんとなく、バスルーム内の光景を想像する。  
 湯煙の中、初めて見たシャワーを興味深げにいじくっている鈴音の姿が目に浮かぶようだ。  
 今は当然タオルも着けていないであろう鈴音の、抜けるように白い肌。  
 肉体的には十歳程度の華奢な身体は、胸の膨らみもほとんどなく。  
 しかしピンク色をした乳頭だけはわずかに突きで−−。  
(−−て、なにを考えてるんだ、俺は!? ええい、もう寝るぞ!)  
 危ない妄想を振り払うよう、鴨居は毛布を頭からかぶって目をつむる。  
 とはいえ変に高揚しかけた精神は早々おさまらず、なかなか寝付けない。  
 そうこうしている内に−−  
 ガチャ。  
「あ〜、いいお湯じゃった。鴨居俊祐、お主も入るか?」  
 背中から鈴音の声がかかったが、鴨居は寝たふりを続けることにした。  
 
 
「なんじゃ、もう寝ておるのか。つまらん男じゃのう」  
 いつもの和洋混交の服装を浴衣に着替えた鈴音は、ぶつくさ呟きながら、  
鴨居とは逆のベッド端にゴロリと横になった。  
「れでぃより先に寝るとは、れでぃふぁーすとという言葉を知らんのか?  
大体、いつも人の事を猫だ猫だと、無礼者めが……」  
 なんとなく腹が立ってきた。  
 また鼻でも摘んでやろうか思い、鴨居のかぶった毛布を掴み上げる。  
当然、なんの抵抗もなく彼の寝顔が露わになり−−  
「…………」  
 鈴音は一瞬既視感を覚え、毛布を上げた体勢で動きが止まった。  
「……ああ、そうじゃったのか」  
 鈴音は、今まで鴨居俊祐が気にかかっていた理由が、分かったような気がした。  
 もちろん、彼の出自の秘密もある。だがそれ以上に−−  
(こ奴、鬼眼に似ておるんじゃな)  
 本人に言えば猛然と否定するだろうが、考えてみればこれほど似ている二人もない。  
 二人とも早くに母を亡くし、事情は違えど実の父を憎む同士。  
 孤高を好み、しかし自分も気付かないような心の奥底で愛を求めている。  
 意志の強さや一見の冷徹さ、そしてひそやかな優しさも、うり二つと言えよう。  
 そして何より、  
(この寝顔−−)  
 鈴音は少し口に笑みを浮かべる。今の鴨居が見せている、眉間を寄せた寝顔は、  
十五年前の夜に見た鬼眼の寝顔にそっくりだった。  
 そして鈴音はほとんど無意識の内にに、その十五年前に取った行動を繰り返していた。  
「ん……」  
 唇の柔らかさと暖かさも、やはり二人のそれは同じだった。  
 
 
(…………!? な、なんの真似だ)  
 突然の鈴音の接吻に、鴨居は身を強張らせる。  
 だが寝たふりをしていた手前、ここで抵抗もできなかった。  
身体の力を抜き、そのまま寝たふりを続ける。  
 だが、鈴音の行動は唇を合わせただけに止まらなかった。  
 鴨居の唇の間に、鈴音の舌が突き出してくる。  
力を抜いたのが裏目に、なす術もなくスルリと抜けて口内に侵入されてしまった。  
「ん……、はぁ……」  
 ピチャ……ピチャ……  
 ザラザラとした舌が、鴨居の口腔を嬲る。あるいは上面を撫ぜ、あるいは舌同士を絡めてくる。  
(く……、むぅ……!)  
「んふぅ……」  
 唇を重ねたまま鈴音は鴨居の胸をまたぐようにして乗る。  
そしてその左手が彼のヘソに触れると、そこから撫でるようにツツゥと下がっていった。  
(ちょ……、待っ……!)  
 
 
 声にできない鴨居の叫びをよそに、鈴音の手は彼の袴に侵入し−−  
いつの間にか怒張していた彼の男根を掴んだ。  
 シュ……、シュ……!  
 唇を重ねられたまま男根をこすられる鴨居。  
(ぐ……! こいつ……!)  
 ここまで来ると、半ば意地だった。  
寝たふりを続けたまま、絶対に達してやるものかと心に決めるが−−  
 鈴音が男根に爪を軽く突き立てた瞬間、アッサリと破られた。  
「ぐ……ぅ……!」  
 ドクンッ!  
 脳内で何かが弾けると同時、股間でも精が放出される。  
「……ふん」  
 と、そこでようやく鈴音が唇を放した。  
 ペチャ……ペチャ……。  
「ふふ……。あんみつより濃厚な味じゃのう」  
 その左手に絡んだ白濁を、淫靡な音を立てながらなめる。  
(終わった、か……)  
 鴨居が内心で軽く一息を付くと、鈴音が呟いた。  
「……で、いつまで寝たふりを続ける気じゃ? 鴨居俊祐」  
 
 
「……いつから、気付いてた?」  
「最初からじゃ、そんなもん」  
 バツが悪そうにゆっくり目を開く鴨居に平然と言ってのける鈴音。  
鴨居は深々と嘆息し、  
「ふう……。もういいから、とっとと俺の上からどけ」  
 馬乗りになった鈴音に言う。  
 が。  
「何を言うておる。お楽しみはこれからじゃろう」  
「なっ……!」  
 予想外の台詞に鴨居は上体を起こしかけるが−−  
その直前、鈴音が爪を立てた指をその目に突きつける。  
「動くでないぞ……?」  
 まなじりを下げながら言う鈴音の表情は、  
肉体的には十歳の女性とは思えない妖艶なものだった。  
鴨居は、彼女が自分とは起源からして異なる生物であることを改めて実感する。  
よく間抜けな所を見せてくるからついつい忘れがちになるが、  
この猫娘は、彼の数倍を生きたモノノケ、信濃における妖の長なのだ。  
 鈴音は鴨居の眼球に爪先を突きつけたまま、逆の手で彼の袴をおろしていく。  
さらされた男根は、欲望を放出直後だけにしぼんでいたが、  
「ふん」  
 鈴音が軽くいじるだけで、アッサリと元気を取り戻してしまう。  
「さて……」  
 鈴音が腰を上げると、身体にずらす。そして彼女の女陰と、鴨居の男根がピタリと重なった。  
「ちょ……!」  
 鴨居が制止をかける暇もあらばこそ、  
「くっ……! ふぅぅぅぅぅぅっ!」  
 ズブブゥッ!  
 鈴音はそのまま一気に腰を落とし、二人の陰部は結合した。  
 
 
「ふぅぁぁっ! 良い、良いぞ、鴨居俊祐ぇ!」  
「ぐっ、くぅっ! くぅぅぅぅっ!」  
 歯を食いしばりながら耐える鴨居。  
実年齢がどうだろうと、肉体的には十歳の少女の身体なのだ。尋常な締め付けではなかった。  
 ヌプッ、ヌプゥッ、ジュプルッ!  
「はぁっ! はぁっ! はぁぁっ!」  
 騎乗位の体勢で鈴音が腰を上下させるたび、淫猥な音色が響く。  
その身に着けた浴衣は乱れきり、上半身はまるで隠れていない。  
白く細い上体には汗が玉のように浮かび、身体を揺するたびに注に舞う。  
平らな中にポツンと浮かんだ桃色の乳首は、目に見えて屹立していた。  
「もっと、もっとじゃ! もっとぉぉっ!」  
「く、うっ! 鈴音ぇっ……!」  
 鈴音の腰の動きは段々と早まっていく。鴨居の腰も、いつのまにか合わせて動いていた。  
 そして−−。  
「ふにゃあぉぉぉぉぉぉぉーんっ……!」  
 ビク、ビクン!  
「ぐああああああああぁっ!」  
 ドク、ドクンッ!  
 鈴音の上体が大きく反り返るのと、鴨居が再び精を放出するのは、まったく同時だった。  
 
 
 
 
「んふぅ。なかなか良かったぞ、鴨居俊祐……」  
 ヌルッ……。  
 恍惚とした表情の鈴音はそう言うと腰を上げ、両者の結合が解かれる。  
「最後に、綺麗にしてやろうかの」  
 言うと鴨居の胸の上で身体を反転させかがみ、液にまみれた鴨居の男根を  
ペロペロと舐め始める。  
 体力を使い切った鴨居はグッタリとして成されるがままにしていたが−−  
眼前に突き出された臀部から生えた二股のシッポがピコピコと動くのを見た瞳に、  
かすかな光が宿る。  
「…………」  
 なかば本能的な動きで、シッポの一方を右手で掴んだ。と、  
「ふひゃぁっ!?」  
 それほど力を込めて握ったわけでもないのだが、鈴音が大げさに声を上げる。  
痙攣したように身を固まらせ、鴨居の男根を舐めていたのも中断された。  
(…………。こいつ、ひょっとしてシッポが弱いのか……?)  
 
 
 鴨居はボンヤリ考えながらシッポの握りを強めてみる。  
「ふあにゃ、にゃはぁ……!」  
 鈴音は鴨居の上体でうずくまり、何かに耐えるように身体を震わせている。  
鴨居は思いつくまま、今度は左手で逆のシッポを掴み、二ギニギと揉んでみた。  
「ひゃは、ひゃにゃ……」  
 鈴音の呻きが脱力していくのに合わせ、最初は固く強張っていたシッポも段々と柔らかくなっていく。  
(ふむ……)  
 鴨居は少し考えると、右手のシッポ先を鈴音の菊座に持っていき、擦ってみる。  
「ひ……は……。や……やめ……」  
 それに合わせて鈴音の丸い臀部がヒクヒク小刻みに震えるのを確認した後、  
今度は左手のシッポ先を肉芽の方へ持っていき、擦り合わせる。  
「にゃ……」  
 ガクッ。  
 消え入るような呻きを最後に、鈴音は臀部を上に突き出した体勢で鴨居の上に突っ伏し、  
そのまま動かなくなった。  
 
 
 鈴音とは逆に、鴨居の意識はハッキリとしてくる。  
そうなると、このまま一方的に犯されただけで終わるのは、男としてシャクな気がしてきた。  
そうでなくても、こんなことで、百鬼夜行のライバルである鈴音に精神的優位に立たれるわけにもいかない。  
(よし……!)  
 心に期したものを持ち、鴨居は身体を鈴音の下からスッと引き出した。  
「にゃ……。か、かも……?」  
 力なく顔だけ振り返る鈴音に言葉では答えず、丁度良い高さにある鈴音の腰に自らの腰を押し当て−−  
一気にその秘唇を貫いた。  
「ひゃっはあああああぁぁぁ!」  
 悲鳴と同時、鈴音の上体が大きく反り上がる。しかし鴨居はその背後から覆い被さり、  
彼女を再びベッドへと押し付ける。  
 パン、パン、パン!  
「あ、か、賀茂……! あ……! いぃひぃ……!」  
 鈴音が呻くが、鴨居には答える余裕はおろか、聞いているだけの余裕もない。  
先に鈴音を陥落させるのに残された体力の全てつぎ込む心づもりだった。  
ひたすらに腰を前後させ鈴音の秘裂を犯し、手を前に回してその胸に触れると、  
見た目の平らさからは考えられない柔らかさに驚きながら、寄せ上げるように揉みしだく。  
「ふはぁ、ひぃ、あは、ひふぅ……!」  
 しかし鈴音は、その艶声の淫らさを増していくものの、なかなか達する気配はない。  
(駄目……か……!?)  
 鈴音の突き出た乳首をつまみいじりながらも、逆に鴨居の方が限界に近い自分を感じ、諦めが脳裏に浮かびかける。  
 と、その時、ピンと立った鈴音の耳が目に入った。  
(…………! ままよ!)  
 思いつくまま、そこに口を持っていき−−容赦なく噛み締めた。  
「−−−−っ! しゅ、俊祐! 俊祐ぇぇぇぇぇぇぇぇっ! あぁぁぁぁぁぁぁっ!」  
 鈴音が絶叫を上げ、大きく身体を痙攣させる。  
「ぐっ、はっ−−!」  
 ドクン!  
 それに一瞬遅れて精を吐き出した鴨居は、今度こそ体力を使い果たし、気を失った。  
 
 
 
 
「いつまで寝ておる気じゃ! いい加減、起きんか!」  
 鴨居の翌日は、鈴音の怒鳴り声で始まった。  
 目を覚まして一瞬何事かと混乱するが−−段々と思いだし、少し青くなる。  
「す、鈴音……。昨夜のことは……」  
「忘れろ」  
 言い淀む鴨居に、鈴音は腕組みして冷然と言い切った。  
「…………!?」  
「分かっておるじゃろう? ワシらは百鬼夜行で宿命づけられた敵同士。  
不必要に憎み合うこともないが、過度の馴れ合いは禁物じゃ。−−少なくとも、百鬼夜行が終わるまでは、の」  
「…………。そう、だな……」  
 鴨居は厳粛な面持ちで頷く。と同時に、鈴音は真剣な面持ちを一瞬で崩した。  
「それはさておき、さっさと支度をせい! でぱーとめんとすとあに案内するのじゃ〜!」  
「お、おい! たった今……!」  
「それとこれとは話が別じゃ」  
「……いやしかし、俺は昨夜の疲れが」  
「な〜にを情けない事を言うておるか。ワシなど温泉に入った直後のように体力全快じゃぞ」  
 言葉の通り、鈴音は妙に溌剌としていた。それこそ、鴨居の失った体力を逆に吸収したのではないかと思えるほど。  
(化け物か、この猫娘は……いや、モノノケには違いないが)  
 結局、昨夜の『勝負』は鴨居の惨敗なのかもしれない。  
「ほれほれ、そんな臭い身体で高貴な者の集う祭りには参加できんじゃろうが。風呂に入れい」  
「分かった分かった、少し待て」  
 
 
 バタン。  
 鴨居がバスルームに入ったのを確認してから、鈴音は目線を床に落とした。  
「百鬼夜行が終わるまでは、か……」  
 小さく、息を吐く。  
「卑怯者じゃな、ワシは……」  
 
 
 
 
 なおその後、鈴音は自分の想像とは幾分違ったでぱーとめんとすとあに  
少し不満の色を見せたが、それはそれなりに楽しんだようであった。  
 
 
 
 
 そして六日後−−次の百鬼夜行の夜。  
 
 
 姥捨にて、鴨居俊祐と鈴音が対峙していた。  
(ちなみに、結果として一人あぶれた篠森狗津葉が  
寂しく鬼火相手の百鬼夜行だったりするというのは、余談である)  
 
 
 鴨居が、背から細雪を抜き放つ。  
「……手加減はなしだぞ」  
 鈴音が、右手の爪を立てて構える。  
「当然じゃ」  
 
 
「奥義! 非天の剣!」  
「ディバインシールド!」  
 
 
 百鬼夜行の戦いは、まだ、終わらない。  
 

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