「…で…俺はどうしてここにいるんだぁ?」
波多野はふと我に返った。自分の状況を簡単に説明すると、何故かベッドの真ん中で正座をしているのだ。
それは分かる。でもどうしてこうなった?波多野はこれまであった事を一つ一つ整理する。
「まず俺は…」
青島とお互いの意志を確かめ合った。今もはっきりと残るその時の青島の感触。無意識に自分の手が己の
唇に当ててしまっていた。
「………ああ、いかん、いかん。」
頭を振って再び思い返す。その後、下の街まで帰ろうとした。しかし上る時に使っていたタクシーはとっくに姿を消してしまっていて、そこでやっとタクシーを引き止めておかなかった自分達の迂闊さに気付いてを笑いあった。
「まあ、お互いに舞い上がっていたという事で…そんでもって…」
それでも下りる為にはタクシーを呼ばないと手段が無い。しかしここに最大の迂闊があった。タクシーを呼ぼうにも番号を全く控えていなかったのだ。それはつまり、歩く以外に下へ下りる手段が無いという事を意味していた。1週間ずっと張り詰めていた緊張がその時になってどっと2人の身体を襲ってきた。
「それで結局歩くしか無いでしょ!って青島に言われたんだっけ。」
時間を掛けてようやく街の灯りが見え始めた頃になった頃には日付が変わろうかという時間帯になろうとしていた。これでは最早帰る事はできない。何とか泊まる場所を…と思っていた時にタイミング良くビジネスホテルが2人の目に飛び込んできたのだ。特に話しあう事も無く2人はそのホテルへと入っていった。平日だから泊まる部屋はいくらでもあるだろう。そう思っていた矢先、とんでも無い事を従業員に聞かされたのだ。
「何でこういう時にシングルとツインの部屋が全部、何だかわからねぇ学会の為に予約が埋まってんだよ!!」
それを聞かされた時は2人は目を丸くしてしまった。別の宿を探そうにも今日はどこも同じ状況らしい。何でも相当権威のある学会とか…しかしそんな事は2人にとってどうでもよく、泊まれない事に焦りを憶えた。すると、従業員からダブルのお部屋ならあるのですが…と告げられたのだ。何でもこのホテルは10階建てだが、9階と10階はダブル専用階で今日は全部屋空いているというのだ。流石に同じ学会の人間同士でダブルで寝ようという者はいなかった様だ。しかしそういう事情を聞かされても、当の2人には全く関係が無い。流石の波多野もダブルの部屋を取る事に尻込みしていると、青島がツカツカとカウンターに近付き宿泊者カードの記入を始めたのだ。さっさと自分の名前を書いてしまうとそれを波多野にも『書け』と言わんばかりにカードを波多野に突き出した。それでも波多野は少し躊躇っていたが、青島の顔を見た瞬間にその戸惑いが飛んでいってしまっていた。
「何しろ伏目がちに俺を見るんだもんな〜しかも顔真っ赤で…多分青島自身かなり勇気出したんだろうな…」
通された部屋はとりたてて特筆すべきの無い…つまりは普通の部屋だった。テレビにテーブルに椅子2脚、冷蔵庫に…一回り大きいベッドが1つ。2人の間に気まずい雰囲気が流れる。何しろ恋人同士になったのはつい2時間ほど前だ。いくら何でも展開は急すぎる状況ではこの雰囲気が生まれるのは仕方が無いと言えば仕方が無い。少し息を付いた後に青島は波多野にさっきまで歩いていたから汗を流すだけでもと、シャワーを勧めたのだ。波多野はそれならお前も同じだと青島に先を譲ろうとしたが、頑として青島は譲らなかった。
「九州男児は頑固だと聞くけど、九州女児もだな…」
青島の迫力に負け、波多野は仕方なくシャワーを浴びる事にした。しかし隣には何をしているかはわからないが青島が確実にいると思うと、いつもは騒々しい入浴も静かにシャワーを浴びるに終始せざるを得なかった。それでもこれから同じベッドに横たわるからちゃんと身体だけは洗ったのだった。そして浴室から出ると青島が今度は入れ替わりに無言で浴室に入っていった。それが今の状況に繋がっているのだ。
規則正しいシャワーの流れる音が時々青島が身体を位置を変えているせいか、不規則なリズムを刻んでい
た。それが波多野を余計に混乱させていた。素直に横たわっておけばいいものを、一応青島に一声掛けてか
ら寝た方がいいだろうと自己解釈して波多野は青島が出てくるのを待っていた。しばらくすると、シャワーの音が消え、遠慮がちにノブを回す音が聞こえて青島が出てきた。青島は自分を見る波多野の視線に気付くと顔を伏せてそそくさと自分が手に持っていた物を自分のバッグの中にしまい込んだ。そして波多野の方を見た。
「あの…」
遠慮がちに波多野に声を掛ける。心なしか声が堅い。
「え?」
「…もう寝よ?時間も遅いし…」
「あ、ああ。そうだな…」
青島の提案に波多野も頷くと部屋の明かりを薄暗くした。そしてベッドの端の方に自分の身体を寝かせた。
波多野が布団の中に入った事を確認すると、青島は静かに波多野のいる反対側から布団に入っていった。
そして背中合わせになる様に青島も波多野と同じ体勢で横たわった。そこから部屋の中では時計が時を刻む
音以外、一切の音が消えた。2人の息遣いも静寂を手伝っているかの様に全く聞こえなかった。
それからどれくらい時間が経っただろうか?波多野は緊張から一切寝むる事ができなかった。隣に青島が
寝ている…そう思うだけで自分に睡魔が一切襲ってこないのだ。このまま朝まで過ごすかと覚悟した時、波多野の背中ごしに少し「ミシッ」と音が聞えた様な気がした。それが気になって波多野は恐る恐る肩越しに青島がいる方を見た。
「あ…波多野君…」
そこには波多野が動いたのが相当驚いた様子の青島がいた。青島の身体は反転していて波多野の方へ向
いていた。先程の音は青島の寝返りの音だと波多野はそこで気付いた。波多野は背中を向けたままで、
「…寝れないのか?」
と、尋ねる。青島は頷きながら、
「…うん…波多野君も…」
「ん…ああ、ちょっとね…」
波多野は少し言いにくそうに苦笑すると、
「私のせい?」
きゅっ、と青島は両手を握りながら尋ねる。
「うん?」
急な青島の問いに対応できない波多野。
「私のせいで寝れないのかな…って。」
今にも消え入りそうな声で原因を探ろうとする青島。
「お前が気にする事じゃないよ。」
波多野は本心からそう言った。確かに青島の推測は当たっている。だからといってそれを青島のせいにするのは間違っていると言う思いがあったからだ。誰のせいかといえば青島の存在を思い切り意識している自分にあるのだから。
「だって…」
それでもまだ話を続けようとする青島を、
「じゃあ、もしそうだとしたら?」
と、少し強めの言葉で制した。
「え?」
今度は青島の方が波多野の問いに対応できなくなっていた。
「俺がお前のせいで寝れなかったら…どうする?」
少しずつ声の調子を落としながら波多野が尋ねる。
「………」
もしそうだったら…青島の頭の中がグルグルと回る。そして、
「…嬉しい…かな?」
「え?」
青島の返答は余りにも小さすぎてすぐ傍にいる波多野にも聞き取れなかった。しかしそれ程悪くは思っていないだろうと、波多野は解釈し更に続ける。
「で、お前はどうなんだ?」
「え?」
薄開きになっていた目を見開く青島。
「お前は何でまだ起きてるんだ?」
「………」
それって…私が波多野君にさっき聞いた事じゃない…と、少し波多野の意地悪に言葉を失う青島。
「俺のせいか?」
「………」
青島は答えない。答えは火を見るより明らかだ。もし原因がそれでなければ寝れない説明が付か
ない。それと同時に波多野も自分と同じ思いを抱いている事にも気付いた。普段であればすぐ気付
いたであろうが、状況が状況だけに青島の頭の回転が鈍っていたのだ。
「…青島!」
「あ!」
気付くと波多野の身体は青島の方へ向き、その勢いのままで青島の小さな身体を抱いた。それは
余りに無言を突き通した青島に波多野が不安に駆られた事から生まれた行動だった。青島は青島で
急に波多野の背中が見えなくなったと同時に視界が波多野に抱かれた事により真っ暗になった事に
驚いた。しかし、しばらくすると山の頂上で聞いた波多野の心臓の音が耳に届いた事で自分の今の
状況を嫌でも気付いた。青島はゆっくりと目を閉じて波多野に身を委ねた。波多野も青島の身体から
強張りが消えた事が分かり安堵した。2人はしばらくそのままの姿勢を保っていたが、青島が身体を
上の方へずらす事でそのバランスが崩れた。波多野は自分の目と青島の目があったと自覚した途端、
反射的に青島の唇に口付けした。
「ん…」
波多野の行動に少し驚いた青島だったがすぐにそれに応える。くぐもった声を出しながら青島は波多野を受け入れた。お互いの息遣いが届き、それと同時に2人の心臓の動きも段々とその速度を増していった。そして波多野の方からその状態を解くと青島の顔をまじまじと見る。青島の顔はもうすっかりと真っ赤、そして青島独特の大きな目も潤んでいて、それは波多野にとってとても扇情的に思えた。
「…青島。」
「!!」
今までに無く真面目な顔で目の前の人物の名を呼ぶ。呼ばれた青島の方はそれに弾かれたかの様に反応した。
そして波多野の目が何を語っているのかを理解すると、無言で頷いた。青島は少し波多野との距離を広げると、自分の身体を軽く開いた。波多野はそれを見届けて両手を青島の身体へ挿し入れる。そして青島が着ている服に手を掛ける。時間にしてみれば1分も掛かってはいなかったが、2人はとてもそんな短い時間と感じる事はできなかった。それでも青島の身体から上着が取られ、その下にある青島の褐色の肌と見事に対比する白のブラが現れた時には、最早2人にそれすら考える余裕すら奪ってしまっていた。そこから2人は衝動的に行動を起こしていた。お互いの服に手を掛け合い、そして気付いた時にはお互いに下着だけの状態になっていた。波多野は上半身を起こして青島の全身を眺めた。そこには想像以上に魅力ある姿があった。その視線に青島は恥ずかしそうに顔を背ける。しかし、それは逆に波多野の興奮を高めるにすぎなかった。
「青島!!」
「きゃっ!!」
耐えられなくなった波多野は自分の思うままに青島を抱き寄せた。唐突に抱き寄せられた青島は驚きを示す言葉しか発する事ができなかった。波多野はそれに構わず再び青島の唇を塞ぐ。
「んんっ!!」
苦しそうに息を漏らす青島。しかし波多野はそれに気付かない。青島は何とか波多野の身体をどかそうとするが、鍛え上げられている波多野の身体はなかなか思う様にどかす事ができない。それでも少し波多野の力が抜けた時、タイミング良く両手で波多野を押しのける。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
青島は身体を起こして両手を自分の胸の前で組んで息を荒げる。波多野は一瞬青島の反応の意図がわから
なかったが、余りに自分勝手な行動が青島をそうさせてしまったのだと悟ると顔を赤くしてしまった。
「あ、青島…ごめん…」
波多野は素直に青島に謝罪した。青島はそれを聞いて大きく息を吐き、呼吸をゆっくりとした物に正していった。
「…ううん、ちょっと…びっくりしただけ…」
これで波多野が更に自分任せな行動を取っていれば青島も怒ったであろうが、自分に非があればそれを潔く認める波多野の性格が功を奏して青島は平静を保つ事ができた。そしてすまなそうにしている波多野の胸に自分の頭を付けた。
「あ、青島?」
波多野の言葉に青島は微かに首を横に振るだけで言葉を返さなかった。今の波多野は青島が何かしらの行
動を取らないと金縛りにあった様な状態に陥っていた。そして、ようやく青島の頭が波多野の胸から離れる。
「今度は…」
「…え?」
か細い青島の言葉に波多野は戸惑った。しかし、波多野の困惑に反して青島は微かな笑顔を浮かべ、
「…今度は優しくしてね、波多野君…」
そう言うと再び青島は顔を伏せた。
「あ、ああ。」
波多野はまだ少し戸惑っていたが、今度は青島の言葉にしっかりと応えなければいけないと理解し、優しく青島の顔を両手で包んで少しだけ口付けた。そして背中の方へ手を回した。
「…あれ?…っと…」
しかしなかなか波多野の意図通りに青島のブラを取る事ができない。青島はそれに気付くと少し身体をずらして波多野の思いを遂げやすい様にした。その甲斐もあり、波多野は背中のホックを外す事ができた。そしてゆっくりとブラを外した。そこには小ぶりながらも確実にその存在を主張する膨らみがあり、波多野は息を飲んだ。
今度は先程の様に襲い掛かる様なマネはしなかった。ゆっくりと優しくその膨らみに手を這わせる。
「ん…」
波多野の手の触感を感じ、青島は少し声を漏らした。波多野は拒絶されない事を確認すると、ゆっくりとそのスピードを上げる。その度に青島の口から声が漏れてくる。時が流れるに従って青島の呼吸が先程の様に乱れてきた。波多野はゆっくりと左手はそのまま青島の右胸に這わせながら、左の胸に口を付けた。
…ちゅ…
「うっ!!」
湿った感触を受けて青島は目を見開く。先程まで這っていた手が今度は口になり、先端を中心に動き回る。
「あ、あ…」
その動きに合わせて身体をびくつかせる。波多野は一度青島の胸から口を離すと、その胸の中心にある淡い赤の先端を少しだけ眺めた。そして更にゆっくりと先端を舐めあげた。
「ああっ!」
敏感な所を吸われた事に青島は思わず声を上げてしまった。青島の声に一瞬波多野も動きを止めるがすぐにその動きを再開した。
「んん…あ、はぁ…」
波多野の口の感触の全てを胸に感じ、青島の声が途切れなくなっていた。それは波多野の口が右胸に移っ
ても同じ事だった。自分の中で今まで生まれる事無く眠っていた何かが目覚めた感じを何となく青島は感じた。
そうしているうちに波多野の手はゆっくりと下へと移っていく。しかし青島はまだそれに気付かない。波多野の手が下着に掛かるまでは。自分の下半身を覆っていた最後の物が少し引っ張られた感触を感じた青島は、
「あ…!!」
波多野の手を無意識に制しようとして手が浮いた。しかし、その手は波多野の手に届く寸前で動きを止めてベッドに沈み込んだ。何を今更…青島は覚悟を決めた。波多野はゆっくりと青島を最後に包んでいる下着を下へずらす。それは少しの抵抗を受けながらも青島の足を通っていき、そして離れた。もう青島を包む物は無い。
目には届かないが、波多野の手が今度は自分の中心に向かっているのを感じた。
「ああっ!!」
遂に想像通りに波多野の手がそこへ届いた。覚悟はしていたが、それ以上の感覚が襲ってきた事に驚きを
覚えた。自分がまだ感じた事の無い感覚がある事が信じられなかった。波多野の方は青島の中心を優しく扱っていた。そこには潤いが感じられ、波多野は段々と自分が正気で無くなっていく感覚に襲われた。しかし、青島を優しくするという信念だけはその感覚に打ち勝っていた。波多野は変わらず口で青島の胸を這いながらも、手の速度をゆっくりと少しずつ上げていった。
「んっ!!あ、ああ、くっ…」
波多野の優しい愛撫に青島の身体はすっかり素直になってきた。軽く握った右手を唇の間に当てて自分の
声を少し留める。それでも漏れる声は青島にはもうどうする事もできなかった。それは自分の中心が悩ましげにくちゅくちゅと、音を立てているのも同様だった。しかし青島はこの時まだ分かっていなかった。これ以上の官能がある事に。そしてその時は訪れた。波多野の頭がゆっくりと下へ下がっていったのだ。
「あ、そこは…ああ!!」
気付いた時にはもう遅かった。先程まで胸にあった感触が今度は自分の中心に届いた瞬間、青島はたまら
ず声を上げた。波多野は潤いがあるその場所に更なる潤いを与えるかの様に吸い、そして舐め挙げた。
くちゅ…ちゅ…
青島は波多野によって自分の身体の中から生まれる音に激しく首を横に振った。
「やぁ…くうぅ!!」
波多野の攻勢にすっかり青島の息はこれ以上は無いと言う位に高まっていた。既に青島の中心も洪水を起
こしているかの様な状態になっていた。波多野はそこまでを見届けると、急に青島の顔を見たいという欲求に駆られて口を離し、青島の顔の正面に戻ってきた。頬を赤らめ息を荒げている姿に波多野自身もこれ以上無いほど反り返っていた。それは波多野の下着越しからでも十分に分かる程であった。青島は夢見心地から少し回復すると、
「…波多野君、…私も…」
「…うん…」
短く言葉を交わした。そして今度は青島の手が波多野の下着に掛かった。ギュッと目を閉じながら青島はそれを取り去った。波多野も腰を浮かせていたのでそれは容易にする事ができた。恐る恐る青島は目を開けると、そこには一歩間違えれば恐怖を覚えかねない波多野自身があった。一瞬、身を引いた青島だったが意を決すると手をそこへゆっくりと添えた。
「うっ…」
短い波多野の唸りは青島が波多野自身に触れたと同時に発せられた。青島はその暑さに少し驚きを覚えた
が、一度決めた覚悟からすれば十分に耐えられる物であり、またそれが自分が最も愛する者であれば余計に
そう思えた。青島はゆっくりとその物を慣れない手つきで擦りだした。すると、
…しゅ…
「くっ!!」
波多野は思わず襲ってきた官能に声を上げた。少しでも油断すると弾けてしまうのではないかと思う程にそれは波多野にとって強烈すぎた。波多野の先端から少し潤いが生まれると、青島の手が抵抗無く滑り始めた。
「あ、ちょ、ちょっと…青島!!」
「え?」
すっかり自分の行動に酔ってしまっていた青島を必死で波多野は制した。これ以上の官能はもっと別に感じたかったから波多野は青島を止めたのだった。しかし青島は止められた事によって自分がしていた事を急に恥じた。
何故こんな事を…自責の念に駆られたが、それは愛する人を喜ばせたいという人間の本能から生まれた物であるから恥ずべき事では無かった。
「…青島。」
気付くと自分を覆い被さるかの様に波多野は両手で身体を起こしていた。真っ直ぐに自分を見ている波多野の目を見た。波多野の瞳には自分の顔が映っている。直感的に最後の時を迎えた事を青島は知った。
「…うん。」
青島は頷くと両手を広げた。
「青島、凄く綺麗だ…」
波多野はそう呟いた事に青島は微笑みを浮かべ広げていた両手を波多野の首へと回した。波多野が青島の身体に割って入っていく。そして熱くたぎった自身をやはり熱くなっている青島の中心に当てる。
「…んっ」
その感触に青島は少し身体を強張らせる。波多野はそんな青島を優しく包みながらゆっくりと腰を押し進めた。そして遂に…
…くちっ…
「あ、あ…ああ!!」
波多野が青島の中へと入り込んできた。しかしまだそれは僅かな距離でしか無い。しかし2人にとってはそれは十分すぎる物だった。特に青島にとっては…
「………!!」
唇を噛み、声を押し殺す青島。波多野はそんな青島を見て一つの結論を導いたが、既にそれは聞くに値しない愚問だった。波多野は青島を気遣いながら更に進む。波多野自身が半分程度青島の身体に入っていった
時、波多野は軽い引っ掛かりを感じた。少し動きを止め、青島の顔を見る。軽く目を瞑っていたが、波多野の視線に気付くと目をうっすらと開け、明らかに無理な笑顔を作ろうとする。波多野はそんな青島が堪らなく愛しく感じ口付けをしながら、腰に力を込めた。
…ずっ!!
「う…あああああ!!」
青島の深奥に波多野がたどり着くと青島は堪らず手に力を込め、叫び声に近い声を上げた。その間、波多
野は青島の顔を両手で抱えて青島を気遣った。
「ふっ…ん…はぁ…やぁぁ…」
言葉にならない声を上げる青島を波多野の手が力強く支える。序々に青島の息が整い出した。それと同時
にきつく瞑っていた目も開きつつあった。
「はぁ、はぁ、はぁ…あ、は、波多野君…」
うっすらと微笑を浮かべて青島は声を絞り出す。波多野は素早く首を振ると、無理をするな、と言わんばかりに青島の唇を塞いだ。
…ちゅっ、ちゅ…
「んん…」
青島は波多野を求める事で少しずつ苦痛から本当に抜け出しつつあった。それでも波多野の唇の感触から
逃れたくなかった思いから波多野の首に回していた手に力を込めて波多野との交感を続けた。波多野も青島
の手に力がこもった事で自分もそれに倣って青島を求めた。そしてようやく2人の唇が離れた。少し銀色に光る糸が2人を繋いでいたが、それもすぐに消えた。
「…青島…」
波多野は再び青島の名を呼んだ。
「…うん、もう大丈夫。私は身体丈夫だもん。だから波多野君、来て…」
青島から了解を得て、波多野は腰に力を再び込めた。ゆっくりと戻し、そして再び青島の身体に差し入れる。
くちゅ…ぐっ…くちゃ…
「くっ…ああ、あ、ああ…ああ!!」
時々顔をしかめるが、青島は波多野をすっかりと受け入れた。顔をしかめる頻度も段々と少なくなっていき、逆に顔を紅潮させて喘ぐ頻度の方が増えてきた。青島が言った身体の丈夫さがここに来て生きてきたのだ。
波多野も青島から与えられる官能にすっかり酔ってしまっていた。もう腰を引いて押す速度はこれ以上無い
程に増していた。
「青島、青島!!」
「は、波多野君!!」
もう2人にはお互いの名前を呼び合いながらお互いの顔しか見る事ができない。いや、見る余裕などとっくに無かったのだ。
くちゃ、くちゃ、くちゅ…!!
そして2人同時に頂点へと駆け上がっていく。交わる時に生まれる音が余計にその速度を高める。
「あ、そろそろ…くっ!」
波多野が限界を告げる。腰を引こうとするが、青島が手に力を込めて波多野の顔を引き寄せる。波多野は
その時、青島を見た。その時の顔はまるで波多野の全てを受け入れると言わんばかりにじっとまっすぐ見つ
めていた。波多野は青島の無言のメッセージを受け取ると、再び腰を押し進めた。
「あ、ああ…!!あ!は、は、はたの、く…」
青島の感極まった声の中に自分の名が入っていると理解した瞬間だった。
「あ、青島!!……くっ!!」
青島の奥深くで波多野自身は大きく膨らんだかと思うと一気に爆ぜた!!
…どくっ!!
「ひ、あ、ああ!!」
青島は波多野が自分の中で全てを放出している感覚を鋭敏に感じ取った瞬間に一気に駆け上がった。身体
は震えて止まらない。ただただ波多野を全て受け止めていた。波多野は全てを青島の中へ吸い込まれる錯覚
を覚えながら永遠とも思えるその感覚との戦いの末、波多野はゆっくりと身体を崩し青島の身体を覆い被さった。
それでも全体重が掛からない様に若干力を上に込めて。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「ふ、ふ、はあっ…」
お互いに息を荒げながら感じあった時をまるで反芻するかの様に見詰め合った。そしてどちらからともなく口付けを交わした。汗で湿り、顔の中心に陣取っている波多野の前髪を青島がゆっくりと波多野の視界の邪魔にならない様にかきあげた。
「…青島。」
「…波多野君。」
翌日、2人は間もなくチェックアウトであると告げる電話で目が覚めた。慌ててチェックアウトの準備をしたが、結局正規のチェックアウト時間から1時間ほど経った後にホテルを後にした。そこからタクシーを呼び、最寄の駅へと向かった。朝のラッシュ時間を過ぎた道は何の障害にもならずに2人を乗せたタクシーはあっさりと駅に到着した。ここで波多野は東へ、青島は西へ別れる事になった。先に着いたのは青島が乗る予定の電車だった。
波多野が乗る電車はまだホームに現れていないため、波多野は青島をホームまで見送る事にした。
「また連絡するからな…」
「うん、待ってる。」
波多野の言葉に青島は力強く答える。どちらかといえば波多野の方が名残惜しそうな感じを受けるが、青島も青島でその別れを最大限に惜しんでいた。青島は電車に乗り込み、そしてすぐに回れ右をして波多野と向き合う。
そのまま見詰め合っていたが、すぐに出発を告げるベルが構内に鳴り響いた。波多野は首を振って左右を確かめる、どうやら青島以外にこの駅で乗り降りする者はいない様だ。
「波多野君?…ん…」
怪訝な顔をしていた青島に波多野は上半身だけ電車の中に乗り入れて、青島に少し触れるだけの口付けを
した。そして波多野が身体を戻した後にドアが閉まった。窓越しに青島は顔を真っ赤にして何かを文句言っている様だったが、波多野は笑うばかりで全くに意に介し無かった。電車が動き出す。青島は肩を竦めて、顔を微笑みに戻して右手を振った。波多野は離れていく青島に手を振って送り出した。そして、駅には波多野が残された。最後に味わった青島の唇の感触を思い出しながら、波多野は荷物を持って反対側のホームへと歩いていった。今度会う時も…
「また良いライバルでいようぜ、青島…」
そして競艇界におけるビッグカップル誕生のニュースが流れたのはその3年後の事だった。