「むかしむかし、あるところに男と女がいました」  
「おかしいです、せんせい。もっと気のきいた出だしはないのですか」  
 男の胸に顔を横に付けているセーラの髪の毛を持ち上げてサラッと玲瓏な素肌に散る。  
男の胸に耳をあてて鼓動を聞くセーラ、さっきまではその男に抱かれて、自分の心音を  
聞かれていたと思うと頬が火照ってくる。その熱も男の胸に伝わるのかなと、口元から笑みをこぼす。  
「ん〜、でだしってもなぁ。まあ、いいや。その男は貧しさに耐えかねて妻を捨てて都に出たんだ」  
「そんなことを……したの?」  
 セーラは顔をあげて、男の胸に頤を付け、大きな瞳を瞬いて、さらに大きくした。  
「功を成して妻を喜ばせる為に、それを夢みて国を出たんだよ」  
「そんなのって、勝手です。どうして、いっしょにつれて……、ついていかなかったのかしら」  
 男は適当につくって喋っていた。こどもに聞かせてやる昔話は得てしてそういうもの。  
というより、無頓着な男の性格によるものだった。  
「どうしてだろう」  
「せんせい!」  
「まあ、そして男は一生懸命に働くんだよ。だけど、べつの女に目がいってしまい、  
そのおんなと結婚してしまった」  
「……」  
 セーラの顔が仮面のような凍えた美貌になる。  
「怒ってる?」  
「怒っていません」  
「怒ってるじゃない」  
「はやく、つづき!」  
「で、一生懸命……」  
 
「聞きました!」  
「働いたはいいけど、男より地位のある女が彼を見初めてしまったんだよ。男にすれば  
それが一番手っ取り早い」  
「手っ取り早いって……」  
「あ、忘れてた。男は国に残してきた妻のことを、ごっそりと忘れたんだ」  
「うそ!」  
「だな」  
「だなって、なんですか」  
「もう、そんな話し聞きたくないです」  
 セーラは寝返って背を向ける。男は暫らく考えて、手を逆手にして、人差し指で横向い  
背筋にそって腰からうなじへと指先をそっと触れて、ツ―ッと舐めるようなタッチで  
のぼってゆく。髪を掻き分けてうなじへと登りつめる。  
「あんっ、ずるい」  
「ねえ、聞いてくれる?」  
 セーラの左耳に囁いて耳朶を唇で挟む。  
「は、はい……」  
「いい娘だ」  
「もう……」  
「それでね、男は目的を果たし、月日は流れていった」  
「それで」  
 セーラはまだ男に背を向けたままだった。男はセーラの脇に手を差込み、乳房のふもとに  
指圧を掛け、すうっと乳首へ滑って摘んで捏ね廻した。  
「それでは、ないだろ」  
「あん、や、やめて、せんせい」  
「じゃあ、話し聞いてくれる?」  
 
「き、聞きますから……ああん」  
「やめないで、つづけようかな」  
 男はセーラの髪に口吻をする。そして少女の季節の芳香を肺いっぱいに吸い込む。  
「で、どうされたんですか……あん」  
「男は飽きちゃったんだ。新しく妻になった女を愛していたわけではない。そう思ったら  
国に残してきた妻が恋しくなる。もういてもたってもいられなくなって、国に帰ることにした」  
「……」  
「やっぱり、勝手なやつだと思う?」  
「はい」  
 セーラは男へ顔を捻って、左手を後ろ手に廻し男の貌を撫でる。  
「男はむかしとかわらない我が家の灯りを遠くから見つけた。急いで駆けて敷居を跨ぐと  
おんな……妻がいつもと変らぬように出迎えてくれた」  
「ほんとに?」  
「物語ではそうなってるよ。そして、男は妻に詫びるんだよ」  
 男は沈黙する。男は右手をセーラの枕にするようにして耳を愛撫し、左腕でセーラの胸を抱く。  
「そ、それで……どうしたの?」  
 セーラはくるりと向きを変えて、男と向き合う格好になる。  
「こうしたの」  
 セーラの顔にエクボが浮んで、男はそのまま口吻をした。セーラの瞳は大きく吸い  
込まれそうな琥珀色を湛えていた。たしかにそれも魅力的だったが、今は少女の笑う口元を  
男は見下ろす。男はセーラの秘園へと膨らみ始めたペニスを擦りつけ、少女に濡れた吐息の  
混じった、かぼそい呻きを上げさせた。  
 
  セーラの細くしなやかで、ひんやりとする手が男と女の接する部分へと下りていく。  
セーラは下を向いて、軽く付けていた唇がゆっくりと離れて、セーラの紅潮した貌を  
そっと隠す。男の灼熱と化した肉茎に細い指が絡まって、男の手はセーラの背を撫で  
ながら螺旋を描いて、小さなお尻へと降りていって、軽く双丘の左側を掴むようにして  
廻した。  
「あん、いやぁ、せんせい……」  
 さらに濡れた吐息混じりのセーラのかぼそい声。  
「きらい?」  
「羞かしい……、でも、もっとしてください」  
 男の手が、指先が臀部からセーラの右太腿の外側を滑り、内腿へと潜り込み掲げると  
男の腰を跨がせる。セーラの細い右脚は、あまりの羞かしさに、脚を畳んで足指を内に  
きゅっと曲げて貌を振る。男の亀頭は秘孔を捉えゆっくりと押し拡げる。  
「かんじて……せんせい……」  
「かんじているよ、セーラ……」  
「うごいて……。うごいて、せんせい」  
 セーラの脚が伸びて男の臀部に掛り、ふくらはぎが男の太腿にふれる。男はセーラの  
躰をベッドに付けるようにするが、肉の繋がりとしては側臥を維持していた。男の手が  
仰向けになったセーラの上体、脾腹を撫で廻して、乳房をそっと愛撫していく。セーラは  
貌を左右に振りながら、男に絡めていた手を投げ出してシーツをひしっと握り締める。  
 男の唇がセーラの鎖骨がつくった窪みを這い、小さな唇を大きく開いていた。  
 男は攻撃の獣性を捻じ伏せて、絆の関係に終始した。過度の運動はセーラの躰に  
負担をかけてしまう。花はあくまでも一時凌ぎにしか過ぎないことをメネシスは男にはっきりと  
告げた。  
「どうする。セーラに言うかい?彼女に知る権利はあるよね?」  
「メネシスさんは、いま、セーラに言えっていうんですか!」  
 
「だれが、そういったよ。わたしが言っているのは、これで助かると思って躰がいいほうに  
向かい奇蹟が起きる、なんてことはないってことさ」  
「……」  
「ま、がんばんなよ、騎士さん。そいじゃね」  
 そう言ってメネシスはラボの中へ入って扉を閉じた。  
「せんせい、せんせい……」  
「いやか」  
 男はセーラの乱れた髪を手櫛で梳いてやる。瞼をそっと閉じて眦から頬に涙が流れた。  
「膣内に一度でいいから、射精して。せんせい」  
「気持ちよくないか」  
「そんなことないです。わたしは十分に気持ちいいです。だから、先生もわたしの躰で  
満足して……ください」  
「俺はセーラを拒んでるわけじゃないよ。わかるだろ」  
 セーラはこくんと頷く。  
「ほら、さわってごらんよ」  
 セーラのシーツに投げ出していた手首を掴んで、胸を触らせる。  
「こんなにどきどきしてる」  
「なっ」  
「でも、いちどでいいから……せんせい。おんなの悦びを感じさせてください」  
 セーラの瞳孔は拡がって潤んでいた。  
 
「はっ、はあ、はあ、はあ……」  
 出来るだけ体重を掛けないようにして、ふたりのリズムを探り掴んでいった。セーラは  
泣いていたが、シーツに横を向いて貌を伏せることなく、しっかりと男を見詰めていた。  
この蜜月の刻をしっかりと胸に刻み込もうとする姿勢のあらわれだったのかもしれない。  
 
「セーラ……」  
「な、なんですか……」  
「男は翌朝、寝殿で妻の亡骸を抱いていたんだよ……」  
「なんとなく、わかってました」  
 男の過去にセーラは触れたような気がした。セーラの手が男の泣き貌をやさしく撫でてやる。  
セーラは可愛がっていたインコが死んだ時のことも思い出していた。  
「セーラ、なにやってるんだ」  
「来ないで!それ以上近付くと飛び降ります!」  
 セーラはバルコニーに脚を掛ける。  
「だから、なんでそんなことをやってるんだよ!バカヤロー!」  
 セーラは躰をビクンと顫えさせる。  
「なんと!挑発して、いかがされるおつもりで!」  
 グスタフが男を羽交い絞めにして男を部屋から連れ出そうとする。  
「うるさい、おまえは黙ってろ!」  
 グスタフの大きな躰を跳ね飛ばした。  
「わたしの……わたしの大切な人……。お兄様との絆だったのよ!せんせいにわたしの  
気持ちなんてわかんないのよ!」  
「ああ、わかりたくなんかないね、それがなんだ!俺はこのドルファンを守るために、  
戦場を這い擦り廻っているんだぞ!何人兵士が死んだと思っているんだ!何人の仲間が、  
命を落としたと思ってるんだ……。さっさと小鳥のもとに逝っちまえ!」  
 男は崩れるようにして座り込み両手を付いて深い紅い絨氈を掻き毟った。  
「せ、せんせい……。ごめんなさい」  
 男は涙に濡れた貌を上げる。  
「だったら、そんなところにいないで、はやくこっちに来い、セーラ」  
「はい……、きゃっ!」  
 
  風にバランスを崩して、セーラはよろめきバルコニーの柵から落ちた。  
『あぶない』  
 ピコの声を発する前に、男は弾丸のように飛び出し、セーラを抱き締めながら落ちていった。  
「セーラ、目を開けれるか」  
「はい。ごめんなさい、せんせい」  
 セーラは泣いていた。  
「手を動かしてみろ。ゆっくりだ。痛くないか」  
「はい」  
「でも、じっとしてろよ。いいな」  
「はい、せんせい」  
「グスタフ、起きろ!起きて、ジーンを呼べ!ジーン・ペトロモーラの馬車を呼ぶんだ!」  
「か、かしこまりました!」  
「ごめんなさい」  
「謝るのは俺のほうさ」  
「ごめんなさい、せんせい……」  
「だったら、泣くな。美人が台無しだ」  
 自殺しょうとした自分が馬鹿だったとセーラは男の胸に抱かれながら泣きじゃくった。  
 
「せんせい?」  
「なんだい」  
「せんせいはギリシャ神話のひまわりのこと知ってますか」  
 セーラは男にひまわりのことを語って聞かせた。  
 
「僕はギリシャ神話のことはよくわからないけど、故国でも女性の嫉妬心は忌み嫌われているよ。  
女の悋気とも言われているし」  
「そうなんですか……。でも、先生。私はこの話が好きなんです。神様に妖精さんは  
嫌われてしまったかもしれないけれど、好きな人と同じ姿になれたから」  
「ねえ、セーラ。セーラも男の人を恨んだりしないの」  
「私ですか?どうでしょうね」  
 セーラは男の胸に細長い指をゆっくりと這わしていた。  
「東洋にもこんな話がある」  
 セーラは指の動きを止めて、男の貌を見ていた。  
「昔、妻の臨終の際に、男が妻に後添えは貰わないと約束するんだよ。けれど、結局は  
家の為に後妻を貰うことになる」  
「家のためですか……」  
 セーラの貌にはどこかしら、翳りが見受けられた。  
「うん。最初は家のためだったが、男は女を愛し始めていた。その頃から、女の前に幽霊が  
現れるようになったんだ」  
「幽霊……!」  
「そう、幽霊。男の前にでなく、女のところにね。で、女は離縁してくれと男に申し出るのだけれど、  
そんな理由もなく離縁なんか出来るわけも無い」  
「でも、ほんとうなのに……。どうして、愛しているなら信じてあげられないの」  
「ん〜、そこが物語なんだけどね」  
「ごめんなさい、せんせい。話しの腰を折ったりして」  
男はセーラの腰までも伸びる綺麗な髪を撫ぜる。  
「離縁を拒んだのは、愛しはじめていた証だからね」  
「家のためでなく」  
「さあ、どうだろ」  
 
「もう!でも、それで……。それで、女の人はどうされたの?」  
「気になる?」  
 セーラは貌をくしゃくしゃにする。  
「男の説得に折れてね、すべてを話したんだ。委ねた。でも、話終えてから女は急に  
恐しさに竦み上がった。約束を破ってしまったから殺されてしまうってね」  
「女の人は復讐に遭われたのね!」  
 男は苦笑しながら、セーラのやわらかい金髪を撫でていた。  
「ごめんなさい」  
「いや、いいよ。女は殺されるからって泣くんだ。男は心配ないからって、俺はきっと、  
おまえを守るからって女を励ました。でも、城への登城の合図が鳴った。ドン!ドン!  
ドン!と間を置いて太鼓の音が響いて来る。その頃には、六つになって、そう午後の  
五時ぐらい。陽が沈みかけていた。おんなは男に縋って、いかないでくださいとは  
言えなかった。ただ、衣の袖をぎゅっと握り締めるだけ」  
「なんで、はっきりと行かないでくださいって言わないのッ!」  
 セーラは上体を男の胸から剥がして、薄い乳房を晒した。男は声を荒げたセーラに少し  
驚きながら、話しをつづける。  
「男は屈強な武者たちを置いて家をあけてしまったんだ」  
「あんまりだわ!」  
「ハハハ。そうだね」  
 場を和ますつもりが、男はしまったと思った。  
「何がおかしいのですか、せんせい!」  
「いや、きみを笑ったんじゃなくて、かわいいなあと思ってさ」  
「おんなじじゃないですか!」  
「あれ、そうかな。つまり、女の幽霊の話を心のどこかで信じていなかったんだろうな、きっと」  
 
「やっぱり、ひどいです」  
「だな。事情があったにせよ妻との約束も破っているし、後妻の言葉も信じてやれない。  
そして、男が帰宅してみると、男たちは眠らされていて畳には妻の躰が横たわっていた」  
「あのう、たたみってなんですか?」  
「ん?ああ、畳か。草で編んだ床ってとこかな。わかる、セーラ?」  
「ええ、なんとなく……。そ、それより、せんせい、続きを話して下さい!」  
 男はまた苦笑する。  
「そこには血が滲んでいた。そして、あるべきところに或るはずのものが無かった」  
 男は尻のスリットからセーラの秘所に指をそっと潜らせて、べつに挿入したわけではない。  
「キャアアアアア――ッ!」  
 さすがにこのセーラの悲鳴には男は驚いた。あのグスタフに知られたら大事と、しかも  
殺されかねない?いや、そうなのだろうか。グスタフは、ほんとうは知っていて自分を  
招きいれたのではないかと男はそんなことをふと思ったが、すぐに忘れてしまった。  
ただ、セーラにしてみれば、先妻の亡霊が後妻の性器を復讐の為に剥ぎ取って逝ったと  
思ったものだから、それこそたまらない、ぎょえぇえええな話しだった。  
「ばか!ばか!ばか!ばか!ばか!」  
 セーラが男の胸を握り拳で思いっきり叩いていた。セーラを我に返らせたのは、右拳が  
男の貌にまともに入ってしまったからだった。  
「あっ。ご、ごめんな……」  
 セーラは男に謝ろうとしたが、こんな怖い思いをしたのだから、いい気味と思った時。  
「痛くなかったか」  
「えっ?」  
「だ・か・ら・手は痛くない?」  
 そう言われて、セーラは自分の手の甲が切れて血が少し出ているのを見つける  
「あっ」  
 
「わるかった」  
 そういってセーラの手をとって唇を付けて舐めた。  
「ねえ、せんせい」  
「なんだい」  
「どっちのことをお謝りになっているの」  
「ん、手の甲を傷つけたことだけど」  
 ふたたび、拳が男の頬に触れた。痛みなど無い、ただ触れただけの鉄拳がピタとつく。  
「もう、しりません」  
 セーラは男の躰から降りて、うつ伏せになって腕を組んで貌を隠してしまった。  
「おい、セーラ?」  
 男はセーラの真直ぐに伸ばした白い裸身に覆いかぶさる。先ほどまで灼熱の肉棒と  
化していたペニスがやさしくなって、セーラの小振りの……そう、やや貧弱な臀部の  
スリットに押し付る。  
「あんっ……」  
 でも、まだ交渉が可能なくらいの量感はあるみたいだった。  
「セーラの声は透き通っていてかわいいな」  
「ほんと?せんせい」  
 男は突然振り向いたセーラにびっくりして、言葉を失う。それを取り繕う為に男は  
笑ってしまった。その東洋的な含羞(はにかみ)をドルファンで育ったセーラ・ピクシスは  
理解しただろうか。案の定、ぷいっと横を向いてしまう。  
「ごめん。ばかにしたわけじゃないんだ」  
「じゃあ、なんなんですか!」  
 
  怒っている声でさえも可愛らしい。セーラはうつ伏せから、仰向けになって蒼い乳房を  
男へと晒した。その乳房は男に見られることを意識してか、微かに顫え、喘いでいた。  
薄い肉付きはさらに馴らされて、淡い桃色の乳暈がぷっくりとなって、わたしはおんな  
なんですよと自己主張しているみたいだ。  
「羞かしくて、笑ったんだ」  
「それって、よくないです」  
「ごめん」  
「じゃあ、つづき」  
「うん。セーラの声は澄んでいて……玉のように」  
「ちがいます!おはなしのつづき!」  
「怖くないの?」  
「つ・づ・き!」  
 ほんとにいいのかと、男は思ったが、おもいっきり怖がらせてやれと悪戯気が湧いて  
出た。  
「わ、わかったよ」  
「なんですか。そのぞんざいな語り。ちゃんとムードだしてください」  
「こほん。畳にはおんなの胴体だけが転がって血の海の上で死んでいた。  
躰は冷たくなっているのに、畳は血を吸っているのに、やっぱり真っ赤な血の海に  
浮いているみたいなんだ」  
「いやあっ」  
セーラは耳を塞いで瞼をぎゅっと閉じる。  
「……」  
「はやく、せんせい」  
「おんなの黒髪もいくつか血の海に散らばってた。そして女の躰には頭が無かったんだ」  
 
「ひっ」  
 セーラは男に抱きついてきた。  
「ほんとに、つづけていい?」  
 セーラはこくりと頷いた。男にはたまらなくその仕草が愛しかった。  
「そして、庭には先妻の骸骨が立っていたのを見て、男は腰を抜かした。手にはしっかりと  
女の頭が握られていたんだ」  
「それって、酷すぎます!」  
「そして、男は剣を骸骨に振るった。先妻の骸骨は崩れて男のほうに転がってくるものがあった」  
「な、なに」  
「後妻の生首」  
「ひっ」  
 顫える躰を押し付けるセーラに男はにんまりとする。  
「後妻の生首には、先妻の手の骨が絡まっていて、指がザックリと刺さっていた」  
「ひどいです……」  
「だろ。俺もそう思った。で、その話を聞いていた男が語り部にそれは男に復讐するべきことです  
と言ったんだそうだ。すると女とはそういうものなのですと言われたんだってさ」  
 
 
 ある晴れた日、海を臨む小高い共同墓地にふたりの男が立っていた。ひとりは年老いてはいたが、  
背筋をぴんと張った白髪の男。もうひとりは、この国の者ではなかった。  
「陽のあたる、そしてあなたさまが来られる、還られるのを待っていられる此処にというお望みでしたから」  
「最期は苦しまれずに逝かれたんですか?」  
「そりゃもう、穏やかなお貌をされまして、あなたさまを祟ってやると」  
「……!」  
 男はグスタフを向いてぎょっとした。  
 
「ほっほっほっほ、冗談ですよ。なかなか、いらっしゃりませんでしたからな、これぐらいは申しませんとな」  
「ほんとに、ひまわりになっちゃったのか……」  
「なにか、申されましたか」  
「いえ、こっちのひとりごとですよ」  
「こちらに、こられてどなたか、顔見知りの人にお会いなされましたか」  
「病院のところで、メネシスに」  
「さようでございますか」  
「戦争とは善き人が為政者に欺き続けられるものなのですね」  
 男の言葉にグスタフのたくわえた白い眉がぴくっと反応した。  
「善き人と申しますと?」  
「非戦闘者ということですよ。他意はありません」  
「さようにござりますなあ」  
「ロムロ坂まで足を伸ばして、お茶でも飲んでいかれませんか?」  
「男ふたりでですか?わたくしめは、遠慮させていただきます」  
 グスタフは慇懃に男に一礼をした。そして門のほうに手をやり示す。  
「どうやら、ご婦人がお迎えになられているようにございますよ」  
 門のほうで手を掲げ大きく振り、男の名を呼ぶ女性の姿があった。  
「……」  
「差し出がましいようですが、セーラさまも、拒まないでと申されておりますよ」  
 グスタフは、セーラの最期の笑みに、橙黄色の花菱草を想い描いていた。男は門のほうへと足を  
踏み出していった。  
 
 
  水の妖精は太陽の神様と恋仲でしたが、神様は別の女性に恋をしてしまいました。  
妖精は嫉妬に駆られ、その女性のおとうさまに告げ口をしたのです。女性のおとうさまは、  
たいそうお怒りになられて、女の人を顔だけを出して地中に埋めてしまいます。神様は  
女の人をお救いになりたくとも、どうすることもできません。  
 神様は女の人を憐れんで水の変わりに神々の飲み物のネクタルを与えると、その女の  
人は一本の木へと変ってしまったのです。  
 妖精は神様が自分のところへと戻ってくると思いましたが、そういうことにはならなかったのです。  
そして水の妖精は太陽の神様が天空を駆ける姿をいつもいつも見つめ続けて、とうとう  
死んでしまいました。けれども、彼女は死んでしまっても、ひとつの花となって今も見続けて  
いるそうです。その花はこう言います。  
 
『私はあなただけを見つめています』とセーラ・ピクシスは男にやさしく語って聞かせた。  
 
 
おわり  
 

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