がこーん  
 
俺の手にする練習用の剣は、情けない音を立てて教官に片手で跳ね飛ばされた。本当に殺す気で  
振るったにも関わらず、だ。  
 
「貴様、よくそんな腕で傭兵になろうと思ったな、剣筋というものがまるで無い!  
 死にたくなけりゃ毎朝素振り1000回はやっておけ!」  
 
く……屈辱だ。この俺が世に言う鬼教官に怒鳴られる日が来るとは。 それも実力不足で!  
大体なんなんだよレベル6ってのは! 俺が前の国を出た時、少なくともレベル70はあった筈だぞ。  
サボってたから力が落ちた? 自業自得? ざけんな虫。鍛錬しなかったのは海上にいた2週間だけ  
だろうが、そんなことがあってたまるかぁ!  
「何をぶつぶつ言っている、さっさと打ち込んでこんか!」  
ヤングとかいう生意気な教官は、その無骨な鉄靴で俺の黄金のふくらはぎを無造作に蹴り飛ばした。  
こっ……殺す! 落ちた剣を拾い上げ、地面と水平に構え、体全体でバネを溜め、奴に向かって……  
極限の殺意を込めて突き刺す!  
 
「でえぇいやあああ!!」  
 しゅる〜  
「甘い!」  
 
 べちーん  
 ぱこーん  
 
またもや情けない音を立て俺の剣は宙を舞った。ついでに俺も吹っ飛ばされた。片手で。  
詐欺だ、やりなおしを要求するー!  
 
 
くっ……体が硬い。歩く度に体中の筋肉がビシビシと音を立てて運動を阻害する。  
あの後、腰が甘いだの腕が遊んでいるだの何かと文句をつけられ、4時間に渡って打ち込みを  
続けさせられたためだ。はっきり言って体中ボロボロである。まあ、そのおかげで本来の力の  
0.001%ぐらいは取り戻せたようだが……。  
 
「あ……あの、大丈夫ですか?」  
そして何故か隣を歩いてるこの娘アン。夜のサンディア駅を通過する際に話し掛けてきて、  
気が付いたら違和感無く隣にいた。その行動ははっきり言って街頭勧誘か、でなけりゃ  
ただのストーカーだ。害は無いので別に構わないが。  
「大丈夫だ。俺は天才だからな」  
「は、はあ……天才の方って凄いんですね……」  
凄いのは当然だが、その反応は少し違うと思う。  
「そ、そういえば、もうすぐ五月祭ですね」  
「五月祭?」  
聞き慣れない単語だ。俺が聞き返すと、アンは少し嬉しそうに(何故だ?)五月祭の解説をし始めた。  
「は、はい。五月祭は春の訪れを祝うお祭りで、各地で五月柱立ての行事が行われるんです。  
 今年はサウスドルファン駅前の広場で、ナイスガイコンテストというのが開催されるそうですよ」  
「ほう、ナイスガイか。まさしく俺にこそふさわしい言葉だな。出場してみるか」  
「あ……その……」  
「……今、『何言ってんだこいつ』とか思わなかったか?」  
「そ、そんな! わたし……その……あなたに……その、ふさわしいと思い……ます……」  
そう言って、彼女は顔を伏せた。しなだれた髪の隙間から見えるうなじがほんのりと  
赤く染まっているところから見ると、どうやら本気で言ったようである。つくづく妙な性格だ。  
 
そして五月祭当日。  
「さ……詐欺だ……」  
既にコンテストは終了し、優勝台には――  
 
『ボクに投票してくれた方に、万感の思いをこめて……もう一度!』  
 
――なんて言いながら首を360度回す変態が立っていた。  
 
アンコール!  
アンコール!  
アンコール!  
『ありがとう! さあ、みんなも一緒に!』  
「「「やれるか!!」」」  
会場にマジツッコミが響き渡った。  
 
勝負に敗れた俺は、宿舎への帰り道を歩いていた。隣には相変わらずアンがいる。  
(俺の)ステージを見に来たらしく、終了直後に声をかけてきた。  
その俺の順位は……最下位。  
「あ、あの……気を落さないでください……」  
「いや、別に気落ちしてるわけではないが」  
つーかナイスガイでなくて、ただの奇人変人コンテストだろあれは。  
あんなのと一緒にされたくはないぞ。  
「それにしても、俺に一票しか入らなかったってのはどういうことだ?」  
「え、ええと……やはり、外国人の人は敬遠されがちなのでは……」  
「そうか? 明らかに人類で無いのも混じってた気がするが」  
いやよく考えたら、パンフレットには出場資格:男性であること、としか書いてなかったな。  
だったら人間でなくてもかまわないか。  
「ま、量より質だ」  
「…………え……」  
なぜか突然立ち止まるアン。まるで彼女の周りの時間だけが止まっているように、  
ぽかんと口を開けて静止している。  
「何をやってるんだ、さっさと帰るぞ」  
「は……はい!」  
俺の声で静止状態を解かれた彼女は、嬉しそうに足音を弾ませ後を追ってきた。  
 
五月祭から1ヶ月が経過した。俺はというと、相変わらず訓練所通いの日々である。  
変わったことと言えば、教官を10に4つぐらいは負かせるようになったこと、  
あとは無礼な女に出会ったことぐらいか。特に先週のあれは全く持って無礼千万だった――  
 
訓練に行くため、ドルファン学園の前を通りすぎようとした時。  
突然、何かが学校の向かいの塀を飛び越えてきた。  
 
ピコーン  
◆肘で迎撃する  
◆膝で迎撃する  
◆剣で迎撃する  
 
俺は腰を低く落した後上方に向かって肘を突き出せる体制を取り、即座に迎撃した。  
「げほっ!」  
肘は狙い違わず落下物体の腹を直撃した。そして、道路に着地すると同時に倒れこむ物体。  
――今見ると、人間の女である。それも服装から察するに、この学園の生徒のようだ。  
なに、もっと早く気付きなよ? 襲い掛かってくる存在の識別なんか戦場でいちいちやってられるか。  
 
「ん〜」  
俺は革靴のつま先で少女をちょいちょいと小突いた。しかし反応がない。  
「死んだか。ま、仕方ない」  
「……な………」  
少女が声を出す。おお、まだ生きてたか。  
「な……に……考えてるんだよ!!! 死ぬかと思ったじゃないか!!」  
そう言いながら、少女は立ち上がった。あの一撃を受けて5秒も経たず動けるようになるとは、  
なかなか強靭な生命力の持ち主だな。  
「そりゃ、鳩尾に完璧に入ったからな」  
「むむむ無抵抗な女の子に肘打ちって、キミはそれでも人間!?」  
「俺に襲い掛かってきたではないか」  
「ボクは塀を飛び越えただけだよ! それで、着地しようとして……」  
「俺に攻撃を加えたわけだな。剣で迎撃されなかっただけ有り難く思え」  
「…………はあ」  
ため息をつく少女。なんだその諦めたような表情は。  
「もういいよ……。キミみたいな人がいるから、治安が悪くなるんだね。  
 やっぱり外国人て、貴族の奴らが言うように野蛮なのばっかりなのかな……」  
「失敬な。俺ほど紳士的な人間は他にいないぞ」  
「キミが紳士的ならゴリラは世界で一番礼儀正しいことになるよ。  
 じゃ、ボクは行くから。できればもう二度と学園の近くには顔を出さないでね」  
 
――しかしその翌日には、更に印象的なのが登場したっけなあ――  
 
 
訓練に行くため、ドルファン学園の前を通りすぎようとした時。  
突然、俺の目の前に、無駄に豪華な装飾が施された馬車が停止した。  
「さすがに庶民の学校ね。あの野ザルが通うには適したボロさだこと……」  
馬車から降り、そう言葉を漏らす女。見下ろすようにあたりを見まわしたところで、  
目の前で馬車の様式を観察していた俺に目を留めたようだ。  
「そこの方」  
なんだ、新手の美人局か?  
「この辺で、野ザルのような女生徒を見かけなかったかしら?」  
少し違ったようだ。  
 
ピコーン  
◆「黙ってろ、今観察中だ」  
◆黙って鏡を差し出す  
◆黙って相手を指差す  
 
「少し黙ってろ、今観察中だ」  
「……な……!」  
これがドルファン式の馬車か。いまだに騎馬突撃が主戦力なおかげで馬の運用法には熟練してるのか、  
力学的には効率が良さそうだが、屋根から伸びる無駄な垂れ幕のせいで御者の視界が悪く危険そうだな。  
「貴方……この私が質問しているのよ! それをこともあろうに、黙ってろ、ですって!?」  
「ん……うるさいな、誰だお前は、えらそーに」  
「だ、誰だですって……私が誰だか、知らないっていうの!?」  
「心当たりはないが」  
「なら今知りなさい! この私こそが名誉あるザクロイド家の一女、リンダ・ザクロイドよ!  
 さあ、今すぐ地面に這いつくばって許しを請いなさい! そうすればこの無礼の数々、  
 半分ぐらいは勘弁してあげてもよくてよ!」  
ザクロイド家……スィーズで聞き覚えのある名前だ。山師だったジェムス・ザクロイドが、  
燐光石で築き上げた財閥だったか。ドルファンの貴族位を金で買ったとか脅し取ったとか  
散々トピックスに出てたような……。所詮貴族の検閲が入った記事だから当てにはならないが。  
「なんだ貴族か。なら別に俺と身分は変わらんな」  
「なんですって……! 貴方もどこぞの国の貴族だ、とでも言うおつもり? その汚らしい風貌で?」  
「いや。今は傭兵だが、次の叙勲の際には騎士になる」  
 
「傭兵……? 騎士……?」  
「聖騎士は並の貴族を遥かに凌駕する地位と名誉を与えられるんだろ。  
 なら聖騎士になることが既に確定しているも同然であるこの俺が、貴族に敬意を払う必要は無いな」  
俺の完璧な三段論法を聞くと、ザクロイド家一女(自称)のリンダは、  
あっけに取られたような顔をしたまま数秒間硬直した。  
「貴方ねえ……本気で言ってるの?」  
「ふふん、俺は常に本気でしか物事を言わん」  
 
更に数秒経ち……リンダは周囲にまで撒き散らしていた圧倒的な不愉快感をやわらげ、呆れたように口を開いた。  
「…………はん…………妄想もそこまで行けばある意味立派ね。よろしい、名前をおっしゃりなさい。  
 もしまかり間違って貴方が聖騎士になるようなことでもあったら――  
 今までの非礼、許してさしあげるわ」  
リンダは俺から無理矢理名前を聞き出した(やや誇張有り)。  
「下品な名前ですこと。その名前を、騎士団名簿ではなく墓碑に刻まれる羽目にならないよう、  
 せいぜい努力することね。オーホホホ!」  
リンダは、高笑いをしながら馬車へと戻っていった。  
 
 
――今考えると、ドルファン式の馬車というよりザクロイド式の馬車と思うべきだったな。  
なにしろあの無駄に悪趣味な光沢が…………なに? 思い返す部分が違うって? 別に違わないだろ。  
とにかく俺のこの国での最初の2ヶ月間は、そういった感じで過ぎていった。  

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