みつめてナイト  

プリム編挿話  

 

振り下ろした剣先の確かさが、彼にほのかな自信を与える。  
剣術の稽古ほど、地味なものでありながら重要な物はないだろうと彼は思う。  
実際の所、日々の鍛錬を怠ればその対価は自らの命を以って購うこととなる。  
信じられる物が自分の腕だけだという傭兵だからこそ、訓練は必要だ。  
久し振りの休日の午前中、彼は宿舎の裏庭で剣術の訓練をしていた。  
──いいか、戦場で二度同じ奴に出会う確立は極めて少ない。  
──型を覚えるより、確実に殺せる一つの技だけを絶対にまで極めていくんだ。  
訓練所の教官であったヤング・マジョラム大尉の台詞が、懐かしく思い出される。  
彼は真剣な目つきになると、勢いよく振り上げた剣先を振り下ろした。  
「なんだかキミの剣先に光が宿って見えるよ」  
彼の頭の上をパタパタと飛び回っている妖精のピコが、はしゃいだ声を上げる。  
そこに、ぱちぱちぱち……と好意的な拍手が聞こえて来た。  
汗を拭いながら彼が視線を向けると、そこに一人のメイド服の少女が立っている。  
プリシラ・ドルファン第一王女付きのメイド──プリム・ローズバンクだった。  
プリムの微笑みが、どこか儚げに見えるのは彼の目の錯覚だったのだろうか。   

 

──通称『東洋人の傭兵』と呼ばれる彼がドルファンの軍に籍を置いて久しい。  
マルタギニア海に面しながらもプロギア・ゲルタニア・ハンガリアという列強と  
国境を接し、ヴァルファバラハリアンとの戦闘を余儀なくされているドルファン王国。  
彼のような傭兵に取って、ここは稼ぎ、そして名を成す絶好の舞台でもあった。  
幸運にも彼はその戦の中で勝ち続け、ヴァルファバラハリアン八騎将を悉く討ち果たし  
過日のパーシバルの戦いでは将軍『破滅のヴォルフガリオ』の腹心でもある軍副団長  
通称『幽鬼のミーヒルビス』をも撃破し、彼の勇名は轟き渡っていた。  
既に彼の通り名は『常勝無敗』という冠を付けずに呼ばれる事はない。  
当然ながらドルファン城に招かれる事も多く、プリシラ王女と接する機会も増えた。  
プリシラ・ドルファン──このドルファンの第一王女であり彼の知人でもある。  
この王国きっての高貴な身分であり、あらゆる教養を身につけた最高のレディであり  
更に城の脱走常習犯にして、後先考えない能天気で無責任で無鉄砲な少女だ。  
彼が城から脱走したプリシラと偶然出会って引っ張りまわされたのも随分前の話だ。  
以来、何故か彼を気に入ったプリシラと楽しくも騒々しい日々を送っていた彼である。  
このメイド少女プリムは、その暴れん坊プリンセス・プリシラ付きのメイドだった。  

 

額の汗を拭いながら、彼はプリムに微笑んで見せる。  
「久しぶりだ」  
そういえば、彼がプリムと会うのは約2週間ぶりのことだ。  
先日のプリムとの逢瀬は、プリシラの乱入もあって非常に胃に悪い展開であった。  
出来ればもう二度とああいう冷や汗物の体験はしたくないものだと思う彼である。  
プリシラのメイドのプリムは非常に多忙で、そうそう外出も出来ない。  
何しろ、プリシラは我儘が服を着て髪の毛の両端を結んでいるような少女なのだ。  
従って、彼とプリムはなかなか連絡も取る事が出来ずにいた。  
もっとも、傭兵としての彼はパーシバルの戦い以降戦争もなく平和な日々だ。  
身体が鈍りがちな彼は、朝から鍛錬を行っていたのである。  
「はい、お久し振りです」  
にっこりと微笑むプリムに、先ほど感じた陰のようなものは見受けられない。  
彼は、一瞬心に浮かんだ心配の思いを打ち消した。  
そして、プリムはきっと疲れているのだろうと勝手に納得する。  
何しろ、明日10月26日はプリシラ王女の誕生パーティーなのだ──準備も忙しかろう。  

いそいそと頬を染めながら近寄って来たプリムが、バスケットを持ち上げた。  
「クッキーなんて焼いてみたんですよ」  
成る程、爽やかな空気の中でプリムの方から甘い匂いが漂ってくる。  
忙しい城の炊事の中で、彼の為だけに調理をする苦労は並大抵のものではあるまい。  
「熱いねーっ ひゅーひゅー」  
プリムには見えない妖精のピコが、羽を揺らして彼を囃し立てた。  
「からかうなよ」  
「え?」  
キョトンとしたプリムに彼は笑顔で首を振ると、バスケットに手を伸ばす。  
プリムは掛けていたナプキンを取って、彼にクッキーを差し出した。  
小麦色に焼けたクッキーは、いかにも造りが丁寧で美味しそうだ。  
「あー! なんか美味しそうな匂いがするーっ!!」  
いきなりその場の空気をつんざくような大きな声が、彼の手を止めさせる。  
ご相伴に預かろうとしていたピコも、目を白黒させてそちらを見た。  
宿舎の裏庭の入り口に、キャロル・パレッキーが立っている。  

綺麗なポニーテールの先端を勢い良く左右に揺らして、キャロルが近付いて来る。  
「キャ、キャロル……っ!」  
彼は目を見開いて小さく呟くと、プリムのバスケットに伸ばした手を止めた。  
予想外の登場人物に、プリムも身体を硬直させてしまう。  
彼とキャロルは、かつてレストランでアルバイトしていた時に出逢った。  
悪戯好きで、常に悪巧みをしており、何も考えていない事を誇りにしている少女だ。  
後先考えない能天気さと無責任さでは、あのプリシラ第一王女に引けは取らない。  
一度、誕生日に半分嫌がらせでワラ人形を贈ったら、反対に喜ばれてしまったのだ。  
そんなキャロルと彼は、とても恋人などとは呼べない関係を続けていた。  
キャロルが着込んでいるのは、プリムと同じドルファン城のメイド服だ。  
あまりにも豊かなプリムと比べると、その胸元は見劣りしてしまうのが哀しい。  
もっとも、キャロルの魅力はそのカモシカのようなスラリとした脚にあった。  
彼は、一度ならずその脚に魅了された事を思い出してしまう。  
「なによ! わたしに黙って二人でお菓子食べようとしてたでしょ!」  
不満そうに口を尖らせたキャロルは、二人のそばに立って手を腰に当てた。  

ようやく気を取り直したプリムは、どもりながらも抗議をする。  
「べ、別に、そ、そんなのじゃないわよ」  
「そんなのって?」  
首を傾げたキャロルは、しかしすぐに気を取り直してバスケットに手を伸ばした。  
「わたしはただ、クッキーを隠れて食べているのが許せないって言ったのよ?」  
彼とプリムの関係に気付いた素振りもないキャロルは、むしゃむしゃと口を動かす。  
「美味しいー! 今度わたしにも作ってよ」  
「自分でお城の厨房で作りなさいよ」  
プリムは苦笑したように言って、彼に安心したような目配せをした。  
彼も幾分かほっとしたように肩を竦めて、二人はまるで夫婦のように肩を並べる。  
「あー! ちゃんと残しておいてよー!」  
何を言っても彼以外には聞こえないのに、ピコが臍を曲げたように言った。  
欠食児童のように何枚かのクッキーを食べたキャロルは、ふと顔を上げて彼を見る。  
「あ、そうだ、今日はあんたとエッチしに来たのを忘れてた!」  
無邪気に微笑みながら、キャロルはにんまりと口元を緩ませた。  

そのキャロルの台詞を聞いた瞬間、プリムの顔が強張る。  
「エ、エッチ……っ!!??」  
「そ♪ そういえば随分とご無沙汰だったもんねー」  
むふふと笑うキャロルの顔を見つめ、彼はある種の恐怖で身体を硬くした。  
案の定、彼の隣に立つプリムから不気味な圧迫感が感じられて怖い。  
「へ、へー、騎士様はおモテになられますことでございますのねぇぇぇ?」  
まるで地の底から響いてくるような声で、プリムがにこにこと笑う。  
一転の曇りもない笑顔の中で、その瞳だけがまるで悪魔のようだ。  
「ねーっ! エッチするわよー、今日は新しいプレイしたいんだから!」  
「いや、その、なんだな」  
「言い訳なんてなさらなくて結構です」  
満面の微笑を浮かべながらも、どんどん言葉がトゲトゲしくなっていくプリムだ。  
「わたしのようなメイドにお構いなく!!!」  
「ん? わたしもメイドなんだけど???」  
キャロルは、不思議そうな表情でメイド服を見せびらかした。  

キャロル・パレッキーの無邪気な顔に、プリムは一瞬気勢を殺がれる。  
「そ、そういうことを言ってるんじゃなくてっ……!」  
顔を真っ赤にして叫ぶプリム・ローズバンクだが、しかしその語尾は弱々しかった。  
残念ながら、プリムには彼との間にある感情以上の交流を表現する訳にはいかない。  
なんと言っても、ここに立っているのは世に名高い『東洋人の傭兵』なのだ。  
そして、付け加えるならば──プリムの主人であるプリシラ王女の想い人でもある。  
王女とメイド……相手としては不足がなさ過ぎるというか恐れ多かった。  
だが、それを知りはしないしもし知っていてもこだわらないのがキャロルであった。  
「何言ってるのかわかんないってばあ」  
キャロルは、ケタケタと笑いながらその手をパタパタを振って見せた。  
「やっぱり、この娘ったら最強だよねぇ」  
彼の頭の周囲を飛び回っている妖精のピコが、キャロルを見つめつつ呟く。  
キャロルは、呆然としたまま立ち尽くしている彼の方へ向き直った。  
「ま、そういう訳でエッチするわよ!」  
「何が“そういう訳”だ」  

彼の冷たいセリフにも、キャロルは大して傷付いた様子もない。  
「理解のある反応をアリガトウ!」  
「毎度の事だが人の話を聞けよ」  
キャロルのペースに巻き込まれつつ、彼は憮然とした表情で呟いた。  
もっとも、傍から見ていると二人の会話は妙に噛み合っているようにも見える。  
そんな態度が、プリムの嫉妬の炎により一層の油を注ぐのだ。  
まるで地響きでも立てているかのように、プリムの身体が揺れ出した。  
「……随分と仲がおよろしいことでぇえ?」  
プリムのセリフを聞いた瞬間、彼は背筋にナイフを突きつけられた気分になる。  
彼が慌てて振り返ると、プリムがにっこりと微笑を向けて来た。  
「うふふふ……うらやましい事限りです」  
そばかすだらけの顔に、人生が楽しくて仕方のないというような笑顔のプリムだ。  
──ただ、その視線だけが異常に鋭く殺気を秘めていた。  
視線で人が殺せるなら、プリムの視線はヴァルファバラハリアン八騎将も殺せるだろう。  
勿論、たかがメイドのプリムに『東洋人の傭兵』の行動を縛る権利はない。  

彼が優しさをバラ撒くように多くの女性を真剣に愛しているのも知っている。  
だからといって、単純に納得してしまえる程にプリムは大人ではなかった。  
そして、今日だけはプリムとしても彼の胸の中を譲るわけにはいかないのだ。  
なんといっても、明日、10月26日はプリシラ王女の誕生パーティーなのである。  
毎年、お転婆王女の暴走にてんてこ舞いの忙しい一日だった。  
だが、今年のパーティーがプリムにとって重要なのはそんな些細な理由ではない。  
その理由を彼に、あるいはキャロルに言う訳にはいかない哀しいプリムだった。  
黙り込んでしまったプリムに、キャロルは少しばかり言い訳するように言う。  
「あ、でもわたしだけが仲良い訳じゃないのよねー?」  
そのセリフに不穏な雰囲気を感じた彼が、止める前にキャロルが口を開いてしまう。  
「こないだソバージュの看護婦さんと歩いているの、見たわよお?」  
悪戯っぽく微笑むキャロルに、彼は絶句して身体を硬くした。  
ソバージュの看護婦といえば……テディー・アデレードに違いあるまい。  
その穏やかで潔癖な性格と、対照的に豊満で女っぽい体つきをふと思い出す彼だ。  
当然、彼はキャロルのセリフに心当たりがあり過ぎて返答に困ってしまう。  

テディーという看護婦とは、3年前に彼が戦争で大怪我をした時に出逢った。  
病院で彼の担当になった彼女と、彼はいつの間にか愛し合い身体を重ねている。  
「あれぇ? 鼻の下伸びきってるわよ?」  
ケタケタと笑うキャロルと一緒になって、プリムもにこにこと笑う。  
「本当、だらしないですよ騎士様」  
浮気者! 浮気者! 浮気者ぉぉぉ!! プリムの瞳の中で炎が燃える。  
プリムは『東洋人の傭兵』の唯一の恋人ではないし、多分今後もそうはなれまい。  
それでも、その腕の中の温もりの何パーセントかはプリムの物のはずだ。  
例えそれが1パーセントであったとしても、そこにプリムの場所はあるはずだ。  
「騎士様は、ドルファンを背負われてらっしゃるんですから……うふふ」  
浮気者! 浮気者! 浮気者ぉぉぉ!! プリムの手の中でバスケットが軋む。  
「こ、怖いよお」  
背中の羽をパタパタと揺らして、妖精のピコが恐怖に震えた。  
「……同感だ」  
ピコにしか聞こえない位の大きさで、彼も苦渋の呟きを漏らす。  

「まあ、そんなことはどうでもいいから〜!」  
相変わらず空気を読まないキャロルが、ぐいっと彼の腕を取った。  
「わたしとも、その分エッチしてくれればいいからさ  
強引に引っ張られながら、彼は困ったようにプリムの方を向く。  
「いや、説明を聞いてくれないか」  
一体何を説明するつもりなのかは知らないが、そもそも聞いてもらえそうにはない。  
ぷんっと唇を尖らせると、プリムは横を向いてしまった。  
「どうぞお楽しみ下さいませ! 邪魔者はとっととオイトマしましょうねぇっ!!」  
もう知らない絶対に許さない泣いてやる!! プリムの瞳に涙が滲む。  
ふと、彼の手を掴んだままのキャロルが思い出したように話し掛けて来た。  
「あ、そーだ。今日はアナルでエッチしようと思うんだけど、あんた経験ある?」  
「アナルぅうう!!??」  
素っ頓狂な声を上げたのは、彼ではなくプリムだった。  
「アナルって、お、お、お尻の、あ、穴……じゃないの!!」  
顔をトマトのように真っ赤にして、ドモリまくるプリムである。  

一方、それに比べてキャロルはあっけらかんとしたものだ。  
「何慌ててんのよ? 別にあんたとアナルセックスする訳じゃないわよお?」  
……当然だ。  
プリムは気色ばんだように、キャロルに詰め寄った。  
「だ、だって、お尻の穴って出す処で入れる処じゃないでしょお!?」  
思わず、自分の臀部に手を当てつつ声を張り上げてしまうプリムだ。  
「それが、気持ちイイんだってよぉ?」  
そっと声を潜めて、キャロルは内緒話のようにプリムに囁きかける。  
キャロルのヒソヒソ声に、プリムは自然に引き込まれて声を落した。  
「えっ、だ、だって」  
プリムとしても、彼とのセックスによって通常以上の快感は得ている。  
だが、今まで以上の甘美な刺激という誘惑は抗い難いものがあった。  
「なんでも、病みつきになっちゃうくらい、気持イイんだってぇ〜♪」  
プリムは、キャロルのセリフにごくりと唾を飲み込んだ。  
一瞬、午前中の爽やかな空気がどこか淫靡なものになって停滞する。  

「……何をやってるんだ、全く」  
彼が呆れたようにため息を吐くと、プリムはハッと我に帰った。  
「べ、別にわたしには関係ない事でしたねっ!!」  
プリムは顔を真っ赤にしたまま、横を向いて自虐的なセリフを叫ぶ。  
「ど、どうぞアナルでもパイズリでもSMでもお好きな事をやってくださいまし!!」  
プリムの自暴自棄なセリフを聞いて、ピコが失礼な感想を口にする。  
「パイズリ出来るほどキャロルって胸ないよねぇ」  
「まあな」  
そっとコメントを返しつつ、プリムの余りにも見事な胸を見てしまう彼だ。  
一方、ピコの声など聞こえないキャロルは、プリムに向かって笑った。  
「あんたも、例の処女を捧げたっていう傭兵にアナルを可愛がってもらえばぁ?」  
事情を全く知らないキャロルならではの、皮肉にしか聞こえないセリフだ。  
彼は困ったように眉を顰め、プリムはビクッと身体を揺らす。  
「ふんっ……だ」  
拗ねたように口を尖らすプリムを、何故か可愛いと思ってしまう彼だった。  

プリムの態度に多少は疑問を抱きながらも、人生を悩まないのがキャロルの身上だ。  
彼の手を取ると、大して大きくない胸に押し付けて雄叫びを上げる。  
「さ! エッチするわよ! 目指せアナルセックス!!」  
「昼間からアナルセックスとか言うなよ」  
いいかげん呆れながら彼は言うが、当然キャロルに通じる嫌味ではなかった。  
「えー? 気持ち良いならなんでもいいじゃんー?」  
そもそも、ここが傭兵の宿舎の裏庭だという事が判っていなさそうなキャロルだ。  
彼の頭の上をパタパタと飛び回っている妖精のピコが、真面目な顔で言う。  
「でも、アナルセックスっていうのも興味あったりして?」  
「そんな事を言ってる訳じゃない」  
ピコにしか聞こえないくらいの小声で、彼はため息混じりに呟いた。  
すると、間髪を置かずして彼の背後からにこやかな声が聞こえてくる。  
「へぇええええ、アナルセックスですかぁぁぁああ?」  
恐る恐る彼が後ろを向くと、プリムがにっこりと微笑んでいた。  

プリムの手のクッキーが入ったバスケットが、再度みしみしと音を立てた。  
「……ね、ねぇ、本当に怖いんだけど」  
背中の羽をパタパタと揺らして、妖精のピコが恐怖の表情でプリムを見る。  
「なんだかキミが殺されちゃいそうな気がするよ」  
「同感だ」  
ピコのセリフに頷いて、彼は弱りきった顔つきになった。  
その時、場に似つかわしくない不意に明るい声がキャロルを呼んだ。  
「あーっ! キャロル こんなとこにいたんだー!!」  
その場の3人が視線を向けると、裏庭の入り口にショートカットの少女が立っていた。  
ボーイッシュな容姿の少女──ハンナ・ショースキーである。  
ハンナとキャロルは従妹同志であり、仲の良い友人でもあった。  
ピコの情報によると、最近ハンナは彼の同僚の傭兵と付き合っているらしい。  
彼から見ると、そのキムという傭兵は余り誠実な人物には思えなかった。  
だが、彼は他人の恋路に口を出す程に高尚な人間でもないからお節介はしない。  
ハンナが選んだ道がどんな道だろうと、その利益と損失を受け取るのは彼女自身だ。  

ハンナはつかつかと近寄って来ると、キャロルに指を突きつけて言う。  
「なんか、お城の人が探してたよ? 壊れた壷がどうとか……」  
そのセリフを聞いた瞬間、キャロルは大きく目を見開いて顔を手で押さえた。  
「あっちゃー! バレちゃったかあー……、意外に早かったなあ」  
「って、貴方 またお城の備品壊したのお?」  
腰に手を当てて、呆れたように声を張り上げるプリムだった。  
一方、キャロルといえば悪びれもせずにケタケタと笑って言う。  
「いや、ほら、形ある物はいつかは壊れるって言うし」  
「貴方は形ある物を壊し過ぎ」  
先輩であり有能なメイドであるプリムは、困ったように大きく息を吐いた。  
キャロルは手をぱたぱたと振りながら、さりげなく彼の顔を覗き込んで来る。  
「いやまあ、いざとなったら『東洋人の傭兵』が助けてくれるし?」  
「助ける訳がないだろうが」  
自分の都合だけで話を進めるキャロルに、しっかりと釘を刺す彼だった。  
だいたい、ヘタにキャロルを庇った日にはプリシラ王女の嫉妬が恐ろしい。  

見捨てられてた立場のキャロルは、大げさに泣き真似をしながら口を開いた。  
「なんでこんな冷酷な知り合いしかいないのよーっ!」  
「自業自得のような……ともかく、一回お城に帰った方がいいんじゃない?」  
キムと付き合って微妙に女っぽくなったハンナが、キャロルに言う。  
「しょうがないなー、マンネリを吹き飛ばす未知の快感はお預けかあ……」  
キャロルは未練たらたらでそう言うと、これみよがしに彼の方を見た。  
彼は、そんなキャロルに向かって努めて冷静に言った。  
「マンネリな関係とやらに、なった覚えはないぞ」  
「え!? 何々!? その“マンネリを吹き飛ばす未知の快感”って!?」  
彼のセリフを遮るように、ハンナが興味津々の表情でキャロルに問い掛ける。  
「んー? ハンナも例の傭兵相手に試してみるぅ?」  
キャロルは彼にウインクをすると、ハンナを連れて立ち去って行った。  
「なんかね、病み付きになる快感らしいんだけどー……」  
そんな騒々しい二人がいなくなると、宿舎の裏庭は彼とプリムの二人だけになる。  
先ほどまでの余りにも五月蝿い状態から、いきなり静かに空気が流れた。  

彼は気を取り直すと、わざとらしく空咳を吐いて誰にでもなく言う。  
「あ、ごほん……さて、買い物にでも行くかな」  
「騎〜士〜さ〜まぁぁ〜ぁぁ〜」  
彼の背後から、プリムの低い声がゆっくりと響いて来た。  
さながら地の底から響いてくるような声で、怒りのオーラを纏っている。  
「ちょっと、お話したいんですけどぉぉぉぉぉぉぉ……」  
プリムは満面の笑みを浮かべながら、彼の袖口をぎゅ〜〜っと掴んで離さない。  
彼の背筋に寒気が走った──かつて戦場でどんな敵武将相手にも経験のない寒気だ。  
このドルファンに、『東洋人の傭兵』の肝を冷す戦士?がいたとは大変な驚きである。  
「い、いや、その、なんだな」  
「あ! いきなり用事思い出しちゃったよ!!」  
彼とプリムのやり取りを見つめていたピコが、不意に声を張り上げた。  
「カミツレの森林地区に用事があったの! それじゃ森林地区へ、レッツゴー!」  
「レッツゴーじゃないだろ」   
彼の突っ込みを物ともせず、ピコは羽根を大きく震わせて明後日の方角へと飛び去る。  

たった一人取り残された彼に、優しさに満ち溢れた聖母のような囁きが掛けられた。  
「……お部屋に、お邪魔しても宜しいですか」  
浮気者! 浮気者! 浮気者ぉぉぉ!! プリムは彼の袖を握りつぶさんばかりだ。  
戦場に生きる傭兵の常として、身の危険の兆候には敏感な彼である。  
「い、いや、今から出かけようと思っていて……」  
「お・邪・魔・し・て・も い・い・で・す・ねっ!!!」  
目を潤ませたプリムは、極上の頬笑みを浮かべたまま彼の瞳を威圧して来た。  
プリムに握られた服の袖から、熱気とも言っていいくらいの圧力がやってくる。  
「……狭い部屋だが」  
彼はぼそぼそと言うと、プリムを後に従えて部屋へと歩き出す。  
階段を上がって部屋のドアを開けてプリムを部屋に迎え入れた彼は、緊張で震えた。  
ドアを閉めた瞬間、プリムの瞳がじわっと涙で溢れて頬が濡れた。  
「どうせ私は下賎なメイドですよぉぉぉぉーーーー!!!」  
目を白黒させている彼に向かって、プリムは手に持ったバスケットを投げつける。  
「そんなにキャロルのパイズリがイイんですかあ!?」  

そもそも、スリムなキャロルにパイズリをしてもらった事などない彼である。  
彼が口篭もっていると、プリムは益々拗ねて両手をぶんぶんと振り回して怒る。  
「ア、アナルだって、そんなにしたいならなんで私に言わないんですかあ!!??」  
別に彼がアナルセックスをしたいと言った訳ではないのだが、もうそんな事は関係ない。  
「い、いや……だからなんと言うか」  
下を向いて口を閉ざしてしまったプリムが、不意にキッと顔を上げる。  
「わ、私は騎士様の為だったらなんだって出来ますっ!!!」  
プリムは顔を真っ赤にしたまま後ろを向くと、さっとメイド服のスカートを捲り上げる。  
考えようによっては一途なキャロルに、嫉妬して暴走するプリムだった。  
「だ、だから……キャロルと愛し合うくらいなら! わ、わたしのお尻の穴を!!!」  
そうして、ツルリとショーツを太腿の処まで引き下ろして腰を突き出した。  
ぷりんと丸く張り詰め、皮膚に艶がある新鮮な果実のようなプリムの臀部が露になる。  
そんな少女の尻の割れ目からは、悩ましくも甘い匂いが香り立って来た。  
「私のお尻の穴をっ か、か、…… 可愛がって!!! ……下さい……っ」  
彼に尻を見られている事に激しい羞恥を覚え、プリムの肌が桃色に上気した。  

プリムの白くすべすべとしたヒップに、彼は少しの間魅了される。  
勿論、今まで何度もその手にしてきたプリムの身体ではあった。  
だが、爽やかな午前中の日差しの中で晒される彼女のそれは芸術品のようでもある。  
シミ一つないなだらかな曲線が、彼を誘うように微かに揺れた。  
「はぁ……っ あ……」  
羞恥に耐えかねたのか、プリムの唇から押さえきれない吐息が漏れる。  
後ろを向いて臀部を突き出した姿勢は、ある意味屈辱的な格好だ。  
めくりあげたスカートに隠されて、プリムの顔自体は除き見ることは出来ない。  
だが、かろうじて剥き出されている耳はイチゴよりも真っ赤だった。  
「……騎士様……じ、焦らさないで、く、下さい……」  
なんでこんなことになってしまったのか判らないまま、彼は大きく息を吐く。  
多分、ここで行為を断ったりした日にはプリムに爆発されてしまう違いない。  
普段はプリシラ・ドルファン第一王女付きの、有能なメイドであるプリムだ。  
だが、何故か彼の前だとまるで子供のように駄々を捏ねる我儘娘だった。  
キャロル辺りが今のプリムを見たら、きっと驚愕で固まってしまう事だろう。  

彼はゆっくりと歩いてプリムの傍らに立つと、そっと手を彼女の臀部に回した。  
「ひゃっ」  
プリムが素っ頓狂な声を上げて全身をびくっと震わせる。  
彼は、プリムの尻を縦にくっきりと割る谷間に手を当ててアナルを露出させた。  
「……っ!」  
きっと叫び出したいし逃げ出したいのだろうが、プリムは必死で足を踏ん張っている。  
プリムの尻の谷間に息づいている菊花状の肉襞は、唇のように綺麗にされていた。  
「あ……」  
彼の指で粘膜を刺激された瞬間、プリムはスカートを握り締めたまま息を吐く。  
指の間から見えるプリムの横顔は、頬が薄っすらと上気していた。  
彼は、プリムに恐怖感を与えないようになるべく優しく指でアナルを触る。  
「うっ」  
プリムの肩がまた大きく震えるが、しかし今度は嫌悪感だけではなかった。  
彼は慎重に指を進めながら、プリムのアナルを刺激してゆく。  
「あっ、はぁぁっ」  

プリムの閉じた瞼の睫がぷるぷると震え、身体を支えている二本の脚が揺らぐ。  
倒れそうになったプリムは、慌てて姿勢を直そうと身体を動かした。  
その瞬間、体勢が変わった拍子に彼の指がプリムの窄まりを強く突く。  
「あああっ、いやあぁぁぁ」  
ショックを受けたように哀切な悲鳴を上げ、それでも脚は閉じないプリムだ。  
くすぐったさと恥ずかしさからくる感覚は、プリムの官能を刺激した。  
彼にお尻の穴を弄られている内に、少しずつ腰の辺りが熱くなってきたようだ。  
子宮が蠢くような感覚があり、がくがくと震え出した腰が更に加速される。  
彼は手をプリムの股間から差し伸ばして、恥毛を撫で上げて感触を楽しむ。  
「あ、あ、あぁぁ」  
彼がちょんと尖ったクリトリスを突っつくと、プリムの裸の尻が跳ねた。  
指がプリムの割れ目を辿ってゆくと、いつの間にかプリムの股間はびしょ濡れである。  
「濡れてる」  
確認のように言う彼の冷静なセリフに、プリムはしゃくり上げた。  
「い、いじわるうぅぅ」  

どっちらかというと強気で強引なプリムだが、彼にだけは甘えたくなる。  
誰かに自分自身の全てを投げ出し、それを受け止めてもらえる事など実はそうはない。  
たいていは片想いだったり、思い過ごしも恋のうちだったりするものだ。  
『東洋人の傭兵』である彼に出逢えた事は、望むべくもない幸運だった。  
特に面白くもないまま終わってしまいそうなプリムの人生の、たった一つの僥倖だった。  
だからこそ、プリムは彼には我儘を言いたくなるしそれを聞いて欲しいとも思う。  
それが、多分、……愛している……という事なのだろう。  
「く、くうっ、はあああ」  
彼に秘所をかき回され、硬くなったクリトリスを弄られ、プリムは仰け反る。  
今更ながらにプリムのシャンプーの匂いがする髪が、彼の鼻をくすぐった。  
先ほどは爽やかに感じられたその匂いが、何故か官能的に感じられる。  
彼の指が、プリムのアナルを更に責めるように動き出した。  
「うううっ」  
プリムはそっと吐息を漏らし、汗をかきつつある肌を更に震えさせた。  
「……だ、だめぇええ……」  

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