みつめてナイト  
 

つい4日前にダナン攻防戦が終結したばかりの王都ドルファン。5月の気持ち良い午後。  
ファンネル地区のシアターから運動公園方面に馬車を走らせながら、ジーン・ペトロモーラは  
行く手の道路の端に見慣れた人影を見付けてウンザリしたような表情になった。  
ジーンが見つけたのは、一見すると身なりが良く背の低い、気弱そうな少年だった。  
名前をアンディという──その少年は、ここ2週間程ジーンの乗合馬車を贔屓にしていた。  
いや、正確にはジーンに付きまとっていたと言うべきだろう。日に何回もジーンの馬車を器用に  
見つけては馬車に乗せてもらおうとするのだ。料金は払うのだから客ではあるが付きまとわれる  
のは余り面白いものではない。客を無視する訳にも行かない乗合馬車規約が面倒臭かった。  
ジーンは手を上げているアンディのそばにムスッとして馬車を停めた。  
「こんにちわ、ジーンさんっ!」  
アンディはニコッと笑うとステップに足を掛けて後部客席に乗り込んでくる。  
「今日もお元気そうですね」  
「・・・・朝、会ってるはずだが」  
ジーンは朝一番にアンディに捕まって、彼を港まで運んでいるのだ。そのアンディが何時の間にか  
シアター付近まで来ていて自分の走らせようとしていたルート上にいるのが不思議だ。  
アンディ曰く、自分のジーンへの好意がジーンを見つけさせているという事だが・・・  
ジーンは今更ながらつまらない正義心で2週間前にアンディを暴漢から助けた事を悔やんだ。  
「アンディ・・・・お前のようなヤツを『ストーカー』と言うんだぞ」  
「そんな『ストーカー』なんて酷いです。せめて『熱心なファン』と言って下さい」  
「・・・・うるさい」  

ジーンはアンディの注文通りマリーゴールド地区のロムロ坂へ向けて馬車を走らせる。  
「それにしても何回乗ってもジーンさんの馬車は乗り心地がいいですね」  
ジーンがわざと無視していてもお構いなく一方的に話し掛けてくるアンディだった。  
だいたい、ジーンはこんな子供に係わりあっている余裕など本当はないのである。  
──実はジーンは急激に勢力を伸ばしつつある新興馬車組合から勧誘を受けていた。  
その組合はドルファンでも評判の良い御者のジーンを引き抜こうと何回かしつこく接触を  
取って来た。今までの組合に恩義を感じていると共に新興組合に何か胡散臭いものを感じた  
ジーンはその申し出を断りつづけていたのだが、ここ2,3日相手の態度が段々と威圧的に  
なってきていた。昨日使いに来ていた2人の使いの男達とは一触即発の雰囲気にもなった。  
さて、どうしたもんだろうか・・・ジーンはアンディの戯言など聞き流しながら考える。  
「あ、僕、一度ジーンさんの横の御者席に座ってみたいと思っていたんですよ!」  
アンディはそんなジーンの思惑など意に介さず御者席へと身を乗り出して来た。  
「おいっ! オレの助手席には大切なヤツしか乗せないんだっ! 席へ戻れ!!」  
さすがにジーンの激しい剣幕に驚いたアンディは、慌てて後部座席へ戻る。  
ジーンにとって御者席の自分の横は大切な場所で、軽々しく誰かを座らせたくない。  
今までそこに座った事のある男は、あの東洋人の傭兵くらいのものだ。  
ジーンはふと新興馬車組合の騒動をその勇者に相談したい気持ちになったが、こんな事で  
手を煩わせたくないと思いもする。段々と手の届かない場所に行きつつある男なのだ。  
4日前に終結したダナン攻防戦ではヴァルファバラハリアンが八騎将、不動のボランキオ  
をも討ち取ったと聞く。おそらく将来はドルファンを救う将軍になるのだろう。  

程なくしてジーンの操る馬車はマリーゴールド地区のロムロ坂に到着する。  
名残惜しそうなアンディを降ろしたジーンは、無言で正規の料金を受け取った。  
「ジーンさん、いつか御者席の隣に乗せて下さいね!」  
ジーンはアンディに「断るっ!」と即答すると2頭立ての馬に鞭を入れて馬車を発車させた。  
アンディはしばらくその後姿を寂しそうに見送っていたが、すぐに表情を明るくして  
「・・・よしっ、今日もジーンさんと仲良く出来た。明日も頑張ろう」  
などとジーンに聞かれたら怒鳴られそうなセリフを呟く。アンディはドルファンではそこそこ  
知られた資産家の息子であった。たまに身代金目的で狙われる事もあり、2ヶ月前の誘拐間際に  
自分を救ってくれたジーンにアンディは一目惚れしたのだ。いつかきっとこの思いはジーンさん  
に通じる。そんなおめでたい事を考えて明日もストーカーしようとする純真な少年である。  
──アンディと別れたジーンは次のキチンとした客を取ろうと考えていた。するとさほど馬車を  
走らせる事もなくジーンの馬車に向かって手を上げている2人の客を見つける。  
ジーンは馬車を道の端に近づけながら2人の男に愛想良く声を掛けた。  
「お客さん、どちらまで?」  
「ドルファン港まで頼めるかな」  
二人の体格の良い男はそんな事を言いながらジーンの馬車の客席に乗り込んでくる。  
2人の客がきちんと席についたか確認しようと後ろを振り返った瞬間、ジーンは男が手元の袋  
から出した気体をまともに顔に受けた。一瞬にしてジーンの意識が混濁する。  
「なっ!? しまっ・・・・」  
ジーンは男のニヤニヤと笑う顔をにらみつける時間さえなく眠りに落ちていた・・・  

 

・・・ジーンが目を覚ました時、彼女は下着姿のままで後ろ手に縛られていた。  
辺りは薄暗く湿っぽい。どうやらどこかの倉庫の中のようだ。潮の匂いがするから港付近か?  
ジーンはさして取り乱さずに視線を目の前に向ける。そこにはジーンが意識を回復するのを  
待っていた男達がいた。中心にいるのはジーンにも見覚えのある品のよくない男である。  
男の名はギャラン。当然、ジーンを引き抜こうとしている新興馬車組合の首領であった。  
「お姫さんはお目覚めかな? 手荒なご招待をして悪かったな」  
「顔に似合わん気取ったセリフは止めるんだな。遂に強硬手段に出たという訳か?」  
ジーンは臆する事なく言い放った。そんなジーンの態度を虚勢と見てギャランは笑う。  
「最後にもう一回考え直す機会をやると言ったらどうする?」  
「どういう断りの文句がいい? 『嫌だ』『ご免だな』『このくそったれがっ!!!』」  
「甘い顔してりゃつけあがりやがって! てめえら、この女と遊んでやれよ」  
ギャランはジーンのセリフを聞き、顔を怒色に染めるて周囲の手下に命令を下す。  
いわゆるチンピラの一人が喜び勇んで下着姿のジーンの身体に手を掛けて来る。  
「やめろっ! 汚い手で触・・・っ!」  
すぐにジーンの口に猿轡がかませられる。ジーンは大きく首を振って抵抗したが無力だ。  
男の一人の手がジーンの付けていたシンプルなデザインのブラジャーを引きちぎった。  
ジーンの性格のように野性的な乳房が控えめに現れ、スッと男の手が伸びる。  
男の手がジーンの背後から乳房を触ってくる。最初は撫でるように、次に中心に向かって  
揉み込むように。何回か刺激を与えるように左右の動きをズラして振動を送ってくる。  
時に強く、そして時に優しく、ジーンの小振りな乳房は自由に弄ばれる。  

もう一人がジーンの首筋に舌を這わせてくる。ヌメッとした感触がジーンの背筋に走る。  
「ぃあ・・・・っ!」  
ジーンはその手馴れた動きに官能を揺さぶられていた。股間に向かって伸ばされた3人目の  
手が、そのまま中心には向かわずに周囲を焦らすかのように軽く撫ぜては手を離す。  
(駄目だ・・・やめろ・・・ん、ぁ、あ・・・・やめるんだ・・・)  
頬を舐められる。背中に指を這わせられる。脚を舐められ微妙な振動で揉み込まれる。  
そのいたぶりが性急でない分だけジーンの快感は誘発されて身体に火を灯すのだ。  
(・・・ああ・・・やめてくれ・・・。お願い・・お願い・だ・・・)  
「どうした、ジーン? 俺達の組合に入れてもらいたくなって来たかぁ?」  
ジーンの視線に屈服の色が滲み出そうとした瞬間、倉庫のドアが大きく開かれた。  
「ジーンさんっ! 大丈夫ですか!?」  
似合わない大きな声を出して入り口から駆け寄ってきたのは、なんとあのアンディだった。  
「お前!? どうしてこの場所が分かったんだ!?」  
不意に現れたアンディを見てギャランは驚いて叫んだ。  
アンディはどこかで拾ってきた木の棒を構えながら得意満面といった感じで胸を張る。  
「僕はジーンさんのストーカーなんだ! どこにだって現れるさっ!!」  
(んなこと自慢すんじゃねえぇぇっっー!!)  
ジーンは自分の置かれた状況も省みず思わず心の中でツッコミを入れていた。  
それにしても、どうやら恋情だけでジーンの居場所を見つけてしまったアンディのその才能  
については特筆すべきだろうか。まさにストーカーの鑑と言っていいだろう。  

倉庫の入り口から走りこんで来たアンディは、急いで嬲られているジーンに向かった。  
「ジーンさんからその手を離せっ!」  
しかし、ジーンに近付く前にギャランの剣がアンディの木の棒を弾き飛ばす。  
そして、ギャランはアンディを難なく殴り倒すと、尚も立ち上がろうとするアンディの腹を  
蹴り飛ばした。他の男達はアンディへの興味を無くしてジーンへの凌辱を再開していく。  
「わははは・・・! 弱い癖に格好付けてんじゃねえよ! ガキがっ!」  
ギャランは馬鹿にしたように大声で笑うと、もう一回アンディを蹴り飛ばした。  
ジーンは男に耳の中に息を吹き込まれ、そのまま舌を入れられて耳の奥まで舐めまわされる。  
「・・・ぁ、ぁ・・・くぅっ・・・」  
ジーンは絶望的な目でアンディを見つめた。今の自分ではアンディを助ける事など出来ない。  
無理矢理に身体に植え付けられた快感がジーンの心を蝕む。小さな喘ぎ声が漏れる。  
しかしアンディはギャランの足に踏みつけられながらも立ち上がろうとしていた。  
「男が好きな女の子の前でカッコつけなくて、いつカッコつけるのさっ!!」  
そのアンディの真剣な表情を目にして、ジーンはぼやけつつある意識の中で息を呑んだ。  
「弱くたって情けなくたって、僕はジーンさんを助けるんだっ!!!!」  
ジーンの視界の中でアンディの顔が涙でぼやける。胸が詰まって息が苦しくて仕方がない。  
だが、ギャランはアンディを踏みつけながらそんな真剣さをせせら笑った。  
「じゃあ、格好つけながら死になっ!!」  
ギャランの握った鋭い剣がアンディに向かって真っ直ぐに振り下ろされる。  
アンディっ!! ジーンは男達に羽交い締めにされたままで心の中で絶叫した。  

──キンッ!!  
次の瞬間、アンディの首を狙っていたギャランの剣が見事に弾き飛ばされる。  
その場にいた全員が、再度、驚いたように目を倉庫の入り口の方へ向けた。  
「・・・こういう登場の仕方は好みじゃないんだが」  
部屋の入口にはジーンもよく知っている男──あの『東洋人の傭兵』が立っていた。  
落ち着いた物腰で剣を構えているが、その全身に隙は全くない。どうやら腰に付けていた  
短剣の一つを投げただけでギャランの剣を逸らしたようだ。凄まじい力量である。  
「お節介な妖精がいてね。ここを教えてもらった」  
冗談のつもりなのか、しかし真剣な顔で彼は『妖精』という単語を口にした。  
その東洋人の傭兵を見た男達は一瞬にして戦慄する。男達も彼の事をよく知っていた。  
「こ、こいつ、『熊殺し』で『虎殺し』の、あの・・・・」  
「有名になったもんだな・・・」  
荒くれ共の戸惑いを見逃さず、彼は跳ぶように近付いて男の一人を切り捨てる。  
一人。二人。三人。まるで華麗な踊りを舞うかの様に剣を振った彼は瞬く間に男達を倒す。  
そして床に転がっている全裸のジーンにそのマントを掛けて救ってやる。  
最後に残ったギャランは、顔面を蒼白にしながら彼に向かって剣を向けて叫んだ。  
「やらせるかよぉぉぉーっ!」  
「悪いな」  
彼はまるでハエを叩き落すかのようにギャランを切り捨て、アンディをも救出した。  
ジーンは眩しい物でも見るかのように彼の淡い笑顔を見つめる。  

ジーンとアンディは彼に付き添われて倉庫の外に出た。夜の空気が気持ち良い。  
結局、彼が呼んでいた警察の取り調べは拍子抜けする程に簡単に終わった。これも数々の  
勲章を受けている有名な英雄・東洋人の傭兵の口添えあればこそだ。  
「ありがとう。助かったよ」  
「いや。君が無事で良かった」  
彼はジーンの礼に微笑むと、元の服に着替えたジーンから自分のマントを受け取る。  
そうして、軽く手を振ると踵を返して去って行く。それにしても、ジーンの危機を妖精から  
聞いたというのは何の冗談だったんだろうなとジーンはぼんやりと考える。  
──彼が立ち去って行った後、少しの間ジーンとアンディは無言だった。  
「・・・・ごめんなさい。結局、僕はなんの役にも立たなかったですね」  
重い口を開いたアンディは、目に涙を滲ませながらジーンに謝罪した。  
ジーンは何も言わない。アンディは肩を落とすとジーンに頭を下げて、帰ろうとする。  
アンディはジーンの顔を見る自信はなかった、きっと自分を軽蔑しているに違いないと思う。  
アンディの瞼には、あの東洋人の傭兵の惚れ惚れするような剣捌きが残っていた。  
無言でアンディに背を向けたジーンは、自分の馬車の御者席に飛び乗るとボソッと言った。  
「・・・乗れよ。送ってく」  
ジーンは男らしい男が好きだった。そして、先ほど一番男らしかったのが誰かも知っていた。  
一瞬迷ったアンディが、気を取り直して馬車の後部座席に座ろうとステップに足を掛けた時、  
「横、空いてるぞ・・・」  
ジーンはあさっての方角を見ながら静かに言った。  

アンディはキョトンとしてジーンを見る。  
こちら側からはジーンの表情は見えないが、首筋が赤くなっているようだ。  
ジーンがわざわざ隣を空けるように身体を動かした事に気付いたアンディは、すぐに満面の  
笑みになってイソイソと御者助手席に上がってチョコンとジーンの傍らに座った。  
ジーンはニコニコと隣で笑っているアンディを忌々しげに横目で睨み付けると  
「・・・ふんっ!」  
激しく馬に鞭を当てて、馬車を幾分か乱暴に発車させた。  
「こんな事くらいでお前を認めてやった訳じゃないぞ・・・・」  
「僕、ジーンさんのストーカーとして、もっと頑張りますっ!」  
「ふざけるなぁぁぁぁぁっっ!!!」  
そんな微笑ましくも和やかな会話が5月の爽やかな夜の風の中に消えて行った・・・  

・・・そのジーンの馬車が通り過ぎて行く建物の影に一人の女がいた。  
長い髪が片目を覆い隠すように伸びており、その全身に緊張感が漲っている。  
大きなマントを羽織ってはいるが、見る者が見れば一目で軍人だという事が分かるような女だ。  
女は馬車が通り過ぎると、周囲を確認してから静かに歩き出した。  
女の名を──ヴァルファバラハリアンが八騎将、氷炎のライナノールという。  
ライナノールは胸に暗い情熱の奸計を秘めてライズの部屋に向かうところだった。  
隠密のサリシュアンことライズ・ハイマーがこのライナノールの計略により軍駐屯地の兵舎の  
中で兵士達に嬲り者にされる恥辱を味わされるのはこれより3日後の事であった。  

 
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