ティーカップを優雅に置いたリンダ・ザクロイドは、小さく息を吐いた。
そうしてテーブルの向かいに座っている青年に視線を移す。
薄いブラウンの髪を綺麗に伸ばしている、端正な顔の青年だ。
リンダの視線に気が付いたらしいその青年──カイン・R・ハインラインが顔を上げる。
カインは、ザクロイド家と古くから付き合いのあるハインライン家の息子だ。
──午後の日差しが優しく差し込んでくる、リビングルーム。
採光がよく考えられている豪華な造りの部屋は、リンダとカインの二人だけだ。
しかし、給仕をしていたメイド達が席を外してから二人は無言のままであった。
もっとも、リンダにしてみればカインに用事などないのだから当然だ。
今日、リンダを呼び出したのは他ならぬカインの方なのだから。
リンダ自身は通常カインと付き合いはないから、話題などあろうはずもない。
胸の中で小さくため息を吐いたリンダは、思考を切り替える事にする。
そうだ、・・・来週に遊歩道で約束している彼とのデートの事でも考えよう。
リンダは愛しい彼──『東洋人の傭兵』の事を想って、そっと顔を赤らめた。
彼とは、かってドルファン学園の前で運命的?な出会いをした傭兵のことだ。
最初は気にも掛けていなかった軍人だったが、瞬く間に彼は頭角を現し活躍した。
既にヴァルファバラハリアンが八騎将を、3人まで討ち取ったと聞く。
おそらく将来は、ドルファンを救う将軍になるのだろう。
それなのに、リンダを町で見掛けると気軽に誘ってくる気さくな性格が素晴らしい。
彼にとって自分はどんな存在なんだろうと考える事は、リンダを哀しませる。
彼の回りには、いつでも綺麗で可愛い娘達が居てリンダの入る隙間はない。
噂では、あのプリシラ第一王女の覚えがめでたいとまで聞くのである。
祖母が口癖のように言っていたセリフが、ふとリンダをせつなくさせる。
──自分が思うほど、人は貴方の事を想ってはいないものよ──
あの人もそうなんだろうか。
あの彼『東洋人の傭兵』と呼ばれる愛しいあの人も。
私がこんなに想う程には、私の事など考えては呉れていないのだろうか。
「・・・リンダ」
突然、自分の名前を呼ばれてリンダはびくっと身体を震わせた。
慌てて思考を中断し顔を上げると、カインがにこにこと笑っている。
声の主が判ると、リンダは平常心を取り戻してにっこりと笑う。
「カイン。・・・ようやくわたくしを呼びつけた話題を思い出したの?」
リンダの優しい窘めのセリフに、カインは頷きつつ口を開く。
「失礼・・・実は君に聞きたい事があってね」
透き通った瞳でリンダを見つめながら、カインは珍しく声のトーンを落として言う。
「この頃、ドルファン人じゃない傭兵なんかが戦争で活躍してるんだってね」
そのセリフの中に哀しさような色が感じられて、リンダは首を傾げる。
「ドルファン人とかドルファン人じゃないとかは、関係ないと思いますわ」
そのリンダのセリフに、カインは端正な顔をしかめて複雑な表情になった。
「この国を護ってくれる勇者ならば、どなたでも素晴らしいと思いませんこと?」
尚も言葉を繋げるリンダから、カインはそっと視線を逸らして口籠もる。
「・・・あまり良くない考え方だね」
リンダは、その場の雰囲気が妙な具合になった事を感じ、気まずくなった。
まだ、このドルファンにはこういった古い考えを持つ者は多い。
その筆頭は「怪老」の異名を持つあの老人、ピクシス卿あたりだろうか。
リンダは、カインに御馳走様とお茶のお礼を言って立ち上がろうとする。
イスから立ち上がったリンダは、──次の瞬間床に座り込んでいた。
例えて言うなら酔っ払いが立てなくなるような感じで、力が抜けていた。
しかし、リンダが飲んだのはカインが煎れてくれたただのお茶のはずだ。
イスに手を掛けて立ち上がろうとしたが、驚いた事に腕力さえ無くなっている。
カインが、そっと自分の席を立ってリンダの方に近付いて来た。
「カイン、ちょっと手を貸して下さらないかしら」
静かに歩いて来たカインは、リンダを上から見下ろすような体勢で立ち止まる。
床に座り込んでいるリンダからは、カインを見上げる体勢となった。
「・・・カ、カイン・・・?」
「君と『東洋人の傭兵』の事を耳にしてね」
差し込んでくる日差しを逆光にして、カインはにこっと笑うと囁くように言った。
「・・・えっ!?」
リンダは、そのカインの言葉の内容よりもそのカインの口調に戸惑った。
ここにいるのは、いつも穏やかで貴族の鑑とも言える青年のはずだ。
「その傭兵ごときと、この頃とても仲が良いそうじゃないか」
カインの言葉は、この場に似つかわしくない程に落ち着いていた。
リンダの方は動悸を早め、心臓の鼓動が耳に聞こえる程大きくなっている。
そんなリンダを見下ろしながら、カインは淋しそうに微笑んだ。
「いけないね。あんな下餞な東洋人なんかと仲良くしていては」
リンダは反論しようとしたものの口内が渇いて張り付いていて、言葉にならない。
あの人は、下餞な人などではない。
強く優しく、立派な、そして勇敢な『東洋人の傭兵』だ。
だが、逆光になったカインの笑顔は反論を受け付けていなかった。
なによりも自分の手足が自由に動かないという事実がリンダを萎縮させている。
「君を愛せる資格があるのは僕だけだよ・・・その顔も身体も何もかも」
カインはそっと屈み込むと、姿勢を低くしてリンダのドレスに手を掛けた。
「君をあの東洋人なんかには渡さない」
「カインっ・・・止めなさ・・・いっ!!」
リンダはカインの行動を止めようとしたが、腕が上がらず、視線も弱気になる。
「リンダ・・・君のおっぱいを見せてもらうよ」
カインはリンダの制止も聞かず、ドレスの胸元を引きちぎるように開ける。
ボタンが弾け飛び、リンダの豪華な下着に包まれた大きな乳房が、こぼれ出す。
「・・・や、やめなさいっ・・・」
リンダの自慢の均整の取れた乳房がカインの視線に晒される。
さっと顔を紅潮させたリンダの乳房が、柔らかくぷるぷると揺れる。
「ふぅん・・・君はおっぱいが大きいんだね」
カインは嬉しそうな声を上げ、遠慮もせずにリンダの乳房をぐいっと掴む。
「いやああああっ!!」
「それに柔らかい・・・上品な絹のような手触りだ」
自分の乳房を好き勝手に弄り捲られる屈辱に、リンダは目の端に涙をにじませる。
カインの手の中で、柔らかい乳房がぐにゅぐにゅと揉みしだかれて形を変えた。
「実は、ギース兄さんがいいことを教えてくれてね」
カインはにっこりと笑うと、リンダの顔をちょっと悪戯っぽく覗き込んだ。
ギースとは、カインの兄で随分前にハインライン家を勘当されている青年である。
ギース・ハワードは、夜の街で暗躍しているという良くない噂も聞く青年だ。
噂は事実であり、ソフィア・ロベリンゲはそのギースによって娼婦にさせられている。
そして、その腹黒いギースがカインに何かを吹き込んだようだった。、
「リンダを僕のモノにして、離れられなくすればいいんだ、とね」
そのカインの瞳に、些かの迷いも戸惑いもない事に今更ながらリンダは気付く。
とても真っ直ぐで純粋な視線だ。控えめな癖に妙に意志が強い瞳だ。
その、見慣れているはずの綺麗な瞳がリンダを射すくめていた。
リンダの喉は既にからからだった。舌が口の中で上手く廻らず、言葉が出せない。
「君のカップに入れておいた『薬』も、兄さんからもらったものだ」
それはしびれ薬と性感増幅剤としての『媚薬』なんだ、とカインは微笑む。
「・・・や・・・やめなさいっ ・・・カイン!!!」
「やめないさ」
カインはリンダの力のない命令を、にっこりと笑ってはね付けた。
「ギース兄さんに、女を可愛がる方法、たくさん聞いんだ」
その言葉を聞いた瞬間、リンダの心臓がどくんっと大きく動いた。