小さい頃は自分が高校生になるなんて思いもしなかった。  
少なくとも、18くらいまで歳をとったら、世界の時は止まるような気がしていた。  
それなのに、もう19だ。  
高校の卒業式が大体1か月前。女子は袴姿に普段より大人っぽいメイクで、男子は着慣れないスーツ姿。  
それを目にしたときはああ、大人になったんだ、なんて思ったけれど、学生という身分はまだ続く。  
だから、大学生になったって何も変わらないと思っていた。  
 
だけど―――――  
 
時刻は12時過ぎ。  
二人がいるのは、まだ新しい木や壁紙の匂いがする稜子の部屋。  
もうここは寮じゃない。  
門限は邪魔しに来てくれない。  
 
「っ、あ」  
 
くちびるを重ねたのがいけなかったのか。  
ふざけて飲んだアルコールが、ささやかな法律違反に罰を当てたのか。  
からめた手のひらが洒落にならないくらい熱くて、二人してベッドに崩れた。  
「稜子………なんか、どうしよ、」  
そういう自分の声すら遠くてくらくらする。おかしい、魂が身体から三センチくらいずれてるみたいな感覚。  
「武巳クン、は………どうしたい、の」  
問いかけてくる稜子の目は水面みたいに揺れている。  
なんにもわかんない顔をして、でもほんとはみんな知ってる、オンナノコの顔。  
「俺………は」  
掠れる声、喉の奥でカシスオレンジが焦れる。  
「稜子………が、ほしいよ」  
 
別にみんなに合わせたいとか負けたくないとか、そんなつまらない理由ではなかった。  
経験の多さを誇るようなクラスメイトの話には、正直すこし引いていた。  
一線を越えることは、オトナになること。  
まだモラトリアムに甘えていたい年頃の少女は、先のことって笑って誤魔化していた。  
 
だけど一方、どこかで思っていた。  
オトナになるその瞬間、手を握り合っていたいのは彼だと。  
普通だった日常の崩壊と、喪失と、そして再生をともに乗り越えてきた少年の体温こそが  
ボーダーを踏み越える背徳を許すのだと本能はささやいていた。  
だから、熱の篭った視線に縫いとめられた時、自然に体は動いた。  
 
「ね、ちゅうして」  
舌ったらずな自分の声が聞こえる。応えて唇がふさがれた。  
まだキスさえ手慣れないふたりなのに、これからどうすべきかはなぜかはっきり分かった。  
「ん………」  
吸いつく水音。八重歯の感触。そろそろと手が腿を撫でる。  
倒れたはずみにめくれ上がったスカートはもう用をなさず、うすいピンクの下着があらわになっている。  
離れた唇は頬に移り、そこから耳元へ彷徨いだした。  
「稜子………」  
切なげでさえある声で名を呼ばれ、稜子は視線を横にやる。  
「いいよ………」  
微笑みかけると、許しを乞うように頬を擦り寄せられた。  
その愛情深い動きとは裏腹に、指先は彼女のブラウスのボタンを外しにかかる。  
互いに堪えきれなくなったように衣服を剥がしあうと、部屋の空気が冷たく肌に触れた。  
「取る、よ」  
最後の砦だった小さな布を脚から引きぬかれ、甘いため息が漏れる。  
「………寒くない?」  
布団を引き寄せ掛けられた。  
「ん………ありがと」  
布の作る小さな空間で、二人の体温はほどなく溶け合い、身体の中心は熱いくらいに疼きだす。  
「………稜子の匂いがする」  
布地に顔をうずめた武巳がぽつりと呟いた。急に気恥ずかしくなって稜子は顔を赤らめる。  
「恥ずかしいよ………」  
「………ごめん」  
反射的に謝られてくすっと笑うと、彼も安心したように笑った。  
「あー、女の子ってどうしてこんないい匂いがするんだろ………」  
「女の子みんな?」  
「………稜子のは特に」  
石鹸のような、ベビーパウダーのような、安心する香り。  
それに今はほのかな官能の香りが加わって鼻腔をくすぐる。  
もっとその甘さを感じたくて、武巳は彼女の鎖骨の辺りに唇を落とした。  
「ふぅ………んっ」  
舌先でちろちろと舐められ、稜子は眉根を寄せる。  
大きく上下し始める胸を両手で覆うと、手のひらの中心にこりこりと硬いものが当たった。  
「ここ………すごい、かたくなってる」  
「やぁ、いわない………で」  
抵抗する腕をまとめて頭の上で組ませる。まるい乳房のラインが如実に現れ視覚を直撃した。  
先程手のひらを刺激したつぼみはさらなる愛を求めて硬さを増し、つんと尖っている。  
知識でなく現実に見る女体のやわらかさに、もう自制心などどこにもみえなくなってしまう。  
 
「稜子………稜子、」  
いつもは明るい笑顔が浮かぶ顔も、今は紅潮してこの上なく淫蕩に見える。  
小さく開いた唇はぽってりと重く紅く、時折漏れる喘ぎは子猫の鳴き声にも似て。  
「あ…………ふぅ、んぅ」  
色づく突起に吸いつくと、びくびくと震えて快感に耐えようとする。  
その何もかもが、今は自分のもの―――――  
そう思うとこみあげてくる感情が愛撫を一層強くさせる。  
溢れる淫性への対処法を知らない、汚れ無き乙女の涙が頬を伝うのを知りながら、  
薄く浮き出るあばらを辿り、右手は下肢に伸びていった。  
「さわる、よ」  
「い、あっ………ん!」  
流石に手が震える。アルコールの力を借りてはいても、彼もまた初めてには変わりない。  
だがむちり、と弾力を伝える腿に挟まれながら秘裂をなぞると、とたんに粘性のある湿った感触が武巳を誘った。  
おそるおそる人差し指と薬指で花弁を広げると、愛液が零れ小さな芽と襞が現れる。  
「やだぁ………」  
そのぬらぬらとした艶めきは、彼の視界を固定する。  
枕に頭をすりつけていやいやをする稜子にも構わず、みずみずしい水蜜桃にでも歯を立てるようにその淫水を啜った。  
「あっ、あ………っ――――!やぁぁっ!」  
じゅる、と大きな音が彼女の羞恥心を煽る。  
抵抗するにも腰に力が入らない。否、力を入れすぎて突っ張った身体は言うことを聞かない。  
侵入する指と花弁を舐めあげる舌の感触に、人差し指の爪を噛んで耐える。  
「稜子………」  
「あ、はぁっ、武巳………クン」  
「ごめん、おれ、もう………」  
覆い被さられ、抱きしめられる。むしろ抱きつかれると形容した方が正しかったかもしれない。  
合わせた身体の脚の間に熱を感じる。乱れる呼気が彼の余裕のなさを示している。  
「入りたい………ここに」  
「………う、ん」  
ぞくり、と、快感にも似た恐れ。  
ボーダーはすぐそこにあった。ステップ一つで越えられると思った。  
 
だが――――  
「っ………あ………」  
パズルのピースのように対になるはずの部分はしかし、簡単には嵌らない。  
ぐり、先端が開きかけた入口をこじ開けようとした時、強い抵抗感が武巳を押し返した。  
「大丈夫………っ」  
思わず稜子を見ると、強がって腰を動かした。  
だがその刹那、激痛に襲われたのか引きつるような悲鳴を上げる。  
「っく、っ、ひっ―――――」  
「………っ、ぁ」  
互いにどうにか状況を進めようと焦るが、そううまくいくものでもなかった。  
「いっ――――――――っ!」  
みち、と音がした瞬間、細い身体が大きくのけ反る。  
痛みに耐えて耐えて、限界を迎えたのか、稜子は倒れこみひくひくと小さな声で泣きはじめた。  
「いたい………っ、たぁ」  
目元を隠す腕の下からぼろぼろと涙が零れる。  
幼子のようにしゃくりあげる姿はひどく痛々しかった。  
「ご、めん………」  
あやすように抱き起こして背中を、頭を撫でさする。  
「ごめん、いいから、もういいから」  
―――――――流石に続行不可能だ。これ以上を無理に押し進めるなどどいう荒技は武巳の良心が拒んだ。  
痛切に反省する。怖くないはずも、ましてや痛くないはずもない。  
こんなに誘惑を湛えていてもまだ熟し切らない身体なのだ。  
「いいよ。今日はここまでにしよう」  
「でも……」  
涙の浮かんだ目で見上げてくる稜子を、武巳は両腕でぎゅっと抱きしめた。  
「…いいんだ。なんていうか…最後まで行くことが目的じゃないから」  
「だって」  
「稜子が痛いなんておれは嫌だ。いずれは越えなきゃいけないのかもしれないけど、もっとゆっくりでいいもんな」  
乱れた髪を手櫛で整える。肩のあたりに稜子の濡れた瞼が押しつけられた。  
「ごめんね………」  
「いいって」  
頬ずりついでに、少しふざけて言ってみる。  
「それに…これから何回も出来るんだし」  
「………へんたい」  
彼女は耳を赤くして、しかし両腕を彼の背に回す。  
「………大好き」  
「うん」  
じわりと胸のあたりが熱くなる。  
それじゃ、と身体を離そうと、腕を緩めた。  
「………まって」  
しかし、そのとき、稜子がその手をとり言った。  
「どした?」  
「………その………はいらないかも、しれないけど……」  
そこまで言ってうつむく。  
「一緒に………きもちよく、なろ?」  
 
ちゅく、くちゅ、くちゅ、  
「ふぁ…っ、ぁあ…ん」  
腿に武巳自身を挟む形になり、稜子がなまめかしく動く。  
やがて二人の距離は狭まり、濡れた襞が彼を包み込んだ。  
擦れあう肉の間で、溢れた愛液が泡立つ。  
ぷちん、と時折弾けてぐちゅぐちゅと音を立てる。  
「うぁ………りょう………こ、これ、すごい」  
「うん………っう、く」  
体勢を変え、先端で蜜の溢れる入口を擦り、叩く。  
上の突起にぐり、と押し当てるとたまりかねた喘ぎが漏れる。  
「ふっ、あぁ………ん」  
腰を動かして再び挟み込み彼女が両腿を擦り合わせると、薄いゴム質の膜がずれた。  
稜子が薄く眼をあける。  
「もう………これ、いいよね」  
手がのばされ、抜き取られる。皮膚同士がじかに触れるようになり、さらに快感が増す。  
「うん………っ」  
答えながら彼女の足を閉じさせ、抱えあげるような体勢になる。  
「ぁ………も、ちょっと、うえ………」  
「ん………ここ?」  
硬く凝った肉芽が当たる。ぎゅうと腿に力が入る。  
「ううっ………!あっ、あぁ……ん」  
「ここ、がきもちい……い?」  
稜子のきつく閉じられた両目からぼろぼろと涙が落ちる。  
必死に首を縦に振って快感を伝えようとしている様子がいじらしい。  
「やああああっ!ああっ! ……くうううんっ!」  
小さな手が武巳の先を包み込む。指の付け根が押し付けられ手のひらで擦られ、  
貪欲な本能が更なる悦びを求めて腰の速度を速める。  
「っ、稜子………もうっ、」  
「うん、きて、きて………ぇっ!」  
悲鳴のように、絶叫のように、稜子が啼くのと同時に、  
最奥から溢れた蜜が一層激しく音を立て、零れ、二人の思考がショートし――――  
「っ、――――――くぅ………っ!」  
「ああああっ――――――――!」  
勢いよく白く濁った液体が放たれ、ばたばたと彼女の腹部を打った。  
「ふ、ぅ、んぅぅ………」  
ひくひく収縮するナカ。全身に広がる炭酸の泡のような血が巡る感覚。  
ずる、と力が抜けて倒れこむ刹那、ただ求めあって抱きしめ合う。  
子宮なんかよりもっと奥で、愛を知った。  
「ん………ぁ、すき、すき………」  
手と手を絡めると、頭ごともう一度抱えられる。  
「おれも………愛してる、稜子」  
呼吸が落ち着くと、鳥のように啄ばむようなキスを交わした。  
窓の外はまだ暗い。疲れた二人の身体を休める眠りの時間は十分あるだろう。  
そして朝が来て、また夜が来る。  
きっと幾晩を越えてまた二人は近くなれる、焦る必要などないのだ。  
薄い瞼を閉じた少女はまどろみに身をゆだね始めている。どこまでも無垢に見えるその寝顔。  
「………おやすみ」  
額に口づけを一つ落として、彼も目を閉じた。  
 

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