「ねぇ、あれって魔王様だよね?」  
 「へ?」  
 稜子の指差す方向を武巳が見ると、そこには確かに魔王陛下こと空目恭一の姿があった。  
 かなりの距離があるが、それでも年中黒づくめの格好をした空目はかなり目立つ。  
 「何してんだろ、こんな時間に」  
 武巳が呟く。  
 今はもう夕暮れ時。こんな時間まで残っているのは寮生か運動部員ぐらいだ。  
 武巳と稜子は前者で、空目はどちらでもなかった。  
 「あっちって旧校舎の方だよね?」  
 稜子は首をかしげる。  
 「旧校舎ってことは……魔女=H」  
 空目の歩いていく方向を見て武巳が言う。  
 それを聞いた稜子は目をくるくると輝かせる。  
 「魔女と魔王、黄昏時の邂逅。素敵だと思わない? 武巳クン」  
 「おいおい……」  
 武巳は少々呆れたものの否定はしなかった。  
 この学校を代表する奇人二人が出会うのだ、稜子とは違った意味で素敵だと思う。  
 「でもなんで箒なんて持ってるんだ?」  
 武巳は空目の持つ物を見て言った。  
 しかもそれは学校の掃除などで使う普通の箒ではなく、そう、例えるなら魔女が空を飛ぶ箒。  
 武巳はあんなものが買える場所を知らない。  
 「ほら、きっと二人で空を飛ぶんだよ」  
 稜子の答えに、武巳は今度こそ本当に呆れた。  
 一度、稜子の頭の中を見てみたい。きっと素敵な世界が広がっているのだろう。  
 「……ねぇ、あと尾けてみよっか」  
 武巳が勝手な想像を思い巡らせていると、不意に稜子が言った。  
 「……いい考えだね」  
 武巳に断る理由はない。むしろ望むところだった。  
 空目ファンクラブ会員による尾行が始まる。  
 
 旧校舎の池。  
 魔女¥\叶詠子はそこにいた。  
 「やぁ、久しぶりだね、影の人=v  
 やってきた空目に向かって詠子はにっこりと笑いかける。  
 対する空目はいつもの無表情。  
 「お久しぶりです、十叶先輩」  
 空目は軽く会釈する。  
 「うん、本当に久しぶりだねえ」  
 魔女と魔王の邂逅。  
 気味の悪いほど蓮の浮かんだ池も、この異様な雰囲気に包まれた光景に比べればかわいいものだった。  
 そしてその光景を文字通り草葉の陰から呑気に覗く武巳と稜子。  
 「うわぁ……なんかすげえ!」  
 「なんか幻想的だね……」  
 興奮する武巳とウットリとする稜子。  
 二人ともぼーっとした表情で空目と詠子の会話に耳を澄ませる。  
 「先輩、魔女は箒で自慰をするという話を知っていますか?」  
 「ううん、知らないよ。それで?」  
 空目の可笑しな質問に詠子は首を横に振る。  
 「あれって印象操作じゃなかったけ?」  
 「うん、多分……」  
 武巳と稜子は顔を見合わせ首をかしげる。  
 「そこで先輩。今から俺の前で箒を使い自慰をしてもらいたい」  
 いつも通り抑揚に乏しい声で言う空目に、二人は思わず吹きだした。  
 「さすが陛下! 俺達にできない事を平然とやってのけるッ。そこに痺れる! 憧れるゥ!」  
 「お、落ち着いて武巳クン! ていうか憧れないで!」  
 ガッツポーズをする武巳の腕を稜子が無理矢理引き下ろす。  
 「えーと、ジイってなに?」  
 空目に対する詠子の言葉に武巳は再び叫びそうになるが、それは稜子の手により未然に防がれた。  
 「自慰とは自分の性器を刺激し、性的快感を得る行為の事だ」  
 「んー、ようするにこれでこうすればいいの?」  
 詠子は空目の持参した箒を手に取ると、柄の先端を股の間に擦りつける。  
 「んっ……なんだか、変な感じがする……」  
 「それが正常な身体の反応です、十叶先輩」  
 空目はただ、無感動な目でそれを眺める。  
 対照に、武巳と稜子の二人は呆然とした目でそれを眺めていた。いや、目を離すことが出来なかった。まるで魔女の魔法に掛かったかのように。  
 「ふあ、ん……なんだか気持ちがいいよ影の人=c……」  
 初めて味わう快感に身を悶えさせ、頬を紅潮させた詠子が喘ぐ。  
 「あっ、んぁ、くぅ……はぁんっ!」  
 箒の柄を溢れ出た愛液が濡らす。  
 はぁ……はぁ……  
 と、詠子は吐息を漏らす。  
 「あぁっ、なにかくる………なにかがきちゃうよぉ」  
 とろんとした目で呟く詠子。  
 「大丈夫です」  
 空目は短く告げる。  
 「……先輩、イけ」  
 「ふあぁあぁぁぁぁぁああぁっ!」  
 空目が言うと同時に、詠子は果てる。  
 身体を、びくん、と震わせて、足から力が抜けたのか地面へと倒れこむ。  
 「なかなか興味深かった。先輩、その箒は差し上げます」  
 空目は相変わらずの無表情で詠子にそう告げると、踵を返してその場から立ち去る。  
 あとに残されたのは絶頂の余韻にひたる詠子と、呆然とする空目ファンクラブの二名だけだった。  
 
 昼休み。部室。  
 そこにいるのは武巳、俊也、亜紀の三名  
 食堂が空くまでの時間を文芸部員らしく読書という方法で潰している。  
 紙のめくる音しか聞こえないなか、武巳がふと呟く。  
 「陛下って自慰とかするのかな……」  
 「いっ、いきなり何を言い出すのよこの馬鹿者がぁっ!」  
 「うわっ、いきなりどうしたんだよ、木戸野」  
 顔を真っ赤にして怒鳴る亜紀に武巳は驚く。  
 「いや武巳、お前がいきなりどうしたんだ。少なくとも、女子のいる所でする話じゃないぞ」  
 「え? あ、そうか、悪ぃ」  
 謝る武巳に俊也は呆れ顔だ。  
 「そんなに気になるなら本人に聞いてみたらどうだ? 自論を展開してくれるかもしれないぞ」  
 「ははは……」  
 武巳は苦笑する。  
 昨日の光景から、無表情に語ってくれるのは想像に容易い。  
 「……恭の字はそんなことしない恭の字はそんなことしない恭の字はそんなことしない恭の字はそんなことしない恭の字はそんなことしない」  
 うわごとのように呟く亜紀はさわるのが怖いので無視する。  
 その数分後だった。  
 『空目に彼女ができた』というニュースと共に、稜子が部室に飛び込んできたのは。  
 
 
 
                        神隠しの物語へ続……いていいのか?  
 

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