十叶詠子は笑顔で焦っていた。
目の前には将棋の盤。そしてそれを挟んで向かいに居るのは近藤武巳であった。
詠子の横には詠子にしか見えない将棋プロの異形が立っている。
本来なら圧倒的に勝利してる筈の勝負。そして冬のコミケに徹夜で並ばせる筈、だった。
「つ、追憶者くん強いね?」
「俺が? またまた冗談を」
武巳は謙遜するが状況は明らかだった。
詠子は残り銀、金、玉。それに対し武巳は全くの無傷。
このゲームには詠子が勝ったら武巳に徹夜させるように武巳が勝った場合のペナルティーが存在する。
それは卒業するまで学校に来るなら魔女らしく猫耳としっぽを付けるという訳の解らないものだった。
詠子はだからこそ焦っていた。
確かに並の人とは外れた感覚を持ってるとは言ってもやはりそれは恥なのだ。
だが詠子の駒から更に銀が無くなる。敗北は絶対必至。そして、
「参り…ました」
詠子はついに降参したのだった。
「じゃあ先輩、明日から猫耳、しっぽ、ゴスロリを忘れないで下さいね?」
「え!? 追憶者くん、ゴスロリ増えてるよ!?」
「おやおや、逆らいますか先輩? しかしゲームの賭けは誓約ですよ? 魔女なのに破りますか?」
「っ………!」
「貴女はこれから卒業まで学校では猫耳、しっぽ、ゴスロリという習慣を保守する必要があります。解りましたか?」
「…わ、解ってるよ………」
「では明日から楽しみにしていますよ?」
そう言って武巳が立ち去った教室内で魔女は考えていた。
見る者皆が振り返る脅威的な猫耳魔女の自分。視線の中を歩く自分。想像だけで羞恥の限界をそれは越えていた。
武巳はそんな詠子の内心を知っていた。そして一人ニヤリと笑う。
「習慣を保守して下さいね…先輩。…さて」
武巳は校門で待ってるだろう摩津方IN木村圭子を思い、あまり待たせてはいけないと走るのだった。
その頃、文芸部の部室では空目がで授業をサボり、神妙な面持ちで今度作成する部誌用の小説のプロットを作っていた。
後に世界的人気を得、経済効果がアメリカ国家予算を越す『双子魔法少女あやめちゃん&よみこちゃん』のプロットである。