摩津方IN木村圭子と木村圭子は考えていた。学校についてである。
無論学校そのものについて考えては居ない。やはり少年の姿を通して物事を考えていた。
「むぅ…どうしよう。考えてみると小僧って先輩なんだよね…」
別人の体で視力も普通に関わらず今尚しかめている片目を更にしかめる。
『先に卒業しちゃうね…』
頭の中で呟く木村圭子。
二人がそれに気付いたのは少し前に武巳と会った時。
桜の下にあるベンチに座りながら会話していた武巳の口からふと
「桜か…そろそろ受験生か…俺の桜、来年咲くのかな」
と呟いたのだ。その時あったのは衝撃。
既知の情報とは言え改めて思い知らされるとそれは動揺を誘う情報だった。
木村圭子にとっても。摩津方にとっても。
木村圭子は告白出来ないまま終わってしまうんじゃないかと言う焦り。
対する摩津方は武巳が離れる事を恐れていた。
同じ体を共有し、同じ男を好きになったという恋敵であると同時に盟友の二人はひたすらに冷静で無くなっていた。
「あ〜もう埒があかない! だいたい小崎摩津方たろうものが一人の男にたじろいでどうするの!」
摩津方IN木村圭子はガタンと立ち上がると衝動的に外へ飛び出した。
行く場所は武巳が居るであろう場所。
「ハァ、ハァ…ッ…!」
自分でも解らない激情。
走らせるのは摩津方の激情か。木村圭子の激情か。
桜の下にあるベンチにその姿を見て沸き上がる安心感。
「こ、小僧!」
「摩津方さん…どうしたんで、っわっ!?」
いきなり摩津方IN木村圭子に抱きつかれ思わずよろける。
バランスは戻す事は出来ず押し倒される形で武巳は仰向けに倒れた。
視界を覆う木村圭子、正確には摩津方IN木村圭子の様子に武巳は何事かといぶかしんだ。
見下ろしてくる目がじんわりと濡れていたのだ。
「小僧…先に卒業しても私と居てくれるよね?」
キョトンとした。質問は至って真面目にしている。
何故。武巳は真っ先に思った。
「何でそんな下らない質問するんですか?」
「下らないって…私はッ!!」
摩津方IN木村圭子は激昂した。しかし、武巳は怯む様子を見せなかった。
「俺は離れないですよ。今の貴女を誰が保守するんですか? なのにそのような事を聞くから…」
「!!」
普段はしかめられる左目もろとも大きく見開かれる目蓋。瞳が揺れた。
「安心して下さいよ。何を心配してるか解りませんが、俺は離れませんよ?」
武巳の優しい笑顔。それが一気に涙腺を決壊させた。
「小僧…っぅぐっ…小僧…ありがとう…ぐずっ…あぅ………」
「な、泣かないで下さいよ! あととりあえずどいて下さい! 立てませんか、ら!?」
摩津方IN木村圭子は未だに地面に仰向けになったままの武巳をぎゅっと抱き締めた。
最初こそは慌てて離そうとした。が、武巳はやがてゆっくりと抵抗をやめると頭を撫で始めた。
「………大丈夫ですよ」
「小僧…小僧………ぐすっ」
ぎゅっと抱く力が増す。それは甘えん坊にしか見えない風景。
しばらくずっとそうやって居た武巳だがやがてある事に気付いて困った。
今度はとても静かに。そして穏やかに苦々しく微笑む。
「さて、寝ちまった…どうすりゃ良いんだ」
そう言う武巳は苦笑いを浮かべてはいるがやはり優しかった。
そして摩津方IN木村圭子の寝顔を見る視線には何処となく慈しみが含まれているのだった。
なお、これを多数の生徒に目撃された事により実はあった武巳ファンクラブにて内戦が勃発。
近藤武巳にお似合いなのは誰かという論争が某ネトゲ内で派手に行われサーバーが落ちる事態となった。
「…大丈夫ですよ。俺は貴女という女性にしかついていきませんから…今の貴女の形を保守するのは俺ですから………」
「すぅー…すぅー…すぅー…」
「ふふっ…保守」