『俊也がかわいい女の子に告白された』というのは、気の知れた仲間ばかりの暇な時間帯に持ち込まれたニュースだった。  
 
「マジで!?美人?」  
「うん。すっごく可愛い子」  
稜子と武巳が興奮気味に話し合う。どうも稜子が今朝、俊也がかわいい女の子告白されたのを偶然目撃したらしい。  
「なんか前にも同じことがあったね……」  
亜紀ははぁ、と小さく溜め息を吐く。  
「ついに村神に彼女か……。村神も陛下ほどじゃないけど枯れてるもんなぁ。陛下の次は村神が社会復帰か……」  
うんうん、と自分の言っていることに感慨深げに武巳は頷く。  
「まるで魔王様のときみたいだねぇ」  
「あー、たしかにそうだな。今連絡つかないし」  
まあ村神が携帯持ってないだけだけどハハハ、と武巳は笑う。  
「本当にそうだね」  
呆れ顔で亜紀は言った。  
「たしかにあのときと同じだよ。近藤―――後ろ」  
「へ?」  
言われた瞬間、ゾクリと冷たい気配が背中を伝った。  
おそるおそる後ろを振り向くとそこにいたのは、  
「……や、やあ、村神。いつの間に…………?」  
「……『先程からずっとだ』」  
険しい表情の俊也が、高い位置から武巳を見下ろしていた。  
目は、決して笑っていない。  
 
「……まったく、勝手にいろいろと」  
「だからごめん、って……」  
腕を組み、不機嫌そうな顔で椅子に座っている俊也の側で、武巳と稜子が謝っている。  
俊也は怒るというよりも呆れたようで、あーもういいもういいと犬の子を追い払うように手を振った。  
「だいたい彼女じゃねぇよ。返事する前にどっか行ったし」  
「え?そうだったの?」  
どうも俊也たちと稜子の間には距離があって、二人の詳しい会話の内容が聞こえなかったらしい。  
「ああ。いきなり呼び出されて『好きです』って。返事する前に手紙押し付けられて逃げた」  
「返事聞く前に……って告白の意味ないじゃん」  
「だろ?」  
わけわかんねぇ、と一言呟く。  
「大体なんで俺なんだよ。別に顔いいわけでも優しいわけでもないし」  
「あんた運動神経抜群だし成績はけっこういいし背も高いし、顔はそこそこだから……まあ、良いかんじじゃないの?」  
「寡黙なのがタイプって女の子もいるしねー」  
亜紀が冷静に、稜子が楽しそうに診断を下す。  
それでも俊也は納得できないとでも言いたげな表情だった。  
 
「そういや、手紙って?」  
武巳が気付いたように言う。  
「これだ」  
俊也が制服のポケットから、ややくしゃくしゃになった封筒を取り出して武巳に差し出す。封は開けられていない。  
パンダと四ツ葉のクローバーをあしらった、いかにも女の子向けの店で売られていそうなかわいらしい封筒だ。  
差出人の欄には「長谷川まち子」と書いてある。  
「あ、やっぱり長谷川さんなんだ」  
封筒を覗きこんだ稜子が言った。  
長谷川まち子と稜子は女子寮での部屋が近いらしい。まち子はかわいいし頭もいいが、無口でいつも一人でいるため何を考えているのかよく分からない子らしい。  
「……そいつって前に変なことしたりしたことあるか?」  
俊也が聞く。  
「うーん、そういう話は聞いたことないよ」  
「そうか……」  
口に手をあて、何かを考えているようだ。  
「村神ぃー、開けないのかこれ?」  
「開けたきゃ開けていいぞ」  
「え、いいのか?」  
「ああ」  
それはそれで相手の子に失礼なんじゃないか、と心の中で呟きながら、封を閉じていた封筒と同じシリーズのかわいらしいシールを剥がす。  
中からでてきたのはやはり同じシリーズの手紙で、小さくて丸い字でまち子の村神への想いが綴られていた。  
 
「『去年の体育祭のときに一目惚れしました』……うわー、王道だなー」  
「あのときの村神くん、陸上部と同じくらい凄かったもんねー」  
盛り上がる二人。それに反比例したように俊也の表情はどんどん暗くなる。  
「で、返事はどうすんだよ?」  
「もうしねぇよ。しても意味ねぇ」  
「は?もう?」  
武巳と稜子はキョトンとした顔で俊也を見る。  
俊也は胃痛でも起こしたかのような様子で言った。  
「これで五回目なんだよ……」  
「な、なにが?」  
武巳は嫌な予感がしたが、口は動いてしまった。  
「今週に入って五回目なんだよ。そいつに直接告白されたの。全部断ってるけど。  
今月入ってからだと二十回くらいになるし、手紙なんか机に入ってたのとか入れればもう六十通くらいになる。全部内容同じのがな……」  
はあー、と俊也は大きな溜め息を吐いた。  
「村神……その子ヤバいよ」  
「長谷川さん……そんな子だったっけ?」  
二人の顔が青ざめていく。明らかに好きだから諦めきれずに複数回告白するというレベルを越えていた。  
 
「そいつな、家までついてくるんだよ。俺の四、五メートル後ろをずっとついてくる。  
たまたま空目といっしょに帰ってたときなんか凄かったぞ。ちょっと後ろ振り返ったら、鬼みたいな顔して空目のこと睨んでるんだよ。  
あんなに怖い顔はホラー映画でもそうそうない」  
「ストーカー!?」  
うわ、と武巳が声をあげる。  
「魔王様、彼女と間違えられたのかな……?背もあんまり高くないし、後ろ姿なら……」  
「違う」  
俊也が即座に否定した。  
「性別は関係ない。日下部近藤木戸野空目、俺の交友関係全部に睨みつけてるんだよあいつ。それどころか俺が用があって話してる奴までな。先生とか」  
「は!?俺も!?」  
「ちょっと……なんであたしまで……」  
亜紀が不快感を露にする。  
「どうすりゃいいんだよ……」  
「えーと……警察とか?」  
武巳が妥当な意見を言う。  
「やっぱそうか……証拠なら嫌ってほどあるしな……」  
おそらく手紙のことだろう。  
「決まって朝と放課後告白してくるし……今日は放課後告白なかったけどな……」  
「うわあ……」  
気の毒に、という視線をみんなで村神に送ったそのときだった。  
 
部室の入り口が開いた。  
一斉に視線を向けるとそこにいたのは、部員ではないかわいらしい女の子だった。  
「は、長谷川さん……」  
「この子が!?」  
思わず大声がでた。  
まち子は稜子と武巳を気にせず、俊也へと近付く。  
「ごめんなさい。今日はちょっと遅れちゃって……。村神くん、私の想いを受け取ってください」  
「だからそんな気はないって何度言ったら分かるんだ!?」  
激昂する俊也。だがまち子はひるまずににこにこと笑っているだけだ。  
「今日の想いは、特別です」  
「ふざけるな、とっとと出てけ!こっちだっていい加減頭にきてるんだ!」  
だがまち子はにこにこと笑ったまま、封筒を差し出した。  
パンダと四ツ葉のクローバーをあしらった、かわいらしい封筒だ。  
「いらねぇ」  
パシ、と俊也がまち子の手をはたくと封筒が床へと落ちた。  
接着が甘かったのか、シールが剥がれて中身がでてきた。  
手紙にはただ一言、  
 
『保守』  
 

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