・・・・・・こん  
 
 戸が軽く叩かれる音を聞いて、亜紀は目を覚ました。  
 消灯されたアパートの自室は暗く、カーテンの隙間から漏れる月明かりが微かに家具の輪郭を浮かび上がらせている。目覚めには早い刻限。  
 不自然に静まりかえった空気を感じて身構える。  
 すっ、と戸が開かれた。  
「こんばんわ、“ガラスノケモノ”さん」  
「・・・・・・!」  
 部屋に入ってきたのは、十叶詠子だった。  
 反射的に布団から跳ね起きた亜紀は部屋の隅まで後じさる。起きたばかりの頭が動揺で上手く働かない。 .  
 彼女が直接家に現れる可能性について検討していなかった。  
 思い起こせば今夜は寝る寸前まで考え込んでいて、施錠を忘れている。よりにもよってこんな間抜けな形で付け入られるとは思ってもいなかった。  
 思考に自己嫌悪が混ざり、冷静さは更に阻害されていく。  
「あんた、何をしに・・・・・・!?」  
「わからないかな、こんな時間に部屋を訪ねてくる理由なんてそんなにはないよねえ?」  
 薄暗い中でもわかる透明な笑みを浮かべた詠子は、何故かガウンを身につけている。  
「夜のお供だよ?」  
「・・・・・・!」  
 理解できなかった。言っている意味が理解できないというのではなく、なにをどうすればそうなるのか経緯が理解できなかった。  
 無論、この魔女の考えていることなど理解できた試しはなかったが、それにつけても予想の斜め上を行っていた。  
「君は自分が無力であることに苛立っているけど、不満をいう相手がいないんだよね。それは哀しいことだよ  
わたしが力を貸すといっても君は受け取らないだろうから、せめて体だけでも貸してあげることにしたんだ」  
 
「そんなこと頼んだ覚えはない!」  
 激昂して殴りかかりたくなる自分をどうにか押さえた。まさに悩みの一端である存在に気を遣われるなど侮辱以外の何物でもない。  
「うん。頼まれてないよ」  
「何でそんな余計なことを・・・・・・!?」  
「そんなの、君が辛そうだったからってだけで十分じゃないかな?」  
 小首を傾げ、詠子は優しく微笑んだ。端正な顔に一切の偽りを含まない純粋な好意を浮かべている。  
 亜紀は足下から体を浸食されるような居心地悪さを感じて身震いした。偽善やお為ごかしは不愉快だが、異常な好意はより差し迫った恐怖を抱かせる。  
 静かな歩調で、詠子は歩み寄ってくる。  
 更にその後ろに続いて入ってくる人影があった。  
「こいつらは・・・・・・!」  
 服装の統一されていない使徒の少女の一団が部屋に入ってくる。一様に同じ形の笑みを浮かべた少女達は、亜紀と詠子の二人を取り囲んだ。  
「せっかくだから“魔女団”の人達にも手伝って貰うことにしたの。ああ、もちろん男の子は連れてきてないよ。君はきっと嫌がるだろうから」  
「そういう問題じゃない!」  
「融通は利かないけど、手先は器用な子達だよ?」  
「やめろ・・・・・・」  
「なにより“ガラスノケモノ”さんは、」  
 微塵の悪意も感じさせない口調で、詠子はいった。  
 
「――欲求不満だよねえ?」  
 
「うるさい! 大きなお世話だ! 帰れ!」  
 哀しいほど図星だった。空目が振り向く望みは限りなく薄く、社交性の乏しい亜紀には他に浮いた話しなどありようもない。  
「性欲が溜まるのはどうしようもないよ。“影”の人は全く脈がないから遣り場がないよね」  
 
 嘲弄する意図は見えない。彼女がそれまでそうしてきたように、見透かしたような口振りだった。  
 何かのスイッチが入る。加熱されていた感情が一気に冷え切っていく。  
「・・・・・・あんた、ただじゃすまさない」  
「もちろん、すますことなんてないよ?」  
 使徒の一人がカーテンを引いた。晴れた夜空に煌々と光る月の光が入り込み、室内は青白く照らし出される。  
 薄明かりの中、詠子はガウンの紐を解いた。  
 体からずり落ちたガウンの下には、なにも身につけていない。  
「さあ、“ガラスノケモノ”さん」  
 月光の下に、適度に膨らんだ流麗な乳房や、丸みのある腰回りと陰部の茂みまでも遮るものなく露わになる。  
 細身のわりに肉付きが良く、丸みを帯びた肉体はこの上なく柔らかそうだった。  
「好きなようにしていいよ?」  
 間近まで迫った詠子が、迎え入れる形に両手を広げる。  
 理性の揺らぐ、目眩にも似た衝撃。気がつけば亜紀は詠子を押し倒していた。  
「この・・・・・・!」  
 爪を立てて乳房に指を食い込ませる。それを一切抵抗なく受け入れ、詠子は愉しげに吐息をあげた。  
「・・・あ・・・・・・ん・・・ふふ」  
 信じられない肉の柔らかさに、指が飲み込まれるのではないかという錯覚すら感じる。  
 呑まれそうな心境を振り払うように、乱暴な手つきで揉みしだいた。  
「この・・・・・・この・・・・・・!」  
「・・・・・・ん・・・あぁ・・・・・・んっ」  
 力を入れるたび、詠子は心地よさげに身を捻る。顔には今にも蕩けそうな喜悦の笑みが浮かんでいた。  
 片手を乳房から放し、滑らかな肌の上に指を這わせると、接触の一つ一つに余さず反応していく。敏感を通り越して、刺激の全てを官能として受け取っているのではないかと思えた。  
 すでに沸騰していた意識がさらに昂ぶっていく。  
 
 亜紀は詠子の鎖骨に噛みついた。  
「あん・・・・・・」  
 歯の間から下を出し、骨の張った堅い場所を舐める。ぴく、と体を反らせ詠子は喘いだ。  
「・・・ん・・・・・・もう、やんちゃだなぁ」  
 詠子の両腕が亜紀の背に回される。掌が頭に乗せられ、優しく撫でられた。  
「元気な子。いつまでも綺麗でいてね」  
「・・・・・・!」  
 母が子にするように優しく囁かれ、心が安らぎかける。  
 そのまま包まれてしまいたい。神官達がそうするように、魔女に従えられてしまえば何もかも解決するにちがいない。  
(駄目だ)  
 凪いでしまいそうな心を奮い起こす。  
 なおも喋ろうとする詠子の口を塞ぐ形で、唇を合わせた。  
「・・・・・・んく・・・」  
 舌を入れようとすると、すれ違いに詠子の口からも舌が入ってきた。  
「・・・・・・ん!?」  
 侵入してきた舌が歯茎を裏から撫でた。反射的に口を離そうとするが、詠子の手に後頭部を押さえられている。  
「・・・ん・・・んん・・・・・・!」  
 細く、長い舌が亜紀の口内を掻き回した。亜紀も自分の舌を使って詠子の動きを押さえようとするが、多彩に動く舌を捉えきれない。  
「・・・・・・んん・・・んむっ・・・・・・」  
 体が横に転がされて体勢の上下が逆に、亜紀が詠子に覆い被さられる形になった。  
 詠子はいったん口を離して息継ぎをすると、再び口を合わせる。  
 舌が絡まって摺り合わされた。激しく動く舌に弄ばれて亜紀の思考は鈍くなっていく。  
 まともな抵抗もないまま口吻は続いた。  
「・・・・・・ふぅ」  
 ようやく口を離し、詠子が満足げに息をつく。下に敷かれた亜紀は肩で息をしていた。  
 詠子が上体を起こす。。  
「じゃあ、みんなも手伝ってくれるかな?」  
 
 周囲から人の動く気配がする。それまで控えていた魔女の使徒。不揃いな容姿に一様の表情を浮かべた少女達は、いつの間にか皆全裸になっていた。  
「まずは服を脱がせてくれる?」  
「ちょっと、まて・・・・・・」  
「着たままじゃ邪魔じゃない」  
 少女達が亜紀の体にとりついて服をはぎ取り始めた。  
 多人数の手で、まともな抵抗もできないまま下着姿にされる。  
「・・・・・・っ」  
 安物のショーツを身につけていろところを見られるのが妙に癪だった。膝立ちの状態で四肢を取り押さえられていて、覆い隠すことはできない。  
「今度は私がやるよ」  
 詠子は四つん這いになって、亜紀の股に顔を寄せた。横から伸びた使徒の手がショーツを引き下ろす。  
「ん・・・・・・」  
 露出した陰部へ、詠子は舌を伸ばした。  
 割れ目を下から上へ舐められる感触。官能が沸き上がり、背筋が痙攣した。  
「・・・・・・くっ!」  
 舌先が割れ目の内側に侵入する。巧みに動く舌先が襞を探っていった。  
 悶える亜紀の陰部を詠子は一心に刺激した。四つん這いのその姿は、子犬が懐く様子を連想させる。垂れる愛液を舐め取っているようにも見えた。  
「・・・く・・・・・・あ・・・はあっ・・・・・・!」  
 陰核が弄られる。大きな快楽の波が意思を揺さぶった。  
 詠子の技巧は冗談のような的確さで亜紀の感応を捉えている。意のままにされているという実感が強い悔しさを与えた。  
「・・・・・・あっ・・・ふ・・・・・・あぁ!」  
 絶頂に達し、快感に仰け反る。潮と涙が同時に溢れた。  
 詠子は顔を離し、使徒達に声をかける。  
「もう捕まえなくてもいいよ。別の場所も撫でて喜ばせてあげて」  
 指示が出されると同時に四肢を捕まえる手が離された。ぐったり腰を落とす亜紀の体の各所を多数の指が愛撫し始める。  
 
 無個性な使徒達の手が、胸、脇腹、背、内股といたる所へ機械的な愛撫を加えた。  
「はんっ・・・ひ・・・・・・やめ、っ・・・・・・この・・・」  
 這って逃れようとするが、方々から伸ばされる腕は執拗だった。群がる腕に溺れて身動きができなくなっていく。  
「・・・くっ・・・・・・あ・・・あんっ・・・」  
 もう全て受け入れて、委ねてしまいたい。そんな思いが強くなっていく。だが亜紀のプライドはその思いに対して強固に抵抗した。  
 快楽の海の中、溶けそうな自我を頑なに固持し続ける。  
 そんな亜紀の顔を見ながら、詠子は穏やかに微笑んだ。  
「大丈夫、君ならきっと形を失わずにいられるよ。“ガラスノケモノ”さん」  
 詠子の周りにも四人の少女がまとわって、その体を愛撫していた。  
 秘所を濡らしながら、月明かりに瞳を輝かせて、詠子は亜紀の肩に腕を絡めた。熱い吐息が頬にかかる。  
「今夜はずっと、たのしもうね」  
 亜紀の胸もとを人差し指で撫でながら、詠子はいった。  
 
 
 それから夜が明けるまでのことは、よく憶えていない。  
 

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