三ヶ月ぶりに聖司が日本に帰ってくる。
国際電話で聖司自身からその報を聞いたとき、雫は天にものぼるような気分だった。
(会える、会える! 聖司に会える!!)
その想いが雫に火をつける。聖司に顔を合わせるためには、書きかけている「新作」を完成させなければ。
なんの根拠もなかったが、それははたさねばならない命題として、雫の双肩にのしかかった。
朝。
さしこむ朝日で目を覚ます。枕は机。
「う……ん」
10月。そろそろ朝の気温は肌寒さを感じる頃。
「寒……っ」
反射的にカレンダーを見る。今日は10月の第二日曜日だ。
三連休。そんな単語が、雫の頭を掠めた。
「……?」
日付のしたに、走り書き。小さな、震える字。
【聖司が帰ってくる日】
その文字から月曜日まで伸ばされた矢印を見たとき、今度こそ雫は覚醒した。
「う、うああああああ!」
そうだ、今日は聖司が帰ってくる日じゃないか。たちまち、頭がパニックに陥った。
「ひ、飛行機の時間、じゃなくて、コート!」
迎えに行かなくては、電話口でそうつげたではないか。
深呼吸。落ちつけ自分。いつものように、そう、まずは窓を開けて……
カラララ……
まだ低い太陽を見ながら、雫は自分の混乱ぶりにほとほと落胆する。これで何秒無駄にしただろう?
ため息をつくと、雫は窓を閉めようと視線を落とし……
そこで、目が合った。
「奇蹟だ、本当に会えた!」
いつか聞いたのとまったく同じ台詞。
「……ゆ、夢じゃないよね」
「飛行機を一日早くしたんだ。雫をびっくりさせたくってさ」
「ここも久しぶりだな」
聖司は「地球屋」に出向いていた。足を踏み出すたび、床板がぎしっ、と音を立てた。
「あれから、どうだ?」
どうだ、と言うのは西老人のことである。
「うん、このあいだ入院しちゃって……私にここの鍵を貸してくれたの」
雫が手にしているのは、アトリエの鍵である。
「そっか」
少しだけ、二人を重い空気が包んだ。それを察した聖司は、「とっておきだ」と言ってあるものを取り出し始める。
「自信作なんだ。まだ全然だけど、雫に見せたくってさ」
「これ、聖司が?」
雫の手にしているのは、バイオリン。
「ああ。俺が作った中で、多分一番出来がいいやつなんだ」
「ね、弾いて」
「リクエストは? あんまりレパートリー無いけどな」
「いいの。カントリー・ロードだけ」
「お安いご用」
少し傾きかけた日を背に、聖司は曲を弾いていく。
雫は、歌を口ずさむ。訳しかけた、あの歌詞で。
「この曲さ」
弾きおわった後、聖司は言った。
「実はさ、猛練習したんだ」
「なんで?」
「えっ……と、ほら、雫、これの歌詞訳してたろ? それで、さ」
これははじめて聞く話だ。雫は、少しだけ目を細めた。
「図書カードのこともそうだけど、なんか気を引きたくてさ。それで」
そこまで言うと、聖司は照れくさそうに顔をそむけた。
「ふぅん……」
「なんだよ、にやにや笑って」
「……なんにも」
「最近さ、不安になるんだ」
すっかり日が落ちた……と言っても秋口の日は落ちるのが早い……頃、聖司はぽつりと切り出した。
「?」
聖司でも不安になることがあるのか、雫は思った。同時に、その「不安」に興味が湧く。
どんな? と聞く前に、聖司は自らそれを語った。
「雫、他の奴に取られたりしてないかなってさ」
「じゃあ、聖司は私のことを信用してないの?」
「とんでもない!」
雫の言葉を、聖司は首を思いきり振って否定した。
「だって、それなら不安になること無いんじゃない? 私は聖司以外の男の子を好きになるつもりなんか……」
この言葉を紡ぐ雫の顔は実は笑っているのだが、そんな事を露も思わない聖司は見る見る表情を曇らせていく。
「……わかってるよ、わかってるんだ。でもさ、頭では分かってても、なんか……?」
その言葉を遮るように、雫は聖司を抱きしめた。
「ごめんね、ちょっといじめてみたくなったんだ」
雫には、聖司のその心理が痛いほどよく分かっていた。
何故ならそれは聖司が旅立ってからというもの、しばしば雫の心に現れては眠れぬ夜を過ごさねばならない不安そのものだったから。
「私も一緒。聖司が向こうで別な人を好きになっちゃうんじゃないかって」
「……雫」
聖司もまた、雫を抱き返す。けして明るいとは言えないランプの光が、ぼんやりと二人を照らし出した。
二人、みつめあう。潤んだ瞳。空気。息遣い。全てが、お互いの心を満たしていく。
ごく自然に、二人は唇を重ねた。
長い、キス。
ほんの数秒……それでも二人にはとても長い時間……続いたキスは、やがてどちらとも無くそっと離した。
「だから、聖司……私に、聖司を刻みつけて」
聖司は目を見開いた。その言葉の真意がわからないほど聖司は朴念仁ではない。
「……嫌?」
「嫌なもんか!」
再び、聖司は雫を抱く。きつく。とても、きつく。
「でも俺、きっと雫を傷つけてしまう」
「いい。聖司のなら……聖司の傷を私につけて。
……一生消えないくらい、深い傷をつけて。」
不安。
不安は震えに形をかえる。
雫の不安。未来への不安。あるいはこれから起こるであろう事への僅かな不安。
聖司の不安。否、恐怖。自らの行為への微かな恐怖。
雫を抱く聖司は、雫の不安を肌で感じ、聖司に抱かれる雫は、聖司の恐怖を身に受けて。
それらを、打ち消すように。
二人は、再び口づけた。
絡めた舌が、少しづつ二人の体を昂ぶらせていく。
唇が疲れてしびれてしまうほど長くキスを続け、やがてその影はゆっくりと離れた。
その唇を、涎の糸が一瞬結んで、やがてそれは床へと消えた。
作業台に腰掛けた雫の体を、アンティークなランプが照らす。
闇にぼんやりと浮かぶ姿は、油断すると闇に溶け消えてしまいそうで。
「あ……」
聖司は雫の首筋に口を這わせると、空いた手で上着のボタンを一つづつ外していく。
聖司の震える手つきを身ながら、雫はその手が一つボタンを外すたびに、自分の心の留め金がゆっくりと外されていくような錯覚を覚えた。
やがて上着のボタンは全て聖司の手により外されて、下着のシャツが顔をのぞかせる。
その下から聖司は手を差し込んで、雫のほとんど成熟していない小さな胸に、そっと手のひらを添えた。
「んっ……」
ぴくっ、と雫が身をふるわせた。聖司が、「大丈夫か?」と目で尋ねる。
雫が首を振り微笑むのを見ると、聖司は雫の胸に愛撫……と呼べるかどうか疑わしいが……を開始した。
聖司の口による首筋への、あるいは耳たぶへの刺激。胸への愛撫。荒い息。
雫とて聖司のことを想って自慰に耽った事は少なくない。それとたいして変わらないことをされているに過ぎないにもかかわらず、
雫は、自分でも信じられないほど感情が高ぶっているのを自覚していた。
「ん……あっ、は……んっ……」
その口から、僅かに嬌声が漏れる。羞恥で、雫は手で自らの口を塞いだ。
「聞かせてくれ、雫の声。いまの、すごくかわいかった」
いつのまにかシャツを捲り上げて、雫の小ぶりな胸を視姦していた聖司が、雫に言った。
直後、そのむねの突起を口に含んだ。さっきよりも大きく、雫の体が震えて跳ねた。
「んんっ……んあっ、はうんっ……」
必死で声をかみ殺そうとするが、どうしても口元が緩み、声が上がってしまう。もどかしかった。
「は……恥ず……かし……いっ」
やっと、それだけ言葉を紡いだ。
「大丈夫だって……」
何が大丈夫なのかわからないが、聖司はそう応えた。
聖司の指が、ゆっくりと雫のスカートの方に伸びていく。
「……ッ!」
瞬間、雫の体が硬くこわばり、その足をきつく閉じた。その顔は、はっきりと怯えの色を示している
------駄目、足を広げなくちゃ、でも、足が動かない、どうしよう、どうすれば--------
ぽろぽろと、雫の目から涙がこぼれ出す。
それは、聖司に対する申し訳無さと、自分の情けなさへの涙。
「ひっく……ひっく……」
けれども雫にはその自覚も無く、ただ流れる涙を抑えることが出来ないまま。
「ごめんね……ごめんね、聖司……わた、私……」
聖司は、そんな雫を咎める事もせず、ゆっくりとその腕を雫の背に回した。
「あ……」
こうして抱きしめられるのは何度目だろう----? 不意に、雫の頭に場違いな考えが浮かぶ。
「怖いか? 雫……」
「違うの……怖くない……でも、でも……」
「俺は怖い」
「今だってそうだ。 雫が泣き出しても、おれにはどうすることもできない。原因は俺だってわかってるのに、おれには何も出来ないんだ。
だから、怖い。雫を傷つけるのが怖くて仕方が無い。 ……ごめん、雫」
「違うよ……聖司が悪いんじゃないから。悪いのは私……私、このままだとおかしくなっちゃうかもって、
そうしたら、急に怖くなっちゃって……」
「……そっか」
「でもね、聖司」
「続き……しよ。私、分かったから」
「……わかった?」
その言葉の真意が読めずに、聖司は雫に向き直った。
そこで、見た。雫の、ほんのすこしだけ「女」になった顔。そこで、聞いた。自分の心臓の、どきっと言う音。
「うん、分かった。……今度は、聖司と一緒に気持ちよくなれるとおもうから」
今度は、聖司が戸惑う番だった。
「で、でも俺、いまやったら、きっと手加減できない。また雫を泣かせてしまうかもしれない」
「大丈夫。今度こそ、私は平気」
その顔は、明らかにさっきまでと違う。「色気なんてなんにもない」と普段から自分で言っていた月島雫の姿ではなく、
今、自分の恋人として、「女」になりつつある雫の姿がそこにあった。
先ほどとは逆に、今度は聖司に、自分の理性のはがれていく音を聞く順番が回ってきたようだ……
違うことだらけだった。
それは、荒々しく雫の唇を奪った聖司もそうだし、それを恍惚とした表情で受け入れる雫もそうであったといえよう。
「ぷあ……」
唇を離して、聖司は雫を見つめた。とろん、とした表情で雫も聖司を見つめ返した。
荒くなってきた息、紅潮した頬、瞳。
「ひゃ……ふあ、あ、あんっ」
そして、自分の愛撫に敏感に反応して、聞こえてくるその声が。
「雫……しずくッ!」
雫には、聖司の指先から電気のように広がっていく快感が。
お互いのステージを、少しづつ、少しづつ高みへと。
「ふ、うあ、あ、ああん、んふっ……」
秘所にのばしたそのてをに対して、足を閉じることも、体をこわばらせることもせずに、雫はそれを受け入れた。
多量の液と、絡み付いてくる肉の感触が指とはいえど心地よく。
「すごいぞ……雫、どんどん溢れてくる……」
耳元で、ぼそりと聖司が呟く。
「や……言っちゃ、言っちゃいやぁ……」
顔を真っ赤に染め上げて、それでも言葉とは裏腹に、愛液の量は増えていく。
既に、雫の腰掛けている作業台の上には、小さいとは言えない水溜りが広がっていた。
「もったいない……」
呟くと、聖司は雫の足元にひざまづいた。
目の前には、ぐしゅぐしゅに濡れた雫のパンティが。雫に了承をとることもせず、聖司はそれを取り払う。
「や……」
雫はおもわず自分の顔を手で覆った。
「聖司……はずかし……」
けれども、聖司はその言葉が本心ではないことを知っている。
「聞こえない……」
クレヴァスにそって、聖司はゆっくりと舌を這わせた。その場所特有の濃密な「匂い」が聖司の鼻をくすぐった。
続いて、ぽつんと存在する突起を、舌でおもいきりつついてみる。
「ひぅぅっ!」
びくんっ、と雫の体が跳ねる。
「や、やぁっ、うあっ……」
口先だけの拒絶の言葉。その証拠に聖司の頭に添えられた手には、聖司をよりその場に「押し付けようと」する力が働いていた。
一方、聖司にも限界が近づいていた。それを口には出さない代わりに、雫に目で訴えた。
「……」
少しだけの沈黙の後、雫がこくん、と頷いた。
聖司のそれを見て、雫は心ならずして、聖司が「男」であることを認識した。
「そ、そんなにまじまじ見ないでくれよ」
「う……う、うん」
そうは言われても、ついつい視線が下にいってしまう。
聖司はそれを雫の入り口にあてがうと、一旦動きを止めた。
「い……いくぞ」
少し声が震えていた。それが雫には少し可笑しかったのだが、それを顔に出してしまうのは凄く失礼な気がした。
「……うん」
こくん、と頷いた。
ゆっくり、ゆっくりと聖司のものが雫に飲みこまれてゆく。
「んっ……! んううう!」
歯を食いしばって耐える雫だったが、やはりその痛みは今までのどんな痛みの比でもなかった。
ぷちぷちと、確実に「何か」を破って雫の奥底に進む自分。
「もうすこし、もう少しだ、雫……」
お互いの足を伝って落ちる純潔の証たる鮮血が、今はとても心地よく。
聖司の方にすがり付いて痛みに耐える雫。気を抜けば、押し寄せる快感の波に理性が吹き飛ばされてしまいそうな聖司。
お互いの苦しみを分かち合うようにきつく抱き合いながら、その侵入と、許容は続いた。
「はいった……全部、はいったぞ、雫……」
完全に埋没した自身から目を離し、雫の顔を見た聖司の目に入ったのは、ぽろぽろと涙を流す雫。
「痛いのか、雫?」
自分でも間抜けた質問だとおもったが、他に言葉が浮かばなかった。
「……ふふ、よくわかんない」
相変わらず目からは涙、それでも顔を笑顔にかえて、雫は応えた。
「聖司……動いて」
聖司は頷くと、ゆっくりと動作を開始した。
雫の顔から目を離さずに、少しでも痛そうな顔をしたら、すぐに動きを止めて一呼吸つけるように。
ゆっくりと、ゆっくりと。
「ふうう……んあッ……あああ……」
顔についた涙を舐めとって、時には口付けをかわしながら、またそうした行動で頭の芯が痺れきってしまうのを必死で抑えつけながら。
絡み付いてくる雫の中で、しびれる背筋と思いの丈が破裂してしまわぬように。
「雫……雫の膣、すごいぞ……凄く、気持ちいい」
「はふ……本……と……? あ、あ……」
苦痛のうめきではなく、少しづつ雫の口から熱い息が漏れるようになってきた。
「い……よ、聖司……気持ちい……だから、もっと……」
もっと、して。聖司の中でも、雫の中でも、この瞬間何かが弾けて、消えた。
「ふあ、うあ、あああッ!」
消して広くない工房の、その控えめな作業台に。
「はあ、ふう、はあ……」
必死で、お互いを貪りつづける男女の姿。
指どうしを絡ませて、慈しむように、お互いに。
「雫……しずくッ!」
「聖司……せいじ……ッ」
技術なんてありはしない、ケモノのようなセックスだが、二人はとても満たされていた。
雫の中から血と共にとめどなく流れる熱い液、それに負けないくらい熱い雫の膣、熱く絡み付く内壁、
こちらを見つめて離さない、その潤んだ瞳と、切なげな表情。それに呼応するかのように、聖司は高みに上がっていく。
それに負けないくらい熱い聖司の肉棒と、その動きがもたらす痛みと快楽がごちゃまぜになった感覚に、否応無く雫は上り詰めていく。
「聖司……はあッ、私、もう……はああッ!」
「俺も、もうッ……く!」
限界を感じ、聖司は肉棒を引き抜こうと、思いきり腰を引いた。
しかし、その背中に絡められた雫の足がそれを許さない。
頭の中に閃光がはしった。それと同じに、聖司は雫の中に熱い思いを迸らせる。
「ふあ……熱……うん……」
それを、うっとりとした表情で受け入れる雫。
「う……ん……ちゅ……」
名残を惜しむように口付けたあとも、しばらく二人はそのまま繋がり続けていた……
「あっち向いてて」
「どうして?」
「……服着るの見られるのって、恥ずかしいから」
そんなもんか、と思い聖司は視線をそむけた。
少し残念ではあったが、それと同時にいつもの奥手で照れ屋な雫が戻ってきたことに、聖司は安堵を覚えていた。
「わかった、ってさ」
「?」
「えっと……あの時にさ、「わかった」って言ってたろ。それ、何の事だったのかとおもってさ」
「ん、コツがちょっと分かったってだけ」
「コツ?」
おうむ返しに聞き返す聖司に、少しだけ恥ずかしそうに顔をうつむけながら。
「うん。「私」を全部聖司に預けちゃう。ただそれだけ」
「ふうん……」
「ね、聖司」
「うん? おっと……」
不意に、雫が聖司に抱きついた。
「私、幸せ」
その顔は、とても満ち足りていた。
「うん、俺も幸せだ、雫。あ、あとさっきのセキニンは、俺絶対に取るから」
「せき……」
かあ、と雫の顔が熱くなった。
「ね、この休みの間はずっと日本にいられるんだよね?」
「ああ」
「……私の家、来週までお父さんの地方学会でだれもいないんだ……」