涼音さんに「一緒にいたい」といって、ぼろぼろ泣いて、  
そうして二人でミルクハウスに帰ってきた。  
ちゃんと男の人の格好をして、おまけに花束なんて持っている涼音さんと、  
泣きながら、でも顔を赤くして照れたようにその隣にいるわたしを見て、  
玄関先に出た水城さんは、全部ちゃあーんとわかってるわよという顔をしていた。  
涼音さんもそうだけど、水城さんもわたしのことをなんでもお見通しなんだ。  
そんなにわたしってわかりやすいのかしら? なんだか落ち込んでしまう。  
わたしはわたし自身のことも、涼音さんのこともよくわからないのにな。  
でも、涼音さんやさやかさんが言うには、わたしはそのままでいいんですって。  
それがわたしの強みなんですって。  
そんなわたしを涼音さんは必要としているんですって。  
よくわからないけど、でも、わたしでいいって涼音さんが言ってくれるから。  
好きな人が、同じように自分を思ってくれることは、素敵なことだと思う。  
そうよね。一番大事なのは、わたしが涼音さんを好きだってことなんだもの。  
 
 
……そう、思っていたの。  
 
 
涼音さんは相変わらず、ちょっと気障で、  
だけど勇くんと喧嘩するときは口が悪くなったり、  
ときどきはやっぱり可愛い格好をしたり、  
藤くんをからかって遊んでいたり、  
水城さんとじゃれあったり、  
そしてわたしには「信じてね」とか「愛してるよ」なんて言葉をいっぱいくれる。  
……相変わらず。相変わらずなのよ。  
わたしが出て行く前と何も変わっていない気がするのは、気のせいなのかな。  
いつもどおりのひびは、居心地がいいのも確かなの。  
でも、いままでどおりじゃいや、って思うのもほんとう。  
恋人同士になれたはずなのに、不安に感じちゃうのはなんでなんだろう。  
もっと違う涼音さんを見たいって言うのは、わがまま……?  
 
 
「なあにあんたたち、じゃあまったく進展してないわけえ?」  
水城さんがグラス片手にそう言った。  
おつまみの乗ったトレーを運んでいたわたしは、  
それを置くと同じようにグラスを手に取った。  
「プロポーズまでしといて。まだキスもなしなんて、ねえ……」  
水城さんは飲み干したグラスにもう一杯お酒をついでいた。  
そうなの。よく考えたら、わたしたちの間にはまだなんにもないのだ。  
や、やっぱりおかしいのかな?  
女子高育ちで男の人とつきあったことなんてほとんどなかったわたしは、  
どうもその辺の感覚がひとより――――水城さんに言わせれば「ねんねちゃん」らしい。  
そういえば、生まれて初めてつきあった田代さんとも、  
せいぜいが肩に触れられたぐらいだったっけ。  
水城さんにそのことを言ったら、  
「そりゃあ涼音ちゃんがあのボーヤのこと睨んでたからよお。  
芹香ちゃんに手でもだそうもんなら、包丁が空を飛んで血の海で泥沼になってたわよ」  
きゃらきゃらと笑う水城さんはとても楽しそうだわ……。  
泥沼好きだもんね、水城さん。  
でも。  
 
「涼音さんは……いつからわたしのこと、好きになってくれたのかな」  
わたしがミルクハウスに来たのは、1年半くらい前。  
運良く東京の美大に受かって、北海道からこっちに出てきたときだった。  
すごく素敵な洋館を見つけて、そして――その洋館の前で、涼音さんに会ったのよ。  
初めて会ったときの涼音さんは、着物を着ていて、  
まるで日本人形みたいにキレイだったっけ。  
そりゃあ口は悪いし背も高かったけど、あんまりキレイだったから、  
てっきり女の人だと思ってたのよね……。  
いとこの藤くんの言葉で実は男の人だったってわかって、一緒に住むことになって、  
それからは抱きついてきたりかわいいって言ってくれたり、  
「好き」も「愛してる」もたくさん言われたけど。  
あれはあいさつみたいなもので、でもいつから本気でそう言ってくれてたのか、  
わたしにはわからなかった。  
お酒をなめて、わたしはうつむいた。  
「芹香ちゃんは……あの辺からよね、涼音ちゃんをはっきり意識するようになったのって。ほら、浪人が浪人決定した後らへん」  
藤くんに好きだって言われて、どうしていいかわからなくて、藤くんが風邪引いて大学落ちちゃって、  
わたしのせいだって自己嫌悪に陥ってたとき。  
涼音さんが気を使って外に連れ出してくれて、山下公園でデートして。  
一緒にホテルに泊まったけど、わたしが酔いつぶれちゃっただけで、なんにもなかったのよね。  
「……うん、そう、かな?」  
「涼音ちゃんは少なくとも田代のボーヤのときには本気になってたと思うけどね。はたから見てて嫉妬心が丸わかりだったもの」  
「…………そ、そう、なの?」  
わたしって本当に鈍い。  
藤くんのときもそうだったけど、人からの自分への気持ちに全然気づかないんだ。  
 
「でもねえ、恋に時間って関係ないわよ。水城おねーさまが言うんだから間違いない」  
水城さんはいままでいくつも恋をしてきて、ついにこの間、勇くんのおとうさまである教授とめでたくゴールインをした。  
「一目見て落ちちゃう恋もあれば、じっくり時間をかけてはぐくむ恋もあるのよ」  
そういう水城さんは幸せそうで、ほんとうにキレイ。  
「でもね……でも、じゃあ、1年以上涼音さんはわたしのこと好きでいてくれたのに、両思いになってもなんでなにもしないのかしら」  
わたしがそう言うと、水城さんはははぁん、という顔つきになった。  
「してほしいんだ、芹香ちゃんとしては」  
わっ……なんか、そう言われると……。わたし、きっと真っ赤になってる。  
だって、ねえ。き……キス、とか。言葉だけじゃやっぱり、たまに不安になっちゃう。  
お夕飯作ってるときに後ろから抱きつかれたりすると、すっごくどきどきするんだけど、  
でも涼音さんにとっては女子高ノリの延長みたいなスキンシップでしかないみたいで、  
彼はぜんぜんよゆーなのだ。  
そんなとき、ひょっとして意識してるのってわたしだけなのかな……とか思ったりしちゃって、  
「ちゃんと」なにかして欲しい……っていうのは、やっぱりおかしい?  
はしたなかったりするのかな。  
 
「んーん、好きなひとに対してならすごく自然なことよ。相手に触れたい、自分に触れて欲しい……恋をしてれば当たり前の欲求なの。ちっともはしたなくなんかないわよ」  
水城さんが優しく頭をなでてくれる。気持ちよかった。  
ちょっとお酒が回ってきて、ふわふわしてる。  
ふいに、なでてくれてた手が止まった。  
顔を上げれば、こっちに向かってびしりと人差し指が突きつけられている。  
「よし。芹香ちゃん、今から涼音ちゃんのお部屋に行きなさい」  
み、水城さん?  
「そうだ、迫ってみ! んでそのまま最後までいっちゃうのもありよ!!」  
さ、最後って最後って、やっぱり最後?  
水城さん、だいぶ酔ってるわね!?  
でも、そうか。それもいいかもしれない。なんて、わたしも酔っちゃってるみたい。  
どうしよう。行っちゃおうか、それでもし拒まれたら?  
……えーい、こうなったら覚悟を決めるのよ!  
「そうよ、頑張れ芹香ちゃん! いざとなったら押し倒せばなんとかなるって!!」  
「はい、松本芹香、頑張ります!」  
決戦への落し蓋……じゃなかった、ええと、火蓋。  
火蓋は、今切って落とされたのだ。  
 
 
そしてわたしは彼の部屋の前に立っていた。  
涼音さん、もう寝てるかな。  
お夜食差し入れたりしたことはあるけど、あんまり遅くに訪ねたことは一度もなかった。  
よーし、勇気を出すの芹香!  
こんこん、と軽くノック。返事がなかったらあきらめて、今日はこのまま寝よう。  
そう思ったけど、ドアの向こうからはしっかりお返事がかえってきた。  
「はーい」  
涼音さん、起きてたみたい。ここまできたらもう後には引けないわ。女は度胸よ。  
ノックの姿勢のまま固まってるわたしの目の前でドアが開けられた。  
ちょっと驚いた様子の涼音さんの顔がひょいっとのぞいて、わたしはお部屋の中に招かれた。  
「どうしたのー?」  
水城ちゃんとお酒飲んでたんじゃなかったっけ? 女どうしとかいっちゃって、涼音をのけ者にしたくせにー。  
涼音さんはそう言ってちょっとむくれてみせた。  
本当に怒ってるわけじゃないことぐらい、酔ったわたしでもわかる。  
「ひょっとして、いっしょに寝てくれる気になった?」  
いつもの笑顔の涼音さん。  
これは本当に本気で言ってるのか、冗談なのか、きっと酔ってなくてもわかんない。  
でも今日は本気でとってみちゃう。もう決めたもの。  
わたしはこくんとうなづいた。  
とたんに恥ずかしくなって下を向いちゃったので見えなかったけど、涼音さんはきっとびっくりしてるだろう。  
 
「……芹香ちゃん、酔ってるでしょ」  
そりゃあちょっとは酔ってるけど、この気持ちは嘘じゃないよ、涼音さん。  
わたしはうつむいていた顔を上げて、まっすぐ涼音さんの目を見た。わかってほしかったから。  
目が合って、涼音さんの目の中にわたしが映ってるのが見えた。  
わたしの目の中にも、きっと涼音さんが映ってる。  
「芹香ちゃんの目に映る自分が、自分じゃ一番好きだよ」って言ってくれたことを思い出す。  
あれはきっと涼音さんの本心だったんだな、って思った。  
ねえ、わたしも、涼音さんの目に映るわたしが好き。  
涼音さんはふっ、て笑った。そしたら涼音さんは。  
「……?」  
なにがおこったのか、一瞬わからなかった。  
肩をそっとつかまれて、目の前には涼音さんの長いまつげ、そして唇には涼音さんの唇がくっついてた。  
わたしはもうただびっくりして、息をするのもわすれて目を見開いてた。  
しばらくして涼音さんは離れて、放心気味のわたしににっこりと笑いかけた。  
時間にすれば数秒だったのに、すっごく長かった。  
「おいでよ」  
ベッドに手招きされたから、一気に緊張が襲ってきた。うわーうわー、どうしよー。  
勇気を振り絞って近づくと、いよいよだと思って身体がかちかちに強張っちゃって、もうほんとうにどうしよう。  
涼音さんはよいしょ、とベッドにもぐりこんで、わたしにスペースを空けてくれた。  
 
「おひめさまは腕まくらをご所望されます? それとも普通の枕でいい?」  
……あれ?  
えーっと。  
「なんにも、しないの?」  
涼音さんはただ寝るだけみたいで、わたしはなんだかひょうしぬけした。  
だって、え? それでいいのかなぁ。  
わたし、なんのために今夜ここに来たんだっけ?  
「うん。だって、芹香ちゃん、今酔ってるでしょ。僕としてはさ、こういうことはちゃんとしたいわけ。  
 申し出は嬉しいけど、お酒の力につけこんで抱いたりしたくないんだ。  
 芹香ちゃんがしらふで、それで僕とそうなってもいいって思えるようになるまで待つよ」  
だから今日は添い寝だけね。涼音さんはそう言ってわたしに腕を貸してくれた。  
優しいんだ、涼音さん。ちゃんとわたしの不安を見抜いてた。  
うん、そうだね。今日はこのまま寝ちゃおうっと。  
でもね、きっとお酒の抜けた明日のわたしも、涼音さんとそうなってもいいって思うと思う。  
だから、明日の朝起きたら一番に言うわ。  
 
 
目を開けたら、すぐそこに涼音さんの顔があった。  
えーっとえーっと。  
ほけ〜っとなってるわたしのほっぺをつんってつついて、涼音さんはちょっと困ったみたいに笑った。  
おきぬけの空っぽの頭が、静かにゆっくり働きだして、そしてわたしは昨日のことを全部思い出した。  
……っきゃ〜〜〜っ。  
恥ずかしかったけど、後悔とかは全然ない。  
眠い目をこすって、わたしも涼音さんに笑いかける。  
「おはようございます、涼音さん」  
「おはよ、芹香ちゃん。よく眠れた?」  
涼音さんのベッドはふかふかで、ふかふかのベッドが苦手であんまり眠れないわたしは、  
でも昨日は平気で熟睡してしまった。  
初めてこの家に来た日は、努力したけどちっとも眠れなくて、  
自分の部屋のベッドをわざわざ固いのに換えてもらったぐらいなのに。  
わたしは首をこっくんと縦に振った。  
「はい」  
それはやっぱり、涼音さんのにおいに抱きしめられてたからなんだろうな。  
さあ、いつまでもこうやってベッドの上でお見合いしてるわけにもいかないの。  
お酒の気配はすっかりさようならしちゃって、今のわたしはちゃんとしらふだ。  
よしっ。  
「すっ……涼音さん、あのねっ」  
「ん?」  
涼音さんは肩がこったのか、うーんと背伸びをして首を回していた。  
「あっ、あのー、あの、あたしねっ、涼音さんが好きよっ」  
言ったー!!  
どきどきして止まらない。  
涼音さんは目をぱちくりとしてわたしを見た。  
そしてそれから。  
 
「やーんうれしー、涼音も芹香ちゃん好きよっ」  
思いっきり肩透かしを食らったわたしは、あやうくずっこけてベッドから落ちるところだった。  
なにソレ、なにソレ、なにソレっ?  
ひ、ひとが決死の思いで告白したことを、いつもの冗談でごまかさなくったっていいじゃないっ。  
「……」  
二の句が告げなくなって口をぱくぱくさせてるわたしを見ていた涼音さんは、突然ふきだした。  
涼音さんはけっこう爆笑するタチなので、笑い転げる、といった表現がぴったりだ。  
「……ご、ごめんごめん、芹香ちゃんがあんまりかわいーもんだからつい……」  
「ひっどおーい、あたしはまじめに話してるのにっ!」  
涼音さんてば、ずるいんだ。  
そうちょっと拗ねたら、涼音さんはふいにまじめな顔になった。  
「……そうだね、ずるいよ僕は。芹香ちゃんにはキレイなところしか見せたくないって思ってる」  
今度はわたしが面食らう番だった。  
涼音さん。  
小さいころにおかあさまが亡くなって、おとうさまは浮気性で、反発してた涼音さん。  
ほんとうはさみしがりで、コンプレックスのかたまりな涼音さん。  
だけどわたしは、その全部を、涼音さんじゃなくて藤くんだったりさやかさんだったり、  
別の人から教えてもらったんだ。  
涼音さんは、過去の自分は嫌いだって言っていた。  
わたしを好きな、今の自分を見て欲しいって、そう言ってた。  
涼音さんは、わたしに気づいて欲しくないんだ。  
それで涼音さんが安らいで笑っていてくれるなら、  
わたしはいくらだって今の涼音さんだけを見つめてる。  
 
……やっぱり、弱いなあ。こういうのを惚れた弱みって言うのかしら。  
「でも、わたし、ずるい涼音さんもきっと好きなんだ。だって涼音さんだもん」  
「芹香ちゃ……」  
「わたし、もう酔っ払ってない。涼音さんと」  
涼音さんはわたしが言うのをじっと待ってくれてる。  
「ねっ……、寝たい、っていうのは、ちゃんとわたしの意思だから!」  
あーんもお、顔から火が吹くかと思ったよー。  
だ、大丈夫よね、退かれたりしないわよね?  
ベッドの上でふたりしばらくお地蔵さんみたいになって。うう、気まずいわ。  
先に口を開いたのは、涼音さん。  
「僕も芹香ちゃん好きだよ」  
涼音さんは、今度はふざけなかった。すごく真剣だけど優しい目をしていた。  
わたしはその澄んだ目に吸いこまれそうになって、次の言葉をどきどきしながら待った。  
心臓が爆発しそう。これ以上ないって速さで脈を打ってる。  
「今夜、部屋で待ってて」  
「部屋?」  
「うん、芹香ちゃんの部屋。僕が行くから、だから待ってて」  
 
「こぉらー、早く起きてこないと朝食片付けちゃうよー?」  
朝ごはんの支度をして、テーブルを整えて、  
寝起きの悪い4人(今日は涼音さんはちゃんと起きてるので、5人じゃなくて4人ね)を起こす。  
食卓につく水城さんはちょっと二日酔い気味で、あれからひとりでまた飲んでたみたい。  
でもゆうべ自分が言ったことはきっちりしっかり覚えてるらしく、ウィンクなんてされてしまった。  
昨日はキスまでだったって言ったら、どういう反応するんだろう。  
あら? よく思い返してみると、そもそもわたし、最初はキスをして欲しかっただけなのよね?  
それがゆうべ、水城さんとの話で盛り上がっちゃって、最後までいっちゃうのもありかななんて思えてきて。  
一回キスをしてもらったら、もっとしてもらいたくなっちゃって。  
わたし、欲張りなのかなあ……。  
食べ終わると勇くんは学校、藤くんは予備校、  
残っているのは水城さんとおじさま、そして涼音さんとわたし。  
大学は9月中旬まで夏休みだから、このあとわたしはたいてい  
食器を洗ったりお洗濯をしたり掃除機をかけたり、つまりは主婦業にいそしむんだけど、  
今日はそのほかに自分の部屋を掃除しなくっちゃ。  
普段からなるべく身の回りはきれいにしてるけど、もっとちゃんとやっておきたかった。  
なんたって、今夜、涼音さんと……だし。  
そう思ったらもうあちこち気になりだして、細かいところまでやっていたら、下から呼ぶ声が聞こえた。  
「せっりかちゃーん、おなかすいたー」  
 
え、もうお昼?  
慌てて時計を見ると、あらら。12時だわ。  
いつのまにか時間がたっていたらしい。  
しょうがない、またあとでやろうっと。  
わたしは大きな声で返事をした。  
「はいはーい、今行きまーす」  
今日のお昼はなんにしよう、なんて考えながら階段を下りると、涼音さんしかいなかった。  
「あれ? おじさまと水城さんは?」  
「デートがてら外で食べてくるってさ」  
水城さん……。  
これってやっぱり気を使ってくれたんだろうけど、でもでも昨日の今日でふたりっきりって。  
やだ、なんだか緊張する。静まれ心臓。  
「……芹香ちゃんさあ、無理してない?」  
「えっ!?」  
せっかく静まりかけた心臓が、おもいっきり飛び跳ねた。  
「僕、気は長いんだって言ったでしょ。焦らなくってもいいよ」  
「むっ、無理なんかしてないもん!」  
嘘じゃない。  
無理をしてるんじゃなくて、恋愛初心者で若葉マークだから、  
どうしたらいいのかちょっと困ってるだけなのよ。  
 
「涼音さんこそ、あたしのこと子供だと思ってるでしょ」  
思わずむきになって、そう言い返してしまった。  
そりゃあわたしは19にしては子供っぽいかもしれないけど、大学2年なのに高校生に間違われたこともあるけど、  
だからってほんとうに子供なわけじゃない。  
だいたい、年だって涼音さんとひとつしか違わないし。  
あ、なんだか泣きそうになってきた。  
もーう、涼音さんのばかばかばか。女の子の気持ちちっともわかってないんだっ。  
「ご、ごめん。僕が悪かったよ。だから泣き止んで、ね?」  
「泣いてないもんっ!」  
涼音さんはまいったな、て感じでわたしを見てる。  
……呆れたかな。  
ちょっと不安になって、手で顔をぬぐおうとしたら、涼音さんの黒くて長くてキレイな髪の毛がさらりと揺れた。  
涼音さんってふいうちのキスが得意なんだ。  
「良かった、泣き止んだ」  
あんまりびっくりして、涙がひっこんだだけよっ。だ、だってまだ一回しかしたことなかったんだもの。  
あーあ、勝てないなあ……。  
「続きは今夜、ね」  
そう言って涼音さんはいたずらっぽく笑った。  
つ、続きって。うわーうわーうわー。  
あーもお、わたし、今日一日じゅうどきどきしっぱなしでいなきゃいけないのかしら。  
前途多難な気がするわ。  
 
 
なんだか昼間がすごーく長くて、太陽が沈んでお月様が出て、ようやく夜になった。  
いつもより長めにお風呂に入っていたせいで、ちょっとのぼせちゃったみたい。  
でも、頭がぽおっとしてるのはそれだけが理由じゃない。  
部屋も片付けたし、下着は可愛いの選んだし、ええっとそれから……もうない、かな?  
あとは涼音さんが来るのを待つだけ。時計の針が気になっちゃってしょうがない。  
あーん、大学の合格発表のときとかよりもっともっと緊張するよお。  
こういうときどんな顔して待ってればいいものなの?  
ベッドに腰掛けてたらいかにもする気まんまんって思われるかなあ。  
あちこちリスみたいにぐるぐるして、結局床に正座で落ち着いた。  
ら、ちょうど小さなノックの音が聞こえた。  
「はっ……はーい」  
来たのね来ちゃったのね、いよいよなんだ。  
お邪魔しますって入ってきた涼音さんは、なぜか黒いタオルを持っていて、  
そしてわたしを見て目を丸くした。  
「……なんでそんなかしこまってるの?」  
えーっとですねー、それはー……。  
答えられないわたしに、まあいいやって涼音さんは言って、  
「床じゃあれだし、ベッド行かない?」  
「あっ、うん! は、はい」  
わたしたちは端っこにあるベッドに移動して、ちょこんと横がけに座った。  
斜めの壁に、向こう側には暖炉がある、8畳ほどの洋間。  
日中頑張って片付けたから散らかってはいないけれど、油絵の具のにおいがする。  
いまさら気づいてしまった。  
これって、お世辞にもムードがあるとはいえないんじゃないかしら……。  
せめてお花とか飾っておくんだった。  
それで、どうしようか。自分で脱ぐべきなのかな?  
女子高の保健体育じゃ、こんなこと習わなかったし。  
胸の前に3つボタンがついたワンピースタイプのパジャマなので、これを脱ぐと一気に下着になっちゃうのだ。  
手のやり場に困って涼音さんを見たら、涼音さんはやっぱり笑っていた。  
えーいままよっ。  
すそをつかんでがばっとやろうとしたわたしの肩は、涼音さんにがしっとつかまれてしまった。  
え、え? わたしなんかおかしいことした?  
 
「涼音さん?」  
わけがわからないまま、よく見たら涼音さんの身体は震えてる。  
これってひょっとして……爆笑するのをこらえてる……?  
「あ……っははっ……せ、芹香ちゃんって行動が読めないよねっ」  
「どーせ突拍子もないですよー、だ」  
「うん、でもそういうとこが好きさ」  
ごめんなさい降参です。わたしは素直に白旗を揚げることにした。  
「……初めての場合、女の子が自分で脱いじゃダメだったの?」  
「ダメではないけど。僕が脱がそっかなー、と思ってたのにさ、芹香ちゃんってば思い切りがよくて」  
そう、だったのか……。さっそく失敗しちゃったわけなのね。  
「じゃ、じゃあ、どうぞっ」  
涼音さんの手が、上から順番にボタンをはずしていくのを、わたしは黙ってみていた。  
別に脱がされるのは初めてじゃない。  
初めてじゃないどころか、裸までばっちり見られてしまっていたりする。  
だけどやっぱり、そういう意識があるかないかっていうのは、だいぶ違うわよね?  
あのときはあんまり気にならなかったけど、今はなんでこんなに緊張するのってぐらい緊張してしまう。  
ボタンをはずし終わったら、スカートの裾をたくしあげられた。  
すっ、涼音さんの手がっ手が、手がっ!  
そりゃあ脱がせるんだから当たり前かもしれないけど、服の中に入ってきてるっ。  
息をひとつついたら、もうブラとパンツだけになっていた。  
さ、さあ、これからねっ。  
涼音さんの手が背中に回されて、ぷちんって音がして、胸がすってなった。  
締め付けてたブラがはずれたんだって頭で理解したのは、それが下にするり落とされたのを見たときだった。  
そこで涼音さんはいったん手を止めて、自分の着ているストライプのパジャマのボタンをはずしはじめた。  
そういえば、涼音さんの身体って見たことないや。  
「なーに芹香ちゃん、じっと見て。なにかついてる?」  
涼音さんはおちゃらけた風にそういった。  
いえ、むしろなにもついてないから見てるんです。  
上着を全部脱いだ涼音さんの胸はやっぱりたいらで、ああ……涼音さんも男のひとなんだな、って  
あらためて感心してしまった。  
触りたいな……。  
 
「触っても、いい?」  
「うん」  
おそるおそる手を伸ばして胸を撫でると、涼音さんの体温が指先から伝わってくる感じ。  
涼音さんは、ちゃんと大人の男のひとだ。  
触っていたら抱き寄せられて、背中を支えられながらそのままそっと後ろに押し倒された。  
シーツがしゅす、と音を立てて、すこしひんやりする。  
涼音さんの長い髪の毛が、身体にかかりそう。  
「し、知ってると思うけど、は、初めてだからっ」  
「うん。大丈夫。月並みな言葉だけど――優しくするよ」  
影がかぶって、キス。数回、角度を変えては軽いキスが落ちてくる。  
やわらかくって気持ちいい。  
シーツの上に散らばった髪をかきあげて、首筋にもキスをされた。  
手は、胸に。  
ちょっとくすぐったくってむずむずする。なんだか笑っちゃいそう。  
「……あ」  
それをこらえて、そっと触られたり、軽く押されたり、ちょっとこねられたりしてるうちに、  
だんだん変な感じになってきた。  
胸の先がかゆいような、痛いような。  
涼音さんもそれがわかったのか、そこに指先をすっと移動させてきた。  
や、ちょっ……なんだか……。  
初めてなのに、なぜか身体は次に来る刺激を知っているように、期待をし始めた。  
そして涼音さんの指が、きゅっと乳首をつまんだ。  
「ひゃ」  
な、なに、今の。なんか変な声がでちゃったよっ。爪ではじかれて、また。  
「あっ」  
涼音さんは楽しそうに、わたしの胸をいじっている。  
わたしはどう反応していいかわかんなくて、ひたすら真っ赤になった。  
身体があったまってきて、お腹の中からじんわりとなにかが生まれてくる。  
と、思っていたら、最後の砦のパンツを脱がされた。  
あ、あれ?  
そのまま、涼音さんがひざの間に手を入れてくる。  
 
ひゃあああぁぁあぁああっ。  
そんなところ、えっ、あの、もちろんちゃんと洗ったけど、やっぱりき、汚いような気がっ。  
自分でちゃんと見たことなくて、そこがどんな形をしてるかなんて知らない。  
でもなんか入り口? みたいなところがあるのよね。  
えーっと確か、保健体育では大陰唇とか、習ったわ。  
字からいくと、きっと唇みたいに上と下があわさって、割れ目になってるのかしら。  
で、とにかくそこを涼音さんの指がなぞってるのよっ。  
さっきよりもっとくすぐったい。ひざを閉じたい。そこを隠して、それからこすりあわせたい。  
「うーん、やっぱりまだあんまり濡れてないね」  
涼音さんが確認できるってことは、つまりわたしはそこを涼音さんに晒してるってことで……。  
もうちょっとかな、と言って涼音さんは身体を下にずらした。  
見えなくなるのが不安なので上半身を起こすと、涼音さんはわたしの足の裏をぺろりと舐めたんだ。  
「!」  
刺激が強すぎて、せっかく起こした上半身がいきおいよくベッドに逆戻りしてしまった。  
足の裏どころか、指まで口に含まれて、わたしは足をばたばたさせなかったのが不思議なくらいだった。  
「やっあ、涼音さん、……っめよぉっ」  
涼音さんの口の中にあるところから、じんじんするものが侵食してきて、一点に集中する。  
我ながらよく我慢できたと思うわ。もしかしたら蹴っ飛ばしてたかもしれない。  
おしりの筋肉に力がはいっちゃって、ぎゅってなってる。  
わたしは首を横に傾けた。腕はなにかすがるものを探してさまよっていた。  
枕があったのでひきよせて胸に抱きしめる。  
涼音さんは今度は頭をふともものあたりにうずめて、吸い付いた。  
そのときなにか、油のにおいじゃない別のにおいがかすかにするのに気がついた。  
それが自分の内側から出るにおいだとわかって、一気に頬に血が上がった。  
そ、そういえばさっきからなにか足と足のあいだがちょっと冷たくってすーすーするわっ。  
でもそのすぐ中の部分は血が集まって熱い、これって濡れてるの?  
顔を上げた涼音さんは、ちょっとベッドを降りて、脱いだパジャマのポケットを探った。  
えっと、あの包みは、もしかして。噂に聞くあれですか?  
 
エイズについて活動してる団体の人が学校に来たとき、  
講演の後に配ってるのを遠巻きに見たことは、あった。  
あったけど、こうして実際に自分が使う立場になるなんて、  
あのときは思ってもみなかったわよ。  
あ、使うのはわたしじゃなくて涼音さんか。  
涼音さんはベッドに戻ってきて、さっき持ってきてたタオルを私の腰の下に敷いた。  
薄いオレンジっぽいゴムを被ってるあれ、す、涼音さんにもやっぱり、あるんだ。  
自慢じゃないけど、すっごい昔、弟の卓美のちっちゃいのを見たことしかない。  
そ、それが、大きくなるとこうなっちゃうの?  
「芹香ちゃん、怖い?」  
なんて答えていいやら。確かに少しは怖いけど、でも待ち望んでる自分もいる。  
だからへーき、って首を振った。  
膝が割り開かれて、そこへ涼音さんの身体が入ってくる。  
顔が見えなくてジャマだから、って枕を取り上げられた。  
濡れてるそこに、熱いものが押し付けられた。  
そのまま、くちゅりと中に入ってこようとするのを、  
わたしはぎゅっと唇をかみ締めながら耐えた。  
涼音さんの腰は止まっている。  
「芹香ちゃん、息、つめないで。吐いて」  
「はっ……」  
言われたとおりにすると、涼音さんの表情がすこしだけやわらいだ。  
ごめんね、って涼音さんの顔に書いてあるような気がする。  
なんであやまるんだろう、わたしは幸せなのにな。  
「……んっ」  
目に汗が入りそうで、まばたきがしにくい。  
涼音さんは動きを進めて、わたしの入り口――空気に触れて冷えた部分があったかくなって、  
そこからマグマみたいに熱い中に、焼けた鉄の棒みたいに熱いものが入ってきて、  
中で溶け合うような気がした。  
ゆっくりゆっくり、身体が圧迫されていく。  
息がしにくくて、つまる。  
入り口のほうは気持ちいいんだけど、奥のほうにいくにしたがって痛い。  
 
目を上げたら、涼音さんの形のいい眉がちょっとひそめられている。  
涼音さんも苦しいのかもしれない。  
わたしがなるべく痛がらないように、時間をかけて少しずつ進んでくれてるんだってわかる。  
わたしの中、きついのかな。入れにくいのかな。  
処女だとやっぱりやりづらいの?  
「っあ……!!」  
ぐ、ってひときわ大きな異物感とともに、はっきりした痛みがあった。  
額に汗をかいてる涼音さんは聞き取りにくいほどの音量で「ごめんね」と言って、  
繋がっている部分に指を伸ばしたように見えた。  
どこか「こりっ」とした感じのところを触られて、とたんに今までとは違う、  
脳が明確に「快感」だってわかる感覚が襲ってきた。  
「はぁぁん!!」  
な、なに? なんかおかしくなる、これなに?  
身体の奥からとろっとしたものがこぼれてくるような。  
水源があって、湧き出してくるみたい。  
「気持ちいい?」  
「よ、よくわかんない、けど、気持ちいい……と、思う」  
言いながら、無意識のうちにわたしは腰を軽く持ち上げて、  
涼音さんに擦り付けるような感じになっていた。  
身体って正直だ。そのまんま反応しちゃってる。  
涼音さんは入ってきたときと同じくらいゆっくり、また出て行こうとしてる。  
なんだか寂しくなってしまって、そうなってしまった自分に赤面したり。  
でもまたすぐ、自分の中が涼音さんでいっぱいになっていくのがわかる。  
「ぁ……」  
満たされるってこういうことを言うんだなぁ、って、幸福感とともに快感がやってくる。  
その幸福な気分のまま、わたしの「初めて」は、涼音さんのものになった。  
 

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