「ただいまー…」
例のごとく金にならない仕事を片付けて、日付も変わろうかという時間に冬悟はうたかた荘の扉を開けた。
珍しく共同リビングは静まり返っており、人や霊の気配はない。
(何だぁ?もう皆寝てんのか?)
と、
「お帰りなさい」
廊下の奥からペタペタとパジャマ姿の姫乃が歩いてきた。
「おー、ただいま。ひめのんまだ寝てなかったのか」
「映画見てたら熱中しちゃって…今お風呂出たとこ」
えへ、と決まり悪そうに姫乃が笑った。
「今ならまだお風呂温かいよ?あ、晩御飯も取ってあるけど食べる?」
自分を気遣ってくれる言葉が何だかくすぐったい。
「あー…、腹減ったな…」「そう?じゃあご飯温めてくるね」
くるりと踵を返す姫乃の方からふわりと甘い香りが漂ってきた。
「?ひめのん香水とかつけてんのか?」
記憶にない香りに首を傾げる。
「え?何も…あ、シャンプー変えたからかなあ?」
姫乃は自分の長い髪を一房掴み、匂いを確認するように嗅いでいる。
「なんか…すっげー甘い匂い」
「へへ、新製品で、すっごいいい匂いだったからつい買っちゃった。フルーツっぽくて何か美味しそうだよね」
「ああ…、確かに」
薄い寝間着のままで、風呂上がりのしっとりと濡れた髪とか、ほんのり上気した頬とか、それだけでも充分ヤバイのに匂いまで美味そうとか。
「…?明神さん?」
「すっげー美味そう」
姫乃に覆い被さるように囁くと、冬悟は姫乃の首筋をぺろりと舐め上げた。