正直、退屈していた。正確にはどこか抜けている気がしてならなかった。
あんなにも先代達が恐れたパラノイドサーカスも、いまやうたかた荘の住人で、
付け狙った桶川親子とすらひとつ屋根の下だ。
あれから、一年が経とうとしていた。
悪いことな訳がない。ただ、あまりに平和になっているのが湟神澪は信じきれ
なかった。冬悟より長く案内屋をしてきた分、次の戦いの予感を一人で持て余
しといったところか。
「杞憂かな?」
「…」
火神楽正宗は答えない。普段から口数は少なく、安易な答えは言わない。
「仕事だ。・・・起これば出るだけだ」
「そうしたらまた姫乃や雪乃さんが・・・!」
「まだ起きてもないんだ。わざわざそんなこと言いに来たのか?」
あの戦い以来案内屋が集合するのは誰が決めるでもなくうたかた荘になっていた。
「それは・・・・」
「澪ちゃーん♪貰ってないけどホワイトデー!!」
張りつめた空気を白金がぶち破る。盛大にドア。開け両手に抱えた薔薇の花束
とぬいぐるみ。
「暴れるな!!ドアが壊れる!床抜ける!!」
追って白金に怒鳴り込む明神。その明神にガクがイチャモンをつけるのは姫乃
から貰ったチョコの差を一ヶ月引きずっているかららしい。
うたかた荘は平和だった。
こいつらを見ていると自分が固すぎるように思えた。
「どうだ?」
「私の敗けだ正宗。まだまだ杞憂のようだ…白金、ぬいぐるみだけ貰ってやる」
ひょいと白金の腕からシロクマのぬいぐるみを取り上げる。なかなか可愛い。
ふかふかとした感触に混じって硬質な紙が指先に当たった。
『★愛しの澪ちゃんへ☆照れ屋で渡せなかった事ぐらい分かってるさ♪でも、
そんなところも魅力的だと思うよ。何時だって君のもとに駆け付けるからね
〜最大の理解者にして君のヒーロー・プラチナ〜』
メッセージカードは丁重に返した。無理矢理三人を押し出しながら、最後に
出来る限りの軽蔑の眼と冷笑を浮かべてキモいと添えた。サングラスにヒビ。
一転部屋は静かに戻る。
「鬼だな・・・」
「じゃあ、あのまま騒がれてた方がいいのか?」
「ふん、下らねぇ」
携帯を取り出す正宗の隣にそっと座った。澪は入れたばかりのぬいぐるみを
撫でる。要はすることが特にないのだ。
「私は嫌だったな・・・・誰かが来るの」
「・・・知るか」
二人のキスはいつも予告がない。互いの意思がよく重なる。それだけ。
急におこることだから、たまたまそこに居合た者に罪は無い。
「おほおほほ!!風呂なんかの比じゃねぇぞツキタケ!」
「やばいって!見つかったら消されちまうよ!」
エージとツキタケはたまたま火神楽の借りた部屋を出た。本当に理由は無く、
壁をすり抜けている時だった。十四でレディースの頭を務め、兇暴な性格を
二人に植え付けたあの澪が、自分からキスをしている。
『大人の恋愛』を二人は聞きかじりながら、知ってはいる。それでも、澪が
眼を瞑り少しだけ頬を染めて唇を重ねる様は、女性的で、官能的で二人には
刺激的過ぎた。
恐怖を感じる対象が絶対的に美人なのだ。一つキスをするのでも澪のものは
絵になった。
「ツキタケもう一度入るぞ!」
「駄目だって!殺されちまうよ!」
そこまで言って二人は悪寒を感じた。気配等と言う不確かなものじゃない。
「・・・・!!」
みしりと床が軋む音。阿修羅のような禍々しい殺気にエージは硬直した。
「もう遅い。エロガキどもが」
ツキタケだけ澪に首根っこを掴まれる。
信じられない勢いで身体は浮き、外壁を無視してツキタケは一気にうたかた
荘から吹き飛んだ。
「何でオイラが!?」
僅かに聞こえた親友の断末魔の叫びにも似た声と、既に得物が抜き身の澪。
最悪の状況でエージは消滅させられないために口走った。
「こ、交換しようぜ!!」
「交換?そんなバットやボールなど要らん」
「違げーよ!これは俺んだ!!時間をやる!!」
「時間?」
「そ、そう時間!いまから俺が一晩うたかた荘を空にしてやる。だから思う
存分・・・・痛ってぇ!!」
―思う存分―その言葉が駄目だったらしい。澪の平手打ちが思い切りエージ
の頬を叩いた。すこし顔を赤くしながら。
「私と取り引き。随分な口を覚えたなエロガキ」
「良いんじゃねぇか?何だかんだ都合良いし」
「正宗ッ!何を言って・・・」
「さすが眼帯の兄ちゃん!!」
普段無愛想な正宗が今のエージには仏のようにすら思えた。
「俺は居ても構わんがよ。とりあえず出来んのか?」
「大丈夫だぜ!こっちは策があるんだ。ツキタケと考えりゃ絶対に失敗しな
ね!うん」
「明神!!今日キャンプ行くぞ!!」
(馬鹿だったぁーー!!!)
澪は窓から眺めていて絶望した。同時に結局エージの提案に乗ってしまった
自分を叱った。
いくら子供とはいえ安易過ぎる。澪は白鞘を手にとった。
「あの餓鬼・・・!!」
「まぁ待てよ」
正宗の制止があればこそ、ここで待機しているが本当はすぐにでも潰しに行
きたかった。
「無理無理無理!!急すぎるだろ!!」
「みんな来てんだぜ!」
自分が明神の立場でも同じことを言っただろう。
「ふふ、明ー神。こっちは準備できてんだ。男じゃねぇな」
(ん?)
得意げに笑うエージの後ろから『うたかた荘の怪物』が現れた。
「みょーじん!!きゃんぷ!きゃんぷ!」
「おい山でだったら遠慮なく喧嘩できんだろ!!」
「人間が自然を享受する。アンバランスだけどビューティフルだね」
「キヨイが行くなら行くー!!」
ぞろぞろと増えるあまりにも能天気な奴らに押され明神があとずさる。
「お前ら霊だから食べなくて良いけど、俺らは・・・な?」
「私も学校春休みだから平気だよ?良いじゃない?星も見たいしねお母さん」
「そうね。楽しそうじゃないですか?」
「ひめのんが行くなら俺も・・・星空での婚礼・・・ロマンティックだ」
明神の旗色が悪くなっている。一線越えて諦めた。
「やりゃー良いんだろ!?プラチナ!奥の倉庫からテントもってこい!!」
「俺が!?俺ヒーローだよ!?」
(これは・・・すごい!すごいが・・・・想像以上にこいつらアホだ!!)
三十分もすると完全に周りはキャンプ気分だった。
「湟神と火神楽は行かないのか?」
「俺か?俺が行ったらここはどうする?それに『楽しい』キャンプに野戦演
習をしたいか?」
「あ、ああそうね。うんじゃあ悪いけど留守番頼む」
明神が澪にも尋ねる。
「わ、私か!?あーそうだな。うん・・・ほら依頼が来た時二人以上いないと
ここ空けちゃうことになるだろう。そ、それやっといてやるからさ!行って
こいって!!」
我ながら下手な言い訳をした。うたかた荘への依頼など滅多にこない。
ものすごいメンバーで裏山を目指す住人らを二回から見おろした。
何かを、もっと言えば誰かを忘れている気がするが些細な事だろうと割り切
った。
「わざわざ出かけさせちまってよ」
「良いだろ!もし姫乃やアズミに見つかったらどうする!?」
「俺は構わねぇって言ってんだろ」
「私が・・・!!」
「うるせぇな」
正宗は卑怯だ。
まだ言いおわっていないのを分かっているのに、キスで止める。すぐに諦め
る私もまだまだと澪は思った。
舌が唇に触れる。本格的なキスになりそうで、澪は正宗の身体を引き剥がし
た。
「プは!まだ・・・早い。夕食の後でだ」
「なんだ、生殖活動か?人間はいつでも発情期で困るな。気にするな、有性
生物の本能だ。笑いはしないさ。それよりキヨイ達までどこに行った?」
すぐ後ろでグレイが眼鏡の位置を直している。
笑いはしないなどと言っておきながら、口元は小馬鹿にしたように歪んでい
た。こいつがあの時居なかったのを忘れていたのだと今になって気がつく。
「裏山にキャンプ行ったぜ」
「火神楽正宗。取り乱さんな」
「問題無し(ノープロブレム)だからな」
硬直する澪を挟んで静かに駆け引きが行なわれる。
ちりちりと澪の肌が痛むほどに、正宗は殺気を放っているのは分かった。
邪魔をされたのが気に食わなかったようだ。
「野卑な戦争好きかと思ったら、意外に紳士だな。あぁそれと湟神澪。安心
しろ。明神冬悟と桶川姫乃も同じような仲だ」
「なッ!!?」
澪は耳を疑った。姫乃には純粋なイメージを抱きつづけてきたし、冬悟を慕
っているとは分かっていたが、冬悟もよく手を出したものだ。とも思った。
「裏山だったな。ちなみに先に誘ったのは桶川姫乃のほうだったな」
どこまでが真実かもう見当がつかないほどに、澪は困惑していた。既に顔は
林檎のように真っ赤に。正宗は平然としている。
「楽しんで構わんぞ。では邪魔をしたな」
最後までくつくつと不敵な笑みを絶やさぬまま、グレイは姿を消した。
「・・・気がついていたのか?」
「明神冬悟と桶川姫乃か?あんな分かりやすいカップルも珍しいだろ」
全く気がつかなかった。相変わらず冬悟は熱血管理人であったし、姫乃は無
邪気なままで、昼間もアズミと遊んでいた。
私は疎いのか?澪は自問自答して黙り込んだ。
「とりあえず飯食いに行くぞ」
「え?」
「えっ、て。作る気か・・お前」
正宗の眉間に皺が寄る。前に自作の料理を食べさせた事があったのだが、携
帯食(レーション)のほうがマシだと言われたのを思い出して少しむっとした。
料理が不得手なのは自覚している。と言うよりも家事全般が苦手だった。
正宗に改めて指摘されると、幾ばかりか情けなくなる。
けれど今はそれよりグレイの言った話が頭を支配してならなかった。
「まさか姫乃が・・・」
「まだ言ってんのか」
二人で入ったスパゲッティ屋。澪が選んだ店なのに、頼んだボンゴレに手
をつけられずにいた。
あの二人が互い淫らになる姿をどうしても考えてしまい勝手に赤面した。
「お前もさして変わらぇだろ」
「なんだとッ!・・・いや・・・いい」
息を巻く澪に対して正宗はあくまで冷静にフォークを動かす。怒ろうとし
たがやめた。エージたちの協力してもらったのもこういう時を過ごすため
のはずだ。立とうと揚げた腰を降ろした。
それにそもそも勝手に動揺しても何にもならないのに気がついた。
早くしないと冷めてしまう。澪は麺とアサリを咀嚼してからワイングラスに
口を付けた。
誰も居ないうたかた荘。文字通り幽霊すら出ないのはかえってここでは非現
実的だった。
午後八時半。もうすっかり日も暮れている。
『必要以上にガス・電気・水道を使わないこと』
出発する際に冬悟が再三言ってきた事。
「だからって・・・・なんでここに居るんだ!」
澪の怒声がいつも以上に響いたのは、風呂場だから。
正宗は澪の文句をうるさそうに、節約と言って湯船に浸かっている。
澪は恥ずかしそうに、少しだけ離れて湯入る。正宗から近づいて、乳房を隠
している腕を取り払おうとする。
「スる気か!?」
「ヤんねぇのか?」
「そ、そうじゃなくて風呂場(ここ)でするのか・・・?」
「汚れなくていいだろ?」
またキスで強行採決。
本日三度目のキスは二人で分けたワインの味がほのかに香る。今度は舌を受
け入れる。歯茎や頬の内側をゆっくりなぞられてから舌同士を絡める。
舌を甘噛みすることで、精一杯の愛情を伝えた。
「ん・・ちゅは、ふ・・・!」
段段と二人の舌が深く絡まる。正宗に支配されるのが、意外に好きだった。
甘い感覚に引き寄せられるように、正宗の身体に手を回しながら立ち上がる。
フォークダンスのように体をつけながら、湯船から出た。
混ざり合った唾液が流れてきたので、飲み下す。喉が焼けるようで膝がガク
ガクとした。
ひたひたに濡れたタイル。力が抜けて座り込むと、ひんやりと冷たくぞくぞ
くする。
「はぁ・・・ん・ぁ!」
またキスをする。
正宗の頭に手を回して、眼帯を取った。弛んで、音を立てて落ちた。
普段誰にも見せないその下。澪だけが知っている秘密。愛しい人のことを専
有できるのが嬉しかった。それほどに澪は初心な心の持ち主で、それを自ら
の美徳なのだと信じていた。
「正宗・・・」
静かに名を囁いて、『右目』を撫でた。『愛撫』という言葉の本当の意味を
理解した気がした。
撫でていた澪の手を、正宗が右手で掴む。しっかりと捕らえて放さない。
残った左手は背に回される。
そのまま傾けられ、背中が全部タイルに接した。
正宗の手は硬い。幾つも肉刺がつぶれては再生し、繰り返して木の皮のよう
になっている。その硬化した手が澪の乳房を鷲掴みにした。
「馬鹿ッ・・・ん、ぁ。強すぎる・・・」
「お前はこんぐらいが丁度良いだろ・・・」
普段下手に出るのが得意でない分、甘えられる機会には緩みが出る。
それはそのまま性癖に表れるようで、多少痛いもののほうが気持ちよくなれ
た。
跡が付くくらいに握られると、痛覚にうめく。同時に甘美な刺激が背筋を走
る。
「はぅ!あん!!」
桜色の先端が擦れて、意に反して一際高い声が漏れた。
なぜかどうしようもなく恥ずかしく思えて左手で封をした。
「聞かせろよ・・・」
胸にやって手で封をつかむ。両腕とも抑えられた。
赤ちゃんが寝る時のようなポーズで固定される。正宗は下がり、澪の乳首を
口に含む。
「あ!ぁはあ!!・・・んん!!」
舌はざらざらしていて、熱く気を狂わせそうな快感を生み出した。
執拗に、突起をいたぶる。やがて胸全体が痺れるような感覚に襲われた。
「はぁ!あ!・・・ぃぁあああ!!」
思考が追いつかず、絶頂を迎えた。
腰が浮いて、痙攣した。力が入らず、正宗の顔がフィルターをかけたように
霞む。
「起きろ」
唇の温かな感触が正宗の唇だと気付くには、随分時間を要した気がする。
「んぁん・・・ヂゅは」
光る糸を引きながらキスを終えると、澪は体を抱きかかえられ為すが侭に浴
槽の縁にしがみついた。
正宗に尻と秘所を晒している。やっと起きた脳が理解すると、一気に羞恥心
が昇ってくる。
「こ、こんな姿勢でっ!!」
「可愛いから、良いんだよ」
反則技だ。こうまでストレートに言われてしまうと言い返す術を、澪は知ら
ない。後ろで正宗が突き出した腰を抑える。
来る。指が秘所を割った。
しっかりと愛液に濡れた澪の秘所は、正宗が指で広げると、ひんやりとした
外気に触れてか、ひくひくと震えた。
「澪・・・」
「き、来てくれ」
正宗は既に張り詰めている自身のを、当てて、衝いた。
「はぁん!ひき!!」
もう随分と艶の乗った声を止めようも無くあげた。澪の膣内は凹凸だらけの
上に雄を逃がすまいと強く引き締める。
細い腰が壊れそうになるほど打ち付けた。
「まぁ!ま、正宗ぇ!ああん!!!」
処理しきれない快感から逃れるように、澪は頭を振った。
髪が乱れて、美しい曲線を描いた肩から首が露出した。欲情的で正宗は思わず
生唾を飲む。
のしかかるように体を密着させると、うなじにキスをした。舌を這わせて鎖骨
へ。顎を掴んで顔を持ってくると、そのまま乱れるままにキスをした。
気が狂う。
澪の頭はすでに白くなりかけていた。正宗の舌を貪欲に貪った。零れ落ちる唾
液もいとわない。
「正宗ェ!」
何度も、何度も愛する男の名を呼んだ。
水音と肌がぶつかり合う音。反響して風呂場を包み、聴覚まで犯された。
冷たいものが体中を駆け巡る。刹那、白。
「きぃ!、正宗!!」
「澪!」
「ああ!あああ!!あ、ああ!あぁぁ!」
抑えられない声が木霊する。
抱きしめられ、熱いものが体の中に流れ込む。正宗の種。溶け出しそうな気す
らした。
全身の筋肉が硬直して、しばらくすると全ての腱がちぎれたようにへたりと倒
れた。そのまま澪は目を閉じた。
「って後始末。・・・面倒くせぇ」
五号室。正宗が借りた部屋。布団は一つで、二人で寝た。
というより澪は気がついたらそこに居た。
「正宗・・・運んでくれたんだ・・・」
「・・・」
不意に、さきほどの情事を思い出す。
「アズミ。いるだろ」
「・・・・」
いつに無く無口だった。機嫌が悪いわけじゃない。なんとなく、あの非現実的
な行為から抜け出すと、少しの間喋りたくなくなるのだ。
承知の上で嬉しそうに澪は続けた。
「可愛いだろ。私な、あんな子を産みたいんだ・・・」
「!・・・・お前な・・・スクランブルエッグ、焦がさなくなったら、考えてやる」
「ふふ。馬ぁ鹿」
正宗の腕に自分のを絡めた時、澪は既に静かに寝息を立てていた。