━━━激しい攻防の中、血の赤が空を舞った。直後、どさりと人が倒れる音がする。  
(やられたのは誰だ?)  
澪は身を隠していた茂みから目をこらす。その人物が師匠の湟神一兆とわかるや  
いなや身体が勝手に攻防のなかに身を割って入っていた。  
『もういいだろう、やめてくれ!』  
自分でも目の前の化け物、ゴウメイにそんな言葉が通じるはずがないのが理解して  
いても言わずにはいられなかった。  
ゴウメイの機嫌を逆なでしたのであろう、すぐさま拳が叩きつけられようとしていた。  
その刹那、割って攻撃を受け止めたのは、がっしりとした躰を黒いコートに包んだ  
サングラスの男、明神、だった。  
『俺がこいつの異天空間をやぶる!』  
『でも…!!』  
(おまえだって限界だろう)  
『いいからいけぇぇぇっ』  
叫んだ明神は振り向き様に澪を安心させるように余裕の笑みを浮かべた。  
『待てっ…明神っ!』  
 
 
次の瞬間、澪の目に映ったのは薄暗がりの中、何かを掴み損ねたように空に  
差し延べられた自分の左手だった。  
(ここは…)  
手の平を見つめながら記憶を辿る。  
(そうだ。姫乃の居場所がばれ、パラノイドサーカスから逃亡の最中、だ。)  
傍を見やるとすぅすぅと寝息を立てて眠る姫乃とアズミの姿があった。  
周りの連中もこぞって寝入っている様子だった。  
(無理もない、あの闘いから幾日もなく逃げている身だ。あいつは…)  
肝心の冬悟の姿を探すと寝ているのかは知れないが、部屋の妙な位置で転がっていた。  
それを見て澪は安堵する。  
(冬悟をあえて明神と呼ばないのは案内屋として認めたくないからではなく、本当は…)  
 
思考が鈍るのを感じ、澪はそっと姫乃とアズミを囲った結界から抜け出す。  
そのまま気配を消して仮宿にしている廃屋の屋上に向かう。  
今晩の見張りを担っていた火神楽に声をかける。  
「目が覚めてしまったよ。どうせ今晩は寝付けそうにない。見張りは代わる。  
 姫乃の結界も安定しているから心配ない。」  
火神楽は澪の表情を見たのかのかすらわからないが、何か察したのだろう、  
黙って下に降りて行った。澪にはその無言がありがたかった。  
 
風が身をかすめていく中、手を見つめながら夢の続きを追っていた。  
(あの時、それでもあいつは生きて帰ってきた…。  
 五年前に旅立つ時、明神がいなくなるなど考えもしなかった。  
 パラノイドの連中とは休戦状態だったのだ。それなのにっ)  
明神がこの世にいない。それだけで足元が揺らぎ奈落の底に落ちていくようだった。  
「ふっ…」  
いつから泣いていたのだろう、澪の頬に涙が滴り止まることをしらない。  
涙が崩れ落ちていきそうな思いを濁して塞いでいった。  
 
 
どのくらいの時間が経ったのか。  
一陣の風と共に気配ひとつ傍にあった。  
「あんまり泣くと可愛い顔が台なしだぞ?ミオちゃん。」  
いきなり頭上から降って湧いた声に澪は目を見張った。  
(今の声は)  
俯いていた目線を上げていくと見馴れた黒いコートの裾を視界が捕えた。  
がばりと上を見上げると声の主、いるはずのない明神の姿がそこにあった。  
 
「なっ…明神!?」  
澪が叫び声に近い明神の名を言い終える前に明神が慌てて澪の口を塞いだ。  
「しぃー!他の奴に聞かれたらヤバイ。澪、結界はってくれ。  
 声も姿も消せる強めのやつね。」  
片手で澪の口を塞いだままの明神は勝手に指示を出す。  
澪はなすがまま頷くと言われた通りに水で結界を敷く。  
作業を終え、澪は改めて明神と差し向かう。  
明神はというと張った結界を見、内側をぺたぺたと触りながら喜々としている。  
「澪も立派な案内屋になったな。湟神のじーさんも喜んでるだろう。」  
「ふん。どうだかな。」  
 
………  
しばらくの沈黙の後、ようやく澪が我に返る。と同時に、明神の両襟をつかみあげる。  
「だから何で成仏したはずのお前がここにいるんだっ?!!」  
「苦しいって。なんでって言われてもなー。俺、まだ上には行ってなかったし。」  
「じゃあ、今までなんで姿を見せなかった!」  
「んー?俺はもう引退したし、冬悟は俺がいなくても、もう大丈夫だ。姿見せると逆に  
 アイツのためにもならないしな。あいつ、勝手に成仏したと思い込んでたしちょうど  
 よかったな。うん。」  
 
(冬悟のやつちゃんと確認してなかったのか…あの馬鹿…)  
澪は気合いが失せ、襟を掴んだままへたり落ちた。  
 
「ただな、まだ大丈夫じゃない子がここにいたから会いに来た。」  
そう言うと、優しく頭を撫でる。澪がその顔を見上げると少し困ったような、  
安心させるような笑みが口に刻まれていた。  
「すまない。」  
手を離し、改めて明神の姿を見つめる。  
開放されたとはいえハセに魂を取り込まれたダメージがあったのか、ところどころに  
魂の脆い箇所があった。  
おもむろにナイフを取り出し、手の平を切る。  
「なにしてるんだっ」  
急な行動に明神があたふたとする。澪は手を明神の口へ差し出す。  
「飲んでくれ。」  
「澪、そこまで俺にすることはないぞ。俺、もう死んでるんだし。」  
「私が飲んで欲しいんだ、頼む。」  
(あんたには私は何もしてやれなかった。守ってもらってばかりで…)  
引かないのをみたのか明神は素直に折れることにした。  
「可愛い子にこんなことさせるなんて罪な男だね、俺も。」  
おどけながらも澪の手を取り、口付ける。零れ落ちそうな手の端の血を舐め取り、  
ゆっくりと傷口へと舌を這わせていく。  
「痛くないか?」  
明神は怖ず怖ずと問い掛けるが澪は黙って首を振る。  
身体に触れらるとはいえ、明神には確かに生者とは違う冷たさがあった。  
死んだという事実をじかに感じ取りながらもいま二度と会えなかったはずの姿が  
そこにあり、触れていてくれる。  
冷たいと感じているはずなのに澪は明神に触れられるとそこが熱を帯びていくような  
錯覚に酔いそうになる。  
 
「なあ、澪。」  
ひとしきり血を飲み終えた明神は澪の手に視線を落としたまま静かに低く呟く。  
「もう、俺のことは忘れな。」  
明神の言葉に澪は体を強張らせた。  
(何を…)  
「私は…あんたと一緒に戦いたくて強くなったんだぞ?」  
明神は顔を上げふっと微笑む。  
「わかってる。だけどそれだけじゃ本当に誰かを守れるようにはなれないぞ。」  
見透かしたかのような指摘に澪は黙るしかなかった。明神の言葉は正しい。  
(そうだ。私は一人の案内屋だ。だが。だけど…)  
想いがたかぶり身体がつき動かされ、澪は明神に抱きついていた。  
「案内屋である前に私だって一人の女だっ…どうして離れて忘れていかなきゃならない」  
しぼり出した声はかすれていた。  
 
「澪…」  
明神は優しく身体を抱きとめ背中をぽんぽんと叩く。酷なことを言っているのは  
わかっていた。しかし、いつまでも死んだ者が側にいてやることはできない。  
気付くと澪は声を殺して泣いていた。  
(俺は本当に罪な男かもしれねえな)  
苦笑いをかみつぶすとふっと一呼吸置いて、澪の肩に手をかけ、顔を見つめる。  
頬を撫で涙を拭う。  
顎に指を添え、そっと唇を重ねる。  
澪はいきなり交わされたキスに目を見開き呆気に取られている。  
「さっき剄を分けてくれたお返しだ。」  
にかっと明神が笑いかける。  
「馬鹿…」  
「はっは。拳が飛んでこないのが不思議だよ。」  
すっかり泣き止んだ澪は茶化されつつも、もどかしい想いがましていった。  
――自分でもどう表現したらいいかわからない想い。口にするにはあまりに恥ずかしい。  
(もっと明神を感じておきたい。)  
 
今度は澪の方からキスをする。舌をそろりと差し入れると甘い愛撫が返ってくる。  
絡まっていく舌が身体に火をつけていく。それは明神も同じだった。  
息もつかせぬ荒いキスに一旦、唇を離すが澪はまた口づける。  
明神は背中に這わせていた手を豊かな胸へと滑り込ませていく。  
「んっ」  
口づけたまま澪は思わず声を漏らす。布越しからやがてじかに触れられると身体が  
びくりと呼応する。  
明神は弾みのある乳房の感触を味わうようにゆっくりと揉み上げやがてその中心へ  
指をやる。すっかり突起していた敏感な乳首をつまみ軽くこすりあげると澪が甘く  
声を上げ身体を反らせる。  
「澪、相変わらずいい身体してるな。」  
「なにをっ」  
澪は意地悪な言葉に顔がまっ赤になる。  
明神は自由になった唇を首筋から鎖骨へと音をたてて口付けて軽く吸ってゆく。  
澪を横たえると合間に慣れた手つきで服を剥いでいく。  
あっという間に裸にされた澪は改めて恥ずかしさが込み上げてきた。  
「ちょっ…待ってくれ」  
思わず胸を手で隠す。  
結界を張っているとはいえ中からは外が見える。明神の後ろには夜空が広がっていた。  
「可愛いな。澪。」  
明神には澪の恥じらいがかえって欲情をそそる。  
優しくキスをし、手を解くと乳房に吸い付く。  
「いやっ…」  
言葉とは裏腹に澪の身体は明神の動きの一つ一つに敏感に反応していく。  
明神が閉じた足を分け入り花弁に指を這わせると溢れんばかりに愛液がしたたっていた。  
表面を撫でられるだけで澪は頭がどうにかなりそうだった。  
「澪、凄いぞ、ここ。」  
わざと耳元でそんなことをささやく。  
「このっ…エロオヤジ!」  
 
澪の精一杯の反撃だが明神は聞き入れもしていない。  
足を開かせ花弁に舌を這わせる。愛液を舐めとり陰核を舌で転がす。  
「ああっ明神っ…」  
澪は身体を反らせたまらなくなり明神の頭を引きはがそうと押さえるが手には力  
が入らない。  
中心に指が差し込まれるとその手はもう床に落ち、下に敷かれた自分の上着を  
きつく握りしめている。  
明神は一本二本と指を入れ内部を探る。動かす度に想像以上にそこは締め付けてくる。  
その感覚に昔を思い出しはて、と首を傾げた。  
(もしかしてコイツ、あれ以来、寝てないのか?)  
口に出して確認すればさすがに消されかねない。  
「俺は幸せな男だな。ありがとうな、澪。」  
それだけ言って、再び深くキスをする。  
澪は唐突な言葉に一瞬戸惑うがキスは深く優しくまた思考を溶かしてゆく。  
明神は秘所を慣らしつつ首から胸、脇の身体のラインをなぞってゆく。  
ふくよかな胸に引き締まった身体、すべりの良い肌、刻まれた梵痕。  
そして先日、切り取られた腕にまだ残る赤い筋。  
明神には全てが愛おしく見えた。余すところなく愛撫していく。  
その度に澪の花弁からは次々と愛液が滴る。  
 
焦らすような愛撫に澪は耐えかねていた。ずっとこうしていてほしいようでもあったが  
身体が疼き本能が求めてやまない。  
「明神っ」  
「なんだ?」  
切羽詰まって名を呼ぶが明神は余裕を見せたままだ。  
「ほしい…」  
それだけ言うのが精一杯だった。  
明神はにやりと笑うと中でうごめかせた指の動きをいっそう荒くする。  
乱れよがる姿は明神の欲情をさらに煽る。  
澪はのけ反り声が出るのを必死にこらえるばかりだった。絶頂まで達しようかという  
瞬間に明神は唐突に愛撫をやめる。  
唇をふさぎ、舌を深く絡めとると澪の身体から力が抜ける。  
 
明神はその身体を起こすと真向かうように抱き、サングラス越しにまっすぐな  
視線を澪に向ける。  
「澪。」  
「な…に」  
もう澪にはあまり余裕がない。何より、目を合わせているのが恥ずかしかった。  
「…勇一郎って呼んでくれないか。」  
「え、ゆ?」  
突然で澪は戸惑う。下の名前でなど呼ぶのは初めてのことでそれこそ照れる。  
「澪。いまは俺も一人の男に戻る。」  
軽くキスをされると澪はまだ慣れないその名を口にする。  
「勇一郎」  
「もう一度。」  
「勇一郎っ」  
その名が呼ばれると同時に明神は澪の足を抱え上げるとそり立った自身を下からあてがい  
一気に奥まで突き入れる。  
「はあっん」  
待ち望んだ物が入ってくると澪の内部が波打った。  
離すまいかとするように明神を締め上げてくる。  
「澪っ」  
それまで余裕を見せていた明神も耐えかねる。肩にしがみついていた澪を引きはがすと  
恍惚としたなまめかしい澪の表情がそこにはあった。  
(やばい)  
明神は一瞬浮かんだ自分の感情を打ち消すように唇を重ね、固く張りつめたもので  
澪の中をかき混ぜるように突いて感覚に身を投じた。  
淫らな音が結界の中でこだまする。  
「勇一郎、ゆういちっ…」  
愛欲にまかせ、澪は熱に浮かされたように名を呼ぶ。  
明神の動きに合わせ澪はいつしかこすりつけるように腰を動かしていた。  
互いの身体がもつれあい、魂が溶けあう快感に酔う。  
「はぁ…あぁ…」  
澪の身体が限界に近付いていく。明神もそれを感じ取りせめ上げる速度をます。  
「あぁ…もうっ」  
「澪っ」  
限界をむかえ、明神は奥深くどくりと精液を注ぎ込む。と同時に澪は肩を震わせると  
絶頂に達し、崩れ落ちた。  
 
 
――長く、夜がもうすぐ終わろうとしていた。  
 
 
二人は明けようとする空を黙って見つめていた。  
明神に寄りかかるように澪は身体を預けている。  
重ねていた手に力を込めると澪は静寂を破った。  
「忘れるために出会ったわけじゃないだろう?」  
顔を見上げると明神は何事か考えているようだったが優しく笑って応える。  
「ああ、そうだな。」  
 
(時間が止まればいい)  
澪には叶いもしない願いがただあるばかりだった。  
 
「なあ、澪。」  
「ん?」  
「変な話だが死んでみて、さっきあいつらの思いが少しわかったよ。」  
「あいつらって?」  
「パラノイドサーカスだ。無縁断世を得てなぜ異天空間を造り出したのか…  
 叶えさせちゃならないが、やつらなりの思いがあるんじゃねえっかってね。」  
「どういうことだ。」  
澪は目を見張る。  
「未練ってやつは思いの外、重てえもんだな。ままならない。」  
答えになっているようでいないことを明神はつぶやくと澪の髪を撫でる。  
横顔を見つめるがその表情は読めない。澪は聞き返せなかった。  
 
朝日の光が地平線から差し込んできた。  
「さて、いきますか。」  
立ち上がるとにっと笑い明神はあっさり言う。  
「明神…」  
澪は何か言おうとするが、言葉に詰まる。  
 
「澪、俺を忘れなくてもいい。いつかでいい、冬悟を明神と呼んでやってくれ。」  
「…わかった。」  
無理矢理、笑うように表情を作るが明神にはどう映っているのだろう。  
澪にはわからなかった。  
「約束する。見届けるよ 澪。」  
うなずき、深く息を吸うと澪は結界を解く。  
 
明神は手を取って澪を立ち上がらせると軽く腰を引き寄せ唇を重ねる。  
澪はすがりつきたい気持ちを抑えて目を閉じた。  
離れると震えそうになる唇を噛みしめ澪は微笑み、言いそびれていた言葉をつむぐ。  
「ありがとう。」  
明神は安心したような表情を見せると眩い日の光に溶けるように空に姿を消した。  
また、という言葉は互いに口にしなかった。  
 
 
(貴方の面影を今はただ胸に刻んでおこう。それが、うたかたであっても。)  
澪は一人、澄んだ空を見上げた。  
 

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