「ぁ……っ、明神、さんっ……ダメ……だよ」  
「やだ?」  
「んっ」  
 耳朶を甘く噛まれ姫乃は、眉を寄せて身をよじった。  
 薄く開いた視界には、雲ひとつない青空が見えている。押し付けられた樹に背中が擦れ、短いTシ  
ャツの裾が捲れた。  
「みん……な、待ってる……のにっ」  
「道に迷ったって言えばいいよ」  
 露出した脇腹に手のひらが添えられて、するりと胸まで上がってくる。ホックも外さずに指が入り  
込み、先端に触れた途端に足が震えた。  
「ゃ、ぁ……っ」  
 竦めた首を舐められると、姫乃はすがるように明神の服を掴んだ。  
 
 
 追撃から逃れるための旅も数日過ぎ、新しい街に入ったところで休憩を取ることになった。皆の食  
事を買ってくる、と出かけようとした明神の後を、姫乃は「私も行く」と追いかけた。  
 狙われているのは姫乃だ。できるだけ皆の中にいたほうがいいに決まっている。けれど、旅に出て  
からずっと落ち込んでいる姫乃を気遣って、澪たちは引き止めることなく二人を見送った。パラノイ  
ドサーカスが来たら気配でわかるし、すぐ近くにいれば対処もできる。「あまり遠くへ行くなよ」と  
澪は言い、姫乃は振り返って手を振った。  
 
 それから数分もたっていないのに、今、途中で見つけた公園の中で――半裸にされている。  
 タイトスカートは太ももまで上がり、割り込んだ明神の膝がぐいっと秘所を擦り上げた。  
「うあっ……あっ」  
 もどかしいその刺激に、姫乃は自分から押し付けるように腰を揺らした。もっともっと、して欲し  
いと思ってしまうのは、この先にある快感を体が覚えてしまったからだ。  
 耳元で笑われた気配を感じ、姫乃は頬を染めてきゅっと下唇を噛み締める。  
「やだって言ってたのにな」  
 左の乳首をぐにゅりときつく摘まれた。  
「ぁんっ、あ、だっ、て……っ」  
「外のほうが興奮する?」  
 姫乃は涙目になって首を横に振った。  
 そんなことはない。絶対にない。こうなっているのは全部明神のせいだ。  
 Tシャツを鎖骨まで捲くられて、中途半端なブラジャーもずり上げられる。露出した肌に空気が当  
たり、明るい中でみられる羞恥に姫乃は耳まで赤く染め上げた。  
「あっ、あっ」  
 今度は右の乳首に濡れた刺激が訪れる。歯を立てられると小さな体はびくびくと反応して、明神の  
頭を包み込むように細い指が白い襟足を掴んだ。  
 太ももを撫でていた明神の右手はさらに上がり、付け根をなぞられると期待に心臓がトクトクと鳴  
り始めた。ショーツの上から刺激される頃には、自分のそこが濡れていることを、姫乃は自覚しない  
わけにはいかなかった。  
「ぐちゅぐちゅだ」  
「やぁ、言わない、でぇ……っ、ひゃぁ、ぁんっ」  
 ショーツの隙間から指先が入り込み、濡れている入り口を刺激される。絡みつく蜜を擦り付けるよ  
うに、明神の指は敏感な赤い実へと移動した。ぷくりと膨らむ感触を楽しむように、何度もぐりぐり  
と押しつぶされる。  
「あん、ゃぁん、やぁ、あっ」  
 姫乃はもう、喘ぎ声しかだすことができなかった。澄み渡った青空も、皆に隠れてこんな恥ずかし  
い姿をしていることも、すべてが興奮へと結びつき、先を求めて明神の首にしがみついた。  
 とろとろに溶けてしまった自分の体に、筋張った指が入ってくる。  
 姫乃はつま先立ちになりながら、駆け巡る快感に足をがくがくと揺らした。ゆっくり何度か出し入  
れされるだけで、息が止まるほど気持ちいい。すぐにも弾け飛んでしまいそうで、唇をぎゅっと結ん  
で刺激に耐えた。  
「ひめのん」  
「ぁっ」  
 中を掻き混ぜている手とは逆の手が、唇に触れて捻り込んでくる。  
「なんで声我慢すんの?」  
「ふあっ、あ、あ、あ、あっ」  
 無理矢理開かされた唇から、高い嬌声が零れ落ちた。一度出てしまった声をとめることは出来なく  
て、引切り無しに姫乃は啼いた。  
 なにもかもが、もうどうでもよくなってくる。  
 理性が粉々に崩れた姫乃は、舌に触れている指先をぺろりと舐めた。筋張った指に舌を這わし、快  
感を追うように腰を揺らす。  
「すげーエロい」  
 聞こえた声に薄く瞼を持ち上げると、滲んだ先に笑っている顔が見えた。途端、  
「ひゃぁぁんっ、あっ、あっ――っ!」  
 ぐちゃぐちゃ音を立てて強く抉られ、姫乃はあっという間に昇り果てた。  
 
 強い刺激に目が眩む。  
 指を引き抜かれると同時、崩れ落ちそうになる体を明神の腕が抱き寄せた。自分は半裸だというの  
に明神は一切服を乱していない。  
「ずる、いっ」  
 肩で息をつきながら見上げると、「ひめのんが悪い」と言われて唇を塞がれる。  
「んっ」  
 何で私が悪くなるの?  
 言いたかった言葉は明神の舌に奪われた。  
 
 *  
 
 明神から言わせれば、先に誘ってきたのは姫乃だった。  
 最初は人通りがまったくない、正午の田舎街を歩きながら、天気がいいねだとか景色が綺麗だとか、  
当たり障りのないことを話していた。その空気が変わったのは、ふと会話が途切れたときだ。  
 急に姫乃がするりと腕を絡めてきて、なんだ、と見下ろしてみれば――泣きそうになっている大き  
な瞳と目が合った。突然の変化にぎょっとして、慌てて理由を聞いてみると、  
「無理しないで……ね?」  
 姫乃はぎゅっと腕に抱きついてきて、心配そうな声音で言った。  
 あぁなんだ。心配してくれてるのか。  
 理由がわかってホっとして、姫乃の気持ちを嬉しく思った。綺麗な黒髪をぽんぽん叩いて、「これ  
ぐらい平気だ」と言ったところまでは、確かに自分は平常だったはずだ。  
「……明神さん」  
「ん?」  
 ちらりと見上げてくる視線に返事を返すと、姫乃はあたりをきょろきょろ見回して、それからコー  
トの襟を掴まれたかと思うと、爪先立ちにちゅっと可愛くキスされた。  
「ひめ……」  
「へへ」  
 姫乃からされるのは初めてで、嬉しさよりも驚きが強かった。数秒固まりながらはにかむ赤い頬を  
みていると、姫乃の両手は脇腹から背中へと回された。  
「あのね、大好き」  
 聞き取れないほど小さな声は、しっかり明神の耳に入った。  
「こうしてるとすごく落ち着くの」  
 そんなことを言われれば、細い腕を掴んで、人気がないところへ引っ張ってしまったのも仕方がな  
い――と明神は思う。言い訳をさせてもらえれば、初めはここまでするつもりはなかった。けれどそ  
れも、徐々に乱れる姫乃の姿をみていれば、エスカレートしてしまうのは仕方がないことだと思う。  
 だから明神から言わせれば、先に誘ってきたのは姫乃で、ここまでしてしまった原因も姫乃にある。  
 姫乃から言わせれば、勝手な言い分なんだろうな、ということはわかっているけれど。  
 
 
 *  
 
 
「ふぁ……はぁ」  
 唇の隙間から、姫乃は熱い吐息を吐き出した。またすぐに塞がれて、鼻にかかった甘えた声が静か  
な公園に響いては消えていく。  
「んっ、ん……」  
 明神の舌は歯列を裏からなぞり、それから遊ぶように硬口蓋をつついてくる。下半身まで伝わる痺  
れを感じて、姫乃はもどかしそうに身をよじった。すでに一度果てた体は、今も熱を燻らせたままだ。  
(早く、入れて……っ)  
 震える指先に力を込めて、目の前にある服を引っ張った。早く、早くと気持ちは焦れて、ねだるよ  
うに腰を押し付ける。姫乃の入り口はひくひくと動き、脱がされていないショーツからはたっぷり  
濡れている冷たさを感じた。  
 羞恥はいつの間にか霧散して、「ひめのんが悪い」と言われたことも忘れてしまう。  
(入れて、入れて、入れて、入れてっ)  
 膨れ上がる気持ちを抑えることができなくて、姫乃は自ら唇を離すと熱い吐息を零すように言った。  
「はぁやぁ、く……っ」  
「姫乃」  
 耳元で聞こえた自分を呼ぶ声に、ぶるりと肌が粟立って震える。もう、本当にだめだ。今すぐ入れて  
ほしくて仕方ない。  
「いれ……いれ、てぇぇ……、みょう、じん、さぁぁん」  
 ぎゅっと閉じた瞳から、含み切れない涙が落ちた。ぺろりと舐められる僅かな刺激にも、姫乃の足  
は震えて崩れ落ちそうになってしまう。  
「ゴムないよ?」  
「……いい。いい、から」  
 姫乃は赤く染まった顔でこくこくと頷いて、明神にすがるように身を寄せた。余計なものはいらな  
いから、おかしくなっているこの体を、早く触って、掻き混ぜて欲しい。  
 それにもしかしたらこれが最後の――。  
(そんなのやだっ)  
 じわじわ込み上げてくる不安を感じて、姫乃は新しい涙を零した。  
 
 今、自分たちは、明日どうなってしまうからわからない、そんな危険な旅をしている。自分を守る  
ために皆が傷ついて、誰かが、いなくなってしまうかもしれない。この手が触れている温かい体が、  
もしかしたらなくなって……しまうかもしれない。  
「みょうじんさぁん……」  
 体中を駆け巡る快感と、抑えきれない不安とが混ざり合い、姫乃の張り詰めていた緊張の糸が  
ぷつりと切れた。  
 壊れた涙腺からはぼろぼろと大粒の涙が零れ落ち、今はもう、何も考えていたくないと、不安を  
追い出すようにゆるゆると頭を振った。  
 触れている確かな熱だけを、もっと、体の一番奥で感じたい。  
 
「明神さん……」  
 戸惑うように涙を拭っている手に指を絡め、姫乃は濡れた瞳で乞うように明神を見上げた。それか  
ら僅かに目を伏せて、震える唇をゆっくりと開く。  
「あの、ね……。中に……、中に、出しても……いいから」  
 「いつも」だったら、絶対こんなことは言わない。でも今は、  
「して……欲しいの。早く、明神さんに……いれ」  
 言葉は最後まで言えなかった。  
 肩を乱暴に掴まれて、力任せに体の向きを変えられる。目の前の樹に手をつくと同時、スカートを  
たくし上げられショーツを膝まで下ろされた。  
「や、あっ」  
 自分で望んだことだったが、早急な明神の行動に体が逃げた。それを許さないとでも言うように、  
明神の片手が腰を掴んだ。突き出すように固定されて、かちゃかちゃズボンのボタンを外す音がした  
かと思うと、それは一気に体の奥へと突き刺された。  
「ひぃぁーーーーーーっ!」  
 姫乃は目を見開いて息を飲んだ。  
 
 ぐちゅぐちゅ卑猥な音を立てて明神の肉棒が自分の体を貫いている。  
 姫乃は息も絶え絶えになりながら、激しい動きに耐えていた。それは奥深くを突いたかと思うと、  
ひくつく膣から逃げるように引き抜かれ、少しの間を置くことなくさらに奥を突いてくる。その度に  
高い高い声が上がり、小振りの乳房はふるふると揺れていた。  
「あっあっ、ま、まって、ま……あ、あぁぁんっあんっあぁっ」  
 いっぱいいっぱいになりながら、姫乃は静止の声を上げる。けれど明神の動きはさらに早まり、擦  
れる中からたらりと太ももに蜜が流れた。じんじん疼いている花びらは、姫乃の意思を無視して硬い  
肉棒を咥え込み、先端が子宮口をずくりと突くと、堪えきれず背中が弓なりにしなった。  
「あぁぁんっ あっ、あっ、あっ」  
 ずっと熱を燻らせていた体は、すぐに限界へと昇りはじめる。どろどろに溶けきった中の壁が、ぐ  
いぐい奥へと誘うように蠢いていた。意識を下腹部に集中すれば、快感は一気に跳ね上がり、爪先立  
ちの足は振るえ、腰は自然に押し付けるように揺れていた。もっと突いて、と言うように、姫乃の動  
きは徐々に大胆になっていく。  
「も……ぉっ、もうっ、ダメっ、……あっあっ!」  
 体の中から掻き混ぜられて、姫乃は快感だけを追いかけた。ぐちゅりじゅぶりと大きく響いている  
水音も、すでにその耳には届いていない。  
 もう少しで、ほんの少しで、おかしくなりそうなほど気持ちいい一瞬が待っている。  
 それを知っている姫乃の意識はただ一点に向けて駆け昇った。けれど、  
「……ゃ、やぁぁぁ……!」  
 姫乃は泣き出しそうな声をだした。目の前に限界が見えたとき、激しい出し入れが途端に止まった。  
「ぁ……ぁ……なんで? なん……ぁ……ん、んっ」  
 中途半端に放り出された快感の渦が、出口を求めるようにぐるぐると体の中を駆け巡る。咥え込ん  
だままの肉棒に、膣がひくひくと絡み付いているのが自分でも分かった。恥ずかしいけれど、どうに  
もならない。イきたくてイきたくて仕方がなくて、なのに明神は動きを再開してはくれなかった。  
 無理矢理押さえ込まれた快感は、勝手に姫乃の体をくねらせる。姫乃は泣きそうな顔で僅かに明神  
を振り返ると、腰を突き出すように押し付けた。それだけでぐちゅりと音がするほど濡れている。  
「やだ……っ、やめちゃ、やっ、やぁ……」  
「もうちょっと、待って」  
「ふぁ、ぁ……」  
 明神は奥深く姫乃を貫いたまま、上半身をゆっくり倒していった。  
 姫乃は背中でその体温を感じ、耳朶に触れた息遣いにふるりと体を震わせる。  
「なん……で……ぁ……はぁ……」  
「ひめのん早すぎだ」  
「っ」  
 からかうように耳元で笑われて、姫乃は羞恥に真っ赤になった。こんなときにあだ名で呼ばれると、  
どこかに隠れていた理性が戻ってきてしまう。  
「ちょっと我慢して、イクと座りこんじゃいそうだし」  
「そんな……こと、ないっ……ひゃ、ぁぁぁっ」  
「ほらな」  
 両方の乳首を同時に摘まれ、膝ががくがくと笑い出した。今すぐにでもイけそうなのに、ほんの少  
しが足りなくてイけない。こんな状況で我慢しろなんて言うくせに、大きな手のひらは後ろから胸を  
揉みしだき、ときたま遊ぶように乳首をこねた。もどかしい刺激に腰が揺れ、すべての熱を消化でき  
ないまま、中途半端に果ててしまいそうになる。  
「ぁ、ぁ、みょ、うじん、さぁんっ」  
「我慢する?」  
「するっ、するっからっ、早く、してっ」  
 明神の射精感を煽るように、姫乃はぎゅっと中を締めた。小さく息を呑んだ声とともに、背中から  
温かさが離れていった。そして腰を高く持ち上げられる。  
「ぁ……ぁ……ぁ……」  
 明神は緩く動きはじめた。ぢゅぶぢゅぶと浅い場所を何度も擦られて、両手が尻に置かれたかと思  
うと、親指が濡れそぼるひだを左右に開いた。  
 
「っ! や、やぁぁっ、みないでっ、あ、あんっ」  
 視線を感じて身をよじると、一度だけ奥を強く突かれる。駆け上る快感にぶるぶると震えが走り、  
抗議の声は嬌声に変わっていた。  
 浅い場所から深い場所へ、明神の動きは少しずつ早くなる。それでも、  
「ひくひくしてる」  
「う、あ……ゃぁ……ゃぁぁぁんっ!」  
 今もまだ、見られてる。姫乃の羞恥は極限まで高まった。でも恥ずかしいのに、気持ちよくて、見  
られている部分が勝手に肉棒に絡みついていく。  
「みょうじん、さぁぁん……」  
 体も、気持ちも、限界だ。姫乃は耐えるようにぎゅっと眉根を寄せると、涙混じりの声で明神を呼  
んだ。  
「もぉ、もぉ無理っ、ダメっあっ……あっ」  
「限界?」  
 擦れて聞こえるその声に、姫乃はこくこくと何度も頷いた。明神だって、すでに息が上がり始めて  
いる。ここぞと腰を大きく揺らすと、待ち望んだ刺激が下腹部を襲った。  
「ひゃぁん! あっあっあっあっ!」  
 一番初めと同じぐらい、ずくずく奥まで叩きつけられる。樹皮に触れている腕が擦れるほど、激し  
く突かれて意識が飛びそうになった。  
「あっ、あっ、イク……っ、イキ、そ……あっ、やぁんっやっあっ」  
 ぢゅくりぢゅくりと音をたて、出し入れはもっと早くなる。もうだめだ。我慢できない。すでに目  
の前に限界が――  
「ねぇ、あっ、もぉっ、イっちゃ、イっちゃう、よぉぉぉ……あっあんっあん」  
 そしてぎりぎりまで引き抜かれ、強く、強く、これ以上ないというほど奥の奥を突かれたとき、  
「ぁぁーーーーーーーーーーっっ!!」  
 姫乃は一際高い声をあげ、体をびくびくと痙攣させた。  
「姫乃……っ」  
「やぁっ、やぁぁぁぁんっもぉ、やだっ、やっやぁぁぁぁっやだぁぁ!!」  
 膣をさらに擦られて、頭の中が真っ白に弾け飛ぶ。悲鳴に似た嬌声を上げた姫乃は、ぎゅうぎゅう  
と肉棒を締め付けた。  
「くっ」  
「ひゃぁっぁぁっ!」  
 その瞬間、膣がいっきに熱を持った。眩暈がするほど熱すぎて、姫乃はずるずると地面へ向けて落  
ちていった。  
 
***  
 
「待った、座るなひめのんっ」  
 すぐ耳元で声がしたかと思うと、腹に腕を回され持ち上げられる。次にずるりと中から引き抜かれ  
る感覚に、達したばかりの体にびくりと震えた。  
「ぁ……んっ」  
「ごめん、辛いかもしんないけど立ってて。座ると汚れる」  
 くるりと体の向きを返されて、とん、と背中に樹があたった。立ってろといわれても、姫乃の足は  
がくがくと振るえ、今すぐにでも座り込みそうになっている。  
「あーと、拭くもん、何か拭くもん……」  
「……ある、よ」  
 喘ぎすぎた声は擦れ、聞こえないほど小さかった。  
「右の、ポケット。たぶん、ティッシュ、入ってる」  
 肩で息をしながらそう言うと、明神の手がスカートに伸びてきた。  
「あった。使っていい?」  
 頷いて答えると、明神はくるりと背中を向ける。  
 かちゃかちゃズボンを履き直す音を聞きながら、姫乃は重たくなる瞼を必死で開けた。明神とこう  
いうことをすると、いつも決まって眠くなる。  
「ひめのん寝るなよ?」  
「う、ん…………ひゃぁっ!?」  
 半分以上寝かけていた姫乃は、するりと太ももを撫でられる感覚に肩を揺らした。下を見れば、ス  
カートを上げたままの下半身があって、むき出しの太ももに明神の手が触れていた。眠気は一気に飛  
んで行き、姫乃はその手を挟むように足を閉じる。  
 
「な、何してっ」  
「拭いてんの」  
「いいっ、いいっ、じ、自分でやるっ」  
「じっとしてて、すぐ終わるから」  
 膝を割られ、閉じていることができなくなる。あまりな光景にぎゅっと強く目を閉じると、「まい  
ったな」という呟きが耳に入った。  
「……どうしたの?」  
「拭ききれない」  
「っっ!!!!!」  
 暗に「濡れすぎだ」と言われた姫乃は、一瞬にして耳まで染めた。  
「ああ、違う違う。えーと、その、あー……オレのも……あるわけでして……。すみません、ごめん  
なさい、反省してます」  
「……なんで謝るの?」  
「いや、だって、ほら、やっぱ中に出すのは……」  
「そ、それは、いいの。私が……その……いいって、いって……」  
 二人はお互いに向き合って、揃って語尾をしぼませた。勢いに任せているときはいいが、通り過ぎ  
れば照れや何やらが込み上げてくる。  
「そーいや飯……」  
「あっ! そうだ。どうしよう、澪さんたち心配してるかな」  
 どれぐらい経っているかはわからないが、結構な時間を潰してしまった。心配してあたりを探しに  
きているかもしれない、と思い、姫乃は急に焦りだした。  
「ど、どうしようっ! 探しに来てたら」  
「大丈夫だって。とりあえず見られてはいない……はずだから」  
「なんでそんな不安になる言い方するの!」  
「や、だってさ、人が来なかったほうが不思議だ。ひめのんの声が――痛っ!」  
「それ以上言ったら怒るからね!」  
 姫乃は明神の頬を結構本気で叩いた。  
「と、とにかく、ご飯買って戻らないと」  
「ひめのん歩ける? つーか半分ぐらい拭けてないんだけど」  
 中に残ったままの精液を感じて、姫乃はもじもじと内股になりながら俯いた。乱れたままの服に気  
がついて、慌てた手つきで簡単に直していく。そしてふと思い出した。  
「あ」  
「ん?」  
「来るときコンビニあったよね。私ここで待ってるから、ティッシュ買ってきてもらえれば――」  
「ダメだ。ひめのん一人にできるわけないだろ」  
「だ、だって、このまんまじゃ戻れないもん」  
「ひめのんも行けばいいよ」  
「だから歩けな……うわっ!?」  
 明神の両手が伸びてきたかと思うと、そのままぐいっと持ち上げられた。姫乃は驚いた声をあげ、  
落ちないようにぎゅっと明神の首にしがみつく。  
「みょ、明神さんっ!?」  
「着いたら下ろしてあげるから」  
「や、やだっ、行きたくない! 定員さんにバレる!」  
「バレないバレない。足に垂れてたのは拭いた……って痛い!」  
「余計なことは言わなくていいの!」  
 姫乃は剥れた顔で真っ白な髪をぐいぐいと引っ張った。  
「痛い痛い、ハゲる!」  
「反省した?」  
「した。しました。したから離して姫乃さんっ」  
 仕返しできたことに満足して、姫乃はくすくす笑って手を離した。明神はほっと息を吐いてから、  
よっと姫乃の体を抱え直すと、「んじゃ行くぞ」という声とともに走り出した。  
「わぁっ!? ちょ、待って明神さんっ」  
「落とさないから大丈夫。急がないと湟神に殺されそうだ」  
「違う、違うの、待って!」  
「何? どうかした?」  
 静止の言葉に、明神は公園を出たあたりで立ち止まる。その耳元で、姫乃は小さな声でこう呟いた。  
 
「そんなに動かれると……出、ちゃう……っ」  
 揺れるたびに、中からとろりと出てきそうで、姫乃は真っ赤になりながらぎゅっと秘所の入り口に  
力を込めた。  
「…………そういうことを耳元で言わないで下さい」  
「え?」  
「またしたくな……」  
「バカ!!」  
 姫乃は明神の背中をグーで殴った。  
 
***  
 
 一方その頃。  
「遅い!」  
 澪は苛立たしげに腕を組み、二人が歩いていった道の先を睨んでいた。すぐに帰って来ると思って  
いたのに、今だ二人の姿は見えない。  
「まーまー澪チャン。もうちょっと落ち着こうよ」  
「これが落ち着いてられるか! 姫乃も一緒なんだぞ? まさかパラノイドサーカスが来たんじゃ…  
…」  
「そんな気配はないって。ほらみて! 平和なもんじゃないか!」  
 白金はいつもの笑顔を浮かべると、澪の隣でわざとらしく両手を広げてみせる。  
「なんでオマエはそんなに気楽なんだ! ……もういい。私だけでも探しに行ってくる。パラノイド  
サーカスじゃなくても何かあったのかもしれないしな」  
「待ーーーーった! 待った待った待った待った!」  
 歩き出そうとした澪の腕を、白金が掴んで引き寄せた。  
 ぐらりと後ろへ倒れた重心に、澪は白金を振り返って眉を吊り上げた。  
「離せ! 邪魔するな!」  
「邪魔者は澪ちゃんだったりして☆」  
「は? 何を言ってるんだ?」  
「だってあの二人、デキてるんでしょ? 今頃澪ちゃんに見られたら困ることしてるのかもしれない  
よ」  
「なっ」  
 澪は瞬時に硬直して、頬をカァっと赤く染める。白金の言い方は遠まわしなようで、ぜんぜん遠ま  
わしになっていない。  
「オマエはこんなときに何を考えてるんだ!」  
「ナニ☆」  
 キラリーンと白い歯をちらつかせ、白金はヒーロースマイルをみせた。澪はふるふる震えた拳で、  
その歯をへし折ってやる! と勢い良く殴りかかる。  
「その手の冗談は嫌いだ!」  
「冗談じゃないって」  
 白金はすんでのところでパンチを避けて言った。  
「ね、あとちょっと待ってみようよ。なんならオレたちもマネしない? 澪ちゃんならいつでも大歓  
迎☆ こっちの準備はすでにでき――ま、待った! 今のは冗談! 本当に冗談だから!」  
「その手の冗談は嫌いだといったはずだ!」  
 据わった目付きで木刀を振りかざし澪の姿に、白金は冷や汗をたらしながら逃げた。  
 
 明神と姫乃が帰ってくると、ぼろぼろになった白金の姿があったとか。  
 
 
 【終わり】  
 

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