※ガクは明神の体を借ります。
見方によっては3P的にも見えるかもしれません。
真夜中の、うたかた荘共同リビングの一角。
姫乃が水を飲みに下りてきたところに出くわしソファでしばらく話をしていたのだが、眠気に負けはじめた姫乃は次第に相槌も怪しくなってきていた。
「…ひめのん?」
「なぁに…ガク…リン…」
一度睡魔に襲われると、しっかり意識を取り戻すことは難しい。それは自分も生前に幾度となく経験したことだ。
そうなってからの姫乃が目を閉じてしまうまでの時間はあっという間で、けれど口だけはまだ何とか動くようだった。
「寝るなら部屋へ行かないと、風邪ひく」
一緒に座っているソファには触れられるのに、徐々に背もたれからずり落ちて体を横たえてくる姫乃を支えてやれない。
「…だいじょう…ぶ、ねてない…から……」
「寝てるって」
ついにこちら側へ完全に倒れてしまった姫乃は、生きていれば枕にしてやれたはずの膝を通り抜け、ソファの腰掛けの上に落ちた。
姫乃が倒れ込んできた部分だけ、自分の体が消えて見える。
すり抜けられる瞬間に不思議な感覚があるでもなく、まるで何も存在していないかのようなこの光景はあまりにも酷すぎる。
「っ、はぁ…」
姫乃を動かす必要もなく、あっさりと立ち上がれた。
そうして向かう先は、姫乃を運ぶことができる唯一の男の元。本当は姫乃に触れるなど許せない、けれどこのままでは姫乃が風邪をひいてしまう。
運ばせた後は、もう二度と目を覚まさなくなるほど殴り倒してやろうと心に決めた。
「おい、明神」
部屋へ入るまでもなく、寝相の悪すぎる明神は眠ったまま廊下まで出てきていた。
「起きろクソ管理人。ひめのんが風邪ひいたらお前のせいだぞ、お前のせいだからな」
俯せに行き倒れている明神の背中を力一杯踏み付けてやる。触れたくもない明神には触れられるのに、触れたくてたまらない姫乃には全く触れられないことが不公平に思えてならない。
「何の役にも立たないお前なんか、死んでしまえ」
胸倉を掴み上げどんな言葉をぶつけても、明神が目を覚ます気配はない。髪を引っ掴んでぶら下げても、少し唸り声を上げるだけだった。
「……あ、そうだ」
ふと、ある考えが浮かんだ。
生者が眠りに身を任せている間の時間は空白だ。普段の明神の体に入り込もうものなら、押し出されるか、下手をすれば消されてしまうかもしれないが、今の明神はぐっすり眠ってしまっている。もしかすると今なら、入り込めるかもしれない。
確か明神も、対象の精神が生きる意志を失っているときなら、心の隙間に忍び込み操ることができると言っていた。
今の明神に生きる意志がないのかどうかは定かでないが、試してみる価値はあるかもしれない。明神本人の意識を覚まさせて運ばせるよりはずっといい。
「さて。できるか…?」
ただ入り込むことだけを考えながら明神の胸に手を置くと、姫乃に触れようとしたときと似て、腕が明神の中に吸い込まれゆく。恐る恐る体重をかけると、以外にあっさりと入り込めてしまった。
「…げ……気持ち悪い。オレなのに明神だ。あぁ気持ち悪い、最悪だ」
視界の右側は遮られることなく、両目分でしっかりと前が見える。前髪を引っ張ってみると真っ白で、これが明神の体なのだと実感させられた。
明神の意識はぐっすり眠って気付きもしていないようだが、精神的な面でとにかく居心地が悪い。
けれどこれも姫乃のため。そう自分に言い聞かせ、姫乃が眠るソファへと向かった。
「あぁ、この手が触れるのか。忌々しい。許してくれひめのん、こんな奴の手が……あぁ、腹立ってきた。やっぱり後でボコろう」
抱き上げた姫乃の重さも、温もりも、心地良い。今それに触れているこの体が誰のものなのかということさえ考えなければ、最高の状況だった。
「ノーカウントだ、そうだノーカウントだ。中身はオレだ」
ぼそぼそと独り言を呟きながら、階段を上がってゆく。
あっという間に三号室の前に着き、思わずいつものつもりで扉をすり抜けようとして、足の指を突き込んでしまった。
「っ、…痛い」
そんなちょっとした痛みに、今これが生者の体なのだと実感させられる。
姫乃を下ろし布団に寝かせた後も、腕には温もりが残ったままだった。
「おやすみ、ひめのん」
このままずっと寝顔を見つめていたい思いを我慢しながら、姫乃の髪を撫でる。
「ん、うんん………ガク…リン…」
寝返りと同時に呟かれた寝言に、心臓が跳ね上がった。恐る恐る顔を近付けてみるが、起きてはいない。
寝言で名前まで呼ばれ、いつの間にか移動してきた小さな手に指先を握られている。そんな状況を目の前にして、落ち着いていろと言うほうが間違いだ。
この体が誰のものかも忘れ、姫乃の頬にそっと口づけた。
「……」
間近で見る姫乃の睫毛ひとつにも、心臓が鼓動を増してしまう。
もう一度だけ、と唇を寄せたとき、姫乃の目がうっすらと開けられた。
「ん、…ぇ……あれ?え?あの…明神さん!?」
一度目を開いた姫乃の覚醒は見事なもので、薄明かりの中でも自分の目の前に居るのが誰なのかを理解し、悲鳴にも似た声を上げた。
慌てて体を退かせると、掛け布団を跳ね上げんばかりの勢いで姫乃も起き上がる。
「どうして明神さん、え、あの…ごめんなさい!!」
パニックを起こして何故か謝りまでする姫乃につられ、頭の中が真っ白になる。
「ごめん、ひめのん。ごめん。オレ、明神じゃ…」
「…へ?」
「外身は明神だけど、オレだよ。ガク。さっきまで一緒に話してた」
とにかく明神でないことだけはまず伝えなければと、少し前にした会話のいくつかを挙げてみる。
「う…そ…本当にガクリン?明神さん、ガクリンから話聞いたんでしょ?嘘つかないで」
明神の体を借りて姫乃に触れることにさえ相当な抵抗があるというのに、折角の二人きりの会話の内容を教えてやってまで芝居させるわけがない。
まさか姫乃には、明神と自分がそんなことをするような仲にでも見えるのだろうか。
「ひめのんがソファで寝て、運びたかったけど…オレじゃ運べないから、こいつを起こしに行ったんだ。けどこの野郎、起きもしない……だから少し体を借りた」
やっと事態をはっきり把握できたらしく、姫乃は一瞬目を見開き、すぐに不安げな表情を浮かべ、膝の上に置いていた手を握りしめてきた。
「借りた、って…危ないよ。もし今明神さんが起きたら、追い出されちゃうでしょ?無理に押し出されたら消えちゃうかもしれないんだよ!?お願いだから、危ないことしないで」
きゅ、と力を込めて握られるのは、明神の手だ。姫乃が、明神の手を握っている。今にも泣いてしまいそうな表情を、明神に向けている。
重ねられる手の温もりを感じながら、そんな考えがぼんやりと浮かんでくる。
「けど、あのままだとひめのんが風邪ひくから」
「私のことはいいよ、だからお願い。もしガクリンが消えたら私……寂しいよ」
この体は明神のものだとわかっているのに、姫乃に触れたくて仕方ない。手だけでなく、腕で、体全部で、姫乃の温もりを感じたい衝動に駆られてしまう。
ずっと願っていた“触れたい”という思いは、それが叶う体を得たことで一気に歯止めが利かなくなってしまった。
「ひめのん、」
やっと抱きしめることのでできた姫乃の体は、心配になるほど華奢なものだった。
首筋に顔を寄せると、シャンプーの心地いい香りが鼻をくすぐる。
「こいつの体っていうのは癪だけど、ひめのんにさわれる。ちゃんと、さわれてる。…嬉しいのに変な気分だ」
「私だって、すごく変な気分だよ。目の前に居るのは明神さんなのに…」
ぎこちなく、けれどしっかりと抱きしめ返してくる腕が愛おしい。
「ひめのん、あったかい…」
「ひゃあ!?」
ふと気持ちが緩み、パジャマの中へ手を滑り込ませてしまった。
一度触れてしまえば暴走するのは簡単なことで、その手は背中から腹へと回り、上へ上へと這い上がってゆく。ブラジャーをずらし、柔らかな乳房に触れた。
「や…やだ、ガクリン、」
肩を押し戻そうとする姫乃の体を、ゆっくりと布団に倒してゆく。戸惑いに少し目を泳がせながら、ただ唇だけがか細く抵抗の言葉を紡いでいた。
明神の唇をそこへ触れさせることに気が引け、キスができない。
「………」
拒絶されれば間違いなく傷付く。けれどしっかりと抵抗してくれなければ、本当に歯止めが利かなくなってしまう。
このままでは、明神の体で行為に及んでしまう。
心のどこかでは拒絶されることを願いながら、姫乃の力でも振り払えるようにゆっくりと手を進めた。
「っ、ぁ…」
片側の胸をやんわりと揉みしだきながら、邪魔なパジャマのボタンを外してゆく。合わせを広げると、半端に片方だけずり上がったブラジャーの下から乳房がのぞいていた。
「やだ、見ないで」
元の状態に戻そうとする手を軽く退かせ、まだ隠されているもう片側も出るように押し上げてやる。あまり豊かではないが形の良い乳房が、その柔らかさを物語るようにぷるんと姿を現した。
白い膨らみの上で淡く色付いた小さな乳頭が眺めているうちにツンと立ち上がったその様に、思わず唾を飲んでしまう。吸い寄せられるようにそこへ顔を寄せ、片側を手で愛撫しながらもう片側の先端に舌を這わせた。
「ゃ、あ…!」
舌先で少し強めに捏ねてやると、きゅっと目を瞑り首を小さく横に振る。小さな手は胸を揉む手に添えられ、けれど静止することはなくそのまま重ねられた。
まるで姫乃が自分の意志でこの手を動かし愛撫させているように見える、扇情的な光景だった。
触れられることはこの上なく嬉しい、けれど視界に入る“姫乃に触れる手”は、見慣れたものとは違っている。姫乃の肌に触れ、その頬を赤らめさせている手は、紛れもなく明神のものだった。
胸に湧いたそんな思いを掻き消すように姫乃の首筋へ唇を寄せ、痕を付けてしまわない程度に軽く吸い付く。
「きゃっ!?」
耳朶に舌を這わせた瞬間、肩が小さく振れる。溝を舌先で軽くなぞると、鼓膜のすぐ近くで立てられる音に煽られたのか、吐息に小さく声が混じった。
「オレ以外の前でそんな顔しちゃいけないよ」
そう言葉をかける声も、向けた笑顔も当然、明神のものだ。せめて、声だけでも違ってくれていればいいものを。
姫乃はどんな気分でこの行為を受け入れているのだろう。“ガク”が相手なのだと、意識してくれているのだろうか。
表情を見られないよう首筋へ顔を寄せたまま、なめらかな肌の感触を確かめながら下へ下へと手を伝わせてゆく。
「んんっ、」
下着の中へ手を滑り込ませ茂みをそっと撫でると、口づけていた喉が小さく震えた。一瞬だけ視線が合わされ、何も言わずすぐにそっぽを向かれてしまう。
手がその奥へ進むことを急かされているのだろうか、それとも止めてくれと願われているのだろうか、シャツ越しに腕が掴まれた。
「ふあ、ぁん…」
茂みの合間から指を滑り込ませると、そこはしっとりと湿りを帯びていた。ショーツにもそれはすでに染み込んでいて、指を動かすたびに手の甲に擦り付いてくる。
控えめに開きかけているそこを軽くこね回してやれば、指先だけでもわかるほどの愛液が溢れ出た。
「腰、浮かせて」
パジャマのズボンに手をかけると、素直に、けれど恐る恐るといった様子で布団との間に少しの隙間が作られた。
その隙間からズボンと下着を抜き取り、布団のわきに寄せる。何も纏わなくなった下肢に加えて、上にずらしただけのブラジャーがその卑猥さを一層際立たせた。
他の部位に比べて少しだけ肉付きの良い太腿を持ち上げ、軽く外側へ開かせる。
「や、やだ…っ!」
開かされた中心を慌てて隠そうとする姫乃の手を退かせたおかげで両手が塞がってしまった。
腿は急に力を込めて閉じようとする、手は掴み上げられたままの状態でぱたぱたと動かされる、これでは先に進めない。
いや、進まないほうが良いのだろうか。
けれどここまで来て後戻りできるはずがない。かたいジーンズの生地のおかげで何事もないように見えるが、中に押し込めてあるものはもう随分前から脈打ち、姫乃の体を求めていた。
「…ひめのん」
その呼びかけは、どう聞こえたのだろう。姫乃の手から力が抜かれ、腿も、自ら開かれこそしないが閉じようとすることはなくなった。
かけた声は、切羽詰まりでもしていたのかもしれない。
「……、…」
何も言えないまま両腿を開かせると、奥まった秘部に溜まっていた蜜が零れ落ちた。
ぽってりと腫れを帯びて開いた花弁を指先でなぞり、蜜を滴らせている場所へそっと触れる。
「んっ、…」
粘着質な湿りの音を立たせながら指先を押し込むと、異物を拒否して入り口が収縮した。
やっと節のひとつ分入った程度の指をきゅうきゅうに締め付けてくる様は、それを中へ招き入れようとしているようにしか見えない。
「い、いた…」
「ちょっとだけ、我慢して」
指先はあてがったまま、身を乗り出し姫乃の上に覆いかぶさる。あいていた片手で髪を撫でてやると、不安げながらも笑みが浮かべられ、首に腕を回して掻き付かれた。
力を抜くようにと耳元で囁き、半端に触れているだけだった指を中へ押し込んだ。
「ひ…ーっ…」
押し殺した悲鳴を間近に聞きながら、少しでも負担が軽くなるよう姫乃の呼吸のリズムに合わせて中を犯してゆく。
撫でるように時間をかけて慣らしながら、二本、三本とくわえ込ませる指を増やした。
「ぅ、あ…ぁ…」
喘ぎに混じる苦痛が幾分か和らいだ頃、ずっと掻き付いたまま俯き込んでいた姫乃が、ゆっくりと顔を上げた。
「…ガク…リン、」
どうしたのかとその瞳に視線を注ぐと、気まずそうに目が伏せられた後、そっと唇が重ねられた。ここまで事を進めておいて、唇を重ねるのはこれが初めてだった。
きっと姫乃は、それが不安で仕方なかったのだろう。
何度も啄んでは深く重ねながら、中に添えている指をゆっくりと引き抜いてゆく。
「ぁっ…」
締め付けに逆らって完全に引き抜くと、名残惜しそうに吐息まじりの声がもらされた。
唇を離し、もう一度髪を撫でてやる。何か言いたげに眉を寄せ視線をそらす仕草に、ジーンズの内側にあるものが大きく脈打った。
服を取り去ってしまうと、堅く張りつめたものが姿を見せた。よくあの中に収まっていたものだと、他人事のように感心してしまう。…いや、実際は他人事だ。
どうしようもない情欲に駆り立てられながら、けれどこれは明神の体なのだという意識がこびり付いて離れない。
(あ、ゴム…)
「………ガク…」
思い出しかけた重大なことは、乞うように漏らされた姫乃の声にあっさりと掻き消されてしまった。
濡れそぼった秘部に肉棒の先端をあてがう。姫乃は小さく体を震わせながらシーツを握りしめた。
「っ、いた…」
少し前へ体重を移動させると、くちゃりと音を立てて肉棒がそこを押し広げる。
指の一節分も押し込まないうちから、姫乃の顔には苦痛の色が浮かべられた。
「ひめのん、」
「ひぅ、うぁ…っ…」
呼びかけても視線は向けられないまま、両腕でがっちりと顔が覆い隠されてしまう。
「ひめ…」
「ぃあぁ…っ!!」
どうしたのかと覗き込んだ拍子に、姫乃の悲鳴が上げる。それに驚き身を引けば、また苦痛に満ちた声が上げられる。
大きさの合わないものを無理矢理押し込まれた内部に傷が付いたらしく、僅かに引き戻された肉棒に薄く血が付いていた。
「ごめん…あと少し、あと少し我慢して」
「う…ぁ、あ…」
腕に阻まれ、流している涙を拭ってやることはできない。呼吸の荒さが治まるまで待ち、少しでも酷い痛みを起こさせないようゆっくりと押し進めてゆく。
やっとのことで入りきった物は熱を帯びた壁にしっかりと包み込まれ、心地良さに一瞬目の前が白んだ。少しの間その感覚に浸り、小さく溜め息を吐く。
「ひめのん、顔見せて」
「……だめ…」
まだ両腕は顔を隠したまま、手をかけると振り落とされる。体を捻った拍子に中が締まり、二人の口から同時に押し殺した吐息が漏らされた。
「…ひめのん、お願い」
「ひ…く、だめぇ……だって、…」
ゆっくりと慎重に引き抜いては押し込み、姫乃の力が抜けた隙を狙って腕を下ろさせた。
姫乃の顔が真下に見えるまでに身を乗り出す。
「ひめ…」
「いや…ぁ、みょう…じん、さん…っ」
「っ、…」
悶え喘ぎながら呼ばれたのは、一番聞きたくない名前だった。
忘れかけていた現実へ、一気に引きずり戻される。
今自分が姫乃に触れられているのは明神の体を借りているからであって、姫乃に触れているのは明神の手、姫乃の中を犯し喘がせているのは明神の一物、姫乃の視界に入っているのも当然明神の姿だ。
いくら自分にすべての感覚があっても、その事実は変わらない。
戸惑いを隠せず動きを止めると、顔を覆い隠していた腕が下ろされ、涙を帯びた瞳が向けられた。
「……明神…さん…なんだよ、ガクリンだってわかってるのに、見えるのは…見えるのは!!」
姫乃の悲痛な訴えが、頭の中にこだまする。鈍器で殴られたような、嫌な目眩が起こった。
明神が姫乃を犯している、それは許し難いことだった。今すぐに姫乃の上から引きはがして殺してやりたい、けれど今明神の体を動かしているのは紛れもなく自分だ。自分が妙な気を起こさなければ、こんなことにはならなかった。
「ごめん、ひめのん。ごめん…」
「…ガク…リン」
返事は胸につかえ、声に変えることができなかった。視線だけで応えると、震える姫乃の手がそっと頬に添えられる。
「本当に、本当にガクリンだよね…?嘘じゃないよね、明神さんじゃ…」
頷くと、安心したように少し笑みを浮かべ、頬にあった手が首の後ろに回された。
「ガク…」
掻きついてくる姫乃の、荒さの残る息遣いが耳にかかる。
それに煽られ、姫乃の中にあるものが熱を増した。
「ごめん、」
「え?……ひゃ、あ…っ」
明神の肉棒が姫乃の体を犯している、それほど堪え難いことはない。憎しみで気が狂ってしまいそうになる。けれど姫乃がしがみついてくる感覚も、吐き出される息遣いも、しっかりと感じられる。
姫乃を抱いているのは自分であって、自分でない。
悔しさと快楽が競り合う複雑な思いを噛みしめ、今起こった熱を鎮めるために姫乃の体を揺さぶった。
「ぃう……あ、ぁっ!は…ぁあっ!!」
掴まれた枕のカバーに爪が食い込み、布を引き裂かんばかりにギチギチと音を立てた。
消えそうな細い声で上がり続ける喘ぎに聴覚を犯され、引き起こされた熱は姫乃の中に突き立てるものへと伝わる。
乳房が揺さぶりに合わせて揺れる様に煽られ、一層激しく姫乃の中を犯した。
「やぁぁ…っガク…リン、ガク…ーっ!!」
声は名前を呼ぶ途中で途切れ、ヒクついていた中の締まりが更に増した。
「あ…ぁ……あぁぁ…───」
きゅうう、と奥へ引き込むように締め付けられ、吐精を促される。
誘われるままに深く深くへ突き込むと、徐々に弱く消えかかっていた姫乃の声がまた上がりはじめる。
「も…だめ、い…ぁああっ!」
達した直後の姫乃の体はひどく敏感で、同じ刺激にもより大袈裟に反応を示す。
じっとりと汗ばむ背中に手を回し抱き上げ、自分が達するために無我夢中で揺さぶった。
「きゃあ!あ…ぁ…ーっ…」
張りつめたものが噴き出す寸前、居心地の良かった中から引き抜き、その腹の上に吐き出した。
「っはぁ、はぁ……」
荒く息をする姫乃の腹を、吐き出したばかりの精液が伝い下りる。
シーツを汚してゆくのは、姫乃を汚しているのは、明神の体から放たれたものだ。そんな意識の所為で、快楽の余韻に浸りきれないままでいた。
「…ガクリン……何考えてるの…?」
まだ少し荒さの残る息と紅潮した頬が、少し前までの行為を鮮明に思い起こさせる。声は常にも増して細く、今にも消えてしまいそうだった。
まだ体は辛いだろうに、そんな言葉をかけさせてしまうほど思い詰めた表情でもしていたのだろうか。
「なんでもない。ちょっと…嬉しくて浸ってた」
心中を悟られないように笑顔を作ると、そうして嘘を吐いたことに胸が痛くなるくらいの笑みを返された。
「私も、……嬉しいよ」
後始末をして、湯で濡らしたタオルで体を拭いてやって、用の済んだ明神の体を管理人室に放った後は、姫乃がまた眠りにつくまで傍らに添うてやって──
幸せなはずのその時間も、心の隅にある靄が邪魔をして、複雑な気分を消せずにいた。
──翌朝。
「おはよう、ひめのん」
「お、おは…よう、…ガク……リン」
出合い頭の姫乃は、この上なくぎこちなかった。
「…体…大丈夫?」
「だっ、だだ大丈夫!大丈夫だよ!」
頬を真っ赤に染めながら、両手が胸の前で大袈裟に振られた。
本当に大丈夫かと聞きたかったが、あまり姫乃を動揺させすぎると周りに不審がられてしまう。
とはいっても、この体では触れることさえ叶わないのは誰もが知っていることだ。何があったのかと不審に思われはしても、知られてしまうことはないのだが。
「おはよーひめのん」
「っ!…ぁ……おはよう、ございます…」
珍しく自分から起きてきた明神が声をかけるやいなや、姫乃はあからさまに動揺を示した。それも、自分のときの比でないほど大袈裟に。そうしてそそくさとその場を避けてアズミのもとへ駆け寄り、しどろもどろに話しかけている。
その様子に、息苦しさを感じた。
「なぁガク、ひめのんどうしたんだろ?」
本人の意識は全くなかったにしろ、姫乃を抱いたのは、寝起きの間抜け面でそんなことを尋ねてくるこの明神の体だった。
姫乃も、昨夜抱かれたのは明神だという意識をどうしても持ってしまうのだろう。
嫉妬とともに、むなしさが込み上げてくる。
「…お前には関係ない」
苛立ちを押し殺し、そう一言吐き捨てた。
このやり場のない憎しみに溺れれば、道を踏み外し陰に転ずることも容易いかもしれない。けれどそうなればきっと、姫乃を泣かせてしまうことになる。
今にも崩れそうな心を支えていてくれるのは、ただ、姫乃への愛しさだけだった。
(おしまい)