東京はコンビニが多い。
自分の辺境の地のような故郷と、日本の首都を比べるのは間違っているのだろうがそれにしたって多い。
確か自分の田舎にはコンビニは一件しかなかった。
その店にしたって日本全国で展開しているようなチェーン店ではない。
駄菓子屋にネオンをとっつけたまがい物だった。
九時で閉店、店先に地元産の野菜が並ぶ、雑誌の並び替えもロクにしない、そんな店だった。
そんな思い出話を苦笑混じりに話す姫乃が、街頭の明かりによってぼんやりと発光している。現実的に言えば、姫乃自身が発光しているわけではないのだろう。
だが彼女に恋心を寄せる男、明神にはそう映った。
ふと空を見上げると、僅かに欠けた月が頼りなさそうに輝いている。
梅雨を間近に控えた大気が二人の間をねっとりと漂っていた。
歩き慣れた人通りの少ない道に、華奢な女子高生と黒いパーカーに身を包んだ男の影。
そう言えば、姫乃の入学式の帰り道にこの道を通ったっけ。
あの時はお互い意識なんてこれっぽっちもしていなかった。
楽だったな、あの時は。
純愛に慣れていない彼は、姫乃の手を捕らえられない自分に少しいらつきながら一定の距離を保ちつつ姫乃の後に続く。
まぁ、いっか。明神は彼女に気付かれない様に小さく溜め息を漏らす。
本来は八時以降に彼女を一人でコンビニに行かせるのが心配で付いてきただけだ。
下心なんてほぼ無かった。うん、無かったぞ。
だってひめのん制服だし。痴漢に襲われそうなタイプだし。
手とか繋いでたら補導されちゃいそうだしな。
「でも、お巡りさんにカップル扱いされたよ?」
「おわっ」
どうやら物思いが口から漏れていたらしい。ずい、と顔を近付けた姫乃に明神は思わず奇声を上げた。
「そんな事心配してたから、離れて歩いてたの?」
眉間に皺を作り、不機嫌そうに姫乃は尋ねた。
「いや、まぁ…どうでしょうね。」誤魔化す様に力なく笑いながらつい、と明神は姫乃から身を反らす。
そんな明神を詰るが如く姫乃は溜め息を着いた。
二人の影がまた離れる。
一度なんて重なってすら居た自分達の影は幻影だったのだろうか。
馬鹿、明神に聞こえぬ様に小さく嘆いた。
あの押し入れでの一件以来、私と明神さんはおかしい。
話し掛ければ話をするし、時には行動を供にする。
傍から見ても、大して変わったようには見えないだろう。
だが、変わった。
当人同士しか分からない微妙な温度調節を彼は成し遂げた。
姫乃にとってその空気はひどく冷たく、辛かった。
うたかた荘の自室に戻るとエージがいつもの様に素振りをしていた。「おう、おかえり」
ただいま、と小さく答えるとまた盛大な溜め息が出た。
「なんだよ、辛気臭ぇな。赤点でも取ったか?」
「…まだ取ってません。」
まだと言う言葉にエージはニヤニヤと笑い、また素振りを始める。自分は触る事すらできないのだが、ブンッと小気味の良くバッドが空気を切る。
ちらりと、姿のワリには鋭い野球少年の横顔を覗く。
思い切って聞いてみようか。
「明神さんさぁ、エージ君に何か言ってた?」
「……例えば?」エージは手を休ませずに、眉をひそめる。
「んー……なんか。」それ以上の言葉を見つけられず、姫乃は腕を組んで唸った。
真剣に苦悩している姫乃を見て、エージは手を止めた。「明神と何かあった?」
「えっ」
「最近ちょっと変だよな、明神のヤツ。姫乃に対して。」姫乃の答えを待たずにエージは続ける。「なんつーか、さ。」
そう言いながら、エージは音を立てて窓を開けた。
「でしょ!」ようやく賛同者を得た喜びに姫乃は頬すら染める。「冷たいし、そっけないし。なんか私の事避けてるみたいでさ。」
表情がころころ変わる姫乃を無言で見ていたエージがぴくりと眉を動かす。
「私の事、嫌いなのかな…」
「何言ってんの、お前。」
「え?」
「前言ったろ、お前は明神を美化しすぎだって。」
そんなことない、とエージの言葉に姫乃は僅かに血色ばむ。
「いーや、そうだね。それにお前から見たらただの不機嫌かもしんないけどよ。アレは――――」
夜風によってカーテンが波打つ。その風は思いの外暖かかった。
「―――豚さんはブタバコに入れられ、狼はノイローゼになってしまいました。オシマイ。」
読み終わると同時に絵本が空気に溶けた。「アズミ?」
奇妙に思い声を掛けると、彼女は膝の上で規則正しく寝息を立てていた。あれだけせがんでおいて、いつの間にか夢の世界に行ってしまったらしい。
起こさないようにそおっと抱き上げ、自分の布団に寝かせる。
今日も思い切りはしゃぎまわったようで、幸せそうに寝入っている。
何故か、穏やかな寝顔を湛えるこの少女がひどく羨ましく感じる。
「悩みなんてないもんなぁ、お前はさ。」
寝ているアズミの頬に人指し指を押しつけ、明神は一人ごちた。小さな溜め息が漏れる。
何とはなしに、姫乃の事が頭に浮かんだ。
昔は、ハタチを越えたらこの類の悩みは無くなると信じていたのに。
どうやら人間は年をいくら取っても、根本的な所はなかなか変わらないようだ。
あの押し入れでの事から半月が経った。
「朝はイイ感じだったんだけどなぁ……」
遅刻しちゃう、と言う姫乃を宥めて第2ラウンドまでやってしまった。
それでも彼女は本気で怒る様子もなく登校して行った。
問題は放課後だ。
姫乃が学校の間、一連の出来事を反芻していく内に明神は考え込んでしまった。
告白し、そのまま最後まで成し遂げた事。しかも自分がかなり鬼畜だった事。
馬鹿馬鹿しい話だが、明神は照れた。
姫乃の顔もまともに直視できぬ程に恥ずかしいのだ。
おかげで何か勘違いしている姫乃に詰られるわ、エージにはニヤニヤされるわ散々だ。
「いくつになっても、ダメなモンはダメだな。」
か細くそう呟いて、明神は立ち上がった。
パジャマと洗面道具を抱えて、ギシギシ鳴る階段を恐々と降りる。
そろそろ慣れてもいいものなのだが、姫乃は未だにこの階段が恐い。大丈夫だとは分かっていても、悪い想像が脳裏によぎるのだ。
そんな考えを振り切る様に顔を上げると、目的地に明かりがついていた。
あれ?と姫乃は首を傾げる。
日付が変わるようなこの時間に風呂に入る人間は、自分一人だ。もう一人の生者、明神はよっぽどな場合を除き大抵、起きてすぐにシャワーを浴びる。
電気を消し忘れたのだろうか?
深く考えずにガラリと戸を開けると、見知った男の半裸があった。
驚きと気まずさで、声を上げられない。ドアを閉めて謝らなきゃ、すべき行動が分かっていても体が動かなかった。
「――いつまで見てんの、えっち。」微動だにしない姫乃に、戸惑いながら明神はやっとの思いで軽口を叩いた。
「そんなに俺のストリップ見たい?」
「――…ばかっ」
怒りやら恥ずかしさやらで顔を赤らめて、姫乃はぴしゃりとドアを閉めた。
冷たいドアに背中を押し当てながら、姫乃は先程のエージの言葉を反芻する。
「照れてるんだよ、明神は。」
誰にかは言わずもがなだろ、とも言っていた。
何が照れてる、だ。
私が疎ましいだけなんじゃないの?
避けられるわ、「いつまで見てんの」なんて言われるは皮肉をぶつけられるわ。
「姫乃。」
壁越しに管理人の擦れ声がした。
「なんですか」余程私は腹が立っているらしい。自分でも驚く位低い声が出た。
「俺にさ、その…怒ってる?」
ここ二週間一番聞きたかったことが頭に浮かんだ。
どうして私を避けるの
どうして前より離れようとするの
――どうして抱いてくれないの?
それらの問い掛けは浮かんで、また消えた。
こんな事聞けるヤツじゃないのだ、私は。
「照れてるだけってホント?」
全く考えていなかった問い掛けがするりと漏れた。
突然、無遠慮に背中の支えがガラッととっぱられる。思わず振り向くと、拗ねるように唇を尖らせた明神さんがいた。引き締まった半身とジーンズのポケットに手を突っ込む仕草がアンバランスだ。
「ホントです…」
恥ずかしそうにそう呟く様は、何だかひどく頼りない。
頼りなくて情けなくて、愛しかった。
ぷっと吹き出したら、後は済し崩しに笑いが込み上げてきた。目の端に熱い雫が沸き上がりながらも、笑いが止まらない。
「そんな笑うなって。」
そう呟きながら耳まで真っ赤になった明神さんを見て、また笑う。
私は安心したんだと思う。この笑いは、長い間不安と言う壁に塞がれてた私の心の産声だ。「だってさぁ……」
仕方ないじゃん、と続けようとする私の唇を明神さんが強引に自分のそれで塞いだ。
ちょっとズルイな。
んん、と少し身を捩った。
他人の唇の柔らかさと暖かさに力が入らない。
ゆっくりと官能的に明神さんが舌を入れてくる。
熱を帯び始めた身体が期待で疼く。
後もう少し、という所で明神さんは私を解放した。
悦びを知っているせいか、ねだるような吐息を洩らしてしまう。
「やらしーね、ヒメノ…」
どうやらいつのまにか形勢逆転されたらしい。
「あんだけ人の事笑ったんだから、仕返しな。」
ひょい、と明神は姫乃を持ち上げて洗濯機の上に座らせる。
「明神さん、お風呂入らしてよ…」
懇願する姫乃のハイソックスを脱がせながら、明神はうーん、と唸る。
「そんなに俺に洗って欲しい?」
「ひめのーん、身体洗ったよー」
狭い浴室にタオルを腰に巻いた男が、嬉々として入り口を見つめながらあぐらを欠いている。
脱がしてあげる、という明神の申し出を姫乃は頑なに断りタオルの着用まで強いた。
抗議をすれば、「2週間も私の事避けてた癖に」と痛い所を突いてきた。
「……お邪魔します。」
遠慮がちに白いタオルに包まれた姫乃が顔を出す。
先程からエロモードに入っている明神は強引に姫乃の腕を引き、自分の上に座らせる。
明神の口元がゆるゆるとほころんだ。「んじゃ、いただきます。」
半透明の液体が明神の掌を妖しく濡らし、姫乃の肢体の上を滑る。
いつも使っている石鹸の香と二人の体臭が交ざり合い、官能的だ。
足の先から手を這わせて行くと、太股あたりで姫乃は音を上げた。
無論その叫びに抵抗の色は無く、明神をニヤつかせるだけだ。
下半身の一番敏感な所の側を人差し指でなぞると、姫乃は息を荒げる。
邪魔だな、と明神は呟くと姫乃のタオルをずり下ろした。この期に及んで胸を隠そうとする姫乃の手を、優しく制する。
「ひめのん、かわいーなぁ…」
「……小さいって思ってる癖に。」
そりゃでかくはないけどさ、と明神は姫乃の首筋に舌を這わせてゆく。
思わず身を仰け反らせる姫乃を抱え、舌と指でピンク色の突起を追いやるようにその周りを攻める。
ヒクヒクと下腹の粘膜が震えているのが分かる。
まだ触られてもいないのに乳首もびりびりする程だ。さっきのキスといい愛撫といい、彼はわざとやっているとしか思えない。
声が喉元を通る寸前に止めてしまうのだ。
みょうじんさん、自分とは思えない甘い声にまた私は赤面する。
「もっと…」
「もっと、何?」
何、と聞かれて私は口をつぐんでしまった。オブラードに包む語彙力も、率直に言う度胸も私にはない。
「言ってみ、姫乃。どこをどうしたい?」
そう言って彼はすっと右手を差し出した。
「…ここォ」
彼の右手の手首を掴み、甲を胸の天辺に磨りあてる。どくん、と下半身に一気に熱くなった。
本人の望みどおりに、乳首に刺激を与えてやろうとボディーソープを塗っていない方の胸を口に含む。
もう片方を捻るように摘むと、明神の太股にまで姫乃の愛液が滴った。
細い足首を持ち、無理矢理足を広げさせる。「ひめのん、濡れすぎ。」
「やぁだー…」自分でも濡れている自覚があるようで、姫乃は嫌々と首を振る。
「入れて欲しそうだね。」勝ち誇ったように明神が微笑むと、お願いと言わんばかりに姫乃は明神にしがみ付いた。
細い身体だ。
自分が姫乃の背に手を回すと、彼女はすっぽりと自分に覆われてしまう。
白く傷一つない陶器のような肌には、自分が先程咲かせた赤い華があった。
キスをしながら、それらにそっと触れてみる。
大丈夫、と言うように姫乃の手が明神の震える指先を制した。
行き場をなくした指先は、ゆっくり下降して姫乃の茂みへと辿り着く。
あぁ、と姫乃は期待に身体を震わせた。
濡れた肉壁を探る様に、明神の人差し指が奥へ進んで行く。
くちゅくちゅと粘着質な水音が、うたかた荘の浴室に響いている。
「はっ…ぁ…みょーじんさ…っ…」
快楽に身を捩らせ、明神の肩にしなだれかかる。「ゃだもぅ…んぁ…がま…できなぃいっ……」
「俺も…」欲情に擦れた声で明神が訴えた。「入れるよ、姫乃」
明神の言葉に、姫乃は震えながらも頷く。
腰のタオルをタイルの上にするりと落とした。天を仰ぐほど膨張しきった明神のソレに、姫乃は思わず目を見張る。
一心に自分の息子を見つめる姫乃に、明神は苦笑した。「さすがにそんなに見られると恥ずかしいんですけど」
「ごっごめんなさいっ」
「謝んないで下さい……」
自身をぐっと姫乃の秘所にあてがい、ゆっくりと埋めていく。「何かすげーエロいな……。」
姫乃はその光景に目を当てられない、と言わんばかりに顔を明神の肩に押しつけたままだ。
その姫乃の恥じらいが、明神の中の暗い欲望に火を点ける。
「姫乃ー、ちゃんと見てよ。」
「ゃ…やだよ…」
「ダメ」ほら、と姫乃の顎を掴み無理矢理その光景を視界に入れてやる。
じわりと、また何かが沸いた。
「ヒメノ、動いてみ…?」
「んぁっ…ゎ…わたしが……?」
「だってヒメノが上じゃん。」
ホラ、と明神は姫乃の薄い尻を持ち上げて促す。「こうさ、スライドさせる感じ。」
「ぅ…うん…っ」
姫乃は明神の肩にしがみ付き、抜けないように腰を浮かす。
一気に腰を下ろすと、今迄にない快感が姫乃を襲った。「ぁはぁあっ」
繰り返してゆく内に、段々と要領が掴めてきた。「みょぅじ…ん…さっ…ぁん…」
快楽の虜にすらなってしまった姫乃は、ただひたすら腰を動かす。
ずぷずぷと、音をたてて自身が取り込まれては離される。
離れないでくれ、と懇願している自分を明神は確かに見付けた。腕を姫乃の背に回し、彼女に目を遣る。
快楽に溺れる姫乃は扇状的で魅力的で、どこか遠い。
どうか、杞憂でありますように。
痺れるような疼きだ。何かが下半身に一気に集まっていく。
自分の名前を叫び、彼は果てた。
熱さが体を占領していたのに、不思議と暖かさを感じた。
クラスメートが誕生日プレゼントに貰った乳白色の粉を入れると、浴室に独自の香が漂った。
「お湯が濁るのは頂けないんだけど。」唇をとんがらせて、明神は呟いた。
「濁るって…」その言い草に姫乃は静かに苦笑する。「いい匂いじゃん。明神さん、こういうの嫌い?」
うーん、と明神は呻きながら顎まで湯に浸かる。「今度はひめのんが生理中で淋しい時に使う。」
「これ、私のなんだけど。」
憎まれ口を叩きながら、明神のことばの奥の感情がかいま見えた気がした。
生理中以外は、淋しい思いさせないんだ。
「何か言った?」
湯から顔を上げ、明神は不思議そうに姫乃を見つめる。
白い歯を見せて、姫乃は言った。「明神さんが、大人になりますようにって。」
痛いところを突かれ、明神は再び俯く。「ホント、すみません。」
情けないその姿に、また笑いが込み上げて来たがそれをぐっと堪えた。
「よしよし」
小さな手が明神の頭を優しく撫で回す。「大丈夫だよ、ずっと一緒。」
突然、ぶわっと視界が歪んだ。
明神は慌てて、乳白色の湯で顔を音を立てて洗い始めた。自身の涙が、色付いたモノに溶けていく。
ありがとう、小さな礼が口の端から漏れた。