「明神さん」  
日が暮れてから、姫乃はプレゼントとケーキの箱、その他色々と細かいものを抱え  
て管理人室のドアを叩いた。ここ数日、雪国では豪雪が続くほどの寒気のせいで  
日が落ちると屋内でも身震いするほど寒い。  
幸い、すぐにドアは開いた。どうやら待っていてくれたらしいと嬉しくなる。  
「お、ひめのん。来てくれたの」  
「…来ちゃいました」  
「ま、入んな。そこいると寒いからさ」  
いつもの調子で手招きをする明神にどきりと胸が高鳴った。初夏の頃からずっと見て  
いる夢の中身があまりにもリアルでエロティックだったからだ。もしかしたらあれは本  
当にあったことかも知れないと思えるほどに。  
何よりも、夢の中の明神の声は現実以上にセクシャルに響いて幼い姫乃の感覚を  
常に刺激している。  
『ひめのん、していい?』  
本当に、目の前の優しい人があんな妖しい声で囁くのだろううか。それを今夜は確か  
めたかったのだ。何も知らないままではいられない。だって今夜はクリスマス・イヴな  
のだからこんな企みを隠していたとしても神様だって許してくれる筈。  
そんな確信があった。  
「じゃあ、お邪魔します」  
今夜は、きっと確かめてやろう。  
幼い容姿に大胆な計画を隠して、姫乃はにっこりと笑いかけた。  
 
管理人室は相変わらず殺風景で、イヴだというのにそれらしい飾りもない。それがか  
えって明神らしくて微笑ましいと思った。こんな様子ではきっと誰も他の女の人はこ  
こに来たことなどないだろう。幽霊だったら分からないが、生きた女性なら自分だけ  
なのだと妙な安心感で包まれる。  
「その辺適当に座って。一応掃除はしたからさ」  
「はい、それじゃあ…これ、飾ってもいいですよね」  
手に持った荷物を一旦降ろして色々と取り出してから、それらを部屋のあちこちに配  
置していく。小さなクリスマスツリーにサンタとトナカイの人形、窓には大きな雪の結  
晶のシール。たちまちのうちに、何もない室内がそれなりにクリスマスムードを醸し  
出すようになった。  
「せっかくのイヴですから、何もないと寂しいじゃないですか」  
目を丸くしながらその手際を眺めていた明神が、関心したように頭を掻いた。  
「はあ…やっぱひめのん女の子だなあ。俺さ、無頓着だから気がつきもしなかった」  
「いいんです、きっと明神さんはそうだと思っていたから」  
だから必要なものは全部持ってきたんです、と胸を張って見せる。  
「ケーキもありますからね。甘いもの…苦手ですか?」  
「んー、いや。普通に食べるけど」  
「わあ、良かった。じゃあこれから切りますね」  
かいがいしく立ち働く姫乃を何か眩しいものでも見るような明神は、他に手伝うこと  
もなくただ所在無く座っているだけだった。女の子というものは、こんなイベントが元々  
大好きなのだ。まして、気になる人と一緒にいられるならどんなことでも出来る。  
「はい、明神さん」  
100円ショップで買った皿の上にケーキを盛り付け、フォークを添えて渡す姫乃の笑  
顔は少女らしく輝いていた。本当に今夜のこの時を楽しんでいる。  
「お、ありがとう」  
「じゃあ私も、いただきまーす♪」  
明神よりも一回り大きなケーキを皿に乗せた姫乃は、隣にちょこんと座って甘くて柔  
らかいモンスターと格闘を始める。  
こんなにたくさんケーキを食べる機会なんて普段はないだけに、余計に甘くて美味し  
く感じる。上に飾られたイチゴが宝石のように綺麗だった。  
 
そんな姫乃と比べて一口、二口食べただけで明神は食が進まない。  
やはり男だから甘いものはそれほど好きではないのだろう。  
「わり、ひめのん。ちょっとビール取ってきていいかな」  
「へ?ああ、そうですね。何か飲んでないと甘過ぎるかも。明神さんには」  
既に大きな塊を制覇しようとしている姫乃は、のそりと冷蔵庫に向かう大きな背中を  
眺めてにやっと笑った。  
 
「はー、やっぱ美味いなー」  
一本空けてしまうと、ようやく人心地ついたように明神はくつろいだ表情になる。女の  
子の前だからと我慢していたのだろうか。そんなことを考えて、空になった皿を床に  
かたりと置く。  
「やっぱり、そっちの方がいいですか」  
「んあ?」  
「ケーキはお気に召さなかったですか?」  
「んー、そんなこたないけど、あんまし食べないからさ」  
いつも飲んでいる銘柄の缶を床に転がして、いい気分になっているのか屈託のない  
笑いを浮かべている。そんな年上の男に姫乃はいよいよ誘いをかけてみた。  
「何だか私も喉が渇いちゃいました」  
「そりゃあ困ったな…生水なんか飲めないだろうし」  
突然のことに心底困ったような声を出す。  
こんなことを予測して、最初から飲み物は買っていない。いつも明神の冷蔵庫の中に  
はビールとつまみぐらいしか入っていないことを、既に姫乃は知っている。  
「ビール、一本貰ってもいいですか?飲んでいいですよね。今日はイヴだし」  
「おいおい…」  
了解も取らないまま、勝手知ったるとばかりにさっさと奥の冷蔵庫に駆け寄って早速  
空けてみる。案の定、中には缶ビールが数本と魚肉ソーセージ、さきいかぐらいしか  
入っていない。自炊もほとんどしていないようだし、体に悪そうな生活だなと考えなが  
らも一本取り出してきた姫乃は、困りきって苦い顔をしている男の隣に子猫のように  
ぺたりと座った。  
ぷしゅっ、と勢い良くプルタブを空けると、まずは一口飲む。  
「えへへー貰っちゃった」  
「ひめのん、いつからそんな悪い子になったんだよ」  
「んー、教えてあげないっと♪」  
まだあまり飲みつけてはいないが、以前のように突然ひっくり返ったりしないようにこ  
っそりと練習してきた。程よく温まった体に冷たい液体が流し込まれていくのが気持  
ちいい。  
 
「はー、ごちそうさまっ」  
ごくごくと一度に飲んでしまうと、ケーキで甘くなっていた口の中が綺麗さっぱりと洗  
い流されたように清々しい。大人の人たちはこんな感覚が良くてビールを飲むんだろ  
うな、と思った。  
「ひめのん…またぶっ倒れるなよ」  
「へーきへーき、だって今夜はイヴだもん」  
何の根拠もないことを言いながら、空の缶を置いた姫乃は、ケーキを食べ終わった  
皿を片付けようと立ち上がりかける。  
「…あれ」  
すとんと腰が落ちたまま、動けない。いや、動かないのだ。以前起こったことと同じ状  
況にしたらどうなるのか、憶えていないその先をどうしても知りたかったのだ。  
「あー…なんか変…くらくらするの」  
「だーから言ったことじゃないって」  
呆れたような声を上げる明神に、がっくりともたれかかる。もちろん、以前ならこの辺  
で意識が飛んでいた。今夜はそうならないようにしている。  
「うーん…頭がぼんやりするの」  
「仕方ないなあ、今布団敷くから、そこで寝てな」  
まるでお荷物のように扱おうとする明神に、更にしがみつく。  
「明神さん、ここにいてよう…」  
「ひめのん、わがまま言わない。頼むからさ」  
「うー…」  
そのまま、ずるずると床に体が崩れる。もちろんこれも演技だ。  
「ひめのん?もう、しょうがないなあ」  
「明神さーん…気持ちいいよう。頭がぼんやりするの…」  
「全部飲んだんだから、当たり前だよ。こんなとこにいたら怖い目に遭うからいい加減  
に帰んな」  
「怖い目って何ですかあ?」  
 
少しだけ、ビールでくらくらしながらも尋ねてみる。少しだけ正気ではない分、見上げ  
ている男の造作がいつも思う以上に整って見えた。  
「男って奴はみんな狼なんだからさ、分かるよな」  
「あはは、わかんなーい♪」  
けらけらと姫乃は笑う。  
「ひめのん」  
「だったら明神さんも狼になるの?そんなの全然怖くないもん」  
もちろん姫乃だって年頃の女の子だ。全然怖くない、とは思ってもいないが、他の誰  
よりも明神が側にいるなら恐怖を感じないでいられる気がしたのだ。  
「全く、本当に仕方のない子だね」  
溜息の後で諦めのような声が降る。大きな手で優しく頬を撫でられ、背筋がぞくぞく  
した。きっと、これから自分の知らないことが起こるに違いない。そんな予感で体が熱  
くなる。だって、ここまで仕掛けたのは単なる演技だけれど、今の気持ちだけは嘘で  
はないのだから。  
「ン…明神さん…」  
淡いオレンジのセーターがたくし上げられて直接ブラの中に手を入れられた。まさか  
いきなりそんなことをするとは思ってもいなかったので、とっさの抵抗で思わず高い声  
が上がる。だが、もう腹を括ったのか、男の声は落ち着いたままだ。  
「ひめのんが悪いんだよ。男を誘ったりするから」  
「あ、ン…だって…」  
さらりさらりと床に長い髪が流れる。部屋は充分に暖まっているせいで冷たさは感じ  
ないが、こんな風に体験するなんて以前の自分なら想像も出来なかった。何もかも、  
今こうして触れている大人の男が変えてしまったのだ。  
「可愛いね…ひめのん」  
「あぁんっ、嫌、いやあ…」  
まだ未熟な果実のような乳房を執拗に揉まれて、どんどん高まっていく。自分でも触  
ったことなんてほとんどないのに。無意識に押し退けようとした腕も一まとめに封じら  
れ、ただ受け入れるしかない。  
「嫌、狼さん怖い…」  
「もう遅いよ、ひめのん。こんな風にしている癖に」  
 
くすくすと笑いながら、乳首を軽く弾く。きっと立っているのだろう。  
「やだ…明神さん、もう…」  
「止めないよ。悪いけど」  
残酷な宣告をして、身を乗り出してきた明神の唇が何か文句を言おうとした姫乃を黙  
らせた。ただ重ねてくるだけでも驚いていたのに、舌まで入り込んできて、手馴れた  
ように口腔内を探り尽くしてくる。もう頭がショートしそうでついていかなかった。その  
間にも、片手はしきりに小さな乳房をやわりと揉み続けている。もうおかしくなりそうだ  
った。  
「…、…っ」  
送り込まれる唾液を持て余してしまい、次々と口の端から漏れ出てくる。みんなこん  
な風にするのだろうか。経験のない姫乃にはそれが分からなかった。  
「んンっ…」  
心臓が割れそうに激しく打ち鳴らされている。本当に、以前これと同じことがあったの  
だろうか。何も分からないまま仕掛けてしまったことに少しだけ後悔しながら、ただ喘  
ぐしかなかった。  
「可愛いね…もっと悪いことをしたくなるよ」  
「は…何?」  
「いいコト」  
ちゅっ、と唇に一度だけ残して、乳房を揉んでいた手がスカートの中に潜り込んだ。  
抗議の声を上げる間もなく薄いショーツの中を探り出す。  
「あぁ…ひゃぁっ!」  
自分でも触ったことのない場所を指先で撫でられて、体がひどく跳ねた。こんなところ  
に感じる部分があるなんて、考えてもいなかったのだ。  
「いや、やだやだ…もう、やめてえぇぇぇ」  
これ以上何かされたら、どうにかなってしまいそうで怖くて仕方がなかった。なのに、  
火がついてしまったらしい男が止める様子はない。  
「ダメ、もうダメ…お願い、明神さん…」  
「もう遅いったら」  
 
姫乃の反応に満足しているのか、有無を言わさずショーツを脱がせると思い切り大き  
く足を開かせた。  
「…あっ!」  
「やっぱりここ、綺麗な色だね」  
とうに欲情しているのだろう、足を抱え込んだ明神はいやらしい笑みをにたりと浮かべ  
て挑発している。どう返していいのか分からなくなっているうちに、触られて敏感にな  
っている部分に熱いものを感じて肌が震えた。  
「い、嫌だ…」  
もう、何の講義も届かないようだ。誰にも触れさせていなかった部分がしっとりと濡れ  
て舌先で舐め上げられている。そんなところを男の人に見られて、その上舐められて  
いることが恥ずかしくてたまらない。  
「お願い、もう…怖いの。ひっ…」  
「何か言った?」  
姫乃自身も知らない内部に入り込んでくるものがあった。痛くないように念入りに、  
押し広げて慣らそうとしているのはきっと指だろう。  
もう何も言えなくなって、されるがままになって涙を流すだけだった姫乃の目に映った  
ものは、更に想像もしていないものだった。ズボンの中から突き出た得体の知れない  
肉の棒が、最初何なのかよく分かってはいなかった。  
「よく見な。これがひめのんの中に入るんだ」  
「えっ…」  
そんなの無理、絶対に入らない。  
そう言おうとした声を遮られて、散々指で慣らした場所に押し当てられる。濡れきった  
そこにぐりっと強引に擦りつけられて、いよいよ追い詰められたことを知る。  
「ダメ…明神さん…」  
弱弱しい抗議など、まるで意味を成さなかった。  
「痛くしないからさ、いくよ」  
こんな時だけひどく優しい声が耳元で響く。途端に、夢の中の声とシンクロした。  
あれはやっぱり、本当にあったこと。  
 
だが、声はもう悲鳴と喘ぎしか出てこなくなった。欲望のままに入り込んでくるもの  
の熱が凄まじすぎて、正気が吹き飛んでしまったからだ。  
「い、いやあああ!」  
「ごめん、でもすげーいい…可愛いよ、ひめのん…」  
上擦っていく声が興奮を伝えてくる。もう、姫乃までもが激情で燃え尽きてしまいそ  
うだ。  
奥まで全部収まったところで、互いの粘膜が馴染むのを待っているのか少しの間動  
きを 止めた明神の手が、乱れて汗で額に張り付いている髪を撫でてきた。  
「ン…ひどいよ」  
「悪いけど、こうなったのは謝んないよ」  
こればかりは最初に姫乃が仕掛けたことだ。だからといって、こんな時にそんな冷た  
いことを言わなくてもいいのに、とわずかに残された理性が涙を絞らせる。  
「じゃあ、続けるからね」  
涙に暮れる姫乃に構わず、男は動きを再開した。ぴっちりと合わされただけでじんじ  
んと痺れているそこが激しく擦り上げられる。  
「ああああっ!!」  
喉からとてつもなく大きな声が上がった。それほどに衝撃的な痛みが一点からじわり  
と広がって体中を支配していく。リズムをつけるような突き上げさえ、意識を奪いかね  
ないほどだった。  
「ひめのん、我慢出来ないよ…思い切りするから」  
「あ…もう、もう、嫌…」  
しゃくり上げながら、姫乃はただ腕を回して縋りつくしか出来なかった。もう意識は焼  
ききれてしまいそうで、耐えるだけで精一杯の状態だった。  
そのうちに、ふっと全てが唐突に途切れてしまう。  
 
やはり、失神してしまったようだ。  
目覚めた時には前と同じに布団の中に寝かされていた。だが、決定的に違っている  
のは明神も一緒に寝ていたこと。風邪をひかせないように、しっかりと抱き締めてい  
る腕が意外なほど逞しく思えて今更ながらにドキドキした。  
 
「…えーと…」  
あんなことがあったというのに、一体どんな顔をすればいいんだろう。そんなことを色  
々考えて悩んでいるうちに、気配で相手も目が覚めたようだ。こうして間近で見れば  
意外にも綺麗な顔に、胸がときめく。  
「お、おはよう、ひめのん」  
「…おはようございま、す…?私、何で一緒にいるんですか」  
にやーり、と意地の悪い笑みが浮かぶ。  
「分かってる癖に。昨日しちゃったじゃん」  
「な、ななななな…」  
さらりと事実を言われて、パニックに陥ってしまった。だからといって、この状況はど  
うなんだろう。また頭がついていかなくなる。けれど、極力冷静に頭を整理しながら  
言葉を繋いだ。  
「昨日みたいなこと、以前にもありましたよね」  
「…え」  
「私ずっと夢に見ていて、夢の中だけのことだと思っていたけど、実際にあったこと  
なんですよね」  
「うん、そう…つい言えなくてさ」  
その辺のことは姫乃も憶えていないし、色々あったのだろう。今更追求しても仕方  
がないとは思っている。肝心なのは、目の前の相手がそのことや昨日の出来事を  
どう思っていたかだ。  
けれど、一度に問題を解決しようとしても仕方がない。とりあえずはずっと疑問だっ  
たことが解決しただけでも儲けものだと割り切って、笑顔を向ける。  
「もう、いいんです。私も悪かったし。ところで、プレゼント…受け取ってくれますよ  
ね?」  
昨日渡せないままになっていたプレゼントは、まだ部屋の隅に転がっている。  
「うん、もちろんだよ、ひめのん」  
「じゃあ…クリスマス当日でもあるし、メリークリスマス♪」  
まだまだ全てはこれからだ。  
そう覚悟を決めた姫乃の表情はこれまで以上に輝いていた。  
 
 
 
オワリ  
 

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