闇に包まれた部屋の中、布団に包まる少女はすやすやと眠る。  
その健やかな寝息を間近に聞きながら、彼女の傍らに  
佇んだガクは自分の手を伸ばして  
姫乃の前髪に触れた。  
が、彼の指は艶やかな黒髪の一筋さえ揺らすことなく、  
するりとあっけなくすり抜けた。  
ガクは無言で触れることなく終わった自分の手を見下ろし、再び  
姫乃へと視線を向ける。頑是無い子どものようにあどけない寝顔。  
だがその肢体は年相応の少女の膨らみを保ち、  
微かに開かれた桜色の唇や  
パジャマの首筋から垣間見える鎖骨の窪みの陰影は  
艶かしささえ感じられる。  
触れたいのに。  
痛切に思う。  
生者のみが劣情を抱くなどと誰が断言できるだろう。むしろ、死者こそが  
眩いばかりに輝く命への渇望、過去への幻想に縋って  
おぞましいほど渦巻く欲望をその身に宿しているのだ。  
今の俺のように。  
 
もし、触れることが出来たなら。  
キスをしたい。柔らかな体を抱き締めたい。きっと彼女の体は温かい。とうに  
置き捨ててしまった感覚全てを使って彼女の体を味わいたい。  
布団に彼女を押し付けるようにして、自分と密着させて、  
ボタンが千切れそうなほど急いてパジャマを脱がして、  
生まれたままの姿を見下ろして、そして。  
死んだときの年相応の妄執に心焼きながら叶うことの無い願いを笑う。  
暫らく枕頭で立ち尽くしていたガクは名残惜しげに姫乃の寝顔を見つめ、  
ふっとその体を闇の中へとかき消した。  
言葉だけでは到底足りない。  
でも言葉のほかにはなにもない。  
きつく握り締めた手の平さえ彼女を感じ取ることは出来ないのだ。  
 
終わり  
 

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