冬のある寒い夜。  
窓から差し込む淡い月明かりだけが、寝付けない姫乃を照らしていた。  
いつもはすんなりと眠りに落ちるのに、何故か今日は眠れなくて。  
布団から身を起こし、冬の体の芯から冷えてくるような寒さを感じながら  
窓を開けて外を覗き込む。  
「わぁ…」  
空からフワリフワリと落ちてくる純白の新雪に、ほぅと溜め息がこぼれた。  
(寒いと思ったら雪が降ってたんだ…。)  
白煙を吐き、空を見上げていると月に目を奪われた。  
空気が澄んでいるせいかいつもよりも強く輝いていて、とても…  
「きれいだね」  
耳元で囁かれて、一瞬心臓が止まりそうになった。この部屋に姫乃以外の住人はいない。  
「今日はとても素敵な夜だ。キレイな雪に、キレイな月。」  
こうして耳元で愛しそうに囁きかける住人もいない。  
「でも、俺にはひめのんが一番輝いて見える。月よりも雪よりもキレイだよ、マイスウィート。」  
こんなくさい台詞を臆面もなく吐ける住人もいない。  
「愛してるよ ひめのん」  
…彼以外には。  
 
「…ガクさん。」  
横を見やると、ぴったりと寄り添うようにして彼が居た。  
目が合う。まっすぐに見つめられていて、姫乃は思わず目を逸らした。  
いつも、そうだ。ここ最近は特に。  
窓の外に視線を戻しながら姫乃は心の中で独りごちた。彼を、まともに見ることができない。  
理由は解らない。以前は正面から見つめられても、こんなことはなかった。  
なのに、どうしてだろう。日に日に彼の目を見ることが辛くなっている自分が居る。  
「ひめのん」  
彼はいつもまっすぐ私の目を見て言う。「愛している」と。  
その度に胸の中で、このモヤモヤとした感情が育っていくのが分かった。  
「どうした?気分でも悪いのか?」  
見上げると、自分の頭よりも高い位置に彼の顔。  
背を屈めて、心配そうな顔をして、私の顔を覗き込んでいる。  
目が合った。  
胸の中で、またあのモヤモヤが大きくなるのを感じた。  
「…がく、さん」  
何でだろう。何でなんだろう。目が、逸らせない。  
「…ひめのん?」  
不思議そうな顔をして、私の顔を覗き込む。  
暫くの間静寂が漂った。  
 
ふと、唇に暖かさを感じた。  
瞬いた少しの間だけだったけど。  
「…今日は寒いから、暖かくして寝るんだよ。…おやすみひめのん」  
短い言葉を残して、彼は壁を抜けていってしまった。  
「・・・・‥っ」  
手で唇を覆う。  
瞬いた少しの間だけだったけど。  
感じた暖かさは、確かに彼の唇。  
見ることは出来なかったけど、確かな確信。  
涙がこぼれた。  
確かにショックだ。でも、嫌ではなかったのだ。このモヤモヤとした気持ちの正体に、やっと気づいたからだ。  
何故彼を見つめ返すことができなかったのか、やっと解ったからだ。  
(怖かったんだ)  
彼に対する気持ちが、だんだんと変化していくのが。  
彼を好きだと気づきたくなかったんだ。決して報われない恋だから。  
(目を閉じて 耳を塞いで 気づかないように。)  
彼の存在が大きくなればなるほど、彼を見ることができなくなっていった。  
( ―気づいてしまった)  
知ってしまった。もう隠せない。  
 
明日もガクを見かけるだろう。でも、もう目は逸らさない。  
(反対に穴が空くほど見つめてやろう)  
自分の気持ちに気づいてしまった。もう隠せないのなら、向き合ってやろう。  
報われない恋でも、彼を見ることができて、話すこともできるのだから。  
(どうせなら、この気持ちにとことん付き合ってやる。)  
これから先、どうなるかは分からない。でも、彼と居ることができるこの幸せを大事にしたい。  
布団に潜り込んで目を閉じて。唇に残った暖かさを思い出して、姫乃は眠りについた。  
ふんわりとした月上がりが姫乃を包み込む。  
月だけが姫乃の涙をみていた。  
 
おわり  
 

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