「この、奪われた悲しみ・・・・・・!」  
男の体がふっと浮き上がり、2M先まで吹き飛んだかと思うと地面に崩れ落ちた。  
地味な顔に似合わない巻き毛を振り乱して派手な服を着た女が駆け寄り、  
白目を剥いて気を失った恋人の体を揺さぶる。  
彼女はおろおろと人気のない住宅街の一角を見渡した。  
周囲にはブロック塀と静まった道だけで誰もいない。  
女は泣きそうな顔でバッグから携帯を取り出し、  
震える手で番号を押して電話をかけ始める。  
その慌てた様子に、手元にあったピコピコハンマーを交互に見て反省する。  
しまった、やりすぎた。  
手加減したつもりだったのに思ったより飛距離が出てしまったようだ。  
・・・・・・・まあいいか。倒れた武という奴が病院の世話にならないことを祈ろう。  
お嬢さん、すみません。  
「ツキタケ、行くぞ」  
コートを翻して、事を起こした当事者はゆらゆらと歩き出した。  
自分の横を歩く弟分のツキタケは後ろを振り返ると  
「ご愁傷様です」  
 と、同情した声で呟いた。  
 路地裏から離れると、商店街が見えてきた。  
スピーカーから流れる『ジングルベル』と街灯の間に飾られたイルミネーション。  
クリスマス一色になった商店街を、白いファーがついた枯草色のコートを着た陰気な男と、  
赤いマフラーに白のつなぎ姿の小柄な少年は連なって歩いていく。  
右目を前髪で隠し、長身を丸めて猫背気味に歩いているコートの男はガク。  
派手な飾り付けをされた店には興味を持たず、無表情にひたすら前を見すえていた。  
彼の横で両端がはねた茶髪にマフラーをつけた少年はツキタケ。  
子供らしく店内のディスプレイを興味津々に眺めていたが、  
ガクが歯を剥き出してクリスマスムードを露骨に嫌がっているのに気付き溜息をついた。  
「アニキ、大人気ないですよ」  
ツキタケは黙々と歩を進めるガクをいさめた。  
「さっきは普通の一般人に殴りかかるし。何も軽傷を負わせるほどの罪じゃないでしょ」  
「人前でイチャイチャしているのが悪い。お前は子供だから分からないんだ」  
 ガクは身を震わせて叫んだ。  
「彼女とクリスマスを楽しめない、この悲しみ・・・・・・!」  
 手にモグラ叩きに使用するようなピコピコハンマーを出現させ、ガクは辺り構わず振り回した。  
 
ピコピコピコピコピコ・・・・・・・  
ガクは懲りもせず、また遭遇したカップルの男の頭を叩き始めた。  
「いてっ、なんだよこれ」  
被害者は訳もわからず頭を押さえている。これだけ悪ふざけをしても周囲の人が、  
自分に好奇の目を向けることはない。  
彼らは“陽魂”と呼ばれる他者を思う気持ちや、強い志など陽性の思いで留まった霊だ。本来陽魂は生者に触れることはできない。しかしガクの場合は、破壊衝動を覚えると生者に害を成す事ができる“陰魄”に近付く。  
一見普通のピコピコハンマーはガクの破壊衝動を具現化したもので、願えばその姿はトンカチや巨大な木鎚に変化することもある。  
霊が見えたり、声が聞こえたりする者には当然、霊感がない者にもガクは攻撃をすることができる。  
「いいじゃないですか。今年はねーちゃんやうたたか荘の皆で過ごせるでしょう?」  
 ぴくりとガクは攻撃を止めて、可憐な姫乃の姿を思い描く。  
そうだ。きっと彼女とならクリスマスは素晴らしい一日になる。脳内で赤いミニスカートとブーツからのぞく白い太腿にボンボンのついた肩出しスタイルの姫乃が、サンタ帽をかぶってガクに笑いかけた。  
「ひめのんのサンタ服姿・・・・・・最高にイイ」  
ぽっと頬を染めてガクはひとりごちた。そうと決まれば話は早い。  
「よし、ツキタケ。ひめのんにサンタ服を贈るぞ」  
「えっ」  
「楽しみだな〜」  
「アニキ、そんなことしたらまたねーちゃんにひかれますよぉ」  
後ろでぼやいているツキタケを連れ、ガクは近場のドン・○ホーテに向かうことにした。  
品物で溢れた店内を進み、八階のコスプレコーナーまで行くと、店内にはメイドにナース、果ては透けたランジェリーまで様々な衣装が多種多様に置かれていた。  
「ほう・・・・・・・」  
サンタ衣装よりも刺激の激しい衣装に思わず目を奪われる。ガクが悶々と妄想に励んでいる頃、奥の通路にいたツキタケが呼ぶ声がした。  
「どうした」  
「アニキ、これ何に使うんですかね?」  
道行く商品をすり抜けて来たガクは度肝を抜かれた。  
ツキタケが指さした先にはローターやバイブといった、所謂大人の玩具が並べられていた。  
もっと分かりにくい所に置けよ!  
思わず心の中でツッコむ。ガクはゴホンと咳払いした。  
 
「あー・・・・・・これは、だな。女性を喜ばせるものだ」  
ツキタケを見ると、へぇ〜と目を皿にしている。  
「そうなんすか。あ、それならねーちゃんにも」  
 恐ろしい提案をしてくるツキタケはまだ小学生なのだ。  
高校生の女の子にこんなの贈ったらただの変態だろうが!  
「ツキタケ、いいから早くこっちへ来い」  
ガクの切迫した様子に気付いたのか、ツキタケは大人しく従ってくれた。  
ああ、なんだかどっと疲れてしまった。  
早くひめのんに会ってなでなでしてもらおう。  
「あれ?」  
 再び声をあげるツキタケに、今度は何だと顔を上げる。  
そこには見知った白髪頭が、怪しげな玩具を手にしげしげと眺めている姿があった。  
「おい貴様、こんな所で何をしている」  
ガク達が住むうたかた荘には、ガクのように地上に留まっている陽魂や、時折普通の人間も住んでいる。後者は管理人の明神という白髪にサングラスをかけた男と、ガクの運命の相手である姫乃だけが今のところうたかた荘に住む生者だった。  
 ガクは体から魂を溢れさせながら、臨戦状態で明神に問いかける。  
明らかに動揺して目を反らす白髪の男を見ていて、ガクははっと思い立った。  
「まさかその卑猥なものを、ひめのんに贈る気じゃないだろうな!」  
「・・・・・・・」  
 全身で肯定しているような明神に、ガクは自分の中で何かが切れた音を聞いた。  
叫びながら巨大な木槌を振り上げて明神に向かっていく。  
「分かった、言うから!とりあえず落ち着けーー!」  
 明神の説明は、ガラスのように繊細なガクの心を粉々に打ち砕いた。  
話し合いの甲斐もなく、ガクによって店内がめちゃくちゃに荒らされた後、三人はぼろぼろになりながら女性用のサンタのコスチュームを一着買って帰った。  
外を出ると、空はすっかり暮れていた。  
三人は始終無言で歩を進め、ようやく二階まである木造建築のボロアパートであるうたかた荘に着いた。  
「お帰りなさい!」  
 三人は玄関先でセーラー服の上にカーティガンを羽織った姫乃に笑顔で迎えられた。  
「あれ?三人一緒なんて珍しいね」  
「・・・・・・・まぁ、ちょっと色々あってね。ただいま、ひめのん」  
 明神が苦々しくほほ笑む中、ガクは口から魂が抜けた人形のように動かない。  
「ガクリン、大丈夫?」  
姫乃に心配そうな声をかけられたが、ガクは目を反らしてただ頷いた。  
 
こんなに純情そうなひめのんがすでに明神に抱かれていたとは。  
自分の一方的な片思いとはいえ、ガクはひどく裏切られた気分になっていた。  
そのことばかり考えていると具体的な妄想が始まっていきそうで、  
ガクは考えるのを止めた。  
胸に痛みを抱えながら、そのままふらふらとうたかた荘に入っていく。  
薄暗い部屋の中で、ガクはただ黙って床に座った。  
じっとしているだけでも怒りが体中に駆け巡り、今にも爆発しそうだ。  
ひめのんと結ばれることはないことは分かっていた。  
『運命の人』  
そんな言葉を用いて、どこかで期待していた自分が虚しく思えた。  
「おーい、ガク」  
明神が部屋のドアをノックした。  
「・・・・・・これから皆で明日の準備をしてくるから。留守番頼むな」  
 アズミやエージ、ツキタケといった子供の霊がはしゃいでいる声が聞こえてくる。  
同情しているつもりか、明神。  
ガクが何も答えずにいると、管理人は軽く溜息をついて去っていった。  
胸の奥底からどす黒い感情が沸きあがってくる。  
「ひめのんはどうする?」  
「私はいーよ!もう子供じゃないもん」  
 階下から二人のやり取りが聞こえてくる。風呂に入ってくるといい、姫乃は自室のドアを閉めたらしかった。  
自問自答を繰り返している内に、ガクは以前自分が敵であったグレイに投げつけた言葉を思い出していた。  
『何故お前達が生前の姿を留めず異質な姿・・・・・・異質な力を持つのか?  
それはお前らが強い負の感情により  
たやすく生前持っていた常識をかなぐり捨てる事ができたからだ。  
霊魂とはハート・・・・・・元は生前の記憶や性格そのもの・・・・・  
死してなお生前の姿のままでありたいと思う陽魂達が・・・・・・  
いらぬ常識を引きずり続け魂の力を有効活用できないのは当然の事なのだ。  
自分を縮こませる常識など必要ない。  
――死んだ者に残るのは魂・・・・・・  
思いこそ力  
飛べると思えば空は飛べるのだ。  
この世界では常識は自分で作るもの』  
コツコツと時計の針が秒を刻む音がやけ鮮明に聞こえてくる。  
ガクは壁をすり抜けると、うたかた荘のしんとした廊下を進んでいく。  
 
うたかた荘の共同施設である「ゆ」と書かれた風呂の暖簾をくぐると、曇ったガラス戸に透けて、肌色の人影が見えた。中からは鼻歌が聞こえ、容器から水が零れる音が耳に届く。  
ガクは足を止めた。  
本当にこんなことをしていいのだろうか。姫乃を傷付けることを?  
畳まれた衣服を横目にガクが躊躇していると、あっと短い悲鳴が聞こえた。続けて叩きつけられた大きな音。  
「どうしたひめのん!」  
思わずガラス戸を通り抜け、風呂場へ駆け込んでいた。  
その時にはすでに気を失った姫乃が手足を広げてタイルの上で伸びている所だった。  
足元には石鹸が転がり、タイルには白い泡が僅かに残っている。  
「・・・・・・・」  
床で眠った姫乃の体をガクの視線がなぞっていく。  
黒髪が張り付いたまま目を瞑るあどけない顔。ふくらみの中央で赤く色づいている実。くびれた腰つき。そして薄く茂みになっている逆三角の場所。  
ガクは一度目を反らし、やがてまたもう一度目をやった。細身の体つきは守ってやりたいと思えるほど愛らしい。  
・・・・・・あいつにこの体を自由にさせたのか。  
またも胸の中がもやつき、先程の声が再び喚起された。  
『自分を縮こませる常識など必要ない』  
「・・・・・・ひめのんがいけないんだ」  
俺の気持ちを知っていて、明神なんかに体を許すから。  
ガクの指が湯水に濡れた温かな姫乃の肌に突き抜けることなく触れる。  
横たわった体を抱き起こして首筋に顔をうずめると、甘い香りがしたような気がした。  
マシュマロのように形を変える膨らみに酔いながら、胸の突起を擦る。  
執拗な愛撫を繰り返していると、突起は長く伸びて主張を始めた。  
子供のように夢中で吸い付いてその味と形を舌で確かめていると、  
姫乃がガクの頭を掴んで離そうとした。  
その手が煩わしくなり、右手で強く両手首を掴んで上で拘束したままタイルに押し倒す。  
「ガクリン!私、本気で怒るよ!」  
目の端に涙を浮かべた姫乃に睨みつけられた。  
気丈に振る舞っているが、本気で自分に怯えているのは目を見れば分かる。  
普段のガクであればそのまま「はい」と引き下がっただろうが、  
常識をなくした今の自分に背徳心などなく、歯向かう姫乃を征服する歓びが勝っていた。  
「どうして?こんなになってるのに」  
言葉とは裏腹に、唾液によって艶みを帯びて膨らんだ赤い実を人差し指で弄ぶ。  
 
ガクは傍にあった棚にあったリンスから片手で白い乳白色の液体を出した。  
姫乃の胸の間に垂らした液体は糸を引きながらゆっくりと落ちていく。  
手の平で胸の突起を中心に撫でると、姫乃の体が小刻みに震えた。  
「いやあっ」  
滑りのよくなった膨らみを揉みしだき、  
液体が透明になるまで円を描きながら手を腹部から恥丘へ下げていく。  
全身にとろりとした膜が張った頃には、姫乃はぐったりとして小さく喘いでいた。  
ガクは油断していた姫乃に顔を近づけて唇を重ねた。  
閉じられた太腿を掴んで、割った脚の間に自分の体を割り込ませる。  
姫乃の太腿のしなやかさ。柔らかな舌。  
全てが劣情をもたらす。  
頭が熱で浮かされたような息苦しさを感じながら、  
ガクは最後に残してあった姫乃の秘唇を指で一撫でした。  
「ああっ」  
 待ち焦がれていたように、姫乃が腰を浮かせた。  
再びポンプに手を伸ばし、液体を塗りつけた中指を挿れると、出し入れを繰り返す。  
柔らかく温かい中が指を包み込む度に胸が熱く鼓動した。  
「これが、ひめのんの中・・・・・・」  
ゆっくりと引き抜くと、中指はリンスと愛液がとろりと絡んでいた。  
「そろそろいくよ」  
ガクはスラックスの前をくつろげて姫乃の中に入ろうとした。  
これでようやく二人は一つになれる。  
荒く息を吐いて腹の前で勃起していたものを掴む。  
「だめ・・・・・・・やめてガクリン」  
ガクは無言で姫乃の秘唇に自身を侵入させる。  
最後まで柔らかで温かなものに包まれた時、分身は激しく波打った。  
「やっと一つになれたね」  
「っ・・・・・・・ふっ・・・・・・くっ」  
子供のように泣きじゃくる姫乃の体を抱きしめると、ガクは欲望に忠実に従った。  
固くなった肉棒で柔肉の味を愉しんでいる間も、姫乃は眉を寄せていた。  
彼女の中はその人柄と同じように自分を温かく包み、ガクは夢中になって腰を振る。  
「はー・・・・・・・はー・・・・・・出る」  
 びくりと体を強張らせた姫乃の肩を鷲づかみ、  
ガクは暴発した感情と共に白濁した欲望の全てを姫乃の中に注ぎ込む。  
これで彼女を自分のものにできた。  
明神などに渡すものか。  
 
行為が終わり、タイルに呆然と座っていたガクはふと鏡を見た。  
そこにはまるで魂が抜け落ちたようにおぼろげな目をした自分が映っていた。  
「ひっく・・・・・・・うっく」  
床には手で顔を押さえた姫乃のしゃくりあげる声が聞こえてくる。  
何だこれは。現実か?  
ガクは自問自答した。  
少し前まであったはずの高揚はすっかり消え失せ、倦怠感が重くのしかかる。  
「ひめのん・・・・・」  
 わずかな希望にすがるように姫乃の名を呼ぶ。  
しかし彼女は何も答えてくれなかった。  
温かな肌に触れようとしても、まるで姫乃が拒絶するかのように  
ガクの手をすり抜ける。  
分かっていたじゃないか。自分を愛してくれる女性などこの世界にはいないと。  
瞳から零れ落ちた透明な雫は、タイルに落ちることなく消えていく。  
いつのまにか起き上がった姫乃が、真っ赤に泣き腫らした目でじっと見つめている。  
戸惑い狼狽するガクに向けて姫乃はすっと手をあげ、子供をあやすように頭を撫でた。  
もちろん直接頭に触れられた訳ではない。  
ガクには充分だった。  
姫乃はもう一度自分にやり直す機会を与えてくれているのだ。  
この人はやはり自分を変えてくれる運命の人に間違いはなかった。  
きっと何があっても、彼女を守り抜く。  
その時、玄関から扉を閉める音がすると子供達や明神の騒々しい声が聞こえてきた。  
 
 

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