「明神さーん」  
うたかた荘の午後八時、暇を持て余した姫乃はぽてぽてと歩いていって管理人室の  
ドアを叩いていた。中からは相変わらず何を考えているのか分からない顔をした明神  
が出てきて、ぽりぽりと頭を掻く。  
自分と同じくすることがなくて暇なんだなと姫乃は思った。  
「お、ひめのん、何?」  
「…テレビ見たいんですけど」  
「んー…じゃあ入って」  
テレビというものは、ここには管理人室にしかない。本当に昔ながらのアパートなの  
だと思いつつも、特別不自由も感じないまま、そんな環境に慣れていく自分を自覚し  
ていた。そう、人間はどんな環境でも慣れていく生き物なのだ。  
「じゃあ、お邪魔します」  
ぺこりと頭を下げて、管理人室に入る。男の人の部屋はもっと乱雑で足の踏み場も  
ないと思っていたのに、狭い部屋でありながら拍子抜けするほど何もない。ついでに  
家具らしきものもない。  
そんなものなのかなー、と思いながら立ったままきょろきょろしていると、明神がテレ  
ビの電源を入れた。  
「何見たいの?何チャンネル?」  
「あ、えーと…」  
ここに来てまだ日の浅い姫乃は、前に見ていた番組がこちらではどのチャンネルで  
いつ放映しているものか、よく分からない。咄嗟に口を突いて出た言葉は混乱振り  
をよく示している。  
「あの、今やっている韓国ドラマ見たいんです…」  
「ああ、あれね。評判みたいだけど面白いのかな」  
「うん、多分面白い…と思います」  
 
多分。  
姫乃にも多分よく分からない。  
何となく人気みたいだから漠然と見て、これといった感想もなく毎週過ごしているだ  
けのことだ。  
 
韓国ドラマは良く言えばドラマティック。  
悪く言えば盛り上げる為のトンデモナイ設定のオンパレードだ。  
主人公とヒロインが実は血の繋がった兄妹だったり、突然片方が事故に遭ったり、  
前後の繋がりなく場面転換したり。何でもアリな世界だけれど、それでも見ていれ  
ば面白いと思う箇所はある。  
それがハマっているということなのだろう。  
一時間たっぷりテレビの前に座ってドラマを見た後、姫乃はぼんやりと画面に流れ  
ているCMを眺めていた。なんだか妙な気分になっている。  
「うーん…」  
伸びをしながらも、隣で同じようにぼんやりしている明神をちらりと見る。  
ドラマは面白かった、と言っていいのだろう。  
わざわざここに来てまで見たかったのだから。  
それなのに、今はもうドラマの内容なんか忘れてしまっている。  
窓からはうららかに春の月が昇っていた。  
ふあ、とあくびをひとつ。  
ここにいると姫乃は何だか緊張することなく過ごせた。少しだけ慣れてきた教室の  
雰囲気よりも、なかなか会いに来てくれない父親との関係よりも。それは一体何故  
なんだろうと考えるのだが、幾ら考えても分からなかった。  
九時からのドラマはやけにドタバタしたラブコメで、さっきまでの余韻も全部消えて  
しまっている。それが残念だった。  
 
「あの、明神さん」  
「んー、何?」  
「もう、帰ります。ドラマも終わっちゃったし」  
「そっかー」  
へらへらっと笑った顔は、やはり何を考えているのか良く分からなかった。  
ぽっかり浮かんでいる月は、うたた寝をしているようにのどかなまん丸の形をして  
いて、眺めているとこっちまで眠くなりそうだ。  
「ひめのん」  
「え」  
さっき見ていたドラマみたいに、何の繋がりもなく明神の手が姫乃の頬に触れてき  
た。テレビの画面はまだラブコメを映し出している。  
手の次は唇が近付いてきて触れた。葉桜の下でされたのに続いて二度目。  
「…?」  
パニックになる以前に、こういう挨拶ってあったっけ、と姫乃は色々考えていた。あ  
まりにも当たり前のようにしてくるので、きっと明神はそれが普通になっているに違  
いないのだと、どこかずれた結論を勝手に出してしまう。  
「なーんかさ、可愛いよね」  
「えー…」  
そんな言葉にはどう返せばいいのか分からないので、適当に答えてからお互いに  
へらへら笑い合う二人がいた。  
うらうらとした春の夜、月だけがそれを見ている。  
 

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