『きゅぽぽぽん!きゅー!!』
かわいいなあーちっさいなあ!!
オイラの懐ん中できゅーきゅー鳴いてる橙色を確認するように、も一回覗き込む。
『…きゅー、ぽきゅー!』
…かわいい。思わずにやけちまうくらいかわいい。
かれこれ一週間前くらいか?七屋の近くにある空き地にコイツが居たんだ。
どっかから逃げてきたのか、迷子になったのか、はたまた捨てられたのか…それはわからねーけどさ。まだ全然ちっさくて、弱々しくて、オイラにゃ放っとくなんて出来なかったんだよな。
ここんとこ休憩時間に隙を見て餌やりに行ったりあそんでやったりしてたんだけど、今日は急にじゃれて飛び付いて来たかと思ったら、てんで側を離れてくれなくなっちまったんだ。
で、仕方ないからコッソリ連れて帰ろうかと思って懐に隠してきたんだけど…。
コイツの事、親方にバレたらやっぱりマズいよなあ〜…
「なあ、お前さぁ〜七屋に着いたら、お願いだから静かにしててくれよ?な?」
『きゅー?』
「いいか、男同士の約束だぜ?」
いまいち不安だけどこれ以上外をウロウロしてるわけにもいかねぇ。意を決し…なるべく人目に付かないように…裏手に回り勝手口からコッソリ七屋に戻…
「あれぇ緑ちゃん?お帰りなさい。…なんで裏から入ってきたの」
…ろうとしたら、いきなり背後から声をかけられた。
「ひ…っ…は、葉月、え…と、あの…」
『きゅー!!』
「――っおおぉおぃ…こらダメ…!ちょ、ま…!!!」
『きゅー!!きゅぽぽぽ!!』
人の気配に興味を持ったのか、懐から顔を出そうとして来るのを必死に押さえ込んだ。つーか今さっき静かにしてろって男の約束したばっかだろバカバカうんこ!
ぎゅうぎゅう襟元を握り締めて前のめりになる。
「…どうしたの?」
明らかに怪しいオイラの言動に葉月が訝しんでこっちを見てやがる…そりゃ当然だよなあ…
「ちょ、ちょっとオイラ……あ!そう、腹具合が悪くってよ…きゅーきゅーのゴロゴロなんでい!…だから、えと、べ、便所いってくらあ!!」
「えっやだ!早く言ってよ!もう!」
「じゃ、じゃあな!」
…そう言うとオイラは振り返りもせず転がるようにして部屋まで戻った。
「はあ〜…お前…ダメじゃないか〜…」
『きゅぽぽん♪』
オイラの苦労も知らずアイツは嬉しそうに部屋をぴょこぴょこ駆け回ってる。
「…あ〜くそ〜…かわいいなあ…」
「おーおー本当だな。なんだありゃ子犬か?……で、緑よ、おめぇアイツを何処で拾って来たんでぃ?」
「ん〜?裏の空き地ぃ〜…って、えっ!!!!!!!?」
「…………え、じゃねぇよ。タコ。」
「あ、あか、にい…」
「てめぇ、便所に行くのかと思ったら一足飛びに部屋に駆け込んで…何やってんのかと思えば…なあ?」
オイラの二人いる兄貴の内の一人、赤兄ちゃん…に、見つかった。目が…こわい。
「…一体どーするつもりなんでぇ、コイツを。」
「ど、どうって…それは……」
「…あんなぁ…いいか、甘ちゃん坊やの緑ちゃんよ?コイツがウチで飼えると思うか?親方に頼むってか?…落ち着いて考えてみろ。無理だろ。」
「…無理、かな…やっぱり…」
「無理に決まってんだろが!」
頭っから全否定されるとちょっとは言い返したくもなるけど…
でも親方に許してもらえるかと言ったら…やっぱり…希望は果てしなく薄い…
「……でも、オイラこんなにちっちゃいコイツをまた誰もいない原っぱに捨てたりなんて…出来ねぇよ……!」
「……。」
『きゅー♪』
トコトコと橙色のあいつがオイラの膝下に来てちっちゃな花火玉みたいにまるくなった。オイラを信頼してくれて、安心しきって…ここで寝るつもりなんだろう。
「…オイラ、コイツをゴミかなんかみたいに…簡単に捨てらんねぇよ…」
「………。」
「なぁ、赤兄ぃ…今暫くで良いんだ…コイツの事、見逃してくれよ…」
「なるほど…おめぇの気持ちは分かった。でも残念だけどな、こりゃ隠したってどーせすぐ見つかっちまうだろうよ。…それよか、お前少し頭使えや…ちょっと青のヤツに話してみようぜ?」
「!?」
青ってのはオイラ達の一番上の兄貴。
真面目で優しいし、頼りになるし、普段口には出さねーけど尊敬もしてる…でも…
「青兄ぃはダメだって!絶対親方に言っちまう!」
親方は絶対!な青兄ぃの事だ、すぐさま話が行くに決まってら…そしたらきっと……
両の拳を握り締めて、すやすや寝てる橙色の赤ちゃん花火をじっと見つめた。オイラはコイツを絶対捨てたりなんて、しない。
「…青兄ぃには…言わねぇ!」
「おいおい待てよ緑ちゃん、そう怖ぇー顔すんなって。青の側には七屋最強の秘密兵器がくっ付いてんだろ?そいつに賭けてみようや、な?」
「…秘密兵器…?」
「まだ分からねえのか?…葉月だよ。」
つまりこう。初めから葉月に持ちかけたらダメ、パワー不足なんだ。青兄ぃを悪役に仕立てて生贄にして大将の首を取る作戦。葉月さえ巧いことのって来てくれれば、活路が開くってわけだ。
「え、じゃあ何かい?こいつを生ゴミ捨てるみたいに放るってのか?野垂れ死にさせようってのか、おめぇ…ひっでぇな青。」派手に芝居めかして赤兄ぃが言う。
「ちょっと待てよ、そうまでは言ってねぇじゃねぇか…」
「い〜んや実質そう言ったも同然だぜ、なあ緑?」
ここで目配せ、次はオイラの出番。
「こいつはオイラ達と同じ…いや、もっと可哀想さ、こんなチビなのに兄弟の一人も居ない上母ちゃんと離れ離れだ…うっうっ…」
「だ、だから、そうだけどよ、親方には話さないとダメだって…」
「青兄ぃの鬼!」
「冷血漢!」
「人間のクズ!!」
「鉢巻き花火馬鹿!」
「そうよ…さっきから聞いてれば…何よ、酷いわ……青ちゃん…サイッテー!!」
――かかった!
「こんなちっちゃな子をよく見殺しにしようなんて思うわね!」
「は、葉月…?オイラは別に…」
「うるさいわよ!この… 鬼 畜 鉢 巻 き っ っ !」
ばきっ!
「もういい!…安心してね二人とも、私がお父さんに飼っても良いかどうか直接掛け合って訊いてくるわ!」
「おおありがてぇ!流石は葉月だぜ!!」
「このチビの為にも本当によろしく頼むぜ!葉月!!」
「任せて!絶対にお父さんの首を縦に振らせてくるから!!」
数分の後、訳も分からず半ば脅された風体で親方はあのチビを七屋で飼うことを承諾してくれた。
(葉月はどんだけ恐ろしい剣幕でいったんだろうか…それを思うと流石に少し心が痛んだぜ。)
(知恵を貸してくれた赤兄ぃには心底頭があがらねぇ。今度上物の酒でもあげなきゃな。)
世話は勿論オイラが買って出た。エサもオイラが賄うし、散歩だって毎日行ってやる。
そうそう、名前もつけたんだぜ。
「おめぇの名前は…ビリーだ!かっこいい名前だろ!なあ、ビリー!」
『ぽぽぽきゅーん!』
「気に入ってくれたか?ビリー!これからずっ〜とオイラと一緒だぜ?」
何だかオイラにちっちゃな弟が出来たみたいで嬉しかった。
ビリーにオイラの創るでっけぇ花火、沢山たくさん見せてやろう。もっと良い花火たくさん上げよう。
少し夏の匂いをのせた皐月の風に吹かれ、誰にいうわけでもなく、オイラはそう呟いた。